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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№812]旭電化通り共栄会

■■■・・・昔の名前を頑なに守る通りも、今は商店街の実態をほぼ失って
歩いた日 R01.09.07 【荒川区】 

 なんとも寂しい「石門通り」を抜けて突き当たる東西の通りです。都営バスも通ります。大正期からこの通りの北側一帯に旭電化工業の尾久工場があり、重要な産業拠点の役割を果たしていましたが、工場移転に伴い昭和52年に土地が都に売却されました。もう40年以上も前の話ですが、通りの名が変わらないのが感動的でもありますね。
  <「石門通り」が突き当たる付近>
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 この広大な土地はその後、東尾久運動場、尾久の原公園、東尾久浄化センターのほか、都立医療技術短期大学(後に都立保健科学大学)を経て首都大学東京の荒川キャンパスとなりました。
 荒川区のまちあるきマップによる「旭電化通り共栄会」の区間は、通りの北側がほぼ大学用地等で占められ、綺麗な並木道となっていますが、土曜日のせいか大学もひっそりとしています。通りも、車両の通行以外は静かで、商店街の実態はほぼないと言って良い状況です。マップに名はあるけれど、組織の実態がどれだけあるかが気になります。
  <商店街の体裁をなくした並木道>
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  <並木の向こうに首都大学東京荒川キャンパス>
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 首都大学東京は、来年(2020)春から「東京都立大学」と名を変えるそうですが、その大学敷地を右に見ながら熊野前交差点にだいぶ近づいた信号のところに、やっと店舗のいくつかの固まりが現れました。生花店が営業しており、その向かいで「はるけ」と表示するのは弁当店のようです。「米」マークの店があるのも救いかも。「そば処」もありますが、暖簾が出ていません。土曜日だからかな。
  <生花店などがある交差点>
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 頭上に尾久橋陸橋と日暮里舎人ライナーの高架が覆い被さる熊野前交差点側の入口部分に、「直寿司」と並んである居酒屋の「かわかみ」は、ネット情報では夜は大いににぎわうとのこと。貴重な店ですね。下町商店街の神髄が健在なようで、ほっとさせられます。
  <熊野前陸橋近くの居酒屋「かわかみ」など>
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 交差点の西側の向こうにはあの賑やかな熊野前商店街が控えています。少なくとも昼間は、そちらの方に完全に精気が奪われているということでしょう。そちらを再訪、とも思いましたが、厳しい残暑でバテ気味で、時間もなかったので、都電荒川線に乗車し、町屋方面に向かいました。「東京さくらトラム」の愛称をしきりにアピールしていますが、このあたりではあまり桜のイメージはなく、やはり「とでん」と呼びたいですね。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

●[№476]町屋稲荷前通り商店会(荒川区)を再び歩いたので、加筆しました。→こちら

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[№811]石門通り商工会

■■■・・・名の由来も不明な、実態をなくした商店街の残像
歩いた日 R01.09.07 【荒川区】 

 荒川区では区内をいくつかに分けて「まちあるきマップ」を作成、配布していて、その中に商店街の表示があるので、今回もこれに記載がある「石門通り商工会」を目指したのですが、ここは区商連のリストにはなく、これを踏襲した区ホームページの区内商店街の一覧にも見当たりません。商連未加盟の商店街は多くありますが、ここの実態はどのようなものなのでしょうか。
 日暮里舎人ライナーの「熊野前」駅で降りて、都電通りを南東方向に進み、マップによる商店街の南の入口を目指します。都電通り沿いにはちょっとお洒落なパティシエの店などがあり、期待を抱かせますが、その「地点」に着いてみると、なんとも寂しい思いにさせられるのです。
 通りは幅6mほどで北に続いていますが、都電通りからの入口の左右に門柱のような標識が置かれ、「石門通り」と記されています。が、その門柱があるだけで、商店街らしき雰囲気はありません。
 「石門」の名の由来については情報がありません。この通りを北に抜けたところにかつて旭電化工業の大きな工場があり、そこに石の門があったのでしょうか。あるいはこの門柱のようなものが石の門なのか・・・?謎です。
  <左右に「石門通り」の門柱がある商店街の南端部>
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  <シャッターを閉ざした店が並ぶ>
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 「商工会」なので「商」だけでなく「工」もあるのかとも思いますが、それらしき気配も薄く、半ば住宅地化した中に、営業を終えた商店の名残がちらほら見られる、というところです。入口が閉ざされた看板建築は何の商店だったのでしょうか。「クリーニング」の看板の店もシャッターが閉じています。「おっ、開いてる」と立ち止まったのは中華料理の店。定食メニューを表示していて貴重な店舗です。蕎麦店もありますが、営業しているのか、入るには勇気が必要そうです。
  <貴重な営業店>
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  <中央よりやや北側の区間>
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 高校生が歩いてくるので、どこから?と思えば「北豊島学園」です。向かいに医療専門学校もあります。学園敷地脇で通りに面して子育て地蔵尊が佇んでいます。やさしいお顔のお地蔵様で、地域でしっかり守られている様子です。
  <北豊島学園の脇に佇む子育て地蔵尊>
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 結局、商店街の実体を見いだせないままその北端に出ました。角のセブンイレブンが重宝されていると思われますが、向かいの正面が東尾久運動場です。多くの人が集まっていますが、商店街には無縁のようです。
  <東尾久運動場>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№810]栄通り商店街(東長崎)

■■■・・・駅直結だが住宅地に溶け込む商店街・・駅前喫茶で憩いのひととき
歩いた日 R01.08.31 【豊島区】 

 東長崎駅の南側で一番賑わいがあるのは、駅前から続く「長崎銀座」ですが、駅から外に出て本当に前にあるのは「栄通り商店街」なのです。おそらく、十数年前の橋上駅舎改築の際に駅出口の位置が多少ズレた結果なのではないかと、勝手に推測します。
 「栄通り」の東端は長崎銀座に接する駅前三叉路で、角には、そば屋か食堂か居酒屋か判然としない「大野屋」があります。その隣では、たばこの自動販売機が並ぶ前に人がたむろして「一服」しており、なんとも庶民的な光景です。すぐそばには駅前交番があって治安はバッチリ。
  <駅前の「大野屋」、たばこ自販機、マクドナルド等の並び>
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 ここから西方向へ、線路に沿う形で狭い道沿いに「栄通り」の街路灯が続いています。駅のエレベータが直結する駅近の部分はマクドナルドなどもあって商店街らしい風情で、特に、中華の「麺飯店」は外観がけっこう強烈です。見ている目の前で、女性と男性のそれぞれ一人客が相次いで入店していきました。気軽に入れる街の中華屋という感じ。
  <強烈な印象の「麺飯店」>
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 そこから西へ進むほどに急速に衰退感が漂うようになります。街路灯は200mほど続くのですが、そのまま住宅地に溶け込んでいく様相です。でも、街路灯がしっかり維持されているのは立派です。 御菓子司「玉川屋」があり、間食用の饅頭でも、と思って覗きましたが、無人状態でした。そんなわけで、駅方向へ戻ります。
  <駅前から少し西へ進んだ部分>
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  <どことなく哀愁も漂う>
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  <和菓子の「玉川屋」など>
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 電車に乗る前に「昔ながらの喫茶店」で一息入れようと思い立ちました。長崎銀座の「オリーブ」も魅力的ですが、栄通りの駅エレベータ直近にある「カフェ・ド・ジャポネ」に目が止まり、吸い込まれるように入りました。駅前にこういう喫茶店があるのは良いですねえ。心地よいムードミュージックが流れる中でアイスコーヒーのひとときです。人の良さそうなマスターが切り盛りし、ご近所のご婦人がたの良き社交場にもなっているようです。こういう場所が本当に少なくなりました。
  <駅エスカレータ前付近(右に「カフェ・ド・ジャポネ」>
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 駅北側には十字街などもありますが、この日はここまで。また来ましょう。ところで、地名は長崎、南長崎なのに駅名は「東長崎」。これは駅開設当時の長崎村を、長崎県の長崎と区別するために「東」をつけたとのこと。なるほど。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№809]長崎銀座商店会

■■■・・・駅南側で賑わいの中心軸をなす商店街には意外な名物店・人気店も
歩いた日 R01.08.31 【豊島区】 

 東長崎駅南口では、西武鉄道の複合施設という「エミリブ東長崎」がオープン直前でした。9月1日から順次開業とのことで、この日は8月末日。最終仕上げ段階のようでした。1階のカフェには「9月1日オープン」の文字が目立ち、また、西友も2年半ぶりの再出店とのこと。上階はマンションのようですが、新たな街のランドマークとなりそうです。
  <東長崎駅前側の「長崎銀座」入口>
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 これを横目に、まっすぐ南へ伸びる道沿いが「長崎銀座」で、駅側入口と南側出口に立派なアーチがかかります。駅南側では最も賑わいのある通りと言って良いと思います。線路に沿う東方向への道沿いもこの商店会の範囲ですが、真新しい「エミリブ」の建物と対照的な古風な店舗が多いように見え、刺激されてか、建て替えの表示板が貼られているところもあります。
  <喫茶店「オリーブ」など>
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 南へのメインの道に入ると、すぐ右に惹かれる雰囲気の喫茶店「オリーブ」があります。さらに進むと、青果店が2軒、そして「肉の天野屋」が元気に営業しているのが頼もしく見えます。やはり、生鮮小売店の存在が商店街の活気を大きく左右しますね。また、子どもたちの人だかりができているのが「おもちゃのぶんぶく」。店舗内や店舗脇のスペースで各種カードゲーム等の大会等を連日開催しているようで、ここもまた活気の源泉です。
  <「肉の天野屋」があるあたり>
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  <人だかりの「おもちゃのぶんぶく」>
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 そんな賑わいの中に、ひっそりと小さく佇むのが笠間稲荷神社です。情報が少ないですが、常陸の国の笠間稲荷の末社と思われます。やさしく商店街を見守っているようです。
  <笠間稲荷神社>
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 南へ進むにつれ徐々に人通りも少なくなりますが、そんな中で目に飛び込んでくるのは「オリオン食堂」の看板です。人気のラーメン店らしく、駅にも広告看板がありました。見ている目の前でも人が入店していきます。この通りには他にもラーメン店があり、良い競争が成り立っているのでしょう。
  <人気店らしい「オリオン食堂」>
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 商店街の南端は光和通りに突き当たったところです。この光和通りの商店街にも渋い看板建築等の店が目立ちます。一方通行ながら目白や新宿へ向かう都営バスが走行し、また、ここをずっと東へ行けば、あの「トキワ荘」跡にたどり着けるのですが、この日は暑さで断念。ゆっくりと日陰を選びながら駅方向に戻りました。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№808]共栄会(コンコン通り)

■■■・・・ローカルな歴史もさりげなく残る、お稲荷さんに守られた商店街
歩いた日 R01.08.31 【豊島区】 

 東長崎駅の南側で一番賑わっていると思われるのが「長崎銀座」ですが、その100mほど東に並行する通りにこの「共栄会」の商店街があります。北は西武線の踏切が境で、その先は「長崎十字街」の領域となります。南は光和通りまで街路灯が続きますが、店舗が連なるのは中央部付近までという状況です。
 踏切近くには、エスニック料理店や「傘専門」の看板を出す店などがあります。長崎銀座東長崎南口商店会との接点部分から南が商店街らしい様相となりますが、店舗構成では、生鮮品店などは見当たらず、並行する長崎銀座を補う位置づけのようにも見えます。家庭用品の「よこやま」は、店頭に商品を積み上げ、存在感満点です。その向かいには自転車の修理などの店舗もあります。
  <「傘専門」店などがある踏切側の部分>
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  <家庭用品の「よこやま」などがある部分>
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 店名を確認しませんでしたが、「合鍵」や「電池交換」などの幟を店頭に掲げる店を横から見ると、ガラス越しにキューピーの人形がびっしり並べてあるのにびっくりです。和菓子の「紅屋」はぼたもちが名物のようですね。
  <ガラス越しにキューピーがびっしり>
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  <ぼたもちが名物の「紅や」など>
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 ところで、この通りには「コンコン通り」という愛称がついていて、随所にその表示が見られます。これは、通り沿いにある五郎久保稲荷神社に因むものと思われます。お稲荷さんの狐が「コンコン」と・・・。この神社、密集市街地に貴重な鎮守の森の空間を提供しており、社号の碑が2つ並んであって、ひとつには「正一位 稲荷大明神」と彫られています。「五郎久保稲荷」は平成の命名のようで、かつてのこのあたりの地名を冠したようです。「全国でも数少ない北向きの稲荷神社」とのことで、「長崎村の時代より氏神として地元氏子に厚く守られ」てきたそうです。境内別社として榛名神社もあり、こちらは群馬県榛名山の榛名神社の末社とのこと。
  <五郎久保稲荷神社>
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 商店街南端で光和通りに出ますが、そこにはまた「光和通り商店会」が形成されています。蒸し暑さのため、その散策は断念しましたが、角に「伊佐佐兵衛の墓」があります。詳細不明ですがこのあたりの有力者だった人の墓のようです。こうしたローカルな歴史がさりげなく残されている・・・そんな小さな発見も商店街歩きの魅力のひとつなのです。
  <光和通りとの角の「伊佐佐兵衛の墓」>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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