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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№807]東長崎南口商店会

■■■・・・名前に反して駅南側では一番外れで寂しさが増すが、蕎麦で満足
歩いた日 R01.08.31 【豊島区】 

 長らく、豊島区には商店街マップがないなあと思っていたら、区ホームページ上で偶然見つけました。その「商店街分布図」で、まだ行ったことがないエリアで商店街が密集していそうなところとして東長崎駅周辺に注目し、早速、池袋から西武線で2駅目の東長崎駅に降り立ちました。「長崎」はかなり広い地名で、豊島区成立時の構成4町村のひとつが長崎村だったのですが、今の地名は線路から北が長崎、南が南長崎で、その西の方に「東長崎」駅があるという、少々奇妙な構成です。
 まだ夏の暑さが続く8月末日なので、南側に密集する商店街に的を絞ることとしますが、南長崎といえば、著名漫画家が巣窟とした「トキワ荘」ゆかりの地として知られます。駅にも関連イベントのチラシが置かれていたりしますが、ここからはやや遠いのでそちらはまたの機会としましょう。
 で、まずは「東長崎南口商店会」から参りましょう。名前からすると駅南口の目の前にありそうですが、そこにあるのは「栄通り商店会」や「長崎銀座」。線路南側に沿う道を、長崎銀座の一角を突き抜ける形で進んだ先にやっと「東長崎南口商店会」の街路灯が現れました。ということで、駅南口に密集する商店街群の中では最も東の外れの位置で、かつては賑わっていたのかもしれませんが、現状はかなり寂しい感じです。
  <やっと見つけた「東長崎南口商店会」の街路灯>
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 東へ進むほど寂しさは増し、街路灯は続くものの店舗は数えるほどとなります。「賀来寿司」は貴重な現役店のようですが、頑張ってほしいものです。中程で交差する道にも街路灯がありますが、ほとんど住宅地の様相で、立派な街路灯の並びがむなしく見えます。「理容すずらん」もシャッターが半分閉まっていますが、スナック「奈々」は夜にはお客が集まるのでしょうか。
  <東寄りで「賀来寿司」より先はほとんど住宅地>
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  <この先は踏切>
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  <スナック「奈々」の前から駅方向を見る>
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 駅寄り入口付近で、そばの「大むら」ととんかつの「よねだ家」が向かい合っていて、どちらかで昼食をと迷いましたが、「大むら」で冷しきつねセットを注文しました。ご飯とサラダ付のセットで美味かったですが、後で調べるとここはカツ丼がボリューム満点とのことでした。
  <そばの「大むら」ととんかつの「よねだ家」が向き合う>
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 ところで、各商店街共通に「長崎神社御祭礼」の幟が目立ちますが、長崎神社はひとつ隣の椎名町駅の北にあり、そこも長崎の一部で、やはり「長崎」は広い地名だと実感するところです。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№806]本町通り商店街(船橋)(西側部分)

■■■・・・歴史あるメイン通りだが静かな魅力店もある落ち着いた雰囲気
歩いた日 R01.08.10 【千葉県船橋市】 

 本町通りを船橋駅前通りとの交差点まで戻り、今度は西に向かってみます。交差点角には再開発ビルが建ちますが、ここから西の本町通り沿いは、東側と同じく古くからの船橋の中心街であるものの、やや落ち着いた雰囲気となります。船橋商工会議所のビルがあったり、船橋駅から市役所方面に徒歩で向かう場合に横断するところでもあるのですが。
 <駅前通りとの交差点付近から西を見る>
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 近年、駅へアクセスするもう一本の都市計画道路が、この本町通りとの間で開通しましたが、その接続点付近が商店街の西端にあたります。このあたりは、千葉街道を東に向かう場合に船橋宿の入口であった部分で、この路傍には「西向地蔵」と呼ばれる地蔵尊像があります。阿弥陀仏如来像、聖観音像を合わせて全て西を向いているのでこの名があるのですが、かつては罪人の処刑場だったとの説明もあります。
  <商店街西端にある「西向地蔵」>
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 さて、このあたりの南側に、かつて「三田浜楽園」がありました。明治の頃には三田浜塩田であったところに、昭和初年に今で言う複合型レジャー施設である「三田浜楽園」ができたのです。割烹旅館のほか、遊園地、野球場、海水プール、動物園、ラジウム温泉、釣り場などがあり多くの人で賑わったそうな。その後の船橋ヘルスセンターを彷彿させますね。川端康成もここの旅館で小説を執筆しています。「三田浜楽園」は平成18年に閉鎖され、その跡は高層マンション等の敷地になっています。
  <こんな渋い金物店もあります>
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 現在、本町通り商店街の西側部分を代表する店舗としては、和食・うなぎの名店で船橋随一の老舗料亭である「稲荷屋」があります。ここから駅方向へ路地を入ったところに稲荷神社があり、何らかの関係があると思われますが、同神社はラブホテルなどに挟まれて肩身が狭そうです。
  <老舗料亭の「稲荷屋」>
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  <稲荷神社>
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 その斜め向かいあたりにある「大新庵」が、私がお薦めのランチスポットで、この日もボリューム満点の「大もり」そばを食しました。昭和の香り漂う食堂です。「海老そば」が売りの「まるは」もお薦めのラーメン店です。また、西向地蔵の後ろから南に入ったところにある「モナリザ」も、昭和の純喫茶という表現がぴったりの、おじさんにはうれしいお薦め喫茶店です。駅近くですが、このように静かな魅力スポットが残されるのが、ここの魅力でもあるのです。
  <「大もり」そばがお薦めの「大新庵」>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№805]本町通り商店街(船橋)(東側部分)

■■■・・・船橋の原点たる歴史ある商店街には風格ある店舗建築も残る
歩いた日 R01.08.10 【千葉県船橋市】 

 船橋市の本町通りは、市の中心市街地を東西に貫通し、旧千葉街道に展開する「船橋の原点」と言っても良い位置を占めます。船橋市民の私にはあまりに身近すぎて改めてレポートしようとするとどう紹介すべきか悩むのですが、歴史ある通りなのでそういう特徴的な部分を中心に記してみたいと思います。東西に長いので、駅前通りとの交差点を境に東西に分けての記事にします。
 まずは交差点から東に向かいます。この本町通り一帯は、江戸期には九日市、五日市などと呼ばれ、佐倉道(後に成田道とも)の宿場町、また船橋大神宮の門前町、近在の農水産物の集散地などとして栄えたところで、戊辰戦争で焼かれますが、その後昭和にかけて文字通り船橋の目抜き通りとなりました。明治天皇が習志野原での近衛兵の演習を統監した際に立ち寄った旅館の跡には「明治天皇行在所跡」の碑がさりげなく置かれています。
  <千葉県らしい店舗も見られる本町通り>
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  <「明治天皇行在所跡」の碑>
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 現在、市内の商業機能は駅周辺や郊外に拡散していますが、歴史を感じる古い建築の店舗がいくつか現役で残っています。その最たるものは、向かい合って立つ廣瀬直船堂(和菓子屋)と森田呉服店で、どちらも堂々たる明治時代の和風建築です。周囲の建物に埋もれているようにも見えますが、それでも存在感があります。また、通りに面して建つビルに中央図書館を入れているのは、中心市街地に人を呼び込もうとする行政の努力のようにも見えます。
  <和菓子の「廣瀬直船堂」>
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  <「森田呉服店」>
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  <中央図書館が入るビルの下には食品スーパーも>
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 東に鳥居が見えるのは長い歴史を持つ船橋大神宮(意富比(おおひ)神社)で、初詣時期には大賑わいとなり、境内には県文化財でもある明治13年完成という和洋折衷の灯明台もあります。このほか、通り沿いには御蔵稲荷神社や厳島神社などもあり、古くからの神々が地域に息づいていると言えます。
 千葉街道と成田街道が分かれる大神宮下の交差点の手前、海老川を渡る橋が商店会の境界で、ここから大神宮側は宮下サービスセンターという別組織ですが、この先の宮本一丁目に太宰治が住んでいた時期もあるとのことです。海老川はかつて川幅が広く、川に船を並べて上に板を渡して橋の代わりにしたのが「船橋」の地名の由来とのことで、橋の欄干の中央にその旨の説明もあります。
  <「船橋」の名の由来でもある海老川の橋>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№804]八重洲地下街(八重洲地下1・2番通り)

■■■・・・半世紀の歴史を刻む地下街も、駅から離れた部分は落ち着き感も
歩いた日 R01.08.03 【中央区】 

 「命の危険」とまで言われる炎暑の土曜日の午後。さすがにどこか涼しいところで遅めの昼食を、と思いつつ電車に乗ってしまって、たどり着いたのが東京駅。夏休みの週末なので駅構内は相当な人出でまっすぐ歩けません。ふと思い立って八重洲地下改札を出て八重洲地下街に向かいました。
 八重洲地下街は東京駅一番街とつながっていて、意識しなければどこが境目かわからず、かつ隣接のビル地下商店街や大丸の地階売り場ともつながっているので、総体の地下街規模としては日本有数です。その中で、八重洲地下街は、外堀通り及び八重洲通りの地下の「T」字型エリアの部分で、外堀通り部分の下には首都高速八重洲線が通っています。
 この地下街は、「東京駅八重洲パーキング」という地下駐車場と一体の「八重洲地下街」という会社の経営によるもので、駐車場は昭和30年代から、地下街は昭和40年ごろからあり、すでに半世紀以上の歴史を刻んでいます。東京駅という大ターミナルの駅前地下街であるものの、あまり気取ったところがなく、なんとなく親しみやすいと思えるのは、それだけ年季を積んでいるせいでしょうか
 地下街の通路は、地上の道路名に忠実に、「外堀地下1・2番通り」、「八重洲地下1・2番通り」等の命名です。駅に近い外堀地下の部分は旅行客などが多く落ち着かないので、やや離れた「八重洲地下」に進みました。ここまでくるとキャリーバッグを引いた旅行者の姿も少なくなります。
 1番通りと2番通りが並行し、その両側に店舗が並びますが、入口部分にあるのが「北海道フーディスト」という店舗。北海道の食材・食品の専門店で、夕張メロンソフトを頬張る人たちの姿が見られました。2番街右側の「シャツプラザ」と「タカキュー」の並びは、ビジネスマンの需要に応えており、私もここでワイシャツを買ったことがあります。
  <八重洲地下通り入口にある「北海道フーディスト」>
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  <やや落ち着いた雰囲気の地下街>
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 奥へ進むと飲食街となりますが、お高い感じはなく、幅広い層が気軽に入れる店が並んでいます。「蕎麦きりみよた」とスパゲティの「CHAYA」のどちらにしようか迷いましたが、後者に入りました。以前も何度か来た記憶がありますが、おじさんが独りで入ってもおかしくないカウンター形式の店で、しっかりとした「腰のある」味わいです。
  <「CHAYA」など飲食店が並ぶ一番奥の部分>
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 突き当たりには「イーストスポット」という休憩スペースがあり、そこから地上に出ると中央通りです。地名ではここが日本橋と京橋の境界になります。
  <休憩スペースの「イーストスポット」>
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  <中央通り側の地上出入口>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№803]南新宿商店会

■■■・・・玉川上水に由来する葵通りも含め、新旧の新宿が混在する面白さ
歩いた日 R01.07.27 【渋谷区】 

 小田急沿線にお住まいの方でも、新宿のひとつ手前、「南新宿」駅で降りた経験のある方は少ないのではないでしょうか。小田急の利用者数最下位の駅だそうで、非常に目立たない駅です。「南新宿商店会」は、この南新宿駅北側一帯を範囲としますが、メインは新宿駅南口に隣接する甲州街道沿いあたりです。所在は渋谷区代々木二丁目。新宿駅に近接するエリアであっても、甲州街道から南側は渋谷区なのです。
  <新宿駅にほど近い甲州街道(国道20号)沿い>
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 四谷大木戸の項で触れた玉川上水が、ここでも大いに関係します。京王新線・都営新宿線の新宿駅上部にあたる甲州街道(国道20号)南面もこの商店会範囲なのですが、その一本南に並行する「葵通り」もそうで、この位置にかつては玉川上水が流れ、これに沿って京王線の線路も敷かれていました。昭和40年に玉川上水が使命を終え、暗渠化されるとともに京王線もこれに沿って地下化され、その上部が葵通りになったというわけです。
  <葵通りの情景>
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 「葵通り」の名は、今、JR東京総合病院があるあたりにかつて紀州徳川家の下屋敷があったことに由来し、通りの東端の位置で上水を跨いでいた橋を「葵橋」と呼んでいたそうです。この葵通りは、新宿駅直近にありながら、車が通過しにくい位置関係から、比較的落ち着いた雰囲気です。その西側の突き当たりは、交番の後ろが公園になっていて、寛ぐ人の姿が見られます。
  <玉川上水流路跡に沿う部分(右は公園)>
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 さて、そこから南の、南新宿駅にかけてのエリアですが、面的範囲に店舗が点在している、という情景です。路地に大行列ができている小さな店があり、何かと思えば、「うどん慎」です。打ちたて、切りたて、茹でたての「3たて」が自慢の名店だそうで、こういう「光る店」の存在は貴重ですね。
  <行列の「うどん慎」などがある通り>
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 小さなT字路の角にある渋い二階建ての昭和建築は「竹内薬品」。二階の窓に洗濯物がはためく風景は、新宿駅徒歩数分の環境とは思えないのどかさです。片や甲州街道の喧噪、片やこののどかさ、こういう二面性がこの商店会の特徴であり魅力であるかもしれません。
  <渋い昭和建築などの並びはのどかさ漂う>
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 この日は、神宮前方面から渋谷区の「ハチ公バス」で代々木一丁目で下車し、南新宿駅下からこのエリアに入ったのですが、駅南側は代々木商店街の領域で、ここもいずれまたゆっくり歩きたいと思います。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№802]神宮前二丁目商和会

■■■・・・原宿の喧騒からやや離れて、「普通の」商店街らしい雰囲気
歩いた日 R01.07.27 【渋谷区】 

 原宿・表参道一帯は、多数の外国人を含め若者たちが街を埋めつくしている感じで、おやじの散策は全く場違いです。「キャットストリート」は隠田川の痕跡探しと割り切り、川跡を上流側へ辿って神宮前二丁目まで来ました。外苑西通りと交差する道沿いは「キラー通り」として、ブティックやギャラリー、レストラン等が集積するお洒落ストリートとなっており、ここもおじさんには無縁です。
 しかし、外苑西通りの西側奥の一帯はやや落ち着いたエリアとなっており、ここに「神宮前二丁目商和会」が形成されています。隠田川跡からは少々外れますが、南西側から足を踏み入れます。
 渋谷神宮前郵便局があるあたりまでは「原宿通り」の街路灯が並び「原宿商店会」の領域ですが、その先、小公園があるあたりからが二丁目商和会の領域となります。ここも原宿の延長上なので、若者向きの横文字名の店舗などがあるのですが、全体の雰囲気はそれほど垢抜けた感じでもなく、中央の道沿いは「普通の」商店街らしい空気が漂っています。まいばすけっとやセブンイレブンがふつうの雰囲気で溶け込んでいるのに、妙に安心したりする私でした。
  <商店街の南西側入口の風景>
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  <原宿の延長上らしからぬ落ち着いた雰囲気>
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 ビルの半地下のような店舗前に行列ができているのは、カレー店の「ヨゴロウ」のようです。こうした行列店の存在は、周囲も刺激されて街全体の自信にもつながると思います。そして、道が突き当たるT字路の角に「リカリスイ」と大書した渋い建物が目立ちますが、これは何でしょう。バーという情報もありますが、近寄りがたいオーラを放っています。
  <行列のカレー店「ヨゴロウ」など>
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  <謎の「リカリスイ」の建物>
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 細い路地を分け入った中にも、点々と店舗があります。「えっ」と思うようなところにカフェバーのような店があったりもします。そんな路地を抜けたところの角が、この日の昼食のお目当てにしていた「とんかつまるや」でしたが、午後1時半だというのにランチ営業終了で看板が目の前でしまわれてしまいました。ああ残念。というわけで、北側に大きな道を渡って直進した先にある蕎麦店「ほそ島や」に入り、冷しきつね蕎麦を食して満足を得ました。
 渡った道路の右側が千駄ヶ谷トンネルで、ここが、2つの川筋の間に突き出た丘陵先端部であることを物語っています。この日は地形探索も目的のひとつだったので・・・。
  <「とんかつまるや」があるあたり>
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  <この先に蕎麦の「ほそ島や」がある>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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