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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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[№788]松ノ木銀座通り商店会

■■■・・・名前が語る賑わいの時代の想像もつかない過去形商店街
歩いた日 R01.05.18 【杉並区】 

 松ノ木八幡通り立正通りと歩いてきましたが、杉並区商店街マップ(杉並区産業振興センター作成)を見ると、もうひとつこの近くに「松ノ木銀座通り商店会」という小さな商店街がありそうで、地図を頼りにそちらを目指します。
 東京立正高校の校門付近から北へ、五日市街道方向に向けて歩いていくと、幅4m程度の道沿いですが、忽然と、白くて大きな丸い街路灯の並びが現れます。「あっ、ここか」と足を踏み入れてみましたが、数軒ある店舗建築の大半はシャッターを閉ざし、空き店舗化している模様です。「あらら」という感じ。わずかに店を開いているのは南端の「魚芳」くらい。
  <目立つ街路灯の下で唯一頑張る鮮魚店>
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  <往年の栄華を感じさせる風景>
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 すぐに、妙法寺方面に向かう道路と交差し、その交差側にもいくつか同じ街路灯がありますが、商店として目立つのは角の酒店くらいで、こちらも商店街らしさは感じません。その交差点から先は道路工事中で、様子がよくわかりませんが、商店街区間はすぐに途切れ、店舗らしきものはほとんど見られません。
  <東西方向の道路沿い>
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 「松ノ木銀座」というくらいですから、多くのお客さんを集めて賑わっていた時代があったのでしょう。位置的には五日市街道に近いことから、同街道や青梅街道方面から松ノ木、堀之内方面への玄関口としての役割を果たしていたとも推測されます。閉ざされたシャッターの上に、色あせた「ファッションクリーニング」の文字が残る風景に時代の変遷を感じます。
  <商店街の残照>
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 200mほど北へ進むと五日市街道に出ますが、この右側に、大法寺をはじめいくつかの寺院が集積する部分があります。大法寺は日蓮宗の寺で、区ホームページによると、もともと新宿区牛込榎町で開創されたものが、江戸時代の2回の火災に遭い、明治42年に現在地に移転したとのこと。
 このあたりの武蔵野台地一帯は、その後の関東大震災後に都心から人口が大量に移動してきたところで、松ノ木地区などの住宅地に細い道が多いのも、急速な住宅地化の歴史を物語っていると言えます。寺院の墓地の間の道を歩きましたが、山の手に移り住んだ住民たちにこれらの寺は頼りにされたことでしょう。その大法寺前のバス停から永福町行きのバスに乗りました。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№787]立正通り商店会

■■■・・・学校名を冠するも、静かな住宅地で、商店街としては過去形
歩いた日 R01.05.18 【杉並区】 

 松ノ木八幡通りの松ノ木公園のところから東へ向かう道があります。杉並区商店街マップでは、この道が「立正通り商店会」となっており、少し進むと確かに「立正通り商店会」のフラグが下がる綺麗な街路灯の並びが始まります。が、しかし、商店は時折見られる程度で、ほぼ住宅地の様相です。山の手らしい2~3階建ての住宅や中層のマンション等が並びます。
 東西に300mほどの区間の東端に、東京立正高校と東京立正短大があることからの「立正通り」の命名でしょうが、それら学校の学生たちの通学路としてどれだけ使われているかも疑問です。
  <商店街の西端部付近>
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 ふとん店、理髪店、クリーニング店、接骨院などが住宅に埋もれるような形で点在するという状況で、そんな中に蕎麦店「亀屋」をみつけたので思わず立ち止まりました。暖簾が出ているのに開け放しの店内はガラガラで、声をかけても誰も出てこず、結局諦めて先へ進みました。
  <蕎麦店「亀屋」があるあたり>
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 普通の住宅街の中に商店街の街路灯が続くという、やや奇妙な風景ですが、やっと表れた店舗は「かごしま」。鹿児島関係の店かと思いきや、「神子島米店」でした。生活必需の米を扱う店が残っていることがわずかな救いという感じもします。その先に、またポツンと孤立した形で、店頭を葦簾で覆った生花店があり、店内から子どもが元気に飛び出してきて、これもまた生活感が濃厚です。
  <「かごしま」米店>
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  <住宅街の中でポツンとある生花店>
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 ここが商店街らしさを見せていた時代もあったのでしょうが、今の風景は過去形の商店街としか言えません。一見交通不便なエリアですが、十数分も歩けば丸ノ内線新高円寺駅があり、その駅前にはクイーンズ伊勢丹などもあるので、買い物はそれらの利用で満たされているのでしょう。それでも、ここの真新しい街路灯を良くみると、その柱に、平成24年(7年前)に都の補助を受けて整備したらしい記載があり、これを維持管理できる力が残っていることが不思議でもあります。
  <東京立正高校>
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 立正高校の校門の先にある寿司店あたりまでが商店会の範囲のようで、この道をさらにずっと行くと、日蓮宗本山の除厄けで有名な堀之内妙法寺に行くことができ、その周囲にも商店街がありそうなのですが、またの機会にします。それにしても、大きい道路から離れていることもあって静かで、住宅地としての環境は優れているかと思います。
  <商店街東端付近の寿司店など>
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・なつかし度  ☆☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№786]松ノ木八幡通り商店会

■■■・・・鉄道駅から離れた細いバス通り沿いの商店街は現役感が濃厚
歩いた日 R01.05.18 【杉並区】 

 杉並区松ノ木という地名を、杉並区在住の方でも知る人は少ないのではないでしょうか。鉄道駅や幹線道路からも距離がある住宅地区です。大宮八幡宮の北と言えばおわかりでしょうか。この「松ノ木八幡通り」は、松ノ木地区の南北方向の道路で、大宮八幡へ向かう道ですが、道幅は車のすれ違いがやっとという程度です。
 20年ほど前の地図を見ると、永福町方面からのバス路線が「松ノ木住宅」で途切れていたのですが、今のバス路線図では高円寺駅までつながっています。それで、高円寺駅から永福町行きのバスに乗りました。細い道を通るので小型のバスです。バスは新高円寺駅前から五日市街道に入ります。五日市街道沿いにも商店街組織はあるのですが、商店はまばらなのでそのまま目的地を目指します。
 「松ノ木」バス停を過ぎると左折していよいよ細い道に入ります。くねくねと曲がっていくとやがて前方に商店街街路灯の並びが見えてきます。その街路灯が途切れたところの「松ノ木住宅」停で下車。北に戻る形で商店街を散策です。
  <「松ノ木住宅」バス停から見た商店街南端部>
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 松ノ木住宅は都公社の住宅と合同宿舎(公務員住宅)のようで、中層棟が並んでいますが、合同宿舎は耐震化工事中です。ここを南端とする商店街は、延長300m弱。街路灯には、子どもが描いたと思われる花や動物の絵が「ゆめ縁日」の文字とともにフラグとして下がり、微笑ましく思えます。人や自転車の通行もそれなりにありますが、商店街としては静かです。シャッターを閉ざした店や空き店舗化したと思われるものも見られますが、それでもなお現役で機能している空気を感じます。
  <とうふ店等が健在な商店街風景>
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 とうふ店が懸命に仕込み作業をしていたり、文具店が上履きや体育着を大きくアピールしていたり、「西京漬」の文字も鮮やかな魚店に「うなぎ蒲焼」の幟がはためいていたり、という光景が印象的です。ここを頼りにしている周辺住民もそれなりに多いと思われます。
  <体操着等のアピールが強烈な文具店>
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  <蒲焼の幟がはためく魚店など>
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  <商店街北部の状況(この道をバスが走る)>
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 中央に松ノ木公園があり、年配者が一人ベンチで休憩していました。時折通る路線バスが対向車を巧みに交わしていくのが感動的でもありますが、ここを南に進むと、大宮八幡の手前に都立和田堀公園があり、善福寺川の流れを眺めることもできます。
  <松ノ木公園>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№785]本町広小路光友会

■■■・・・ロータリーに面し商業色は薄いが、歴史資産で彩られる
歩いた日 R01.05.11 【埼玉県川口市】 

 江戸時代の日光御成街道は、岩淵から荒川を渡って川口宿(現在の本一商店街)に入り、それを抜けたところで右に折れ、現在の国道122号のラインを辿りますが、その屈折部分、つまり宿場の北端部分は今、本町ロータリーとなっていて、この周辺の店舗で「本町広小路光友会」が構成されています。「日光御成道と川口宿」の説明板がある公園部分から西への環状線通り沿いの一部も、この商店会の範囲のようです。
 とは言っても、店舗の数は非常に少なく、本一商店街入口角の銅板建築の「福田屋洋品店」とそれを挟む位置にある電器店と生花店が、わずかに商業色を醸している程度です。ただ、ロータリー歩道橋の下という目立たない位置ながら「斉藤畳店」が現役営業中で、思わず応援したくなります。
  <本町ロータリーに面した「福田屋洋品店」など>
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  <ロータリー歩道橋下の「斉藤畳店」>
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 このほか、土曜のせいかシャッターを閉ざした薬局があるほか、環状線通りを川口神社前方面に向かうと、セブンイレブンの手前に、各種燃料問屋という「大谷本店」が渋い建物であり、川口市の商店街マップに示されたこの商店会範囲にある店はこれでほぼ全てといったところです。
  <各種燃料問屋「大谷本店」など>
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 この範囲内の環状線通り沿いに緑豊かな旧家の敷地があり、その立派な門の脇に「旧白門通りと旧芝崎平七邸」の説明板があります。芝崎平七氏が自邸の離れを校舎に提供し、これが川口市域最初の小学校(現本町小学校)になったとのこと。洋風の白いアーチ状の門があったため「白門通り」と呼ばれたそうです。さりげなく歴史資産が佇んでいるのですね。
  <「旧白門通り」の記憶を伝える「旧芝崎平七邸」>
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 ロータリーに戻って、商店街からは外れますが北への一方通行路を進むと、突き当たりに錫杖寺という立派な寺院があります。関東八十八ヵ所霊場のひとつで、その歴史ははるか天平時代にまで遡り、御本尊の地蔵菩薩は行基菩薩の作と伝えられるとのこと。徳川歴代将軍による日光社参の際の休息所とされたという由緒と格式ある寺院です。また、門前にある「凱旋橋欄干」は、日露戦争にまつわるこれも歴史資産です。
  <錫杖寺(しゃくじょうじ)>
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  <「凱旋橋欄干」>
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 ここまで来ると埼玉高速鉄道の川口元郷駅が近いのですが、JR川口駅に戻り、駅前で、川口名物という太郎焼を買って帰りました。あんこたっぷりの美味です。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№784]本一商店会

■■■・・・明治大正からの商家建築が残る通りは、歴史ある街道の宿場町
歩いた日 R01.05.11 【埼玉県川口市】 

 本町一丁目だから「本一商店会」なのですが、ここは日光御成街道の川口宿だった通りそのものです。周囲に高層マンション等が増え、宿場町の風情が失われつつあるとの情報を得て、早めに見ておこうと訪ねてきたわけです。
 本町大通りと環状線通りが合流する本町ロータリーの中央の島状の公園内に「日光御成道と川口宿」の説明板があり、それによると天保14(1843)年の川口宿の家数は295軒とあります。川口市はここから始まったというわけです。そのロータリー向かいの「本一」入口角に、いきなり目を引くのが昭和の銅板建築の2軒の並び。うち一軒は「福田屋洋品店」として現役営業中のようです。
  <商店街入口の2軒の銅板建築>
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 ここから南へ、宿場町の通りを辿りますが、確かに歴史的風情は失われつつあるようです。しかし、長い時間の流れを感じさせる古い建物がいくつか見られます。中でも圧巻は、堂々たる大正からの商家建築という「中西日進堂薬局」で、その先の大きな看板で衣料品店と思われる「正木屋」も相当に古そうです。さらにその先、壁面に「蔵」の文字もある建物は、「浜田接骨院」となっていますが、ネット情報によると明治の建築だそうな。
  <堂々たる「中西日進堂薬局」>
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  <「正木屋」などがある並び>
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  <接骨院となっている蔵づくりの建物>
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 やがて道は荒川の堤防に突き当たりますが、その手前右の緑地内に「鎌倉橋の碑」があります。説明板によると、日光御成道は中世の鎌倉街道中道をもとに造られたとのことで、荒川北側の小川に架かっていた橋を「鎌倉橋」と呼び、源義経もここ「小川口」で兵をあらためたとのこと。今、その小川はなく、見上げる高さの堤防上にはなんと中学校が建っています。
  <南端堤防上から見た通り(左角の緑地内に「鎌倉橋の碑」あり>
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 北へ戻る道すがら、本陣の痕跡を探しましたが見当たらず、後で調べると一歩西に入ったところだったようです。また、かつて鋳物産業の中心地だった歴史を忍ばせるレンガ造りの塀の路地や洋館風の屋敷なども散見されます。既に「キューポラ」は全滅状態のようですが、こうした歴史を秘めた街の風景は高層マンションなどに変貌させないでほしい、などと勝手に思うのであります。
 昼食は、ロータリー近くに仲良く並ぶ古風な蕎麦店と洋食店のどちらにしようかと迷いましたが、「洋食フジイ」に入り、本日のランチ(ヒレカツとオムレツ)を食しました。50年以上前から続けている店とのことで、ここにも「昭和」がしっかりと息づいています。
  <「洋食フジイ」や蕎麦店等がある北端付近>
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・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

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[№783]本局前商栄会

■■■・・・宿場の歴史を求める道筋で、鋳物産業の名残の空気にも触れる
歩いた日 R01.05.11 【埼玉県川口市】 

 たまには東京都から一歩はみ出てみようと、京浜東北線で荒川を超えた埼玉県の川口駅に降りました。川口市は、今は人口約60万の中核市ですが、そもそもの始まりは日光御成街道の川口宿であり、駅から南東に1㎞弱離れた本町あたりが相当します。日光御成街道は、徳川将軍が日光東照宮に参るための道として整備され、本郷追分で中山道から分かれ幸手で日光街道に合流するもので、川口宿は荒川を挟んだ岩淵宿との合宿となっていたそうです。
 また、川口はかつて鋳物工業の町として栄え、この本町や隣接の金山町がその中心地だったとのことで、吉永小百合主演の映画「キューポラのある街」で有名になりましたが、今その痕跡は乏しくなり、タワーマンションが林立する光景に変貌しつつあります。こうした失われゆく歴史の名残の光景を訪ね歩くのが今回の主目的です。
  <川口駅前から始まる本町大通り>
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 駅から歩道がきれいに整備された本町大通りを本町ロータリー方向に進みます。この間の通り沿いにも「川口本町共栄会」や「本町四丁目相互会」などが形成され、西友が入る高層ビルの店舗街も「キャメリア商店会」などを構成しているのですが、今回はパス。やがて左手に川口郵便局が見えてきます。向かい手前の三角形の土地に、なんとも楽しい絵が描かれた古めの交番があり、その前後を含めて「本局前商栄会」が始まります。ここからレポートしましょう。
  <文字通り「本局前」の大通り>
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  <可愛い絵入りの交番と蕎麦店など>
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 ただ、この範囲は大通り上の次の信号手前までと短く、目立った商店はありません。ビル一階の帽子カバン店「トラヤ」が目を引く程度ですが、交番裏や郵便局の向かいに入る道沿いも商栄会の範囲で、蕎麦店や「田口鋸店」などの店舗が残ります。さらに入った小道沿いに理髪店が見えたりもします。鋳物工業が栄えた時代は、これらの店が多くの固定客を抱えていたのでしょう。
  <帽子カバン店「トラヤ」など>
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  <「田口鋸店」などがある部分>
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 さらに一歩西へ外れたところに、川口市総鎮守である「川口神社」があります。平安時代創建と伝えられ、将軍家の加護も厚かったところで、荘厳な空気が漂っています。二礼二拍手一拝。境内社のひとつに金山神社があり、これは鋳物産業の守護神とのことで、「祭も盛大を極めた」との記載もあります。神聖な空気に触れたところで、本命の宿場跡の通りに向かいます(→次回記事)。
  <川口神社>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№782]六区花道商店会・六区横丁

■■■・・・浅草繁華街の西の入口を占める混沌空間で激安ジャンボおにぎりも
歩いた日 R01.05.04 【台東区】 

 かっぱ橋本通りから国際通りに戻ると、正面に人があふれる「六区花道」が見えます。国際通りと六区ブロードウェイを結ぶ位置にあるため喧騒をきわめています。突き当たり左には、全国の名産などを集めた「まるごとにっぽん」もあります。日本のローカルに触れられ、イベント等によって常に新鮮な魅力を提供しているようです。そして、その手前にあるのはなんと「ドンキホーテ」です。
  <六区花道の喧騒>
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  <ドンキホーテ前にて>
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 100mにも満たない区間で、台東区のマップによれば「六区花道」はこの部分だけなのですが、上記「ドンキホーテ」手前から左、つまり北方向の路地にも「六区花道」のフラグが続いています。六区ブロードウェイの西に並行する形のこの路地は、区マップでは「六区横丁」となっており、実際にそのような表示もあるのですが、「花道」と一体化しているようです。
  <「六区横丁」(立喰い焼き肉もある)>
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 かつて興行街・映画街であった六区の裏道にあたり、この横丁はそれほどの混雑もないのですが、間近のホッピー通りから溢れ出たような立ち呑み店もあり、外国人客も交えて道にお客があふれ、明るい会話が響いていました。
  <立ち呑み店の人だかり(六区横丁)>
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 さて、本来の「花道」に戻るとまた人波に押し流されますが、国際通りからの入口すぐのところで人だかりができているのは、弁当などを販売している「デリカぱくぱく」です。人気の最大の理由はその安さ。普通サイズの弁当が250円。そして何よりも目を引くのが巨大なおにぎり。最大の「1キロ超え」でも500円。さすがにそれは、と思い、200円のものをひとつと、同じく200円のハムカツ4枚入りを、その日の昼食用に購入。200円のおにぎりでも普通のコンビニおにぎりの3つ分くらいのボリュームです。この日の昼食代、税込み432円で済みました。
  <24時間年中無休の激安弁当店「デリカぱくぱく」>
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 この「ぱくぱく」はしかも「24時間年中無休」というからすごいです。ネット上でも激安弁当店として概ね好評価で、これで経営が成り立つということからも、この通りの賑わいの凄さがわかります。もともと浅草繁華街の西の入口という位置を占め、平成17年につくばエクスプレス(TX)浅草駅ができてからは駅の真上という好立地も得て、ますます意気盛んというところですね。私もジャンボおにぎりをぶら下げて駅への階段を降りました。432円の昼食は味も良好でした。
  <国際通りからみた六区花道の入口>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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