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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№781]かっぱ橋本通り公西会商店街

■■■・・・スカイツリーを正面にのぞみ、絵になる風景が多い浅草の穴場通り
歩いた日 R01.05.04 【台東区】 

 令和最初の商店街歩きですが、10連休中で賑わいがありそうな浅草へ。とは言っても、雷門周辺はごった返しているので西へ外れて「かっぱ橋本通り」を訪れました。「合羽橋」というと道具街が有名ですが、この本通りは、道具街の中央で直交する東西方向の道で、道具街から東側、国際通りまでが「公西会商店街」(振興組合)の区間です。
 商店街組合の立派なホームページがあり、そこには、「上野と浅草を結ぶ近道」として、寛永寺の高僧が浅草寺に詣でる「御成道」として整備され、明治・大正時代は、終日賑わいをみせていたという歴史が記されています。なんと、明治期には馬車鉄道が敷かれていた時期もあるそうな。また、「合羽橋」の由来について、合羽屋喜八が私財を投じ新堀川を整備するのを河童達が手伝ったという説、伊予新谷加藤家下屋敷で作っていた雨合羽を橋にかけて乾かしたからという説が併記されています。
  <かっぱ橋道具街側の「本通り」の入口>
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 改めて歩いてみると、ここは浅草散策の穴場かもしれません。ここでも外国人の姿が多く見られますが、それほどの喧騒感はありません。時折、台東区コミュニティバス「めぐりん」やパンダバスが走り抜けますが、交通量はさほど多くなく、両側歩道を行き来しながら気ままに店を覗きながら歩けます。東端の国際通り下にはつくばエクスプレス(TX)の浅草駅があり、アクセスも良好です。
  <正面にスカイツリーをのぞむロケーション>
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 ちょうど東側正面に東京スカイツリーを見られるロケーションで、飲食、物販その他の新旧の店舗が並んでいます。歴史を感じさせる建物の店もあれば、外国人や若者にも受けそうな道具類等を扱う新しい店も見受けられ、それらが違和感なく併存しているのが良いですね。「どぜう」「きそば」という大きな看板が並ぶ風景や、和菓子店「八千代堂」から老婦人客が出てくる光景、真新しい道具店に若い女性が駆け寄る図など、どれも絵になります。気軽に入れる感じの蕎麦店や食堂、喫茶店などがあり、国際通り角の「浅草今半」も商店街組織の一員のようですが、1時間待ちの表示もありました。
  <飲食や物販などの店舗の集積>
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  <和菓子店「八千代堂」など>
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  <「どぜう飯田屋」隣の道具店など>
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 ミニアーケード風の落ち着いたデザインの共通の庇の上にはかっぱのキャラクターが乗っています。商店街ホームページに記載のあるキャラクター「あいかちゃん」とはちょっとデザインが違うようですが。「あいかちゃん」はハート型の甲羅に触ってみんなハッピーなんだそうです。
  <庇の上のかっぱのキャラクター>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[番外23]一宮町商店街?(千葉県)

■■■・・・改元前日に、上総の国の歴史ある神社の門前商店街を歩く
歩いた日 H31.04.30 【千葉県長生郡一宮町】 

 平成最後の日(4月30日=国民の休日)に、ふと思い立ってJR外房線に乗り、「上総一ノ宮」駅に降り立ちました。外房線はさらに先まで続きますが、総武線や京葉線からの直通快速列車はここが終点。あいにくの雨模様ですが、小さな駅舎から外に出ました。「上総一ノ宮」駅に降りたからには、上総の国の一の宮である玉前(たまさき)神社に詣でないわけにはいきません。神社に向かう道筋には「いちのみや」の表示入りの街路灯が続き、商店街であることを語っています。
 ただ、商店街の名前がわかりません。街路灯の柱の銘板の文字はどれも色褪せて読み取れず、この街路灯の設置主体があるはずですが、検索してもその組織らしい名前が出てきません。というわけで、タイトルを勝手に「一宮町商店街」として「?」をつけました。
  <駅前から玉前神社に続く「商店街」の道>
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 駅からの道沿いの商店はまばらで、かなり古い建物の店も見られます。駅寄りで相当に年季の入った構えの店は精肉店のようですが、幅広い食品を扱っているようです。同じ道沿いにもうひとつ精肉店があるほか、海産物・落花生の「東金屋」も目を引きます。広い駐車場の奥にどっしり構えるのは「あづま味噌」。脇に煙突が見えます。
  <非常に年季の入った構えの精肉店?>
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  <あずま味噌>
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 左にカーブすると正面に玉前神社の鳥居が見えてきますが、その手前で国道128号が横切ります。この国道沿いにも同じ街路灯が並び、こちらの方が商店街の中心のようです。歩けば興味深い店もあるのでしょうが、今回は神社参拝が目的で、雨でもあり、左右を眺めるだけとなりました。
  <国道128号沿いの商店街>
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 さて、玉前神社です。周囲は寂しいのですが、本殿前まで上ると社務所前に大勢の人だかりができています。見ると、皆さん平成最後の日の御朱印がお目当てのようです。翌日は令和最初の日でまた賑わうのでしょうね。それを横目に、黒漆塗りの権現造りという社殿前に進み、二礼二拍手一礼。神武天皇の母君である玉依姫命を祭神とするこの神社に改元前日に参拝できたことに感謝です。
  <玉前神社(上総の一の宮)>
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 蔵造りのお休み処もある鳥居前の参道に重厚な構えの和菓子店が二軒ありますが、そのうち、江戸時代創業の「かねきち」で、天皇皇后料陛下献上菓子という「上総の月」と「九十九里最中」を購入しました。商店街も厳しい状況でしょうが、令和の時代も歴史と文化を受け継ぎながら頑張ってほしいと思います。
  <神社前の和菓子店「かねきち」など>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№780]渋谷百軒店商店会

■■■・・・歴史の中で変質してきた街も今は混沌、それを神社が静かに見守る
歩いた日 H31.04.20 【渋谷区】 

 渋谷は文字通り谷間にできた街ですが、駅を中心に大変貌中で、谷に吸い込まれるように集まってくるすさまじい人波がさらに激しくなると思うとぞっとします。その人波をかきわけるようにしてハチ公口から道玄坂を上り、「しぶや百軒店」のいかめしい大アーチの下までやってきました。
  <道玄坂に面した百軒店の「門」>
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 百軒店(ひゃっけんだな)については各所で紹介されているので改めての説明は不要でしょうが、関東大震災を機に下町方面の老舗や有名店を集めて百貨街を作ろうとしたのが最初で、戦前戦後にかけて映画館や飲食店が集積して空前の賑わいを見せるも時代変化の中で変質し、今に至るというのが概略の紹介です。もうひとつ奥の円山町と一緒に語られることも多いようですが、ここはここでひとつの商店会を組織し、渋谷区商連のリストにも名を連ねています。
  <店舗が連なる路地空間>
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 「日」の字型の街区で、その道玄坂側と円山町側の2箇所に「門」とも言うべき大きなアーチがあって、ここでひとつの世界を形成しているのだと主張しているようでもあります。戦災を受けていますが、古くから続くのは昭和元年創業という名曲喫茶「ライオン」と、戦後の立地ですが印度料理の「ムルギー」だけのようです。「ライオン」はその建物も含め文化財的存在ですね。
  <名曲喫茶「ライオン」など>
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 それにしても今の百軒店はピンク系の色彩がかなり濃くなっています。円山町と合わせて花街だった時代の名残とも言えるのでしょうが、入ってすぐのストリップ劇場「道頓堀劇場」は不動の存在のように見えます。そのほか、「無料案内所」や大人のおもちゃ店も堂々とあり、ラブホテルも林立する中を、様々な人達が陽気に歩いています。行列の中華料理店もありますが飲食店はむしろ少数派ですね。
  <「道頓堀劇場」は不動の存在>
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 「ムルギー」にも行列ができていたので、もうひとつのカレー店「フラヌール」に入りました。ステーキカレーが自慢のようですが、ランチのハンバーグカレーを食べました。
  <行列の印度料理店「ムルギー」>
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 そんな混沌とした百軒店ですが、ラブホテル等に挟まれるような一角に千代田稲荷神社があります。由緒は太田道灌の江戸築城まで遡るそうで、やはり関東大震災を機にここに遷座したとのこと。まさに百軒店の歴史をずっと見守ってきたわけです。社殿からは朗々とした祝詞の声が聞こえていました。
  <千代田稲荷神社>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№779]新小岩一番通り新和会

■■■・・・駅前からの喧騒を抜けたところのレトロ喫茶でゆったりランチ
歩いた日 H31.04.13 【葛飾区】 

 新小岩駅の南側には、アーケード街の「ルミエール」を軸として縦横に多数の商店街がひしめいていますが、駅前広場に直結し、線路に近い部分を占めるのがこの「一番通り」です。ここを含め、このあたりの商店街群は、夜になればキラキラとした飲食街の様相が濃くなり、少々猥雑な雰囲気も漂うエリアですが、昼間は、背後に住宅地域を控えることもあって駅への通り抜け通路としても使われ、そんなに「危ない」ところとは感じません。夜型の飲食店がランチを提供していたりもします。
  <駅前広場からの「一番通り入口」>
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 今回は、特にこの商店街が目当てで来たというわけではないのですが、江戸川区鹿骨方面からバスで新小岩駅までやってきて、ここらの喫茶店で昼食をと思い、スマホ検索して見つけたのがこの一番通りにある「がぁべら」という店だったので、ここを歩くことになったというわけです。
 夜型が主体の飲食店群の中にラブホテルも混じるような道沿いで、ぐっとシックな構えの「がぁべら」は、入るのにちょっと躊躇したのですが、思い切って入ってみればなかなか良い雰囲気の「レトロ喫茶」風。年配夫婦が切り盛りする店で、入った時は他にお客もいなかったのが、その後お知り合いらしいご婦人客や男性客が入ってきて会話が弾むという、いたって健全なほのぼの店です。
 2時までのランチタイムにギリギリ間に合ったというところで、しょうが焼きにコーヒーのセットをいただき、ゆったりとした時間を過ごしました。平成も終わろうとしているこの時代に、昭和感満載のこのような店は貴重な存在です。
  <喫茶「がぁべら」などの並び>
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 店を出て、改めて駅前から遠ざかる方向に進むと、商店街の街路灯とレンガ舗装が途切れる手前の角に蕎麦店の「砂場」があります。小さいながら小綺麗な店構えで、ここも良さそうだなあ。また来ましょう。駅寄りの部分はチェーン系飲食店やパチンコ店等で喧騒感が大ですが、それを抜けてくれば意外な発見もあるものです。
  <商店街西端の蕎麦店「砂場」>
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  <駅近くの喧騒を外れたあたり>
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 この道から、西友のビルを挟んで線路に突き当たる2本の小道もこの商店会の領域で、駅のホームから見下ろすこともできます。駅前に大型商業施設がない新小岩は、都内でも稀少な商店街天国のひとつと言えるかもしれませんね。
  <駅ホームからみた西友脇の部分>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№778]小岩五中通り商店会

■■■・・・目立たない立地ながらしっかり健気に現役感を保つ商店街
歩いた日 H31.04.13 【江戸川区】 

 失礼な言い方ながら、「こんなところにこんな商店街があったんだ」というのが素直な感想です。江戸川区商店街マップ上で、その存在は以前から認識していましたが、駅からもバス停からも遠い場所で、意外にしっかりした商店街があることに、少々驚きです。
 春のうららかな日差しの中、JR小岩駅から京成バスに乗って南下、「松本橋東詰」バス停で降りて鹿本親水緑道に沿って東へ歩きます。暗渠の上で、まだ健気に花をつけている桜並木の下を過ぎると、やがて右側に小岩五中が見えてきますが、その反対、左側に「小岩五中通り商店街(振)」の文字も誇らしげな街路灯が並ぶのが見えます。「(振)」とは振興組合の略で、商店街組織の中で振興組合となっているところが少ない中で、しっかりとした運営組織があることの証です。
  <「魚亀」などがある商店街南入口付近>
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 文字通り小岩五中の正門に続く道筋で、延長は300mほど。さすがに商店がびっしり連なっているという様相ではなく、一般住宅化している部分も目立ちますが、それでも現役の商店街としての空気を感じます。魚がし料理の「魚亀」あたりから始まる店舗群を見ながらゆっくり北に向けて歩きます。
  <商店街中ほどの風景>
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 青果店が2軒あるのが良いですね。そのうちの「白鳥青果」と、隣の「酒の伊勢元」、さらに中華料理店の並びあたりがこの商店街のハイライトと言えると思います。手前には自転車店も元気に営業しています。人通りは多くはないですが、ご婦人同士が店先で世間話をしていたり、下町の商店街の良き光景が散見されます。
  <このあたりが中心部>
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 北へ進むとミニスーパーの「まいばすけっと」がありますが、ドカンと目立つというわけではなくさりげなくあるという感じで、この存在が商店街にプラスになっているようにも見えます。
  <商店街の北部>
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 さらに北に進むと南小岩諏訪神社があり、その隣に真新しい戸建て住宅群がありますが、20年ほど前の地図を見るとここにスーパーの「サミット」があったことがわかり、どうやら核を失ってしまった商店街と言えそうです。一歩東へ入ると中曽根天祖神社もあります。中ノ郷信用組合南小岩支店の角が北端で、ここを左へまっすぐいくと小岩フラワー通りにつながりますが、もう一度南へ引き返しました。ちょっと外れた鹿本親水緑道沿いに「新月湯」の閉鎖建物が残っているのが印象的でした。
  <中曽根天祖神社>
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  <「新月湯」の閉鎖建物(右手前は鹿本親水緑道)>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№777]仲六郷一丁目商店会

■■■・・・渋さも漂う下町商店街で、ドーナツの小さな名店を発見
歩いた日 H31.04.06 【大田区】 

 京急線雑色(ぞうしき)駅の北側で、線路の西側に並行するバス通りで、雑色駅付近は雑色商店街の領域ですが、その北に続く仲六郷一丁目のエリア内区間で、文字通りの「仲六郷一丁目商店会」が構成されています。さらに北には蒲田本町商店街が続き、これらを合わせると、雑色駅の南から蒲田手前の環状八号線まで延々と商店街が続いていることになります。
  <仲六郷一丁目商店街の北端(右から2軒目が「龍神洞美術店」>
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 この日は北から南へ向けての散策です。バス通りとはいっても、簡単に左右に横断できる程度の幅の二車線道路で交通量はそれほど多くありません。蒲田からの六郷神社行き、羽田車庫行きの京急バスが走り、商店街中央付近に仲六郷一丁目のバス停があります。北端付近で六郷用水跡が横切ります。公園に「六郷用水物語」の説明看板があります。多摩川から引いた灌漑用水でこのあたりが肥沃な農地であったころの情景は想像もつきませんが。
  <六郷用水物語の説明板>
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 その公園の向かいあたりに「龍神洞美術店」という骨董品の店あり、渋さ満点です。全体に、商店等の建物は新旧混在ですが、昭和の看板建築も比較的良く残ります。休業中ですが「とうふ」店などもいい感じです。下町の商店街の歴史がにじみ出ているように見えます。
  <昭和の商業建築が良く残る商店街>
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  <風情あるとうふ店など>
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 そんな中で、ふと目に止まった「焼ドーナツ」の文字。ビル一階の小さな店は、ドーナツ専門の製造販売店「高橋商店」です。すべて手作りということで、子どもから大人まで次々とお客さんがやってきます。気立てがよくやさしい感じの店主はみんなに愛されている様子です。
 ドーナツは種類が豊富。お店のサイトの言葉を借りれば、「油で揚げていない焼きドーナツや、沖縄銘菓のサーターアンダギー、オリジナルのケーキドーナツや卵ドーナツ、かりんとうとドーナツを足して2で割ったカリンドーなどいろいろ取り揃えております」とのこと。それらの中から、ココア、抹茶、シナモン、マンゴーの「焼きドーナツ」を間食用に購入しました。品質は同じだけれど型崩れしているものはひとつ50円と教えてくれるのも親切です。目立たないけれど名店発見でした。
  <焼ドーナツの「高橋商店」などの並び>
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 食事処「中むらや」と青果の「ヤオハン」が向かい合うところが南の端で、そこから南は雑色商店街の領域となります。この日は時間切れで、アーケードを通って雑色駅へ向かいました。
  <商店街の南端(雑色商店街との境)>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№776]出村通り共栄会

■■■・・・人気の天然温泉もある、戦前の駅名に由来するレトロ商店街
歩いた日 H31.04.06 【大田区】 

 ここは、当初念頭になく、日の出銀座商店街から仲六郷一丁目方面に移動の途中で偶然発見した商店街です。後で確認したらちゃんと大田区商連のリストにも名前がありました。今は暗渠化されたかつての農業用水「六郷用水」の流路に沿う形で太い第一京浜国道を西に渡り、京急線の高架をくぐったところに「出村通り共栄会」の街路灯を見つけ、吸い込まれたというわけです。
 明治34年に京浜電気鉄道(現京急)の川崎~品川間開業に伴い「出村」駅が開業し、その後急行待避駅にもなったとのことですが戦中に休止となり、戦後そのまま廃止されました。今は「出村」という地名もありませんが、この商店街のルーツはそうした戦前の歴史に遡れるのでしょうね。
  <商店街の東側入口付近(このうしろに戦前は駅があった)>
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 さて、この商店街を東から西へと通り抜けましたが、全体に、商店街としてはレトロの部類に入る印象です。古い建物、看板建築も残り、懐かしさ濃厚の良い感じです。生鮮食品店が見当たらないので人通りはまばらですが、そうした中に、寿司店、うなぎ料理店、居酒屋、薬局などが現役で営業しています。かつては店舗だったのでしょうが閉店したままの佇まいの建物も多く、二階の窓に布団が干してある光景などは生活感あふれる感じで親しみが持てます。
  <商店街中程の風景>
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  <蒲田温泉付近のレトロな街並み>
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 そして、この商店街の中央付近にある「蒲田温泉」。赤い看板が目立ちます。そうか、ここにあったのか!、とひとりで納得しました。大田区の蒲田周辺は、黒湯温泉の銭湯が点在していることで知られますが、ここ「蒲田温泉」はその中でも有数の黒湯の濃さと熱さの天然温泉とのことで、昭和12年創業という歴史の長さもあって、ファンが多いようです。メニュー豊富な大宴会場も人気とのことで、ぶらりと入っても良いのですが、今回は覗くだけにしました。
  <蒲田温泉>
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 さて、商店街を西側に抜けたところは蒲田本町のバス通りで、ここから北方向の道路沿いは蒲田本町商店街となっていますが、ここは駅でいうと蒲田と雑色のちょうど中間地点。今回は当初予定のとおり、南の雑色駅方向の仲六郷一丁目商店街に向かいました。今回、事前情報不足で見落としましたが、蒲田本町商店街内の和菓子店「清野」では蒲田温泉まんじゅうなど人気の菓子が多いとのことで、できればまた来て求めてみたいと思います。
  <西側(蒲田本町側)の入口>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№775]日の出銀座商店街

■■■・・・無料休憩所もある、懐かしく気さくな下町商店街
歩いた日 H31.04.06 【大田区】 

 この「日の出銀座商店街」の所在地名は南蒲田ですが、鉄道駅からは微妙な距離があるためやや行きにくく、今回やっと歩くことができました。京急空港線の糀谷駅から環状八号線を西に300mほど歩くと「日ノ出通り」というバス停があり、その近くの信号が商店街の北側入口です。500mほどの長さを持つ下町の横丁的雰囲気の商店街です。
 商店街ホームページにも、「日の出横丁商店街組合から改称し、昭和29年より活動しております」とあり、「夕方は歩行者専用道路になり、安心してお買い物できます」とのことです。同ホームページには動画もあり、それを見ると、複数の青果店があって地元の人には「野菜通り」とも呼ばれていること、蒲田女子校の生徒たちが各種イベントの盛り上げに協力していることなどがわかります。北側入口から入ってまもなくのベーカリー「ブーランジェリーミモレット」は人気店で、蒲田あげぱんが一番人気ということも、その動画で帰ってから知りました。買わなくて残念!。
  <「勝栄清肉店」があるあたり>
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  <「喫茶ココ」などの並び>
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 南に向けて歩いていくと、他にも、「勝栄清肉店」が元気そうだったり、「喫茶ココ」も魅力的だったり、精米店も生活密着の証として応援したくなったりします。文具・雑貨の「有賀正文堂」などはなかなかレトロです。
  <レトロな構えの「有賀正文堂」など>
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 途中の「野菜果物のやまいち」が角にあるところで斜め左に分かれる道があり、その路地もまた懐かしく良い雰囲気なのですが、左側に、おそらく空き店舗の活用と思われる商店街事務所があります。ここは、無料休憩所「ひので庵」を兼ねていて、トイレやおむつ替えスペース、二階にはレンタルスペースもあるようです。商店街組織(振興組合)がしっかりしていることの表れですね。
  <ここを右に入ると無料休憩所もある商店街事務所>
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 商店街を南に抜けたところが「七辻交差点」です。大正時代の耕地整理でできたという7つの道が出会う七差路で、道路関係の珍スポットとして有名です。信号がなくても「日本一ゆずり合いモデル交差点」だそうで、事故が起きないとのこと。
  <商店街の南端付近(七辻交差点近く)>
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 さて、商店街内に蕎麦店は「浅野屋」、「むさし屋」とありますが、上記「ひので庵」の向かい近くにある「日の出更級」に入りました。ご近所のお友達のたまり場、ファミリーのおつきあいの場という感じですね。こういう店の存在がまた下町らしさを引き立てます。
  <蕎麦店「日の出更級」がある一角>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

●[№16]西糀谷商店会→おいで通り糀谷商店会(大田区)を再び歩いたので、加筆しました。→こちら

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[№774]大観音通り商栄会

■■■・・・黄金の観音様の御利益のもと、文豪の記念館もある新旧同居の商店街
歩いた日 H31.03.30 【文京区】 

 文京区向丘は寺社が多く集積しているところです。白山上から向丘二丁目交差点を横切り、都道452号を千駄木方向へ歩いていくと、門柱に象の石象がある瑞泰寺、初代松本幸四郎の墓もあるという栄松院など、それぞれに由緒ある寺院が続きます。その先、駒込学園中・高校の手前にあるのが光源寺で、この本堂の右隣の敷地に、一見教会と見間違うような建物があって、その中に燦然と金色に輝く十一面観音像がおわします。「大観音通り商栄会」の名はこの観音様に由来するというわけです。
 もともとは元禄10(1697)年に造立されたものが昭和20年の東京大空襲で消失し、平成5年に以前のものを上回る御丈6mの黄金の像として再建されたとのこと。ガラス張りの中ですが誰でも自由に拝むことができるのはありがたいことです。お賽銭を投入して合掌。
  <黄金に輝く観音像が拝める光源寺の「大観音堂」>
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 さて、商店街の範囲は地名が千駄木に変わるこの観音様の先あたりから始まり、団子坂上までの400mほどの区間で、街路灯の下にフラグが下がるので一目で範囲がわかります。春休みのはずなのに駒込学園の生徒たちが時折歩く中を、道を左右に渡りながらぶらぶらと歩きます。区商連ホームページの紹介文に「戦前からの家業を引き継ぐ商店も少なからず昭和と平成が同居したような温かみのある商店街です」とありますが、まさにそのとおりの風景が続きます。
  <新旧が混在する趣の商店街>
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 昭和の看板建築も残り、そこで営業しているのが表具店だったり豆腐店だったりするのも懐かしさを助長します。中央付近にある「大銀ストア」がこの商店街の核的存在となっているようです。
  <昭和の看板建築も残る>
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  <懐かしい佇まいの酒店>
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  <「大銀ストア」があるあたり>
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 団子坂界隈は、かつて文豪が多く居住したエリアで、近くには夏目漱石旧居跡もありますが、商店街の通りに面して文京区立森鴎外記念館があり、その敷地内に鴎外が晩年を過ごしたという「観潮楼」跡の銘板が施されています。かつては眺望の良い丘の上の地で、海も見えたことによる命名なのでしょうが、今はもちろん見えません。
 なお、この通りの北側の旧地名が「駒込林町」で、徳川家霊廟用の薪材を産した林地であったとの説明板が、近くの小さな神社の前にありました。また、この近くの恵念精舎前(元専念寺境内)に、やはり元禄年間から伝わるという東都二番六地蔵もあるとのことですが、残念ながら見落としました。
  <文京区立森鴎外記念館(左奥に「「観潮楼」跡」>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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