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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№743]八光会商店街

■■■・・・駅から少し離れて、新旧の建物が混在する昔からの商店街
歩いた日 H30.12.08 【品川区】 

 東急目黒線の武蔵小山駅に降りました。武蔵小山と言えば優良(A級)商店街の代表格と言える「パルム」のアーケード街が余りにも有名ですが、その周囲にも多数の商店街があるので、今回はそれらを探訪しようというわけです。駅が地下になって久しく、また、「パルム」の一部を含めて駅前再開発が進行中で、武蔵小山の風景も変わりつつあります。
 線路敷地の脇の道を北東に歩くと、途中右側に飲食街の街路灯のある路地が見えますが、両側が再開発工事の仮囲いで、ここはパスします。まもなく、かつての踏切跡で、線路を横断していた道にぶつかりますが、この右も左も商店街です。まずは左側の「八光会」へ。いかつい感じの街路灯が続いています。
  <踏切跡付近から見た商店街(右が「幸寿司」、左が「大勝軒」)>
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 踏切跡近くの右側に「幸寿司」、左側にラーメンの「大勝軒」が向き合います。建物は全体に新旧混在で、新しめのマンションの一階にコンビニがあったりするのを見ながら進みますが、インパクトのある光景にはあまり出会いません。ただ、昭和の商業建築風もいくつか残り、そのひとつの「丸一食堂」の閉ざされたシャッターの柱に「本日休業」の貼り紙があるのが妙に気になります。ずっと「休業」でしょうか。また、これも古めの建物の「おでん くりこ」なんて、名前が良いですね。
  <新旧の建物が混在>
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  <「おでん くりこ」や「丸一食堂」など>
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 やがて左側に小山台高校が見えてきます。区の商店街紹介のサイト上の本商店街の説明文が「小山台高校の前にある商店街」で、まさにそのとおりです。そしてその向かいあたりに、スパイス料理の「インド茶店」があると思えば、並びにはフランス料理店もあるという国際色。その先で道が二又に分かれ、かむろ坂通りにぶつかるところまでがこの商店街範囲です。
  <小山台高校前の「インド茶店」やフランス料理店の並び>
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 ここのかむろ坂通りは20年くらい前の地図にはなく、山手通り方向から比較的最近伸びてきた道ですが、その名は、遊女小紫の禿(かむろ)が池に身を投げたという伝説に由来するとのことです。通りの向こうに小山台小学校が見え、その前をずっと進むと「林試の森公園」に行くことができます。
 この日の昼食は、散策の最後に、結局踏切跡のすぐ脇の「百時間カレー」というカレー店に誘われるように入ってしまいました。以前、神田でも入ったチェーン店です。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[番外22]上町商店街(上町銀座商店街・上町商盛会商店街)

■■■・・・かつての輝きが残像化、レトロ化した懐かしきアーケード商店街
歩いた日 H30.11.24 【神奈川県横須賀市】 

 所用があって横須賀を訪れたので、この上町商店街を久しぶりに歩きました。京急横須賀中央駅から南へ向かう平坂(ひらさか)という坂を上った先に続く歴史あるアーケード商店街です。坂の上だから上町(うわまち)なのです。
 この道は県道横須賀三崎線で、昔から衣笠を経て三浦三崎方面へ通ずる「三崎街道」と呼ばれる市内の骨格道路のひとつで、バスも頻繁に走ります。今から40年ほど前まで横須賀市民だった私もそのバスでよく横須賀の繁華街(下町と呼んでいました)へ行き来する際に通過していたところです。なお、平坂側の一部区間は「上町銀座商店街」、その先は「上町商盛会」と組織が分かれているようですが、ここでは一緒に扱います。
  <平坂上の交差点からみた商店街>
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 すぐ近くに市の文化会館や元国立病院の「うわまち病院」などもあり、かつては税務署もありました。昔はかなり賑わっていた記憶がありますが、最近はシャッターを降ろしたままの店が増え、寂しくなりました。ただ、昔の商業建築がそのままの形で良く残っているものが多く、看板建築あるいは立派な銅板建築が随所に残るすばらしきレトロ商店街と化しています。昔から続く洋品の「柳屋」や「門井仏具店」などは個人的にも懐かしい存在です。
  <懐かしき昭和の商業建築が並ぶ>
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  <芸術的ともいえる銅板建築の商店>
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 平成13年に作り替えられた「銅板建築を模した」とされるアーケードも、それほど新しさを感じず、レトロ感を助長する存在となっています。空き店舗を利用してお休み処を設けているなど、商店会もいろいろと努力をしているようです。通りから路地を一歩裏へ入ると、横須賀らしい「谷戸」地形の急斜面に住居がへばりついている風景を見ることができます。
  <栄光の時代の記憶がよみがえる>
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  <寂しさが募る風景>
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 初めてではないのに戦前から続くと思われる多くの古典的店舗建築が並ぶ光景に感動しながら、かつ子どもの頃の輝いていた商店街風景を思い起こしながら、バス停3つ分ほど歩き、以前税務署があった手前に残る本当に「古典的」と言える「立花食堂」でオムライスを食しました。戦前からの営業だということで、この店の存在自体が歴史と言えます。
  <超古典的な「立花食堂」>
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 文化会館入口付近のこれまた古くからの和菓子店「玉屋」に引き込まれるように入り、所用先への土産を兼ねて饅頭などをいくつか求めました。昔の話をすると、「閉めたお店が多いでしょう」、「バスで通過する人は多いのに」と話され、じわっと込み上げてくるものがありました。周囲にも懐かしい商店街がいくつかあり、もっと歩きたかったのですが、時間がなく文化会館前停留所からバスに乗り衣笠方面に向かいました。

・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№742]豊島一丁目築地通り商店会

■■■・・・かつての三業地の痕跡もなく、寂しい通りに懐かしき建物がわずかに残る
歩いた日 H30.11.17 【北区】 

 5年ほど前の炎暑の時期に豊島地区のいなり通り学校通り豊島中央通りの商店街を歩いたのですが、その際に漏れていたここ「豊島一丁目築地通り商店会」の区間を今回歩きました。
 豊島区ではなく北区の豊島ですが、ここが武蔵国豊島郡の中心で、平安期からこの地の領主であった豊島氏の発祥地だそうで、豊島七丁目にある清光寺が菩提寺であるということを、この日昼食をとった王子三丁目交差点際の「榎そば越後屋」の店主から教わりました。
 この築地通りは、その王子三丁目交差点近くから豊島いなり通りに至る間の位置にありますが、さらに調べてみると、「築地」は王子村にいくつもあった字のひとつで、明治末年にこのあたりが王子町になったころからここに「王子三業地」があり、この商店街の通りには映画館もあって栄えたとのことです。三業地とは言うまでもなく料亭、芸者置屋、待合茶屋が揃った花街であり、ここに花街ができた背景には、かつての王子や十条一帯に多数の工場がありそこで働く人たちが街にあふれていたという事情もありそうです。それらの工場の敷地の多くは今、団地に姿を変えています。
  <築地通りの西側入口>
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 今のこの築地通りにはそんな痕跡はまったく見られず、商店街の街路灯は整然と並ぶのですが、営業している商店はごくわずかという寂しい状況で、空き店舗化した建物が目立ちます。懐かしい昭和建築で現役で営業している「永瀬商店」は米を中心とした店のようです。その向かいの居酒屋「うさぎ」も懐かしい構えです。ちょっと今風にアレンジした感じの蕎麦店は「支度中」でしたが、青果店が一軒営業しているのが救いに見えます。西端付近のもうひとつの「八百勘」はシャッターが閉じていましたが。
  <昭和建築で現役営業中の「永瀬商店」>
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  <青果店が営業中の商店街中央付近>
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 中央の交差点角にある渋い建物の「日満運輸」が看板に「運輸省陸運局免許」の文字を残すのも良いですね。「運輸省」はもう20年近く前に国土交通省になっているのですが。別のビルに看板を掲げる「扇屋」も運送業者のようです。というわけで東へ進んでも小売の店舗は他にほとんどなく、わずかに歯科医院が営業する程度。そして豊島いなり通りに出てしまいました。5年ぶりですが、こちらの方はまだ商店街らしい雰囲気を良く残しています。
  <渋さ満点の「日満運輸」の建物>
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  <商店街らしさを失った東側区間>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

●[№236]豊島いなり通り商店会(北区)を再び歩いたので、加筆しました。→こちら

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[№741]王子3丁目商店街

■■■・・・製紙工場の門前商店街だった歴史を開運延命地蔵尊が全て見守る
歩いた日 H30.11.17 【北区】 

 尾長橋歩道橋がかかる王子3丁目の交差点は大きな交差点です。北本通り(国道122号)を含め大きな道だけで五叉路になっていて、そこに首都高速王子北ランプも合流するほか、赤羽方向と明治通り方向を結ぶ地下車道もあります。この交差点から北西方向に向かうもう一本の一方通行の道があり、北区商店街マップによればこの道沿いに「王子3丁目商店街」があることになっています。
 歩道橋を降りたところに「開運延命地蔵尊150m」の標識があり、それに導かれるようにその道に入りますが、どうやら商店街としての役目はほぼ終えつつあるという様相です。営業している店は数えるほどしか残っておらず、「王子3・4丁目」の信号までの区間で現役感があるのは薬局と豆腐店くらいです。居酒屋「手紙」はその名前に惹かれますが夜になれば営業するのでしょうか。空き店舗となった建物のかすれた看板に「でりか&ふーず金子食料品店」の文字がかすかに読み取れます。
  <王子三丁目側から見る(右が「新井工版」>
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  <かすれた文字の店などが並ぶ一角>
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 3丁目交差点に近い4階建てビルの一階で営業する「新井工版」は機械工具等を扱っているようで町工場の風情です。看板だけ残しておそらく廃業しているのであろう「木村風呂桶店」の建物は古典的で感動ものです。古典的と言えば、3丁目交差点側入口角で営業する看板建築の焼き鳥店も、思わず「頑張れ」と言いたくなってしまう貴重な存在です。
  <古典的な「木村風呂桶店」の建物など>
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  <看板建築の焼き鳥店>
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 そしてありました。「開運延命地蔵尊」。何本かの幟旗に守られるように小さな祠に収まったお地蔵様はとても良いお顔をしていらっしゃいます。その説明書きには、この道はかつて「宮江通り」といい、この先の今は王子五丁目団地となっているところに王子製紙の十条工場ができ、そこへ向かう牛車、馬車、自動車の増加に伴い交通事故が多発するようになったことから商店街有志が交通安全と町内の開運発展を願って建立したとの記述があります。
 さらに引用すると、戦前戦中を通じて毎月5のつく日を「お地蔵様の日」として夕方から夜店がびっしりと並び、お地蔵様へ参詣する老若男女で賑わったこと、昭和20年の大空襲でこの界隈が奇跡的に延焼を免れたのはお地蔵様のご加護のお蔭だったこと、なども語られています。
  <開運延命地蔵尊>
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 この商店街の歴史は、お地蔵様が全てご覧になってきたところであるわけです。製紙工場あっての商店街だったわけですが、その工場も戦後十條製紙へ継承されたものの昭和51年に公団の団地に姿を変えており、役割を終えつつあるのも無理からぬことです。お地蔵様に合掌。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№740]王子銀座商店街

■■■・・・狐との縁がある駅前商店街は新旧混在。絶品の十割蕎麦を食す
歩いた日 H30.11.17 【北区】 

 JR王子駅周辺の商店街を歩くのは何度目でしょうか。それでも、駅前広場から一番メイン通りともいえる北本通り沿いの王子銀座はいままでちゃんと歩いていなかったので、今回改めて歩くことにしました。というわけで、駅前広場からスタートです。
  <「北とぴあ」前からみた北本通り(王子銀座)>
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 北区商店街マップによれば、王子銀座商店街は、駅前から尾長橋歩道橋のある王子三丁目交差点までの北本通り沿いと、一部脇道の店も含めて構成されているようです。一番目立つのは「北とぴあ」で、「産業と文化の拠点」としてホール等の文化施設を持つ北区のシンボルと言われます。これを見上げながら進みますが、北本通りは国道122号で幅員が広く、両側で別の世界のようです。
  <駅近くのチェーン店等が多い部分>
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 駅前メインストリートらしく駅近くには全国チェーンの飲食店やカラオケ店などがありますが、意外にもそうした駅前繁華街的な喧騒の区間は短く、商業的な派手さは徐々になくなっていきます。建物は新しいものも多いですが、その中に古くから続くという風情の店がちらほら混じります。「ブックス王子」やその前だけ古びたアーケードが残る「My Hat コンドー」、ビルの谷間で懸命に頑張っているように見える生花の「はなきち」、「創業85年感謝祭」と掲げる「菊秀洋服店」などなど。空き店舗化しながらも古い建物が残っている姿も見られます。
  <「My Hat コンドー」や「ブックス王子」などがあるあたり>
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  <小さくてもがんばる「はなきち」>
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 特大看板の黄色いビルは、長年スーパーとして頑張ってきた「ほりぶん」ですが、閉じられたシャッターに「平成30年11月30日で営業終了、閉店以来4年半ありがとう」の趣旨の文字。一端閉店したもののその後細々と復活営業してきたものがいよいよ終了ということのようです。この前にもアーケードが残りますが、この跡は今後どうなるのでしょうか。
  <営業終了の「ほりぶん」>
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 途中に蕎麦店の「砂場」もありましたが、尾長橋歩道橋のたもとに古びた建物の「榎そば越後屋」をみつけて恐る恐る入店。蕎麦と水だけで作る十割そばは、北海道幌加内産とのことで絶品です。店内壁一面に多数の狐の面が飾ってあるので聞いてみると、線路の向こうの王子稲荷に大晦日の夜、諸国の狐が集まって江戸時代は狐火で有名だったとのことで、全国の狐の面を買い集めたということです。歌川広重の原画という狐火の浮世絵も飾ってありました。
  <十割そばの「榎そば」>
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 ここで代々続けている店だそうで、かつてこの先に王子製紙の工場ができたころはこのあたり一帯はほとんど田んぼだったという話など、王子の歴史も店主から伺いました。帰ってから調べると、王子銀座商店街でも大晦日に「王子狐の行列」を行うそうで、商店街は昭和初期からあるとのことです。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№739]氷川仲通朝日会

■■■・・・幡ヶ谷氷川神社の門前で商店街の「残像」のような風景
歩いた日 H30.11.10 【渋谷区】 

 甲州街道下の京王線初台、幡ヶ谷駅から北のエリアは渋谷区の北端にあたりますが「本町」という地名を名乗ります。そこで圧倒的存在感の「不動通商店街」を歩き通した後、近くにあるはずのこの「氷川仲通朝日会」という商店街を目指しました。区商連のホームページで存在を確認していたものの位置情報等が曖昧なまま住宅地内をうろうろと探して歩きます。
 本町二、四、五、六丁目が接するところにやってきて、見つけました。「氷川仲通り朝日会」の名入りの街路灯を。富士に朝日が昇る明るい図柄のフラグが下がります。
  <商店街の南側入口付近(右は渋谷学園グラウンド)>
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 最初の区間の右側は、かつて本町小学校があった敷地で、今は小中一貫校の「渋谷学園」としてかつての本町中学校の土地に統合され、今ここはグラウンドとなっています。不動産店などがあるものの空き店舗もあり、不動通りの賑わいとのギャップ感が大きいですね。暗渠になった神田川支流を跨ぐ「地蔵橋」を渡った先も現役店舗はわずかで、明るいフラグの街路灯だけが妙に目立ちます。
  <蕎麦店などがある商店街中央付近>
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 蕎麦店などが営業していますが、やがて道が左に曲がり、コンビニの周囲に商店街の「残像」のような風景が続く様子を見ながらさらに進むと、商店会名にも謳われている氷川神社が見えてきます。
  <コンビニ周囲の商店街の「残像」風景>
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 住宅地の中に忽然と現れるという感じで鎮座する幡ヶ谷氷川神社ですが、創建年代は不明なものの戦国時代にはあったとされ、幡ヶ谷村の鎮守社であったとのこと。不動通りの幡ヶ谷不動尊とも関係があったようです。いくつかの境内社もあります。姿勢を正して二拝二拍手一拝。
  <幡ヶ谷氷川神社>
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 神社の先にも商店がいくつかあり、道が二手に分かれるところなどは思わず見とれてしまうほどの年季の入りようなのですが、例の街路灯が途切れるので商店会範囲からは外れるようです。ここはもう中野区との区境に近く、方南通りも間近なはずで、氷川神社の門前町として形成され栄えたのであろう商店街であるものの、今は商店会の組織が維持されていることだけでも立派と言えます。
  <昭和の残影のような神社西側部分の風景>
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 戻る方向へ、先ほどの蕎麦店などを覗きながら歩くと、小さな信号交差点で左からヌッと「ハチ公バス」が出てきてこちらへ曲がってきました。わっ、こんな狭いところを走るんだ、と少々驚きです。渋谷区のコミュニティバス「ハチ公バス」は4ルートあり、ここは「春の小川ルート」なのでした。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№738]不動通商店街

■■■・・・不動尊に見守られ、「生きている」すばらしき庶民派商店街
歩いた日 H30.11.10 【渋谷区】 

 2年ほど前に、「オペラタウン商店会」を歩いた時に、その延長上にこの「不動通商店街」の存在を認めながら引き返してしまったので、今回改めて訪れました。京王線初台駅中央口からオペラ通りを通り、水道道路を渡って不動通りへ入ります。商店街のメインはこれをさらに突き当たった東西方向であり、ここはいわば支線ですが、駅アクセスルートとして狭い道に人通りが多くあります。
  <初台駅からの道沿いの青果店など>
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 いかにも「八百屋さん」という感じの青果店や、小さな洋食屋という感じの「キッチンキクヤ」などが地域密着感を濃厚に漂わせ、近代的な東京オペラシティとは好対照の光景です。で、突き当たるとメインの商店街通りです。まず右へ行き、通り名の由来である鳩ヶ谷不動尊を拝んでいきましょう。
 荘厳寺という立派な寺院で、光明山真言院と号し、本尊は薬師如来像ですが不動堂の不動明王立像は江戸の三大不動のひとつとも言われるそうで、幡ヶ谷不動尊の名で親しまれているとのこと。
  <鳩ヶ谷不動尊(荘厳寺)>
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 商店街はこの門前の少し先の山手通りとの交差点から始まり、門前を通って延々と西へ700mほど伸びています。一方通行の通りに時折クルマが通りますが、新旧の店が両側にほぼ途切れなく続いています。空き店舗らしきものが目立ち一番寂しいのは意外にも不動尊の門前の前後で、初台駅からの人の流れは西へ折れるのがメインということなのでしょう。
  <「ファミリーセンターダイヤ」>
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 「ファミリーセンターダイヤ」というディスカウントスーパーが一応核になっているようですが、他を威圧する風では全くなく、商店街の一店舗として溶け込んでいる感じです。それにしてもこの「庶民派商店街」の典型のような空気はすばらしいです。昭和の看板建築も多く残り、景観的な懐かしさも大きいのですが、そういう建物をうまくリノベーションして現代風のカフェやレストラン等に使っているものもあり、各店が「生きている」という感じで並んでいるのです。まさにこの本町地域の生活の軸として機能しているというところです。
  <すばらしき商店街風景(1)>
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  <すばらしき商店街風景(2)>
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 そんな感じで「児童センター前」の信号まで続き、さらにその先2方向にも少し商店街範囲が伸びていますが、この北にある「氷川仲通朝日会」に足を伸ばした後に引き返し、そば処「松の家」でもりそばセットの昼食にて疲れを癒しました。
  <児童センター前交差点付近>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★★
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№737]上野駅前一番街商店会

■■■・・・昼呑みで盛り上がる大人の楽園のような一角で熱々のカツ丼を食す
歩いた日 H30.11.03 【台東区】 

 御徒町駅からJRの東側線路沿いの「御徒町駅前通り」を北上してくると、「上野さくら通り」と交差する部分から先はこの「上野駅前一番街」となります。もう上野駅の方が近いのですが、アーチには「かねの鳴るまち」の文字もあります。どこでどんな鐘の音が聞こえるのか謎ですが、たぶん鳴っていてもかき消されてしまうくらいの連休の賑わいと喧騒です。
 かつては線路西側のアメ横の賑わいに対してこちら側は比較的静かだったように思うのですが、今は外国人客も含めて人がとても多く、上野の街も少しずつ変わってきているなあと思います。
  <線路東側沿いの賑わい>
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 この「一番街」は、線路東側に沿う道のほか、上野東京ラインと山手・京浜東北線の間の細長い空間の双方に跨がっており、この「線路の間」の方も店先で昼呑みが楽しめるなど、庶民ロードの空気感でいっぱいです。上野東京ライン高架下の店はどちらの道からも出入りできるものが多いようです。「せんべろ」(千円でベロベロになれる)を看板に掲げた居酒屋もあり、もう大人の楽園ですな。
  <線路と線路の間の庶民ロード感あふれる空間>
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 さくら通り側のガード下はまさに昼呑みの「せんべろ」空間。老若男女入り乱れて昼から大盛り上がりです。飲食店が多い中に、チェーン店なのに特に行列ができている店がいくつかあって、その行列を良くみると多くがアジア系外国人たち。鰻丼の「宇奈とと」や回転寿司チェーン店などの行列は、きっとクチコミでの評判によるものなのでしょうね。これもまた面白い現象です。
  <高架下の混沌とした「せんべろ」的雰囲気>
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 上野駅側の出口近くにあるカレー店「クラウンエース」は、気軽に食べられるスタンド形式のカレー店で、数回入ったことがあり、この日もここで昼食にしようと思っていたのですが、「線路の間」の道を歩いていたら「森の茶屋」という定食店に旨そうなカツ丼メニューを見つけ、思わず入ってしまいました。大盛りはものすごいボリュームのようなので並で注文。洒落た店名とは裏腹に店内はまさにガード下の大衆食堂で、競馬中継が流れ、元気の良い店員さんが運んできた熱々のカツ丼で満腹になりました。どのメニューもかなりのボリューム感で、躍動感、エネルギーを感じる店です。
  <カツ丼がすごい「森の茶屋」>
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 線路東側の純喫茶「ギャラン」も一度入ったことがありますが、昭和のバブル的雰囲気を残す面白レトロ空間です。その店の向かいあたりに「かねの鳴るまち」の石碑がさりげなく置かれています。
  <昭和レトロ豪華喫茶「ギャラン」>
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  <「かねの鳴るまち」の碑>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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