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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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[№736]御徒町駅前通り商店会

■■■・・・新陳代謝を繰り返しつつ混沌とした空気が渦巻くおもしろ不思議空間
歩いた日 H30.11.03 【台東区】 

 久しぶりに土曜の昼に街歩きの時間がとれると思ったら、この日は祝日。普通の生活型商店街は祝日休みの店が多いだろうと、賑わいを求めて敢えて繁華街に降り立ちます。御徒町駅の北口に出て線路沿いに上野駅方面へ歩こうと思いますが、アメ横側ではなく東側の線路沿いの道にします。春日通りからの入口に「御徒町駅前通り」のアーチがかかります。春日通り沿いも含め全ての方向が「駅前」でしょうが、ここが正真正銘というところか。商店会の範囲は上野駅との中間くらいまで続きます。
  <御徒町駅側の「駅前通り」入口>
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 やはり上野一帯は祝日・連休だからこその賑わいです。いや、いつも賑わっているのですが、祝日は特に華やかな空気が渦巻いているという感じ。この道も今まで何度も歩いていますが、この混沌とした雰囲気は不変ながら、店は少しずつ新陳代謝しているようです。「あれ、こんな店あったっけ?」と思うような店を改めて発見したりして、なぜか新鮮な気分になります。そして外国人、特にアジア系外国人のグループの多さに驚かされます。
  <混沌とした祝日の商店街風景>
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 多種多様な飲食店や「ブランドバッグ」などと掲げながらも大衆価格のカバン店などが多いなあなどと思いながら行きつ戻りつしていると、「火消魂」なる店を発見。「火事と喧嘩は江戸の華」というように「火消し」は江戸の文化のひとつともいえ、それを商品化して半纏やTシャツなど火消しグッズを販売するとは、なんとユニークな目のつけどころでしょう。外国人の注目度も高そうですね。
  <火消しグッズ専門の「火消魂」>
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 何十人という行列ができているラーメン店があったり、ドクロマークなどおどろおどろしいデザインのTシャツばかりを販売している店があったり、革ジャン専門店「舶来堂」本店があったり、このごちゃごちゃ感が上野の本領です。そんな中にひっそりと画廊があったりするのもまた面白いところ。
  <ドクロマークのTシャツなどの店>
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  <「駅前通り」の中央部付近>
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 この通りの片面は鉄道ガード下で、高架下に小店がひしめく「アメ横プラザ商店街」と重複しているようなのですが、ここではそんな固いことは気にしないようにしましょう。ただ、かつてその線路下の2階にあって何度か入ったインドカレー店「アーグラー」がいつのまにかなくなってしまったのは残念です。一方、その後一度入ったレトロ喫茶「丘」が健在なのはうれしい限り。道はそのまま線路に沿って「上野駅前一番街」へと続いていきます。
  <レトロ純喫茶「丘」>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№735]横山町馬喰町新道通り会

■■■・・・狭い直線の道沿いに密度感高く繊維問屋が連なり賑わう歴史ある街
歩いた日 H30.10.29 【中央区】 

 この通りも、横山町、馬喰町の繊維問屋街の中心をなす通りのひとつです。横山町大通りが一番の中心的存在ですが、その北西側に並行する道幅4mほどの道で、この通りが日本橋馬喰町と横山町の境界をなします。新道は「しんみち」と読み、何か所かにある門型アーチには「NEW ROAD」の文字もあります。
  <新道通りの問屋街風景(1)>
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 基本的には問屋街なので一般の人の買い物はできません。洋服、呉服、タオル、靴下、鞄などそれぞれ専門店が軒を連ねますが、「素人お断り」で、各地の小売店の仕入れの場であることは横山町大通りと同じです。浅草橋交差点から清洲橋通りを跨いで400m以上にわたって続きますが、横山町大通りと比べて道幅が狭いこともあって人や店の密度の高さを感じ、問屋の衰退が言われる中でもまだまだ健在と見ることができます。
  <新道通りの問屋街風景(2)>
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  <新道通りの問屋街風景(3)>
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 ただ、周辺では問屋が撤退した跡地にホテルが建てられたり、今風のカフェにリノベーションされたりという例も増えており、やはり少しずつ情景は変わっていきそうです。
 リノベーションというほどではないですが、仕入れに来る人たちなどを相手にする飲食店がちらほら混じります。問屋に囲まれるようにあった讃岐うどんの「ちょうさ」は人形町に移転してしまいましたが、横切る道沿いに4階建てビルをそのまま使っているインド料理店「ダクシン」は繁盛しているようです。この日は、南西端付近にあるとんかつの「はしや」で昼食にしました。この店は数年前に近くから移転してきたもので、仕入れ客というより近所のビジネスマンがいつも行列しています。
  <ビル丸ごとインド料理の「ダクシン」>
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  <とんかつ「はしや」があるあたり>
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 中央付近の角の「日本橋クリニック」が入るビルはなかなか重厚なつくりで、歴史を語る象徴のようにも見えます。さらに歴史をさかのぼると、馬喰町の地名は、隣接する大伝馬町、小伝馬町との関係もあって、江戸時代には馬市が立ち、馬や牛を仲介する「博労(ばくろう)」が集積していたことに由来します。横山町側には江戸時代から問屋の集積がありましたが、馬喰町はそれらへの遠来客等のための大小の旅籠が集積する江戸随一の旅館街であったということです。
 新道通りは、両町の境の溝の上に板を張って通行したのが始まりで、関東大震災後に「新道通り」となって問屋街として発展したとの記述が「馬喰町横山町新道通り会」のホームページにあります。
  <中央付近のクリニックが入る重厚な建物>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№734]横山・橘通り共栄会

■■■・・・繊維問屋街の一角だが、飲食など問屋のサポート機能が目立つ通り
歩いた日 H30.10.29 【中央区】 

 日本橋横山町、馬喰町界隈といえば日本有数の繊維問屋街で、その中心軸をなすのが「横山町大通り」ですが、問屋はこれを中心に面的に広がっています。また、各地から仕入れにくる小売商などのための飲食店も、「飲食店街」を形成するほどではないですがこのエリアに点在しています。都営地下鉄浅草線東日本橋駅、同新宿線馬喰横山駅、JR総武快速線馬喰町駅の3駅が地下でつながり利用可能で、東京駅からも2駅と利便性が良いこともあって、近年は問屋の衰退とともにIT系などのオフィスやマンションなども増加しているようです。
 「横山町大通り」は以前紹介したので、今回はその一本東に並行する「横山・橘通り共栄会」の通りをレポートします。「日本橋横山町」は今もある地名ですが「橘町」は地名としては消失しており、今はこの通りが日本橋横山町と東日本橋三丁目の境をなす形となっています。
  <問屋街の本領を発揮している北端付近>
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 大きな一方通行の清洲橋通りを跨ぐ形で通りは形成されており、その清洲橋通りとの交差部の両側に商店会名入りの大きなアーチがかかっています。その角には事務用品や包装用品、店舗用品などの専門商社である「シモジマ」横山町店の店舗が構え、地下鉄の出入り口もあります。
  <清洲橋通りが横切る付近(寿司の「群八」など>
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 この通りは問屋街そのものというよりも、それをサポートする機能が集積しているという感が強く、飲食店をはじめ、横山町大通り側との両側に面する「横山町奉仕会館」などが目立ちます。もちろん、店頭に段ボール箱が山積みの問屋もありますが、この界隈の問屋等が主対象である「東京実業健保組合」の会館が大きな間口を占めるなど、これもサポート機能ですね。
  <「東実健保会館」などの並び>
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 飲食店では、洋食喫茶の「バルーン」が古風な店構えで営業しているほか、最近この界隈で増えている新タイプのカフェがここにもできています。寿司の「群八」はだいぶ前に入ったことがありますが、握りの一貫がとても大きかった記憶があります。どこもランチ時には満席となりますが、その名もずばり「珈琲屋」という喫茶店のランチも一度味わってみたいと思っています。
  <洋食喫茶「バルーン」やニュータイプのカフェなど>
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  <喫茶店「珈琲屋」もある飲食店等の並び>
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 そういうわけで、少々とりとめがない印象でもありますが、良く見ると、年代物の素敵なビル建築があったりします。でも変化が激しい街なので、常に注目し続ける必要もありそうです。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№733]池袋本町通り商店会

■■■・・・生活密着型商店街の風情を残すが、計画道路による環境変化が心配
歩いた日 H30.10.06 【豊島区】 

 池袋本町エリアのほぼ中央で、中央通りから分岐し、池袋本町三丁目と四丁目の境をなしながら東上線下板橋駅前までの道沿いで構成されるのが「池袋本町通り商店会」です。前記事の中央通りから「中央」の文字が抜けた名称ですが、実質的に両者により池袋本町地区を南北に貫く商店街を形成していることになります。
  <中央通り側入口に近い青果店などがある部分>
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 中央通りからの分岐点から間近な位置で青果店が健在なことにまず安心させられます。そこから、現役店の密度はやや薄くなりますが、酒店の「越後屋」のある角のあたりから商店街らしさが復活してきます。スギ薬局が入っているマンション一階で、個人店であろう美容室が区画を占めていたりするのも好ましく見えます。その少し先に鮮魚店が、さらにその先には精肉店があり、生鮮3品の店が揃って残っていることが「商店街が生きている」ことの証と考えると、安心もできます。
  <「越後屋」酒店があるあたり>
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  <鮮魚店が営業中>
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  <精肉店も営業中>
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 しかし、空き店舗化しているものも多く、既に空地となっている部分もあります。下板橋駅の近くでも青果店が廃業したらしい情景が見られました。
  <下板橋駅に近いあたり>
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 それもそのはず、下板橋駅の踏切手前に都市計画道路補助73号線の事業を知らせる都の掲示板があって、その地図によれば、この商店街の駅寄りの100mほどの区間は完全にこの計画道路と重複し、特に西側面はすっぽりと道路用地に呑み込まれることになります。補助73号線は西新宿と赤羽台を結ぶ予定の幹線道路で、完成すればこの地域の環境、景観は一変するでしょう。
  <下板橋駅前から見る商店街(右側が都市計画道路で削られる)>
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 この地域の多くは木造建物密集地で、防災面を含め広幅員の道路は必要ですが、商店街やそれを軸としたコミュニティが失われる寂しさもあります。古いものを残すだけが良いわけではありませんが、両者をうまく両立させる方策を見出せれば、とも思います。
 さて、下板橋駅と北池袋駅の間は数百mしか離れておらず、この間にはもうひとつ「池袋協和会」という商店街があるのですが、この日は時間の関係で散策せず電車に乗ってしまいました。池袋本町エリア内4商店街を踏破できなかったのは残念ですが、いつかまた改めて訪れたいと思います。因みに、下板橋駅はその名に反してぎりぎり豊島区内にあります。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№732]池袋本町中央通り商店会

■■■・・・副都心の隣町で生き残る生活密着型商店街で美味の蕎麦を食す
歩いた日 H30.10.06 【豊島区】 

 池袋本町は1~4丁目まであり、華やかな副都心池袋の陰に隠れた感じの静かな住宅地主体の地域ですが、「中央通り」は一、二、三丁目を南北に貫きます。このあたり、商業的な精気はほとんど池袋駅周辺の繁華街に吸い取られてしまった感が強いのですが、それでもここは、古き良き地域の商店街の雰囲気をまだ残しています。
  <北池袋駅からの道が突き当たる商店街中心部>
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 この日は、北池袋駅から歩いて、この商店街の中央部分に出たのですが、まず目を引いたのが、「だんご」の幟を掲げる和菓子店「亀屋」の先に、木造平屋建てでしぶとく残っているという感の金物店「石川商店」です。これを見られただけでも来た甲斐ありというところ。貴重な風景です。
  <木造平屋で残る金物の「石川商店」>
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 このあたりが商店街の中心部で、南と北は商店密度が薄くなりますが、この中心部分には青果店やお茶と海苔の店などもあり、こうした生活密着型の商店街が健在な様子にはうれしさを感じます。
 南側は二又に分かれ、西側の道に入ってすぐのところの蕎麦店「松月庵」が3時までランチタイムで開いているので入店し、力そばを注文しました。長く続く街の蕎麦屋さんという感じの店で、しっかりとした蕎麦の味わいでした。「十勝蕎麦処」の木製看板表札が店内にあったので聞いてみると、やはり北海道産の蕎麦とのことでした。満足、そして満腹。
  <蕎麦店「松月庵」>
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 その道を川越街道に出る手前に、真言宗豊山派の寺で豊島八十八ヶ所霊場のひとつという重林寺があります。川越街道に出てから再度東側の道に入り直し、商店街を北上しましたが、空き店舗化したものも含め、古き良き建物が散見されました。北方向へ行ったところには、長屋建築で銭湯とコインランドリーが入っているものがあったりもします。
  <古き良き建物も残る風景>
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  <右側が銭湯も入る長屋建築>
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 さらにその先には、旧池袋村の鎮守で先ほどの重林寺とも関係があるという氷川神社があります。鳥居の内側の参道が公道化して横文字のアパート等が面しているのが興味深いですが、立派な社殿に二礼二拍手一礼にて参拝しました。実は、既に事業化している都市計画道路補助73号線がこの商店街の一部を呑み込む計画となっており、時代の流れとはいえ、商店街が消滅してしまいませんように、とも祈りました。
  <池袋の鎮守「氷川神社」>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№731]ふれあいロード北池商店会

■■■・・・池袋からひと駅の駅前なのに活気が感じられず残念
歩いた日 H30.10.06 【豊島区】 

 東武東上線で池袋から一つ目、北池袋駅の周辺は、近接の池袋駅界隈の繁華街、歓楽街の喧噪が嘘のように静かな住宅地主体の雰囲気が広がっています。頭上を首都高速5号線が走る国道254号(川越街道)がその境界になっているようです。北池袋駅西側一帯の地名は池袋本町ですが、「本」の字の意味を問いたくなってしまうほどの違い様ですね。
 小さな改札を出ると正面にいきなり懐かしき看板建築の建物があり、右側はすぐ踏切。東上線とJR埼京線をまとめて渡るので閉まる時間が長いのですが、その踏切から西へ100mほどの区間が「ふれあいロード北池」となっています。通りには「池本商人まつり」の赤い幟旗がいくつもひらめきます。池袋本町では、エリア内の4商店会の結束が強いらしく、共同のホームページも持っていて、10月は地域の「ふれあいまつり」とのことで、「商人まつり」もそれと一体の行事なのでしょう。
  <商店街中央付近から踏切方面を見る>
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 3連休初日の土曜日のせいなのか、シャッターを降ろした店舗が多いようにみえますが、平日は、あるいは夜はもう少し華やかになるのでしょうか。生鮮食品店らしきものも見当たらず、駅前商店街とはいえ地域の生活消費需要に応えようという意欲をかなり失ってしまったような印象です。
  <「モリオカ菓子店」などがある長屋建築など>
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 懐かしい造りの長屋建築の中で目立つ看板の「モリオカ菓子店」も閉まっているし、上記ホームページではその手前にあることになっている青果店も店の気配を消した状態です。美容室や理髪店が営業しているなあ、という程度で、商店街区間は終わってしまいました。
  <商店街西端から見る風景>
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 ひとつ興味を引いたのは、駅近くの蕎麦店「長寿庵」。メニューに洋風の要素も混じる個性派の店らしく、ネット上の評価もまずまずなので、散策後に戻って来られたら入ろうかと思いましたが、結局この日はここに戻らなかったので、機会を逃しました。残念。
  <駅前近くの個性派蕎麦店「長寿庵」など>
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 ところで、この「長寿庵」の向かいあたりから南に入る狭い路地に、明らかに「ふれあいロード」とは異なる街路灯が続いています。寿司店や居酒屋らしきものも見えますが、街路灯に下がるフラグには防犯メッセージと「池袋本町一丁目町会」の文字。別の商店会なのかと思いつつも足を踏み入れなかったのが悔やまれます。またいつか確認に来ましょう。
  <「池袋本町一丁目町会」の表示がある通り>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№730]池ノ上北口商店会

■■■・・・渋谷や下北沢に近接のこの地で昭和の商業建築群に出会える驚き
歩いた日 H30.09.22 【世田谷区】 

 池ノ上駅の踏切を挟む商店街は「池ノ上商栄会」で、駅北側にも50mほど続いているのですが、最初の四つ角から先、直進方向は組織、名前が変わります。区商店街マップでは「池の上北口商店会」となっているのですが、現地の街路灯の表示は「池ノ上北口商店会」。「の」と「ノ」の違いですが、本記事のタイトルは街路灯に従うこととします。
  <駅側の商店街入口部分>
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 上記の四つ角から北へ150mほどの短い商店街ですが、南側の「商栄会」の賑わいとはかなりのギャップ感があります。時間の流れ方が違うというか、お洒落な山の手のイメージは影をひそめ、昭和的な空気が濃厚になります。入っていきなりの右側には立派な銅板建築の空き店舗があります。戸袋窓等に凝った装飾もあり、かつての栄華を偲ばせますが、今は自動販売機が幅をきかせています。
  <懐かしき銅板建築など>
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 しばらく進むと左に昭和の商業建築の象徴と言える立派な看板建築の並びが見られます。そのひとつに「荒木氷室」の看板がかかり、同じ建物の隣は「荒木屋」という居酒屋風です。「荒木氷室」で検索すると下北沢の甘味処がヒットするのですが、それとの関係ありでしょうか?
  <堂々とした看板建築の「荒木氷室」など>
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 その先の看板建築も「BLABC-FAON」という洒落たカバン店に使われています。このように古い建築物が新しく利用されるのは良いことです。「BAR」の看板があるものもあります。
  <カバン店「BLABC-FAON」に使われている古い建物>
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 駅から近いのに人通りも少なくなり、すぐに住宅地の風景に変わってしまいます。商店街としても短いですが、ここが多くの人を集め賑わっていた時代があったことを、これらの古き良き商業建築たちが物語っています。それにしても、いやあ懐かしい。渋谷からほど近く、若者文化が際立つ下北沢からも数百メートルというこの場所で、このような風景に出会えるとは、正直言って想定外のうれしさでした。
  <しっとりした空気が漂う商店街>
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 ところで、駅名の「池ノ上」は今の地名にはありません(地名は代沢、北沢)。その由来は、「かつて駅の南方に、北から南に延びた細長い池があって、そのため駅周辺の高台を「池の上」と呼ぶようになったという説が有力」とのこと(住建ハウジングの東京地域情報サイト「東京さんぽ」より)。なるほど。武蔵野台地の地形を学ばせてもくれますね。

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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