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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№660]旭丘東商店会

■■■・・・千川上水跡の桜並木は練馬区最東端の商店街
歩いた日 H29.12.09 【練馬区】 

 江古田駅付近から南東に続く旭丘地区の千川通りで、旭丘中央商栄会のさらに東に続くのがこの「旭丘東商店会」で、豊島区との境までを範囲としています。
 こちらも建物は新旧混在で、やはり駅から距離があるせいか生鮮食品店やスーパーなどもなく、商店街としては勢いを失っている感じですが、桜並木は中央商栄会の領域よりも立派です。春は良き花見スポットになることでしょう。歩道が広くなって花見には好都合にも見える区間があるのは、この下に暗渠化されている千川上水との関係によるものでしょうか。
<冬の桜並木の商店街>
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 そんな桜並木に面して古い建物が並ぶ中に、ちょっと洒落た「Mockingbird」という横文字看板で営業するアメリカンケーキの店があり、その並びが居酒屋の「やなぎ」だったりするのが面白いところ。その少し手前の向かいには、「ねりまだいこん酵母パン」の看板を掲げる「デンマーク江古田工場売店」がオレンジ色の外観で目立っています。
<桜並木に面する古い建物に新旧の店が並ぶ>
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 南東端近くの古いマンション形態の建物の一階で存在感を見せているのは、ここでも自転車店の「セオサイクル」です。千葉県船橋が本社ですが、関東各県をはじめ広範囲に店舗展開しています。その先の交差点から先は豊島区ですが、暗渠化された千川上水はここで直角に曲がり、有楽町線千川駅方向に向かうとのこと。直進方向はぐっと道幅が狭くなります。
<区界に近い部分の「セオサイクル」等>
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 道の反対側を戻りながらみると、「内外鳥獣 小鳥」という看板のペットショップが興味をそそります。そして、北に入る路地を跨ぐ注連縄つきの立派な赤鳥居には「穴守稲荷」の文字が。入っていくと路地の右側の民家のような建物にへばりつくように石の鳥居と赤い格子扉があって、どうやらこの建物の中にお稲荷さんがいらっしゃるようです。この建物、町会会館を兼ねているのもユニークです。
<「小鳥」の看板のペットショップ等>
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<町会会館と一体の建物の「穴守稲荷」>
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 千川通りに戻って、その近くの蕎麦店「江戸清」で肉南蛮そばの大盛りをいただきました。本当に昔ながらの「街の蕎麦屋」という感じの店です。なお、千川通りから一歩北に入ったところには練馬総合病院があり、その病院も商店会の一員に名を連ねているようです。これは心強いとも思えますが、病院を訪れる人が商店街の店を利用するというパターンはあまりなさそうです。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№659]旭丘中央商栄会

■■■・・・「炭」の店などを見ながら千川上水の歴史をしのぶ
歩いた日 H29.12.09 【練馬区】 

 江古田駅から旭丘文化通り商店街を南東端まで歩いてから、並行する千川通りに出ると、そこが「旭丘中央商栄会」の領域でした。千川通りは両側歩道付きの2車線道路ですが、ここは駅から500m前後離れていることもあって駅周辺の喧騒からは遠く、歩道の人通りも多くはありません。
<中層の建物が並ぶ商店街>
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 商店街としても、駅に近い「旭丘千川通り商店会」と逆の「旭丘東商店会」に挟まれた延長200m足らずのこの「商栄会」区間は、日常の買物需要に応える生鮮食品店や核となるスーパー等があるわけでもなく、失礼ながら何かとりとめがない感じで、一番目立つ存在が自転車店の「ダイシャリン」や日立の電動工具店だったりするわけです。
<自転車店「ダイシャリン」など>
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<電動工具店等の並び>
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 建物も、中層のマンション化したものの一階が店舗利用されているというものが多いのですが、そんな中で私の目を引いたのは、残された古い低層の商業建築の並びにある「木下薪炭店」です。今どき、「薪炭」なんていう言葉が生きているのが嬉しいですし、「炭」の大きな一文字の立て看板も懐かしさをそそります。「高田神仏具店」もシックな感じで、こういう店がずっと続いてほしい、などと思ってしまいます。
<懐かしさ抜群の「木下薪炭店」など>
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 ところで、ここも含めて千川通りは、「千川上水」に因む通り名で、この通りの下に暗渠で通っている千川上水とは、Wikipediaによると、元禄9(1696)年に徳川将軍綱吉により、玉川上水から分流させて江戸の城北地域への給水を目的に開削が命じられたもので、現在の西東京市新町と武蔵野市桜堤との境界付近にある境橋(旧武蔵国多摩郡上保谷村地先)に分水口があり、ここから豊島区西巣鴨まで、武蔵野台地上を東西に流れる、というものです。
 豊島区の有楽町線にも「千川」という駅があることや、文京区にも千川通りがあることなどもこれで納得がいきます。農業用水としても長く使われた歴史があるようですが、昭和20~40年代に暗渠化され、水の流れはほとんど見られなくなりました。練馬区内の区間では、その暗渠上の千川通りが桜並木となっている部分が多いようですが、並木には疎密があるようで、この商店街区間ではあまり「並木」を強く意識できません。もっとも今は冬だからで、春に来れば良いのかもしれませんね。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№658]旭丘文化通り商店会

■■■・・・こだわりスーパーを中心に「文化」を主張する健気な商店街
歩いた日 H29.12.09 【練馬区】 

 西武池袋線の江古田駅は、以前、北口側を歩いたので今回は南口側に降りてみました。駅前直近には広い道路がなく、「江古田銀座」を名乗る商店街もあるのですがその範囲が明確に捉えられず、とりあえずパスし、もう少し落ち着いた雰囲気を求めて東方向の旭丘に歩を進めました。
 旭丘は江古田駅の東側に広がるエリアの地名で、練馬区の最東端に位置します。まずは、千川通りの北に並行する「旭丘文化通り」へ。駅に向かい合うパチンコ店の両側の道から「文化通り商店会」の名入りの街路灯が始まりますが、その一角は駅前の喧騒の延長という感じで、「落ち着いた雰囲気」はその裏から始まる直線状の道にあります。
<駅近くでいきなり現れる懐かしき建物の並び>
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 いきなり昔ながらの看板建築を利用した商店の並びが現れて思わず足が止まります。入っている店は美容室だったりするわけですが、何となく新旧の時代が混在している雰囲気が何とも言えません。街路灯に下がる少々くたびれた感じの商店街フラグもそんな雰囲気にどことなくマッチしています。
 その先、右側が空き地になっていて何か大きな建物が建ちそうですが、その向かいにあるのがこの商店街の核ともいえるスーパー「生鮮館まるたか」です。「鮮度抜群の野菜と安心価格が魅力のこだわりスーパー」で、肉は自家所有の神明牧場からの仕入れとのことですが、神明牧場はどこなのでしょう。店頭のパラソルの下に並ぶ野菜たちがすごく気さくな感じです。
<気さくなこだわりスーパー「まるたか」など>
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 とんかつ「藤」などを見ながら進むとだんだん店舗密度が薄くなります。前面を異様に飾りたてた民家か店かわからない建物と小公園が向かい合うところがあったり、「かぐやひめ」という名前の夜のスナック風の店があったり、シャッターが閉まりかけているものの昔ながらのたばこ店風の店があったりしますが、やはり土曜のせいかシャッターが閉じた「岡田精肉店」の先、駅から500mほどの地点で商店街街路灯が終わります。
<とんかつ「藤」などの並び>
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<懐かしいたばこ店等の風情>
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 東京西郊の住宅地内で、ややくたびれた空気が全体に漂う通りではありますが、この商店会は「ASAHIGAOKA BUNKA DORI」という洒落たホームページを持ち、周囲の大学等を背景にして「安くておいしい飲食店、かわいらしい生活雑貨などが立ち並ぶ」と紹介されているのです。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№657]新橋赤レンガ通り発展会

■■■・・・大名屋敷が軒を連ねた歴史の街で「切腹最中」を買う
歩いた日 H29.12.06 【港区】 

 平日の昼間、外出の途中でここを歩いたのは、ある和菓子店での買物という目的があったからです。その店の名は「新正堂」。そしてお目当ての商品は「切腹最中」です。この店の所在地は田村右京太夫屋敷があったところで、元禄14年に浅野内匠頭が殿中松の廊下で刃傷事件を起こし、即日この屋敷にお預け、そして切腹となったことに因み、現店主が考案し、周囲の反対を押し切ってつくった最中が大きく注目され看板商品になったというものです。
<「切腹最中」の「新正堂」>
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 12月14日の赤穂浪士討ち入りの日を挟むこの時期には売上も倍増するとのことで、大きく口を開けた最中から餡がはみ出す形の独特な形状は、ビジネスマンたちの客先への謝罪の品としても重宝され、「自分の腹は切れないが、この切腹最中でご勘弁を」とのこととか。私の購入目的は客先への謝罪などではなく単なる話題追いの興味本位ですが、そのために、この「新正堂」が所属する新橋赤レンガ通りを歩くことになりました。
 地下鉄御成門駅で降りて、愛宕警察の脇から北上する形で歩きましたが、江戸時代にこの周囲には多くの大名屋敷が軒を並べていたとの説明書きが警察署付近にありました。田村邸もそのひとつだったわけですね。「赤レンガ通り」のフラグが下がる街路灯の形がユニークです。
<雑多な印象が強い南半の部分>
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 南北方向のこの通りですが、近年その中間地点で、これと交差する環状2号線(新虎通り)の開通により大きく二分されました。「新正堂」も環状2号線に面する位置となって目立つようになりましたが、「赤レンガ通り」の連続感が分断されたとも言えそうです。そして、特にここから北側は、新橋の繁華街の一角ということもあって、車道の両側にパーキングメーターが並び、ほとんど半分駐車場と化している印象で、カメラアングルに商店街の全貌を捉えにくい状況です。駐車場収入が商店街の資金源になっているのだとしたら文句は言えませんが。
<新虎通りとの交差点北側付近>
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 業種は様々で、北上して新橋駅に近づくにつれて飲食店が多くなり賑わいが増しますが、そんな中に、とり肉の「加賀屋」、精肉店「藤川」があるのが目を引きます。多数ある飲食店向けの卸が主というところなのでしょう。で、全長900mにも及ぶ商店街を歩ききり、新橋駅に向かいました。
<烏森通りとの交差点付近>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№656]キネマ通り商店会

■■■・・・これはもう芸術!。懐かしき昭和の商店街、レトロ感満載
歩いた日 H29.12.02 【大田区】 

 蒲田で「キネマ」と言えば、大正から戦前にかけてあった松竹蒲田撮影所(昭和11年に大船に移転)や映画「蒲田行進曲」、「キネマの天地」などが思い浮かび、京急蒲田駅東側にあるこの「キネマ通り」という名の商店街は、それらに由来するのかと思いきや、撮影所があったのはJR蒲田駅に近い方でこことは直接の関係はありません。どうやら、この近くに「キネマ館」という映画館があったことが名の由来のようです。だいぶ昔のことのようですが、第一京浜国道から商店街に入ってすぐのレトロ感濃厚な煎餅店「風間商店」でそのように聞きました。
<90年続くせんべいの「風間商店」など>
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 東蒲田二丁目で東西500m以上にもわたるこの商店街は、「もっと早く知っておけば良かった」と思うほど、素敵なのです。何が素敵かって、それはもう全体が昭和レトロ感満載ということ。懐かしき昭和の商店街そのものという感じで、「風間商店」に始まって、中ほどの年季の入った看板建築の連続など、これはもう芸術ですね。
<これはもう芸術!・・昭和の看板建築の連続>
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 空き店舗も多く衰退感が濃いのですが、その渋さがたまりません。このあたり一帯は町工場の集積地帯として栄えてきたところで、そこで働く人たちの生活を支えた歴史が染みついている商店街と言えるでしょう。鮮魚店の「魚俊」や青果の「八百文」、「ミート&デリカ大島」などの生鮮品店がさりげなく現役でいるのがうれしいですし、そんな中に「表具師 齋藤」などがあるのも貴重な風景です。「勉強堂」や「藤江のおいしい玉子焼き」なんていう店舗表示も懐かしさをそそります。
<「ミート&デリカ大島」などの並び>
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<「藤江のおいしい玉子焼き」など>
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 商店街中ほどで、古い空き店舗を利用してNPO法人が運営するコワーキングスペース「キネマフューチャーセンター」が興味深いところ。「大田区初の民設民営のインキュベーション機能を持つ創業支援、起業支援の場」とのことで、古さ、渋さに甘んずるだけではない息吹を感じます。また、商店街では子どもの居場所づくりなどの活動も展開しているようで、そんな頼もしさもあります。
<キネマフューチャーセンター>
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 商店街の東端は旧呑川緑道に接し、橋の跡の向こうにはこの商店街の一員ではないけれど、抜群に渋いたばこ店も見えます。冒頭の「風間商店」で煎餅を買いましたが、ここで90年営業しているそうで、おじいちゃんが川崎大師まで売りに行ってた、なんていう話も聞くことができました。
<商店街の東端付近の風景>
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・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№655]京浜蒲田駅前通り商店街

■■■・・・駅前なのに目立ちにくい、でも「これでいいのだ」
歩いた日 H29.12.02 【大田区】 

 京急本線から空港線が分岐する京急蒲田駅は、ホームが高架の2層構造でまるで巨大な軍艦のような威容を持つようになりましたが、駅周辺の整備も進み、東側で線路に並行する第一京浜国道も環八との立体交差化がなされ、同国道の対岸に交通広場も整備されました。そこへ向かう歩道橋からエスカレーターで地上に降り空港線の高架をくぐると、唐突に昔ながらの商店街が姿を現します。
 「京浜蒲田駅前通り」の標識灯が出迎えてくれますが、「京浜蒲田」が「京急蒲田」と駅名を変えてから30年以上経つというのに「京浜蒲田駅前通り」と名乗り続けるのは、歴史を物語ると同時に意地のようなものを感じますね。東に向かって300m以上に及ぶ商店街ですが、最初の百数十mほどは道幅4mほどと狭く、駅前の路地といった雰囲気です。
<駅側の入口付近(ペットサロンなど)>
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 古い建物を利用したペットサロン「LOCODOG」が異彩を放ち、カップルが興味深げに覗き込んでいきました。そこから始まる「路地」空間には、「人形焼」の看板を掲げる「明平製菓」や、昔ながらのとうふ店と自転車店が向かい合う一角があったりして懐かしさを感じるのですが、建物が取り壊された更地には「駅前ホテル」の建設計画の掲示があったりして、この風情も変わりそうです。
<昔ながらの豆腐店と自転車店の向かい合い>
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 羽田に近いこのあたりは、オリンピックを控え変貌著しいというところなのでしょうが、「駅前通り」を名乗る割には駅との間が太い国道と高架線路で隔てられ、目立ちにくい存在になっているのがハンディにも見えます。しかし、その先で道幅が広がり、中華料理の「パンダ」から始まるセンターラインのある道路区間に入ると、駅前か否かに関係なく地域の生活を支えてきたという気風のようなものを感じ、思わず「これでいいのだ」と叫びたくなります。久遠寺と安泰寺という2つの寺院の存在も歴史を物語っていますし。ただ、やはり全体に空き店舗らしきものが多いのは気になりますがね。
<道幅が広い部分の商店街概観>
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<商店街の東端部分(安泰寺前)>
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 そんな中の、「茶そば処」の看板の店で昼食にしました。昔は茶そばだけを出していたそうで、その「自家製茶そば」重ねせいろとミニかつ丼のセットをいただきました。緑色が鮮やかで、コシのある美味しいそばでした。店名を尋ねると「茶遊庵」とのことで、店を出て振り返ると確かに控えめにその店名がありました。その隣が「天神湯」という銭湯で、繁盛していそうなのもうれしいです。
<茶そば処「茶遊庵」(右隣は天神湯)>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

●[№134]京浜蒲田商店会(あすと)(大田区)を再び歩いたので、加筆しました。→こちら

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[№654]東池袋栄町通り商店会

■■■・・・今では貴重な「戦後」を伝える空間が残る奇跡
歩いた日 H29.11.25 【豊島区】 

 戦後、池袋駅東口前にあった闇市が区画整理で排除され、その露天商たちの一部が今の東池袋一丁目に集まって再起を果たして横丁を形成した中のひとつが「栄町通り」です。L字型の小路の両端に「栄町通り」のアーチがかかり、小さな夜型飲食店が密集する空間となっています。
<「栄町通り」の横丁の南側入口>
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 「小料理酊八」「かき小屋」「内弁慶」「美里」「江戸一」「鈴」「カウンターバー ルビーⅡ」「スナック早紀子」などなど。ここも土曜の昼は静かな別世界で、周囲の喧騒からは忘れ去られたようなところですが、双方の入口前の道路の人通りは多く、興味深げに覗き込んでいく若いカップルの姿なども見られます。
 仕込みの最中と思われる店から出てきて外で煙草を吸う店主らしき人も若いおにいさん風で、当然、戦後闇市からの再興の時代を知る人はほとんどいないのでしょうが、そうやって世代を変えながらも、今となっては貴重なこの風情が伝え残されているのは、ある意味奇跡かもしれません。
<横丁の内部(1)>
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 駅前闇市からこの付近に移転再起した街は、このほかにも「ひかり町通り」や「人生横丁」などいくつかありましたが、今残っているのはここと隣接する「美久仁小路」だけです。「人生横丁」は、この栄町通りの南に近接する位置で平成20年まであったそうですが、私は見ていません。「美久仁小路」の入口壁面に貼りだされていた昔の写真の中に映画館「人世坐」がありましたが、「人生横丁」はこれに因む名だったのでしょうか。
 いずれにしても、昭和の街並みがどんどん消えていく中で、こうして残されている風景を今のうちに見ておかなければと、焦りに似た気持ちにさせられるのですが、現実には見ないままに消失のニュースを見ることが多いのです。
<横丁の内部(2)>
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 ところで、この東池袋栄町通り商店会は、商店会の名入りの立派な赤い街路灯を持つのですが、その街路灯はL字型の小路だけでなく、東側道路沿いにも並んでおり、表裏一体の組織となっているようです。東側にはいかにも池袋らしい派手な看板のラーメン店やアジア料理店などが並びますが、「鬼金棒」というラーメン店には長蛇の行列ができていました。なんだか不思議な対照の図です。
<東側の通り沿いの店舗群>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№653]美久仁小路料飲商店会

■■■・・・サンシャイン60を見上げる戦後闇市の名残の貴重な空間
歩いた日 H29.11.25 【豊島区】 

 戦後の闇市の名残といわれる場所は都内各所にありますが、2度目の東京オリンピックを前に市街地の再開発等が盛んで、その面影は急速に失われつつあります。比較的早い時期に整理され、当時の露天商の多くを収容したニュー新橋ビルでさえ、再度の再開発の波に飲み込まれようとしています。
 池袋にも、戦後は東口、西口の双方に闇市が広がっていました。東口駅前で「池袋連鎖市場」と呼ばれた闇市が区画整理され、露天商たちは立ち退きを強いられますが、その一部の人々が駅からやや離れた場所に集まって再出発したものがいくつかありました。「美久仁小路」はそのひとつで、夜の飲食店街ですが戦後の空気を今に伝える貴重な空間として残されています。
<「美久仁小路」の西側入口>
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 土曜日のサンシャイン60通りは大賑わいで、人波をかきわけて進むようですが、そこから最初の路地を右に入ると喧騒はやや遠のきます。少し先の変形交差点に面して、2つの小路が口を開けています。それが「美久仁小路」と「栄町通り」。まずは「美久仁小路」に足を踏み入れます。
<小路内部の飲食店群(1)>
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 ビル化が進む周囲の区画に対して、ここだけ低層かつ大半が木造の飲食店が肩を寄せ合うように並び、異質な雰囲気です。途中で鉤型に曲がりますが全体で60~70m程度の凝縮空間で、両側の入口に立派なアーチがかかり、比較的新しい街路灯には「通りぬけできます」と書かれ、何やら玉ノ井の色街をも思い起こさせます。背後にそびえるサンシャイン60とのギャップ感が絶大です。
<背後のサンシャイン60との対照が妙>
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 基本的に夜の街なので、昼間に訪れるのは物好きの極みというもので、嘘のように人通りも少ない静かな空間となっています。「ゆたか家」「味彩」「スナック洋子」「ふくろ」「鹿の子」「瀬里奈」「ずぼら」などの看板が並び、夜にはそれぞれに賑わうであろう店々ですが、この時間はシャッターを閉ざし、あるいは開店準備をしています。「お一人でも気軽に」なんていう表示もありますが、ここにはどんなお客たちが集まるのでしょうか。やはり昭和世代のおじさんが主かな。
<小路内部の飲食店群(2)>
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 独立した商店会を形成し、区商連にも属す組織力を持ちますが、空き地化した部分もあり、入口隣ではビル工事も始まり、いつまでこの風情に浸ることができるか、今のうちに見ておいて良かった、というところです。入口壁面に貼られた昔の池袋の写真が、店主たちの思いを代弁しているようです。
<入口脇に貼られた昔の池袋の写真等>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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