FC2ブログ

ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

# プロフィール

ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

# 最新記事

# 累積ご訪問者数

# おたよりはこちらから

皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

名前:
メール:
件名:
本文:

[№616]JR浅草橋駅西口大通り共盛会

■■■・・・業務街化が進む左衛門橋通りのレトロ喫茶で密かなランチタイム
歩いた日 H29.06.23  【台東区】 

 この商店会の名は、数年前まで台東区商連ホームページの加盟商店会リストにあったのですが、最近消えています。浅草橋界隈は商業的色彩がかなり濃いものの、商連加盟商店会は皆無となりました。商店会そのものの力が衰えているのか、商連加盟のメリットが認められていないのか、どちらかはわかりませんが、商店会の紹介ページだけは残っているので、実体があると見て紹介します。
 JR浅草橋駅に西口という小さな改札口があって、そこに近い位置で線路と南北に交差する道路沿いの、線路下から北へ、福井町通りとの交差点までの区間が範囲のようです。道路の名は左衛門橋通りで、線路下から南へ行くと神田川にかかる左衛門橋があります。
<JR線路下から見た商店街>
DSC077022.jpg

 今回ここに行ったのは、近くへの用事のついでに、事前情報を得ていたレトロ喫茶で昼食にしようと思ったから。この通り沿いには、サンドイッチが自慢という「MON CHER(モン シェル)」もありますが、今回はご飯もののメニューもある「ボン」へ入りました。ビルの地下にあり、階段を降りると先客は2人。地下2階にも席があるようですが照明は消されています。ここで海老ピラフとアイスコーヒーを注文。平日の仕事時間中ですが、一人密やかなゆったりタイムを過ごしました。
<喫茶店「ボン」などがあるあたり>
DSC076992.jpg

<喫茶店「MON CHER」等の並び>
DSC076952.jpg

 上記ホームページによると、商店会の創立は大正13年と古く、「左衛門橋通り共盛会」と呼び、当時は「下町特有の商家が軒を並べ大変な賑わい」だったとのこと。戦後は問屋街の傾向が強まったとの記載もありますが、今は商店街らしさは乏しく、半ば業務街という風情です。この通りの西側や福井町通りを挟んだ北側の旧町名は「浅草向柳原町(むかいやなぎはらまち)」で、神田川沿いの旧柳原町と一体に捉えられていたようです。向柳原町には津軽家の江戸表中屋敷があったとの情報もあります。
 福井町通りとの交差点近くにある「岩槻屋 星野」は豆、あられの老舗らしく、「機械を使わず手剥きした最高品種「千葉半立落花生」を自家で丁寧に煎り、販売して」いるとのこと。下町らしいですね。線路下の交差点角には「千代田製パン」というベーカリーがあり、店頭に「ドラエモンパン」が置かれていました。そんな個性をさりげなく見せつつ、目立たない位置ながらも歴史を刻んできた商店街として記録しておきましょう。
<あられの老舗「岩槻屋 星野」など>
DSC076982.jpg

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

スポンサーサイト



 | ホーム | 

[№615]いちょう通り十条駅西口商店会

■■■・・・駅から南方向の人の拡散路にあたる道沿いでランチとコーヒータイム
歩いた日 H29.06.17 【北区】 

 「ROUTE2020トレセン通り」という愛称がついたバス通り(都道)沿いの、十条駅南の踏切から西北西方向へ300mほどの区間と、踏切近くから駅前広場まで、及び踏切から南へ線路沿いの一部区間で、「いちょう通り十条駅西口商店会」が形成されています。なお、バス通り中ほどの「十条駅入口」信号から駅前までは「十条銀座」の領域です。
 十条駅から南西方向の住宅等の市街地に対して、横方向のバス通りが拡散路の役割を果たしているようで、延長からみるとこのバス通り部分が商店会の中心をなすはずですが、人の流れは駅から踏切近くの信号までの区間が最も多く集中し、商店街らしい賑わいはその部分とバス通りにぶつかる信号周辺に限られるようです。
<バス通り沿いの商店の並び>
DSC076782.jpg

 西に続く十条本通り昭光会の区間との境にあるのが十条キリスト教会で、店舗も備えたモダンな教会です。個人的には、その並びにある古そうなホビーショップ「トキワ」に惹かれました。プラモデルや鉄道模型などを置く大人向けの趣味の店で、覗くだけで少年の心が蘇ります。
<ホビーショップ「トキワ」など>
DSC076742.jpg

 この区間にも、古い商業建築がちらほら見られ、堂々たる二階建ての構えの「本田酒店」は特に圧巻です。そのほかにも看板建築がいくつか見られます。
<堂々たる「本田酒店」>
DSC076792.jpg

 踏切近くは店舗密度が高まりますが、たい焼き店「けんぞう」は「日本一分厚いたい焼き」の幟が目立ちます。線路沿い区間の店に「十条ビール」の文字も発見。木をふんだんに使った店舗の名は「Beer++(ビアプラスプラス)」で、手作りビールの店とのことです。昨年オープンしたばかりという情報ですが、十条にも地ビールができたとは驚きですね。
<地ビールの「Beer++(ビアプラスプラス)」がある線路沿い>
DSC076882.jpg

 駅からの道に構える「ランチハウス」で遅めの昼食にしました。夜10時まで中休みなく営業というのはうれしく、また、チキンカツと焼肉のセットはボリュームも満点でした。その隣に喫茶店が3店並んでおり、そのうちの「樹里」で食後のコーヒータイムを過ごしました。地下のゆったりとしたレトロ喫茶で満足しました。この道にはこのほかにも私好みの食堂等が並んでおり、生活するには便利な街という印象を確かなものにして駅へ戻りました。
<飲食店が多く並ぶ駅からの道沿い区間>
DSC076902.jpg

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

 | ホーム | 

[№614]十条本通り昭光会

■■■・・・繁華街からやや外れたトレセン通りに残る懐かしい商業建築を眺める
歩いた日 H29.06.17 【北区】 

 JR埼京線十条駅の南側踏切から北西方向に向かうバス通り(都道)に、いつのまにか「ROUTE2020トレセン通り」という愛称がついていました。この先にあるナショナルトレーニングセンターは、日本のトップアスリートたちが多く集まる施設で、そこへのアクセスルートということなのでしょう。2020年東京オリンピック・パラリンピックを睨んで、赤羽までの3㎞強の区間がこの愛称となったようです。
 踏切から帝京大学病院入口の交差点までの700mほどに商店街が形成されていますが、組織が中ほどで2つに分かれており、西半部がこの「十条本通り昭光会」です。その中央付近に、十条銀座の支流とも言える十条仲通り商店街がぶつかってきますが、この「昭光会」のバス通り上は、駅からやや距離があることもあって、商店街としての連続性、賑わいには欠ける印象です。
<やや散漫な印象の中でも商店が連続する部分>
DSC076572.jpg

 西端の信号交差点から南へ入ったところに帝京大学病院があるのですが、病院への出入り客で賑わうということでもないようです。この信号交差点の角に建つ「タカシロ文具店」の健気な姿が妙に目に焼きついています。
<帝京大学病院入口付近の「タカシロ文具店」>
DSC076522.jpg

 また、ところどころに残る古い商業建築が私の目にはうれしく映ります。電器店(伊藤滋商店)や常陸屋商店などなど。そして極め付きは、中ほどの帝京大学入口の信号角にある「岡幸太郎商店」です。建設資材の販売店らしいですが、土やセメントと思われる袋が積み上げられ、古い平屋建築とともに少々異様な雰囲気です。店名の方(ご主人)と思われる人の姿がありましたが、声をかける勇気がありませんでした。
<木造平屋の「岡幸太郎商店」>
DSC076662.jpg

 商店街区間内に「上三ふれあい広場」があり、上十条三丁目だから「上三(かみさん)」というのが良いですね。その「上十条三丁目」のバス停前には「中澤木材」があるのも頼もしく見えます。
<「中澤木材」があるあたり>
DSC076692.jpg

 近くに上十条図書館などもあるのですが、商店街としては散漫な印象を拭えないまま、十条キリスト教会の前あたりから東は「いちょう通り十条駅西口商店会」の区間に入ってしまいます。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[№613]十条仲通り商店会

■■■・・・十条銀座の賑わいの余韻が濃厚な脇道商店街も庶民の味方で元気さ満点
歩いた日 H29.06.17 【北区】 

 十条といえば、庶民の味方の激安ショップが並ぶ十条銀座が余りにも有名で、この日も、埼京線十条駅前から右に続くそのアーケード街は大いに賑わっていました。十条銀座は私の中ではA級商店街であり、その魅力を紹介したいのは山々なのですが、マスコミ等にも多く露出しているところであるため遠慮して、その周囲の商店街を巡ることにします。
 南北に続く十条銀座のアーケード街を少し進んだところで、東と西からぶつかる狭い道にもアーケードが続き、同様の賑わいを見せています。このうち西側の道を進むと、アーケードが途切れた先から「十条仲通り」という別組織の商店街となります。
<十条銀座から続く東側入口付近>
DSC076242.jpg

 実質的に十条銀座の続きのようでもあり、庶民派商店街の空気が濃厚に流れています。商店街の出入口にはまだ6月というのに「十条サマーセール」の横断幕が貼られ、街路灯には七夕飾りが色とりどりに下がり、華やかで、人通りも絶えることがありません。
<庶民的な店が並び賑わう商店街>
DSC076302.jpg

 あられやおかきなどの「桃屋」、寿司の「かわなみ」、様々な物品を扱う「すずらん堂」、手作りおにぎりの「蒲田屋」など、興味をそそる店が続きます。そんな中にちょっと洒落たベーカリーがあるのもうれしいところ。青果店が2件、鮮魚店も1件あって、十条銀座と同様の庶民の台所的魅力を引き立てています。
<鮮魚の和田屋などがあるあたり>
DSC076362.jpg

 その鮮魚店「和田屋」の斜め向かいに、小さいながらも信州善光寺の流れを受けた天台宗の寺院「善光寺」があります。商店街の店舗と並ぶように山門があり、完全に商店街、地域に溶け込んだ寺ですね。商店会ホームページの店舗一覧にもあるということは、商店会の一員でもあるわけです。
<商店街に溶け込んだ善光寺>
DSC076322.jpg

 やや広めの道を横切るところでレンガ舗装が終わって、その先、「川野青果」から奥も仲通りの続きですが、店舗密度、人通りともに比較的少なくなります。庶民派食堂ともいうべき店などと並んで、陶器店が店先に古本を並べたような店があるのもユニークです。
<川野青果から続く西側区間>
DSC076382.jpg

 やがて、十条駅前踏切から続くバス通りに合流するまでが商店街区間ですが、商店街天国の十条での脇道で、区間内の東西でややギャップはあるものの十分に元気な商店街と言って良いでしょう。
<[おまけ]十条銀座商店街>
DSC076152.jpg

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★★☆☆

 | ホーム | 

[№612]白金北里通り商店会

■■■・・・白金の北里研究所門前に残るレトロ建築の姿や歴史遺産に感嘆
歩いた日 H29.06.10 【港区】 

 北里研究所は、日本の細菌学の父として知られる北里柴三郎博士の創立によるもので、北里大学や病院を擁し、100年を超える歴史をここ白金の地で刻んでいます。白金北里通り商店会はその門前町と言って良い位置にあり、やはり長い歴史を経ているようで、オシャレでハイソな街と言われる白金の中でも昭和の香りが色濃い街並みの姿を残しています。
 田町から渋谷行きの都営バスに乗り北里研究所前で下車。近くに聖心女子学院の初等~高等課があり、何か学校行事があったらしく、バス停には整った身なりの親子が列をなしていました。北里研究所はバス通りに面する部分で建物の建設工事中です。そしてその前あたりからバス通りを西へ、首都高速2号線が上を跨ぐ恵比寿三丁目の交差点までが商店街区間です。三光町交番がありますが、その名は今の白金一~六丁目の大部分がかつて芝白金三光町であったことに由来します。
<看板建築の商店の並び(後方は北里研究所)>
DSC075712.jpg

 白金らしい高級感漂う店もありますが、全体に古い看板建築等の並びが多く残り、古き良き東京の景観が生きています。中華お食事の「野沢屋」なんて下町に多くありそうな佇まいですが、建物は古くても入居している店が今風というものも見られます。2軒の蕎麦店(「三合菴」と「佶更」)は敷居が高い雰囲気で、「寿司清」にも入るにも勇気が必要そうです。古い建築物をそのまま利用したオシャレ居酒屋の名が「牛泥棒」というのもユニーク。
<懐かしさいっぱいの豆腐店とだんご店>
DSC075672.jpg

 銭湯料金で入れるスーパー銭湯的施設という「アクアガーデン三越湯」の脇に、石碑か国旗掲揚ポールの基礎のようなものを発見。「国威宣揚三光協和会 昭和12年1月3日建之」の文字が刻まれており、ここにもさりげない歴史遺産があるのです。その向かいにはレトロ感満点の「川越屋豆腐店」と「大久保だんご店」が並び、その左の路地から石段を昇ると児童遊園がありますが、その中央に奇妙な形のモニュメントがあります。説明書きによるとここは長く「雷神山」と呼ばれ病気平癒を祈る多くの人が訪れた神社があったそうです。静かにベンチでくつろぐ人の姿がありました。
<「雷神山」の奇妙なモニュメント>
DSC075772.jpg

 商店街を西に進むと、おっ、と声をあげそうになる古い木造建築に、韓国料理「はな」や、古民家バーと謳う「きえんきえら」などが入っており、それらの並びにある洋食「ハチロー」でカニコロッケのランチを700円でいただきました。ここもファンが多そうなレトロな造りです。
<店舗として有効利用されている古い建築物等>
DSC075942.jpg

<「ハチロー」などがある長屋建築>
DSC075972.jpg

 途中から南西に分かれる道沿いの一部も商店会の範囲ですが、街路灯が異なるのが妙です。
<この左の道沿いも同じ商店会の範囲>
DSC075682.jpg

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[№611]東北沢商和会

■■■・・・大変貌途上で商店街風情喪失の通りで、伝統の和菓子にほっとする
歩いた日 H29.06.03 【世田谷区】 

 小田急線東北沢駅の北側、都道420号線(中野通り)沿いの商店街ですが、この区間の中野通りは拡幅事業の真っ最中。小田急線も下北沢を挟むこの区間で地下化の工事が進み、商店街も変貌の途上というところです。この日は北沢五丁目商店街の散策の続きで、井の頭通りとの北沢小学校の交差点から駅方向に向かいますが、拡幅未完了の細い道に交通量が多く、とても「ほのぼのぶらぶら」とはいきません。道の端を車を避けながら足早に歩くという感じで、ゆっくり写真も撮れません。
<右側が道路拡幅で削られた商店街>
DSC075472.jpg

 この道は渋谷区と世田谷区の境をなしますが、東面の渋谷区側は拡幅でごっそり削られて、その先に新たなビルを建てて商店ができている部分もありますが、商店街の体裁をなしていません。西面の世田谷区側も、一部はセットバックを余儀なくされ、かつてあったであろう商店街の風情はほぼ失われています。
 そんな中、奇跡的に残ったともいえる古典的構えの焼き鳥居酒屋「大輔」が目を惹きますが、真っ昼間ですし、ゆっくり眺めることもできずそそくさと通りすぎました。
<かろうじて残った「大輔」など(脇道側)>
DSC075402.jpg

 唯一、中ほどで西からぶつかる道沿いの、北沢公園との間も商店会の範囲で、ランチ営業もしているエジプト料理店の向かいに小さいながら店を構える和菓子店「ほさか」に足を止めました。創業昭和27年という歴史を持ち、変貌する街の中で懸命に伝統を守っているという感じです。中野通りの拡幅事業で70店あった商店街も30店になっちゃった、と店主の弁。小田急の高架化に反対して地下化となったけれど、道路が通り抜けしやすくなって余計に車が増えたとも。ここで、この日の間食用に和菓子を4種類ほど購入しました。
 この「ほさか」のある道は、実は三軒茶屋から延々と続く「茶沢通り」の北端部分に相当するのです。買った和菓子のひとつも「茶沢路」。道明寺や栗まんなどとともにおいしくいただきました。
<茶沢通りの和菓子店「ほさか」>
DSC075442.jpg

 地下化された東北沢駅は、来年3月の複々線化完成に向けて工事が仕上げ段階です。駅上の地上空間に駅舎が新築され、改札脇に洒落たコーヒーショップができていて、若いお嬢様たちが談笑中。駅も道も新しくなって、かつての街の姿は急速に忘れられていくのでしょうね。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[№610]北沢五丁目商店街

■■■・・・駅から離れていても健気に風情を残す商店街で蕎麦の昼食
歩いた日 H29.06.03 【世田谷区】 

 笹塚駅から笹塚観音通りを抜けたところで玉川上水の開渠部分を橋で渡りますが、この橋から先は世田谷区となり、橋の先で左側から突き当たる道が北沢五丁目商店街です。ここから井の頭通りにぶつかるまで、南東方向にほぼ直線状に500mほど続く道筋の商店街です。
 土曜の昼時ですが、飲食店が多い笹塚観音通りでは何も食べずにここまで来たので、この商店街に入ってすぐ、私好みの構えの蕎麦店「三貴屋」を見つけて入店です。そばと丼物のセットなどが良心的な価格で並ぶメニューで、大ざるそば600円を注文。蕎麦の産地を尋ねると外国(カナダ)産とのことですが、ボリューム満点の美味しい蕎麦をいただきました。昔ながらの小さな蕎麦店の風情ですが、私以外は比較的若いお客さんばかりで、そういう人達に支持されているのは良いことですね。
<蕎麦店「三貴屋」などの並び>
DSC075192.jpg

 この「三貴屋」の隣でシックな店構えなのは「焼鳥小屋どろまみれ」という居酒屋。また、斜め向かいの店は、シャッターが閉じていますが「食堂ふるさと」というほんわかする名前です。
 さて、夏のような日差しの下をゆっくりゆっくり歩きます。住宅地化が進んでいますが、商店もそこそこ残っています。「チェリー」とか「まみづか」とか、何の店なのかよくわからないところなどを横目でみながら、また、昭和の看板建築が残る風情を楽しみながらの散策です。駅からやや離れたここでもこれだけの商店街が残っているのが頼もしくもあります。ただ、シャッターを閉ざしたままの店も多いですね。「Toy&Hobby」の「きりんどう」も閉店してしまったのかでしょうか。
<看板建築が並ぶ商店街中央付近>
DSC075232.jpg

 商店街中央付近の古い建物が商店街事務所になっています。ここは振興組合を形成していて、組織力はしっかりしていると思われます。
 畳店の隣に青果店があるのがうれしいです。その斜め向かいは、ご近所の高齢者だけを相手にしているようなつつましい惣菜店。「タウンショップだいきちや」は、酒店とミニコンビニのような品揃えです。南端近くの中国料理店「宝泉」は店先に大きな電球を提灯のようにぶら下げて営業中。
<店構えがユニークな「宝泉」など>
DSC075332.jpg

<「タウンショップだいきちや」>
DSC075322.jpg

 井の頭通り近くは店舗も少ないですが、出口脇のマンション1階が「革財布工房TEDDY‘S」というのがユニークです。店内では職人さんが作業中。井の頭通りの南には北沢小学校が見えます。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

 | ホーム | 

[№609]笹塚観音通り商店街

■■■・・・観音様に見守られた歴史ある商店街は新旧混在ながら賑わう
歩いた日 H29.06.03 【渋谷区】 

 京王線で、地下鉄都営新宿線からの直通電車が地下から高架に駆け上がって本線に合流するところが笹塚駅です。この駅の高架下やすぐ脇のビルなどに商業集積が形成されているほか、北側の甲州街道(国道20号)を渡った先には「十号通り」などの興味深い商店街もあるのですが、今回は南側へと向かいます。
 駅を背に少し歩くとすぐに「観音通り」のアーチが目に飛び込んできて、そこから目指す観音通り商店街が始まります。道幅はぐっと狭まり、ほぼ歩行者専用状態です。全体に飲食店が多い印象ですが、京王沿線は大学も多く、また新宿にも近いため、学生やサラリーマンたちの飲食需要を満たす場ということなのかもしれません。
<懐かしい雰囲気のお食事処「常盤」など>
DSC074992.jpg

 店舗の建物は新旧混在の様相ですが、入口近くの「お食事処常盤」や中ほどの「ナショナル」の電器店、「宮田クリーニング」など、昭和の商業建築風のものもあり、特に南へ進むほどにそうした建物の連続も見られるようになって、歴史ある商店街であることを伺わせます。
<商店街中ほどの風景>
DSC075062.jpg

<南半部分にある古い商業建築の並び>
DSC075102.jpg

 さて、商店街名の由来となっている「笹塚観音」ですが、商店街中央付近で商店街事務所と一体となるように小さな観音堂があり、そこにおわします。この観音様の由緒についてはあまり情報がないのですが、かつてあったお堂が昭和20年3月の東京大空襲で焼けてしまい、焦土と化した中で、瓦礫の下からほぼ無傷の観音様が発見された、という情報だけが見つかりました。
 笹塚から幡ヶ谷あたりの複数の商店街で運営する「ささはたドットコム」によると、「毎月18日に笹塚聖観音のご開帳があります」とのことで、先ほどの商店街アーチにも「毎月18日は観音縁日」の文字がありました。毎年8月最後の週末には「笹塚観音縁日まつり」が盛大に催されるとのことです。
<笹塚聖観音と観音会館>
DSC075012.jpg

 この商店街の南端は西方向に折れて、出口の先に橋があります。江戸時代の承応2年(1653)年に開削された玉川上水旧水路跡のうち開渠部分として残っているところで、都会の貴重な水と緑の空間というところです。
<玉川上水の開渠部分>
DSC075132.jpg

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

 | ホーム | 

[№608]しらひげセンター商店会

■■■・・・巨大な防災団地の商店街は寂しさ際立つが、歴史に触れる楽しみも
歩いた日 H29.05.27 【墨田区】 

 久々の団地商店街です。墨田区商連HPでは「隅田川にかかる白鬚橋のたもとから墨堤通り沿いに1kmにわたって建ち並ぶ白鬚東アパート(通称「防災団地」)の中にある買い物広場的な商店街です。」と説明されています。実際、13階、18棟の巨大なアパートが並ぶ姿は壮観です。戸数は2700戸。関東大震災や東京大空襲を教訓に昭和57年に建設されたもので、西側の隅田川との間が都立東白髭公園となっていて、災害時の避難場所となります。災害時には各棟が防火扉や防火門が閉まり、巨大なこの建物群自体が防火壁となって避難場所に火の粉が降りかかるのを防ぐということです。
<巨大な防火壁でもある白鬚東アパート>
DSC074662.jpg

 商店街は、10・11号棟と墨堤通りの間の広場状の部分を活用して整備されていますが、多くの団地内商店街の例に漏れず、とても寂しい状況になっています。商店街案内図では30余の区画のうち空き店舗は8区画程度のようですが、土曜の昼の時点でシャッターを閉ざした店はもっと多く、買い物客の姿はほとんど見られません。ミニスーパー「まいばすけっと」があるのと、インド料理店に客が入っているのが救いですね。他には、酒店、薬局、電器店、デイサービスセンター、接骨院、不動産店、美容室、理髪店、歯科医院などが営業中です。
<寂しい雰囲気の団地内商店街>
DSC074512.jpg

<営業中の酒店と薬局>
DSC074462.jpg

 ところで、この巨大な壁の団地の表裏をつなぐ「門」がいくつかあり、この商店街に近いところは「梅若門」。これは、梅若丸伝説に基づきます。京から人買いにかどわかされ奥州に連れていかれる途中病気になり、この地に置き去りにされ12歳で亡くなった梅若丸と、その子を探し求め狂女になった母の花御前の哀話で、これを哀れんで「梅若塚」とその脇に「木母寺(もくぼじ)」が建てられました。木母寺は防災団地整備に伴い東白髭公園内に移され、この地には「梅若塚」の碑が残ります。
<木母寺の梅若塚と梅若念仏堂>
DSC074712.jpg

 また、このアパート群の中央付近の道路沿いに鳥居があり、ここから建物をくぐり東白髭公園内を進むと隅田川神社があります。源頼朝が造営したとも伝えられる水神さまとして親しまれ、川に関係する人々の信仰を集めてきたものが、これも防災団地建設の際にここに移転したそうです。
<隅田川神社>
DSC074812.jpg

 商店街観察とともに歴史の一コマにも触れられた有意義なひとときとなりました。因みに、商店街広場の脇には榎本武揚の銅像もあります。晩年はこのあたりの別荘で過ごしたとのことです。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

 | ホーム |