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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№607]中央中通り商店会

■■■・・・かつては区役所の前だった「中央の中」通りは今もしっとり健在
歩いた日 H29.05.20 【目黒区】 

 清水商店会の延長上がこの「中央中通り商店会」となります。街路灯の違いを見ないと気づかないですね。まあ、普通の人にはどうでも良いことで、一体の商店街として認識されているのでしょう。
 この道は一方通行ですが、バス通りでもあります。洗足から渋谷行きの東急バスが通り、商店街中央に「中央町」のバス停があります。駐車車両があるとバスが窮屈そうに通過していきます。以前このバスに乗ってここを通ったことがあり、一度歩いてみたいと思っていたのです。
<狭い一方通行路をバスが行く>
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 清水商店会よりは商店街らしさを残していますが、やはり空き地や空き店舗、建替え工事中の部分等が散見されます。しかし、小規模ながら食品スーパーの「TSUKASA」が核の役割を果たしているようなのが安心材料です。その並びの「カメ薬品」は名前がいいですね。信金店舗が2つあるのも地域の中心軸の機能を保っている証でしょう。
<スーパー「TSUKASA」や「カメ薬品」のあたり>
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 中ほどの信号交差点の左右にも少し商店街の範囲が伸びています。焼肉店としてネット上の評判も良い「せりた」や「手づくりとうふ」の店などが並んでいます。
<横方向の道沿いの商店群>
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 ミニスーパー「まいばすけっと」などがある先の交差点までが商店街範囲ですが、その手前の蕎麦店「大むら」に入りました。店構えがいかにも蕎麦店という風情で良いです。気温が高い日でしたが、肉南ばん蕎麦を注文。中休みなく営業しているのがいいですね。次々とお客が入ってきて、親しまれている店という様子です。
<蕎麦「大むら」の前から南方向を見る>
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 食べ終わって、少々戻り、バス停付近で気になっていた和菓子店「さか昭」を覗きました。どら焼の表示に目に入っていたのですが、「縁結びのさくら道が厚生労働大臣賞を受賞」も気になります。餡にこだわっているとのことで、この歳で縁結びには無縁ですが、その「縁結びのさくら道」と、「ふんわり木目どら焼」をその日の間食用に購入。本店は大橋の方にあるようで、デパートでも買えるようですが、この目黒店は、独立したのが平成元年とのことです。
 さて、商店街北端の交差点の向こうはかつて区役所があったところですが、ここから、東横線学芸大学と祐天寺の両駅までほぼ同距離。迷った末、急行停車駅の学芸大学に向かいました。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№606]清水商店会

■■■・・・目黒区の中心だったはずの「昔からの」小さな商店街で妄想に耽る
歩いた日 H29.05.20 【目黒区】 

 今回、この「清水」へは、東京駅から東98という東急バス(等々力行き)に乗ってやってきました。かつては郊外各方面から都心まで民営バスが都営との共同運行の形で多く乗り入れていた中で、最後まで残った系統です。しかもこの東98は、平成25年3月に逆に都営が撤退し、東急単独の路線として残ったものです。また、昭和43~62年には首都高速経由の急行便もありました。東京駅から等々力までの長距離系統なので、営業所がある「清水」での乗務員交代も見られます。
 その「清水」バス停近くの「目黒四中」信号から南に入るのが清水稲荷通りですが、逆に北に入る一方通行道路に「清水商店会」のゲートポールがあります。この入口付近は近代化された趣ですが、進むと間もなく「昔からの商店街」の空気が流れるようになります。「佐藤酒店」の向かいは蕎麦店「武蔵野」が暖簾を掲げて営業中ですが、ちょっと敷居が高そうなので今回はパス。「たむらふとん店」や「ちっちゃなおかず屋さん」など、親しみを持てそうな店が見られます。
<蕎麦「武蔵野」があるあたり>
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<「ちっちゃなおかず屋さん」など>
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 しかし、空き店舗化した建物も多く、一般住宅も交じり、建築工事中の区画もあったりして、商店街としての実体は徐々に希薄化しているようです。
 清水商店会の範囲は、百数十メートルほどと短く、クリーニング店、靴店のところまでです。その先は「中央中通り商店会」が続きます。道の左は中央町一丁目、右が中町一丁目で、目黒通りの反対側が目黒本町であることを考えると、もともとこのあたりが目黒区の中心であったはずで、この通りの別名も「旧区役所通り」です。でも区役所も平成15年に目黒に移転し、鉄道駅からも離れたこの一帯は拠点性を失っているように見えます。
<中央中通り商店会との境界付近の靴店など>
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 かつて、地下鉄6号(三田)線を、目黒から横浜の港北ニュータウン方面へ延伸する構想がありました。素直に考えれば目黒通りの下がルートになったはずですが、東急目黒線の活用にシフトして幻に。もしこれが実現していたら「目黒本町」か「目黒中央」なんていう駅ができて、ここは駅前通りとして賑わったはず、なんていう妄想を抱きながら歩を進めました。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№605]清水稲荷通り共栄会

■■■・・・「清水」湧く泉を中心に発展した街を稲荷神社が見守る
歩いた日 H29.05.20 【目黒区】 

 目黒通りの「清水」バス停は、東急バスの営業所があってバスの経由地として表示されるのでご存じの方も多いかと思いますが、今、ここに清水という地名はありません。ここで降り立ち、「目黒四中」の信号交差点で目黒通りから南へ折れると、そこがこの商店街です。「清水稲荷通り共栄会」の街路灯が並びます。入ってすぐのところに商店会名の由来である清水稲荷神社があります。
 区教育委員会による説明板には、「この稲荷は明治30年ごろから東急バス駐車場のあたりにあり、その付近に真夏の旱天でも清水が湧きだしていた」とあり、「清水」地名の由来もわかります。関東大震災以降に人が多く移り住み、土地分譲をこの稲荷を中心に行い発展を祈念したこと、さらに京都伏見稲荷から御霊代を勧請し、社殿や鳥居も奉納されたこと、昭和27年に寄進された現在地に移築されるとともに、鷹番小学校にあった御真影奉安殿を移築して拝殿にしたこと、等の記載もあります。因みに奉安殿とは、戦前・戦中に各学校にあった天皇の御真影等を納めた社のことです。念のため。
<清水稲荷神社>
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 小さな神社ですが、奉納されている幟の多さが地域で大切に守られ敬われていることを示しています。神聖な空気を感じます。毎年、初午祭が盛大に行われるそうです。
<精肉の「宮川商店」があるあたり>
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 商店街は、店舗数は多くなく、半ば以上が一般住宅化した様相です。稲荷近くのビル一階の精肉店「宮川商店」がお客を集めているのが救いですね。その向かいにはちょっとオシャレなイタリア料理店も。その先には古そうな銘茶店や自転車店などが見られます。「油のことなら目黒の安田」のユニークな看板を掲げた燃料店の先には、新旧の理容店が3店近接する光景も。
<自転車店等がある静かな商店街の佇まい>
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<歴史を感じる商店の風景>
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 商店街南端近くで店舗密度はさらに薄くなりますが、商店街の街路灯の並びだけがやけに目立ちます。防犯には良いですけどね。その街路灯も終わって坂を下ると、区境にあたる部分の民家の隙間のようなところに、とても幅の狭い羅漢寺川緑道が横切っています。これを東にたどると林試の森公園に行けるはずなのですが。
<羅漢寺川緑道>
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 さて、この商店街。毎年9月には「地域まつり」、年末には「ふれあい感謝祭・楽市」を開催とのことですが、どれだけ賑わうのか、見てみたいものです。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[番外13]高崎中央銀座商店街

■■■・・・かつて県内随一の商店街は「廃墟」にあらず、激シブながら現役度も残す
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 ここについては、半ば廃墟と化した商店街という趣旨の紹介記事を事前に読んでいて、それで納得していたはずなのですが、来たからには見ないわけにはいかない、というわけで、突入です。
<渋い!思わず引き込まれる中央銀座の入口>
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 「中央銀座」という名前に反して、激シブの様相。確かに「旧時代の遺物」的な雰囲気濃厚ですが、現役で営業している店舗もチラホラありそうです。さくらばし通りからの入口近くで建物が取り払われて駐車場化した一角に、「環七ラーメン」などと場違いなロゴで営業する店があったり、その斜め向かいでは「田中帽子店」が営業中です。帽子店というのが良いですね。
<さくらばし通り側入口付近(田中帽子店のあたり)>
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 実は、全長400mに及ぶこの商店街を全部歩いたわけではないのです。「橋本青果店」が営業しているのを見て、「おっ、まだ生鮮品販売機能が生きてる」と思ったあたりで、足が棒になりかけたので、そこから先の見学をやめてしまいました。だから語る資格はないかもしれませんが、シャッター店が多いものの「廃墟」と言い切るのは早計、時代を感じさせる光景を多く醸しながら、まだまだ現役度を残している、との認識を得て引き返したのであります。
<「橋本青果店」のあるあたり>
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 かつては群馬県一の賑わいを見せていたとか、この先で程近い柳川町はかつて花街で今も夜は怪しげな雰囲気も見せて賑わうとか、以前あった映画館が店じまいしたまま残されている、などの事前情報を得ていたのですが、それらを確かめずに引き返してしまったことが今となっては悔やまれます。
 この懐かしさ全開の風景もいずれは見られなくなってしまうでしょうから、見届けておくべきでしたね。旧中山道に相当する大通りから一歩裏なので、花街があっても不思議ではないわけです。機会があればまたゆっくり歩いてみたいものです。
 というわけで、さくらばし通りへ戻りましたが、駅まで歩いて戻る元気がなかったので、都心循環線のバス「ぐるりん」で戻りました。「東京電力・スズラン入口」というバス停名にある「スズラン」は、この南にある地元資本のスズラン百貨店のこと。その意味でも、このあたりが本来の高崎市の中心部であったはずです。仕事出張の寄り道なので革靴で歩いて疲れたけれども、今回の散策で高崎の中心市街地の主要部分を歩いたことになったので、まあ満足です。

・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[番外12]さくらばし通り(高崎中部名店街のうち)

■■■・・・それぞれが栄光の歴史を秘める、かつての中心街の一角の店々に脱帽
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 引き続き高崎市のまちなか散歩です。高崎大通りから田町交差点で左(西)へ折れてこの「さくらばし通り」に入りました。ここもかつて高崎市市街地の中心をなしていた部分に属すると思われます。街路灯は比較的新しそうなものがきれいに続いていますが、建物は古そうなものが多く並んでいます。
 まず、比較的大きく目立つ建物が「本店タカハシ」。創業明治8年で衣料品ひと筋という、いわば衣料デパートで、ここが中心市街地のひとつの核的な機能を担っていた時代があったと思われます。建物はかなり年季が入っていますが、やはり街のひとつのシンボルですね。この存在は貴重です。
<衣料デパート「本店タカハシ」等の並び>
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 その先は、空き店舗化したものも含めて、古い雑多な店舗等が多いですが、古いものほどそれぞれ栄光の歴史を秘めていることでしょう。この日はシャッターが閉まっていましたが、呉服・和装小物・洋品の店という「うえ新」は、看板が「柄のうえ新」で、ちょっと首を傾げてしまいましたが、帰ってから検索すると同名タイトルの立派なホームページがありました。「うえ新」は創業者の上野新一郎さんの名に由来するそうです。脱帽!。
<「柄のうえ新」>
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 この「さくらばし通り」は、実は「さやもーる」、「大手前」と合わせたH型をなす3つの街区で構成する高崎中部名店街の一部なのです。「さくらばし通り」の中央部に南からぶつかる「さやもーる」は、鞘町という地名に由来するのでしょうが、緑を配したきれいなモールとなっています。この名店街は、国の商店街活性化の先進事例に選定されたこともあるようで、その紹介文では、「イベントも各種工夫を凝らしており、えびす講時に最高潮に達する。地元大学生が街区内にカフェをオープンさせるなど、商店街活動に積極的に参加している。」とあります。
<さくらばし通りから見た「さやもーる」>
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 それらの活動の中心舞台が「さやもーる」なのでしょうが、私の目は、その反対側の超古典的なアーケード街の「高崎中央銀座商店街」に吸い寄せられます。それについては別記事にします。
 さらに「さくらばし通り」を西に進むと、「花のクボタ」などがありますが、終点近くにあるのは「質」という大看板の「大澤質店」です。通りの西端は、通り名の由来の桜橋。高崎城址の堀にかかる橋で、春の桜は見事ということですが、訪れたのは5月で、もう葉桜です。
<商店街の西半部分>
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<桜橋から見た高崎城のお堀>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[番外11]高崎大通り商店街

■■■・・・まちの中心「だった」はずの大通りも、車社会の空洞化の象徴的風景
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 高崎市のまちなか散歩の続きです。レンガ通りから大手前慈光通りを西に向かい、交差点から北の大通りを見ると、かつてはアーケード街だったのでしょうが、古びたアーケードがところどころ取り残された状況が目に入ります。「たかさき商店街マップ」ではここが「高崎大通り商店街」です。
<大手前慈光通との交差点から見た大通り商店街>
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 ここは旧中山道高崎宿の一部に相当するようで、歴史的にこのあたりが高崎のまちの中心をなしていたのでしょう。地名は連雀町。でもこんなに広い道となっては宿場町の面影もないですね。その広い通りを横切る地下道もあり、その出口前で残されたアーケードの下の薄暗い空間に、昔ながらのたばこ販売窓口を持つ店が残っています。子どもの頃はこういう感じの店、よくあったなあ。
<古いアーケード下の懐かしきたばこ販売窓口>
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 道路の対面(西面)を見ると、6階建てのビルの前面に一段高い錆びたアーケードが残りますが、その下は閑散としています。その続きに北越銀行のビル、さらに、その先に残るアーケードの下には家電の「ダイイチストア」や、下駄・草履等の「いせや履物店」、たこ焼・たい焼の「浪花屋」などからなる古びた商業長屋建築が並び、その先で「大通り商店街」の区間は終わります。
<哀愁漂う大きなアーケード>
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 これに向かい合う東面は、下層階に市の「子育てなんでもセンター」などが入居し上はマンションになっている「オアシス高崎」というビル。これも集客装置といえるのでしょうが、そもそもセンター利用者もほとんど車で来るでしょうし、賑わいにはつながっていないですね。
<高崎市子育てなんでもセンター>
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 中心市街地の活性化はどの自治体も大きな課題で、集客の目玉として大型店が期待できる時代ではないので公共施設を整備するのはよくあることですが、結局みんな車で来るので、周囲への波及効果にはつながらないのです。で、共同駐車場を作る(ここにもある)わけですが、回遊したくなる肝心の店舗がない。まわりを歩こうという魅力が失われている。という悪循環。活性化の正解がどこにあるのか、とても難しい問題です。
 結局、まちの中心「だった」ところの歩行は、あっという間に終わりました。田町交差点から先は、市のマップでは「高崎田町一丁目アーケード会」ですが、もはやアーケードは見当たりません。右(東)からぶつかるのが「高崎五番街」ですが、左(西)方向の「さくらばし通り」へ歩を進めました。
<田町交差点に残る古い店舗建築群>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[番外10]高崎レンガ通り商店街

■■■・・・駅近の目抜き通りのはずだが人通り少なく、垢抜けない雰囲気
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 地方都市の中心市街地はどこも空洞化による衰退が著しい状況にあります。郊外への沿道型店舗の林立、自家用車の普及で、駐車場の利用が不便な中心部には人が集まらなくなったのです。新幹線が停車する規模の都市でも例外ではありません。北関東3県は特に自動車普及率が全国最上位を争っており、これらの主要都市の中心部をグーグルマップで見ると、かつて建物が密集していたはずのエリアが、空き地・駐車場が目立つモザイク模様のようになっているのに愕然とさせられます。
 群馬県内に仕事で行った帰路、高崎での新幹線への乗り換えの合間に、高崎のまちなかへ出てみました。高崎市商工振興課による「たかさき商店街マップ」で、駅に近くて最も構成店舗数が多そうに見える「高崎レンガ通り商店街」から歩くことにします。駅前通りを少し西へ行くと、その入口が現れます。向かいには豊田屋旅館という堂々たる和風建築があります。
<駅前通りに近い側から見た商店街風景>
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 名前のとおりレンガ舗装です。比較的新しい街路灯に、6月第1日曜日という「レンガ通りフリーマーケット」の告知フラグが下がります。フリマは年2回ほど行われるようです。しかし、現役店は多いものの、目抜き通りとは思えない人通りの少なさ。むしろ、一方通行ながら通り抜けの車両が目立ちます。全体に垢抜けない雰囲気で、建物は概ね3階建て以下の古いものが多い感じです。
 「麒麟ビアホール」からはじまって、「ホルモン大学」、やきとりの「オオトリ」、「らぁめん村」など、男性好み風の店舗が並びます。右から西口一番街商店街がぶつかりますが、ビジネスホテルやラーメン店等が見える程度ですね。そして、建物は新しいながら和風の門構えの「喫茶去艸庵」は、あんみつ等が主力の喫茶室で、ここだけ逆に女性好みのちょっと異質な感じでしょうか。
<「喫茶去艸庵」の佇まい>
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 ケーキ・コーヒーの「ウェイブ」は、「王様のプレミアムシュークリーム」が看板商品のようで、店舗の横壁に「サザンオールスターの皆様へ」という大表示が。大ファンだそうで高崎でライブをしてこのシュークリームを食べて、と訴えています。なかなかユニークです。大手前慈光通りにぶつかる北側出口角は井上病院で、その向かいに調剤薬局。これが最大の集客施設と言えそうですね。
 そんな商店街ですが、フリマの時にはどの程度賑わうのでしょうか。
<サザンへのアピール看板が目立つ「ウェイブ」など>
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<北端の井上病院のあたり>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№604]浦安メトロセンター飲食街

■■■・・・庶民的な高架下飲食街や周辺に漂う漁師町の香り
歩いた日 H29.05.06 【千葉県浦安市】 

 浦安駅南口商店街の喫茶「さくら」でのランチタイムを終えて、駅前周辺をうろうろしていたら、地下鉄の高架下の「貝鮮料理うらやす」の文字に目を惹かれました。「海鮮」ではなく「貝鮮」。貝類が大好きなので夜に来てみたい、などと思って道向かいを見ると、そこに「URAYASU METRO CENTER」の大文字があり、その下の高架下に店舗が続いているのに気づきました。
<「貝鮮料理うらやす」が向かい合う西側入口>
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 「浦安メトロセンター飲食街」の案内表示によれば、14店が集結しています。飲食街と銘打ちますが、ひとつ整骨院が混じるのがご愛嬌。
<昼のメトロセンター飲食街の内部>
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 「魚がし直送」の「牧和すし」や日本料理「つり舟」などがあるのが浦安らしいところですね。夜の飲食街の性格が強いようですが、とんかつ定食「とんちゃん」が昼でも営業中。こういう庶民的な感じの飲食街、私は好きです。「鉄板焼き・粉もの」の「じゅじゅ」の店頭には「いらっしゃい」と低頭するほぼ等身大の老店員のお人形があるのが面白いです。
<人形が頭を下げる店など>
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 駅側に抜けるとそこにも日本語で「浦安メトロセンター飲食街」の文字がデカデカとありました。その大文字から左へ進むと、メトロセンターではないですが、「カフェド モン」が営業中です。ここもレトロ喫茶として魅力的ですが、「さくら」で食事した後なのでさすがに入店は遠慮しました。
<駅側の高架下飲食街の入口風景>
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 帰ってからホームページをみると、「浦安メトロセンター」も行徳などと同じく東京メトログループのメトロ開発(株)の運営で、駅東側にもいくつかの店舗を含むゾーンがあったようですが、見落としました。最初の「貝鮮料理うらやす」もこのメトロセンターの一員であることがわかりました(しまった!。その写真を撮り忘れた)。
 また、この近くには浦安魚市場もあります。市場といっても魚一匹から小売するそうで、営業時間が午前4時~正午ということなので、また一度午前中に来てみたいと思います。ちょうど地下鉄車内のディスプレイで放映していた東京メトロのCMで紹介されていました。浦安はもともと漁師町なのですからね。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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