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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№557]雷門一之宮商店会

歩いた日 H28.11.03 【台東区】 
 地下鉄都営浅草線の浅草駅で、雷門に一番近い出口を出たところの通りがこの商店街です。外国人も多く混じる人波が向かうのは出口から右(北)の雷門方向で、それらの人たちを相手にした飲食店等が並びますが、左(南)方向は歩く人も少なく比較的落ち着いた雰囲気です。
 その南半部分の中ほどに、商店会が最近建立した「専堂坊屋敷跡之碑」があります。神仏混淆の経緯から浅草寺と一体の関係にある浅草神社は、明治維新まで「三社権現社」と呼ばれ、そこに祀られた三人の末裔が浅草寺三譜代として世襲により公認され、代々浅草寺に仕えていたとのこと。そのうち「一之宮」の祭神である土師真仲知の末裔(土師中知(はじのなかとも))の屋敷が「専堂坊」と呼ばれ、この地にあったのだそうです。
 関東大震災まで三基の石碑があり、そのひとつが土師中知のものと推定されたほか、この通りが土師氏の屋敷跡に相当する位置にあるということから、それに因んで商店会名を「雷門一之宮商店会」とし、3年前に碑を建立したというわけで、かつてあったという土師中知の墓碑と同じ高さ三尺五寸で作られているということです。
 その碑の向かいあたりには、「手植ブラシ」と掲げる「藤本虎」があります。明治30年代創業という100年以上の歴史を持ち、「かゆいところに手が届く天然素材の手植ブラシ店」だそうで、様々な用途の天然毛のブラシが並んでいます。
 南に突き当たったところの道もこの商店会の範囲で、それを東と西に出たところの双方の角に「時代屋」という店があり、一方には「お祭りミュージアム」なる大きな看板が掲げられていますが、これは人力車の老舗店ですね。
 それにしても近年の浅草はいつ行っても人出がものすごく、特に雷門周辺は人の波に揉まれてとてもゆっくり歴史を噛みしめる余裕はなく、この日もその喧騒を背に隅田川のテラスに向かい、スカイツリーと東武電車を見上げながら一時の休息をとったのでした。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

人の流れが耐えない地下鉄出口から雷門方向
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専堂坊屋敷跡之碑
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手植えブラシの「藤本虎」
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人力車の「時代屋」
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[№555]目黒銀座商店街(2)

歩いた日 H28.10.22 【目黒区】 
 引き続き、目黒銀座を南というか南西方向に進みます。人気タウン中目黒らしく若者向け風の造りの店も多いですが、一方で、歴史ありそうな店、古い看板建築の店なども残り、新旧対照の妙を見せています。中ほどで、看板建築の連続と高層ビルの遠景が共存する風景は見応えがあります。
 さて、長い商店街をだいぶ南まで進んできて、そろそろ食事を、と思ったら、目の前に蕎麦店の「朝松庵」がありました。立ち止まった私の前を通り過ぎた二人連れの会話が、「この店、カレー南蛮の発祥の地だって知ってた?」と。それを聞いたらもう入るしかない!。店頭ディスプレイも店内もごく普通の街の蕎麦屋の造りですが、メニューの裏に記載がありました。二代目酉之介が当時の洋食の流行に乗じて大阪でカレー南蛮、カレー丼を始めたのが明治41年の秋で、その後東京で試行錯誤して大正期には普及してきたと。四代目酉之介さんのメッセージです。
 数あるメニューの中のひとつですが、裏面でそれとなく看板メニューをアピールする、その謙虚さが良いですね。もちろん注文するのはそのカレー南蛮。私の後から入ってきた客も皆、注文は同じです。熱くて口の中を火傷しそうでしたがうまかったです。思わぬところで思わぬ発見、これぞ商店街歩きの醍醐味というものでしょう。
 その斜め向かいの青果店「八百重」も人気店らしく、ずっと人垣が絶えません。道が突き当たっても商店街は右へ続きますが、そこから先は線路をくぐった先まで「五番街」。ニューヨークと違って、逆にここだけ衰退感があります。ここまでくるともう祐天寺駅との中間くらいですから、無理もないというところでしょう。
 駅へ戻りながら気づいたのは「蛇崩・伊勢脇通り」の表示。いずれも昭和初期まであった地名で、ここはまさに蛇崩(じゃくずれ)川に沿う位置にあり、川筋は今は緑道になっています。そういえば、駅近くの二番街に「伊勢脇花園」という生花店もありました。「伊勢脇」は近くにある天祖神社の境内を「お伊勢の森」と呼んでいたことによる旧地名だそうです。こういう地名文化も伝えていってほしいものです。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

看板建築群と高層ビルの対照の妙
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「カレー南蛮」の蕎麦店「朝松庵」
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人気の青果店「八百重」
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唯一寂しい雰囲気の五番街区間
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[№555]目黒銀座商店街(1)

歩いた日 H28.10.22 【目黒区】 
 目黒銀座は、中目黒に古くからある比較的規模の大きい商店街なのに、目黒区商連のリストにないということは、我が道を行くという自信の現れでしょうか。平成15年にすぐ脇に目黒区役所が移転してきて、その地位を確固たるものにしたということかもしれません。確かに、地域の中心商店街の風格を十分に保っているように見えます。住みたい街の上位にランクされる中目黒ですが、こうした商店街の存在も大きな魅力要素かもしれません。600mほどの長さを持つ長い商店街なので2回に分けてレポートします。
 駅脇の山手通り側の商店街入口区間は、「中目黒GTプラザ」という巨大な再開発ビルに片側を削ぎ落とされた形ですが、向かいには古くどっしりとした酒店が残ります。再開発敷地内には「第六天社」という社も再建されており、検索するとずいぶん移転を繰り返した社のようですが、高層ビルの下に安住の地を得たようです。
 商店街を先に進みますが、訪れたのは10月後半の土曜日の昼で、仮装した子ども達が歩いているなと思ったら、夕方に「ちょっとはやいハロウィン@めぐろぎんざ」(なかめオータムフェスタの日)が催されるとのこと。街路灯にハロウィンのキャラクターが吊り下げられています。
 人通りも多く、地域の生活軸らしく店舗の業種構成も多彩ですが、電器店の脇に「目黒馬頭観音」と書かれた路地を発見。進んだ正面には観音堂があります。かつてこのあたりは牛馬を使う運送業者が多かったとのことで、大正期に建てられたそうですが、区教育委員会設置の説明看板は「目黒銀座観音」となっています。その説明文を一人の若い女性がじっと読みふける姿が印象的でした。
 商店街はいくつかの区間で構成され、山手通りに近い方は一番街、二番街と名付けられています。建物も新旧入り交じっていて、「わらび餅」という幟旗に惹かれたりしますが、ふと駅方向を振り返ると庶民的商店街の向こうに近代的高層ビルがにょっきりという風景がなんとも言えずというところです。で、飽きることなくさらに先に歩を進めます。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

地域の中心商店街らしい街並み
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「わらび餅」の店もある二番街
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再開発ビルの向かいの古い酒店
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ビル下に再建された「第六天社」
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目黒馬頭観音への路地
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[№554]中目黒駅西銀座商店街

歩いた日 H28.10.22 【目黒区】 
 中目黒は東急東横線と地下鉄日比谷線の接続駅。長年続いた直通運転がなくなり、乗り換え駅として逆に街の拠点性が高まったかもしれませんが、そうでなくても近年は住みたい街として上位にランクされ、目黒区役所の存在もあって、街のステータスは高まる一方ともいえます。平成28年11月22日には東横線高架下に、その名も「中目黒高架下」という延長700mにも及ぶ新商業空間がオープンし、おしゃれ度はさらに高まりそうです。
 ここに降り立ったのは、その「高架下」オープンを1ヶ月後に控えた10月の土曜の昼時。改札を出て目の前を横切る山手通りの喧噪や駅脇にそそり立つ「中目黒GT」などに圧倒されながら、おしゃれとは無縁な下町おじさんは「普通の」商店街を探します。
 で、最初に足を踏み入れたのは、駅西側の「中目黒駅西銀座商店街」。名前からして安心感があります。「銀座」を名乗る商店街は、本家を除いてだいたい庶民的な雰囲気のところが多いのです。線路脇に貼りつく道ともうひとつ西側の道の2本を中心に構成されており、まず西側の道へ山手通り側から入ると、カラオケ店の先にスーパーの「ライフ」があるなど、「普通の街の駅近くの商店街」の印象です。百円ショップや飲食店、コンビニなどが並ぶ中に「碓井米穀店」といった歴史の証言者のような店も混じって好ましいですが、通りには今一つ個性が乏しい印象です。
 それで、東西の路地を抜けて線路沿いの道に出ると、線路下は「高架下」の工事中で、その向かい側に飲食店を中心とした店舗が並びます。居酒屋的な店が多いですが、目の前に「高架下」のおしゃれ空間が誕生すると、どのように変わっていくのでしょうか。あるいは変わらずにミスマッチの魅力を強調していくのでしょうか。
 駅改札口に近い部分には、行列ができている蕎麦店とつけ麺店が並んでいますが、行列に並ぶ根性がなく、駅の反対側のもう一つの「銀座」である目黒銀座商店街に歩を進めてしまいました。「西銀座」は全体に「普通」であまりインパクトを感じない印象でしたが、ここは周辺住宅地への抜け道となる位置でもあり、夜はまた違う印象を見せるのかもしれませんね。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

「普通の」商店街の印象の西側の道
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飲食店が多い線路沿いの道
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スーパー「ライフ」もある
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2本の南北の通りを結ぶ路地
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[№553]柳橋篠塚通り

歩いた日 H28.10.21 【台東区】 
 柳橋は、神田川が隅田川に合流する地点に架かる風情ある橋ですが、この一帯は明治のころ、新橋とともに東京を代表する花街として大変な賑わいを見せたところです。平成11年まで料亭があったとのことですが、唯一の名残といえるのが柳橋のたもとにある日本料理店の亀清楼(かめせいろう)。柳橋篠塚通りは、浅草橋駅前の江戸通りからこの亀清楼の手前で大川端通りにぶつかるまでの神田川北岸に並行する通りです。
 商店街組織があるわけではないのですが、浅草に近いここにも近代化の波が押し寄せていて、記憶にとどめておく必要があります。柳橋篠塚通りの名は、中央付近にある篠塚稲荷神社によります。創起年代は不詳とのことですが、正平年間(南北朝期)に新田義貞の家臣、篠塚伊賀守重廣が主家再興の祈請をしたことが名の由来だそうで、小さいながら長い歴史を刻んでいます。
 その横に、黒塀の料亭づくりの料理店「傳丸」があって、何度か昼食に焼き魚定食を食べに行っていましたが、それも1年ほど前に閉店しました。で、うまい蕎麦のランチを出していた「玉椿」に行こうと思ったら「支度中」。夜だけの居酒屋になってしまったのでしょうか。その隣はいつのまにかギャラリーになっていました。
 結局、少し北に外れたところにあるとんかつの「百万石」に入りました。大変古い建物で、調度品も骨董品級です。中庭があって廊下が囲む造りですが料亭ではなかったそうで、昭和20年秋という終戦直後の焼け跡で始めた店だそうです。「柳橋芸者は昭和40年ごろまでだね」とは店主の弁。町内のお客さんと店主が祭や町内会の話で盛り上がっていましたが、その中に「代地」という言葉が聞かれました。江戸時代に火事の延焼を防ぐための日除け地整備の一環で、大名屋敷を他へ移転させた跡に他の町を丸ごと移した代替地の意味で、今も寿司店の看板などに「柳橋代地」の文字が残ります。
 柳橋の橋上ではよくモデルさんがポーズをとっていたりしますが、その下には屋形船が並び、佃煮の小松屋が川の上にあったりして、下町情緒を楽しむことができます。川べりの和菓子店「梅花亭」では子福餅(こふくもち)がおすすめです。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

浅草橋駅側からみた柳橋篠塚通り
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柳橋篠塚神社(右は閉店した黒塀の「傳丸」)
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個性的な品を扱う店も
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とんかつ「百万石」
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柳橋と「小松屋」(奥は「梅花亭」)
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[№552]大井すずらん通り商店会

歩いた日 H28.10.19 【品川区】 
 JR大井町駅の上を跨ぐ都道補助26号線は、駅から東が大井銀座で、間もなくゼームス坂上の信号でゼームス坂の道が左に分かれますが、さらにその手前で左に入る道があります。これが大井すずらん通りで、200mほど先でゼームス坂に合流するまでの間でひとつの商店街を形成しています。
 入ってすぐに、戦後闇市の名残である魅惑的な路地「東小路」、「平和小路」と交差しますが、今回はすずらん通りの散策です。「すずらん通り」とはありがちな名前ですが、ここでの由来は不明です。ここは40年近く前から知っていますが、当時からこの名前だったと思います。
 駅と東側の住宅地等のエリアを結ぶ位置にありますが、アトレやヨーカドーの吸引力が大きい今の大井町では、生活型の商店街は役割を薄めつつあります。ここも、鮮魚と惣菜の店が残ってはいますが、全体には夜の飲食店が主体の印象が濃くなっています。
 大井町ポータルサイトからのすずらん通りのページの店舗案内では、この通り以外の店も含まれているようで、組織の範囲は多少の広がりを持っているようです。東小路・平和小路の店の一部の名も見えます。
 駅から離れるにつれ喧騒が薄らぎ、ゼームス坂との合流点手前には古い建物が連続している部分もありますが、シャッターが軒並み閉まっているのが水曜日のせいだと良いのですが。以前、確かこのあたりに、美味しいスープカレーの店があって一度入った記憶があるのですが、閉店してその場所もわからなくなってしまいました。また、その付近には袋小路状の公園がありますが外からの見通しがきかず、おじさんが休んでいる程度です。
 さて昼食ですが、とんかつの「凡」にも惹かれましたが、鴻隆閣の「ランチ限定メニュー500円」の誘惑に負けて、五目焼きそばのランチを食しました。3時までがランチタイムで、1時半を過ぎても一人客がちらほらと入ってきます。満腹感を得て駅に戻りましたが、やはり通り全体に個性・インパクトが乏しく、東小路・平和小路の存在感にも負けてしまっているように見えてしまいます。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

大井銀座側の入口から見たすずらん通り
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鮮魚・惣菜店があるあたり
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商店街の中間付近
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寂しげな小公園
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