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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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[№532]北町アーケード

歩いた日 H28.06.25 【練馬区】 
 街歩きの参考にいつも閲覧させていただいているあるサイトで、このアーケードの存在を知りました。今回、東武練馬駅に降りて北町の商店街を歩きに来たのも、ここが一番の目当てだったと言っても過言ではありません。旧川越街道の下練馬宿であった部分の中心を占める「きたまち商店街」の中ほどに、ぽっかり口を開ける異空間、それが「北町アーケードショッピングセンター」です。
 「きたまち商店街」をはじめ旧川越街道沿いに連続する商店街群は、下練馬宿の歴史を大事にしており、古い建物も残ってしっとりとした良い雰囲気で続くのですが、そういうしっとり感に妙に溶け込みつつ、でも異なった空気を漂わせるこのアーケードの入口は容易にみつかりました。
 いやでも目立つ「北町アーケードショッピングセンター」の大きなアーチ看板と、その奥に続く錆びた薄暗いアーケードの屋根。この空間はいったいどういう経緯でできて、どのような歴史をたどってきたのでしょう。薄暗く感じるのは、アーケードの構造もありますが、途中でくの字に折れた路地であるため、先に明かりが見えないことにもよりますね。
 さて、このL字型空間に足を踏み入れると、両側はほとんどスナック街です。こういうところに昼間来てしまったのは無粋というものでしょうが、この白けた空気感は何とも言えずですねえ。「奴」、「雪国」、「元気」、「奈々子」、「ブラックピア」、「のほほん」などのお誘い看板が並びますが、どこも開店前。夜は各店が常連さんたちを迎えて賑わうのでしょう。一見さんには入りづらい雰囲気かも。
 入口付近には中華「光楽」もありますが、ここも夜の営業でしょうか、シャッターが閉まっています。唯一営業中なのは、「練馬ペットセンター」という名のペットショップ。アーケード下の路上の真ん中にゲージを置いて、ハムスターやうさぎを展示しながら販売しています。飲み屋街の中のペットショップとは、、普通に考えるとなじみにくいですが、ここでは違和感ないのが不思議です。
 アーケードを抜けると、その正面には真新しい瀟洒な住宅が並び、何か違う時代が向かい合っているような面白さを感じます。昭和40年代ごろの「昭和」がまだ生きている、ただ「見た」だけですが、何か満たされた思いで、「きたまち商店街」の散策に戻りました。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

きたまち商店街側の「北町アーケード」入口
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「北町アーケード」の内部①
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「北町アーケード」の内部②
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[№531]きたまち商店街

歩いた日 H28.06.25 【練馬区】 
 東武練馬駅南側の北町で、旧川越街道沿いの「下練馬宿」に展開する商店街群の中核をなす部分が「きたまち商店街」で、駅前一帯を含み、上宿~中宿の部分に相当します。駅前周辺は飲食店も多く、一見普通の郊外の私鉄沿線風ですが、ここにも「旧川越街道の歴史を活かしたまちなみ協定 北町旧跡研究会」の高札があり、宿場町の歴史がわかりやすく綴られています。
 徳丸方面への古道が分かれる部分に北町観音堂(石観音堂)があって、観音様とともに2体の仁王像が睨みをきかせています。高札風の説明板には、この街道を参勤交代に使ったのは川越藩主だけなので、下練馬宿には旅籠が少なかったこと、川越芋の宣伝文句の「栗より(九里四里)うまい十三里」は江戸・川越間が十三里であったことに由来することなどが書かれています。また、別の高札には、下練馬宿の本陣は、下宿の木下家の後、ここ(上宿)の大木家が継いだこと、五代将軍綱吉の脚気を治したことにより練馬大根の名が広がったことなども記されています。
 東方向へ少し歩きだすと、宿場町らしい風情を感ずるようなります。昭和の残像的な店構えも散見され、「宗正刃物」の看板を掲げる店など興味深いのですが、シャッターを下ろしてしまっているのが残存です。その脇の路地は何やら荒れ果てた感じの飲み屋街に見えますが、まだ現役でしょうか。このほか、この商店街の中央付近に、「北町アーケード」という特異な雰囲気の空間があるのですが、これは項を改めて書くことにします。
 江戸への旅人になった気分でさらに歩き、そして見えてくるのが浅間神社。浅間神社といえば富士信仰ですが、ここにも「下練馬の富士塚」があります。江戸時代に下練馬上宿、中宿の丸吉講により築かれたとされ、7月1日に山開きが行われるそうです。さて、その向かいに寝具の「うるし原」などしっとりとした感じの店もありますが、そのき先からはさらに深い感じの「北一商店街」となります。そちらを往復してまたここに戻りましたが、石観音堂の前に魅力的な「喫茶ボタン」があるのに気づいたのは、「北一商店街」で食事を済ませた後の帰り道でした。時間の関係で寄ることができず残念。また来ましょう。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

昭和の残像を感じる商店街風景
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浅間神社前付近の街並み
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東武練馬駅付近の情景
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北町観音堂(石観音堂)
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富士塚のある浅間神社
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[№530]ニュー北町商店街

歩いた日 H28.06.25 【練馬区】 
 東武東上線は下板橋から成増までの大部分が板橋区内を走りますが、その中に「東武練馬」なる駅があります。このあたり、ほとんど線路が区境ですが、東武練馬駅はぎりぎり板橋区。南口に降りると練馬区北町となります。この付近では、線路に並行する旧川越街道沿いに商店街が約1㎞にわたり連続して形成されていますが、かつては下練馬宿という宿場町だったところ。西から順に、上宿、中宿、下宿と呼ばれたようですが、まずは西の上宿方面から散策します。
 駅から旧川越街道へ出て右方向へ向かうと間もなく街路灯が変わり、「ニュー北町商店街」となります。一連の商店街群の中では西の守りを固める位置にあり、駅前の賑わいからは距離がありますが、古そうな建物や商店が並ぶなど、街道筋らしいしっとりとした雰囲気が好ましく見えます。
 書道用品を扱う御筆処「鳴鳳堂」の隣には「追川氷室」があり、その斜め向かいのだんご・おにぎりの「伊勢屋」は地元の人気店のようです。ビル一階ながら白壁風の構えの「東京トロフィー」は、トロフィーやカップ、メダルなどの専門店とのこと。看板建築で並ぶのは、ローヤルゼリーの店「吉田養蜂」、てづくりの洋食屋「キッチンストック」、その他にも良い感じの看板建築長屋があります。
 そうした中に、練馬区立北町上宿公園があり、また、何か所かに「旧川越街道の歴史を活かしたまちなみ協定 北町旧跡研究会」による高札風の下練馬宿の案内表示があります。コンビニのミニストップもなにやらレンガ倉庫風で、実はこの建物が商店街会館になっていて、「北町アートプラザ」でもあり、様々な活動の拠点として使われているそうです。「伊勢屋」の右側の線路に向かう路地には、入口に狸のような門柱があり,これは別組織なのかもしれませんが、いくつかの店舗が見えます。
 ミニスーパーの「マイバスケット」があるところまでが商店街の範囲のようで、全体に賑わいは乏しく、昭和の香りを感じ、空き地や空き店舗も見られますが、立派なホームページがあって、組織はしっかりしているようです。「ニュー北町」ですが、歴史を大事にし、オールドの良さを継承しているように見えます。線路の向こうにはイオンの大きな看板も見えますが、地域通貨やポイントカードの取り組みもアピールされ、マイペースで頑張る頼もしさのようなものも感じられました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

和菓子の「伊勢屋」楽しげな路地の入口
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トロフィーの店などが並ぶ風景
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蜂蜜店などがある古風な建物等
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コンビニが入る商店街会館の建物
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[№529]稲荷通り商交会

歩いた日 H28.06.11 【江東区】 
 都内の超有名商店街のひとつである砂町銀座の200mほど北に並行する位置にあるのがこの「稲荷通り」です。もちろん砂町銀座の賑わいには及びませんが、ここはここで独特の魅力があります。超A級商店街が近隣にあるとはいえ、決して気合負けするのではなく、マイペースでありながら堅実な営みの中で、周辺住民の購買力に支えられている商店街という感じです。
 最寄りバス停は、明治通りの北砂三丁目。そこから東に入りますが、最初の1ブロックを越えたところからしっとりとした商店街風景が続きます。最初に目につく「パジャマのモリキュー」は店頭に段ボールが山のように積まれ、問屋のようです。その先からは、書店、鮮魚店、薬局、ベーカリー、蕎麦店と続きます。「原田薬局本店」の建物には「原田毛髪研究所」の看板もあり、「今日も健康すばらしい一日」の大きな文字がユニークです。
 精肉店、焼き鳥店、電器店、銭湯、寝具の店などもあり、日常生活に溶け込んだ感じですね。そんな中にインド料理店が混じるのも下町らしいところ。「氷」の小旗が下がる店があるのも懐かしく、また、「田口畳店」も隣にリフォーム・インテリアショップを併設して元気に営業中です。空き店舗化したところもあるのですが、衰退感よりもむしろゆったりとした現役の息づかいを感じます。
 商店街の延長は200m余りですが、その東端にあるのが、商店街名にもなっている治兵衛稲荷神社です。蒼稲魂命(うがのみたまのみこと)と白菊大神を祭神とし、江戸初期の慶安年間に治兵衛という人がこの付近を開拓した歳に村の鎮守として建立したという由緒書きの石碑があります。子孫繁栄や商売繁盛の神として古くから敬われているとのことです。
 帰りがけに、「手づくりパン・ケーキ」の「フジヤ」で、この日の間食用に菓子パンを買いました。餡がたっぷりのどっしりとしたあんパンが美味でした。目立たない位置にありながら、お稲荷さんに守られ、砂町銀座とは一味違う温かみを感じる商店街で、この魅力を失うことなく人々に愛され続けていってほしいと思います。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

生活密着の店舗が並ぶ明治通り側入口付近
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商店街東端の治兵衛稲荷神社付近
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商店街中ほどの焼き鳥店など
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インテリア店を併設する畳店
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治兵衛稲荷神社
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[№528]砂町銀座中央通り会

歩いた日 H28.06.11 【江東区】 
 砂町銀座ではありません。「中央通り会」です。砂町銀座は東京の元気な商店街の代表格のひとつ、そんな超A級商店街はこのサイトの対象外で、江東区の商店会マップによると、そこにちょこんとくっつく形で「中央通り会」があるはずなのです。亀戸からのバスを北砂二丁目で降り、久々に足を踏み入れた砂町銀座は、近くに大型ショッピングセンターのアリオができたというのに相変わらずの賑わいです。この喧騒の中をしばらく進んだ左(北)方向に「中央通り会」があるはずなのですが・・・。
 行きつ戻りつの末にやっと見つけました。商店街用の街路灯があるのでこの道でしょう。が、しかし、何ということでしょう。一歩入ったとたんに、砂町銀座の賑わいが嘘のようにしんと静まり返り、衰退の果てという光景です。このギャップはいったい何だ。
 シャッターを固く閉ざしてずいぶん前に役割を終えた感の元店舗、真新しい一般住宅、そしてわずかな営業店も昭和がそのままという忘れ去られたような風情。現役なのは、「滝沢酒店」、「中村理容室」、そして北側出口付近の数件の古い居酒屋風店舗、そんなところです。
 それでも街路灯だけは比較的新しく、そこには「環境にやさしい商店街――東京都環境対応型商店街活性化事業を利用しています」というきれいな文字が商店会名及び平成26年度という設置年とともに記されています。補助金を使い、LEDで電気代は安いでしょうが、この商店街でよく維持できているものです。あるいは、砂町銀座との関係で、組織面での補完関係があるのでしょうか。
 「中央通り会」と砂町銀座、現代商店街の両極端の姿が隣接しているような感覚です。超A級商店街の勢いにあやかった便乗商法の気配があるわけでもなく、真新しい街路灯だけが商店街であることを語っている、そんな印象を抱きながら百メートル余の「中央通り」を北へ抜けると、そこは普通の下町住宅街。ただ、その東西の道は、後で調べると「こうづけ堀通り」という名があり、この付近に吉良上野介の下屋敷があって、大正年間まで「こうづけ堀」という堀があったとのこと。でも、吉良上野介は両国付近の上屋敷で赤穂浪士に討ち取られたんですよね。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

砂町銀座側から見た寂しい「中央通り」
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こうづけ堀通り側から見たうらぶれた飲食店群
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「環境にやさしい商店街」の街路灯標識
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(おまけ)砂町銀座商店街
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[№527]田園調布通り商店街

歩いた日 H28.06.04 【大田区】 
 田園調布というと、駅西側の放射状の通りを中心とした高級住宅街を連想しがちですが、田園調布の地名の範囲は意外に広く、南は中原街道を挟んでさらに田園調布本町と続き、2駅先の沼部駅付近までに及びます。田園調布通り商店街は、その中原街道を挟んで、田園調布一丁目から田園調布本町にかけての六間通りと言われるバス通り沿いを範囲とします。
 この日は、多摩川園前商栄会を見てから、富士見坂を上ってたどり着きました。延長は500m以上にわたりますが、半ば以上が住宅や事務所、シャッターを閉ざした空き店舗という風情で、商店街としての賑わいは乏しく、地名の優雅さに反して寂しさが漂います。やはり駅から離れた立地での長い沿道型商店街というのは、集客の核ができにくく、全体に薄まってしまうということなのでしょう。
 南北の端と中原街道交差部の計3カ所に「田園調布通り」とう立派なアーチがあり、一度北側の端まで行ってから南の端へ向けて歩きましたが、北半部分では、営業店は自転車店や小さな家具店、新聞販売店といったところ。道の両側に「馬里奈」という靴店がありますが、問屋のようで、「田園調布のお洒落な靴店」ではありません。
 中原街道との交差点付近が多少商店の密度が高まりますが、むしろ中原街道沿いの方が生活型の店があって商店街らしい感じです。田園調布通りには、日常生活に密着した生鮮品店がほとんどなく、わずかに、精肉店がひとつ、「フィッシュ&フード」と掲げる店がひとつ、という程度。
 中原街道を渡った田園調布本町側には、焼肉店、ちょっとだけメルヘンなベーカリー、といったところですね。南の端は芝信用金庫があるさくら坂上という交差点。ここから南東の沼部駅方向に下る坂が、あの歌に唄われた「桜坂」のようです。商店街の雰囲気とのギャップが何とも言えず、です。
 6月の第一土曜日ですが、このあたり、この日はお祭日和ですね。子ども神輿が中原街道を練り歩くほか、脇道に入った西守稲荷の前にも屋台が並び、人が集まっていました。この商店街の北には田園調布福徳商店街が続くのですが、疲れたのでバスで田園調布駅に向かうと、その先で駅前まで続く田園調布商店街もお祭でバスが迂回。その賑わいをちょっと覗いただけで電車に乗ってしまいました。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

中原街道との交差部の田園調布通り
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桜坂上の近くの商店街(田園調布本町部分)
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商店街らしさが乏しい通り
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数少ない商店の並び
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[№526]多摩川園前商栄会(たまがわ商店街?)

歩いた日 H28.06.04 【大田区】 
 かつて、「多摩川園」という遊園地がありました。大正末年からの歴史を持ち、昭和39年の東京オリンピックのころには年間入場者数100万人を記録したとのことですが、昭和54年に閉園しました。今は、半分が宗教法人の土地となり、残りが大田区の「田園調布せせらぎ公園」として開放されています。この前にある駅も、大正12年に当時の目黒蒲田電鉄が「多摩川」駅として開業したものが、その後、丸子多摩川→多摩川園前→多摩川園を経て、平成12年に再び「多摩川」駅となりました。
 ここの地名は田園調布一丁目。駅の周囲は閑静な住宅街ですが、駅前の小さな商店街を歩こうと降り立ってみれば、何やら祭り囃子が聞こえます。すぐ近くにある浅間神社のお祭の日に来てしまったようです。こういう日は日常の商店街の姿が見られないので普通は避けるのですが、せっかく来たので、駅にある商店街案内図をチェックしてまずは線路西の北側へ。こちらは提灯が並ぶだけで静かですが、店も少なくてどちらかというと住宅街の様相。わずかに営業している店は、田園調布らしいお洒落な名前の輸入インテリアショップなど。
 駅から南の区間には祭の屋台が並び賑やかです。しかし、東急多摩川線の線路に面した片面の商店街で、生鮮食品店がないことなどから、普段の日はきっと静かな佇まいであると思われます。「歌舞伎狂言煎餅・鮎やき・人形焼」と謳う和菓子店「大黒屋」や人形の「プーペ」などが目立つところです。駅寄りにはかなり古風な建物の店舗が並んでいます。
 喧騒から逃れようと、駅で見た「あじさい園」の表示に従い、多摩川台公園(多摩川園ではありません)に昇ります。駅からすぐのところがあじさい園になっていて、ちょうど見頃で、ここにも多くの人が歩いていましたが、公園からの多摩川の眺望とともに、ひとときの安らぎを得た気分です。
 ところで、街路灯の表示は「多摩川園前商栄会」なのですが、駅の案内図には「たまがわ商店街」とありました。いずれも大田区商連のリストに名前はなく、実態は不明ですが、この祭の賑わいを見ると、組織のエネルギーはありそうです。南へ抜けたところに二子玉川行きのバスターミナルがありますが、祭の賑わいに反して、ポツンと停まるバスが何か寂しげです。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

祭で賑わう駅南側の商店街
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静かな雰囲気の駅北側の通り
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浅間神社の下あたりの賑わい
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多摩川台公園のあじさい園
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[№525]かもん宿商店街(千住仲町商店街)

歩いた日 H28.06.01 【足立区】 
 日本橋を起点とする日光・奥州街道の最初の宿で、水戸街道の分岐点でもあった千住の宿場は、徳川家光によって開かれた当初は今の千住1~5丁目あたりのみだったそうですが、その後南へ拡大し、「掃部(かもん)宿」や、さらに千住大橋を越えた今の南千住方面にまで伸びたとのことです。本陣があったのは、「宿場町通り」として今や半ば観光地化している部分ですが、そこから南へ、「本町センター通り」商店街を抜けた先の千住仲町にさらに続くのが「かもん宿商店街」です。
 近年、「千住仲町商店街」から改称したようで、「かもん宿」の名は、慶長3年にこの地を所領し元和年間に掃部堤を築造した石出掃部介(かもんのすけ)吉胤に因むそうで、商店街南側出口の墨堤通りとの角にはその菩提寺であるという源長寺があります。
 掃部宿は、千住宿の中でも有力商人が集積していたとのことで、商店街を歩くと、江戸期の医者、安藤昌益が書き残したという「『自然真営道』発見の地」や明治・大正期の経済史家という「内田銀蔵博士生花」などの説明板があり、文化の集積地でもあったことがうかがえます。因みに、北側入口付近には「高札場跡」の碑や「千住宿問屋場・貫目改所跡」もありますが、その背後には、東京芸術センターの高層ビルがそそり立っています。
 商店街を歩くと、「都せんべい中村屋」や「長谷川金物店」、「阿部ミシン商会」と読み取れる錆びた看板の店など、歴史ありそうな店が点在しますが、駅からやや遠いせいか全体にだいぶ住宅地化が進んでおり、足立区の千住庁舎もあるものの、北側の商店街の賑わいがここまでは及んでいない様子です。それでも、商店街中ほどには「掃部宿憩いのプチテラス」という小広場が整備され、歴史説明板があるなど、盛り上げの努力が感じられます。商店街名の改称もその努力の一環なのでしょう。
 墨堤通りから南も元宿場町らしい風情が続きますが、そこはもう千住河原町で「やっちゃば通り」の領域となります。国道4号との合流部には現代のやっちゃばである都の足立市場があり、その先は隅田川を跨ぐ千住大橋です。この日は、仕事で北千住に来た帰りだったのですが、束の間の歴史散歩をした気分で、京成の千住大橋駅から電車に乗りました。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

「かもん宿商店街」の北側入口付近
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商店街の中央部付近「都せんべい中村屋」など
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商店街南端付近の金物店
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掃部宿憩いのプチテラス
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源長寺
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