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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№443]東中野銀座商店会

歩いた日 H27.08.22 【中野区】 
 JR中央緩行線の東中野駅の周辺は、新宿と中野に挟まれる位置にあっても住宅街の様相が比較的濃い街です。駅西側には山手通りが交差し、その下には都営地下鉄大江戸線の東中野駅もあります。この日は、この大江戸線で到着。山手通りは、地下を首都高速中央環状線も走ることもあって綺麗に拡幅され、駅前広場も整備されています。
 近代的な街並みに変貌したかと思いきや、見上げれば「東中野ギンザ通り」のアーチがあり、その奥に庶民的な感じの商店街が続いています。4m程の道幅は山手通りの歩道片側分の半分にも及びませんが、足を踏み入れれば生活感満載の世界にワープできます。すぐに現れるのが「丸忠商店」という青果店。日々の食材の提供店として立派に機能しています。商店街中ほどに核店舗とも言うべきスーパー「ライフ」もあるのですが、棲み分けができているのでしょう。
 300mほどの商店街には、古い看板建築の豆腐店や畳店など伝統的(?)な店々の中にもお洒落さを感じる店も混じっていて、若い人も惹き付ける魅力を発揮しているようです。「フランス料理」を看板に掲げてフレンチ惣菜やケーキ等を販売する店があったり、イタリア国旗を掲げるレストラン、「十割そば」と大書する「生粉蕎麦バル つるかめ」もお洒落系。2階店舗ながら本格インド料理を提供する「タラキッチン」も人気店のようです。一方、和菓子の「富士家」は喫茶室も併設する渋い系。古典的構えの「鮒富佃煮店」は夏期休業中でした。
 早稲田通り側の出口にもアーチがかかり、これを見届けて引き返します。食事は、「つるかめ」ではなく、「そば、天ぷら」の「寿美吉」へ。大ざるそばを注文。昔ながらの蕎麦屋さんという感じで、私のようなおじさんはこういう店の方が落ち着きます。
 全体に人通りも多く、改装工事中の店舗もいくつか見られたりして、新陳代謝進行中、元気更新中の商店街と見えました。古いものが消えるのも寂しいけれど、こういう新陳代謝も絶対に必要です。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

活気ある青果店「丸忠商店」など
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新旧混在の魅力を感じる商店街
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こんな古い店舗が残る一角も
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[№442]B-1グランプリ食堂 AKI-OKA CARAVANE

歩いた日 H27.08.08 【千代田区】 
 去る7月、秋葉原駅近くのJR高架下に「B-1グランプリ食堂」なるものがオープンしたと聞き、訪れてみました。「B-1グランプリ」は、「ご当地グルメでまちおこしの祭典!」と銘打って、平成18年から毎年場所を変えて開催されているもので、ここはその常設公認店だそうです。同グランプリの主催団体「愛Bリーグ」に加盟する団体の人気メニューを順次入れ換えて提供するとのこと。
 高架下の活用のため外から全体は眺めづらいですが、脇の歩道上には各参加団体の幟が並びます。14団体ほどのトレーラー屋台のブースが一列に並び、中央の券売機で買った食券またはスイカでの購入というシステムです。焼きそばだけでも横手、富士宮、ひるぜん、なみえの4種、そのほかには、八戸せんべい汁や北上コロッケ、久慈まめぶ汁、勝浦タンタンメンなど、有名どころが並びます。
 「B-1グランプリ」の「B」はブランドのBで、いわゆるB級グルメとは無関係、グランプリはグルメイベントではなくまちおこしイベントであると、ホームページに念入りに記載されています。グランプリの出展者(出店ではない)はまちおこし団体で、まちをPRすることが目的とのこと。A級に対するB級というマイナーなイメージで捉えてはいけないのです。その意味では、本ブログの「B級商店街」という命名も考え直すべきかもしれません。この食堂は決してB級ではないのですから。
 食べ比べできるようにハーフサイズでの提供が基本で、値段は300~500円。ドリンクもブース販売です。テーブル席は家族連れやグループ客で埋まっており、暑いので唯一空調がある立食席で、震災被災地応援の意味も込めて「浪江焼麺太国」の「なみえ焼きそば」をいただきました。太麺のユニークな焼きそばです。浪江町は全域が福島第一原子力発電所事故による警戒区域内で、町民は町外で避難生活を続けており、昨年のグランプリ開催地でしたが近隣の郡山市での開催でした。
 この区間の高架下には、南に隣接して日本全国の食の逸品を集めた「ちゃばら」があり、北にはものづくりをテーマにした「2k540 AKI-OKA ARTISAN」があって、JRの空間有効活用の一環とはいえ、魅力が連続するラインとして注目度が高まっているといえそうです。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★★

鉄道高架下に展開する「B-1グランプリ食堂」
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参加団体のブースが並ぶ
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[№441]千葉銀座商店街

■■■・・・大型店が消失のかつての中心街で「箱そば」、そして喫茶店ランチ
歩いた日 H27.08.02 【千葉県千葉市中央区】 

 ショッキングなニュースが流れました。千葉市の中心部、千葉銀座通りに面する「千葉パルコ」が来秋閉店という情報です。これで千葉市中心部(中央・栄町地区)の大型店は最後の砦が陥落ということになります。近辺の大型店を全て失うことになる千葉銀座通りはどうなってしまうのでしょう。そんな思いから、猛暑の日曜日でしたが、総武線の下り電車に乗って訪れました。
 かつては、奈良屋、扇屋などの老舗百貨店も隣接し、千葉市随一の繁華街だった千葉銀座は、昭和38年の国鉄千葉駅移転に始まり、幕張新都心開発や蘇我地区の商業施設開発などによる商業機能の分散化で人の流れが変わり、百貨店も相次いで閉店するなど衰退の一途を辿ってきました。
 千葉駅から日陰を選びながら駅前通りを歩いていくと中央公園にたどり着きます。ここが千葉銀座の北端にあたります。千葉市が中心街テコ入れのために建てた高層ツインビルと向かい合ってパルコがあります。客足の大幅減少で閉店とのことですが、テナント管理がしっかりしているパルコらしく、店内に斜陽感はあまり感じません。因みにこの地下はスーパーの西友になっています。
<千葉パルコ(右)が面する商店街の北端部分>
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 商店街の歩道に人通りは少なく、繁華街というには程遠い雰囲気です。千葉らしい面白い店は、落花生をはじめ千葉県産の様々な煎り豆を扱う「与三郎の豆」という店。思わず足が止まります。商店街の南の端の向こうには、これも千葉市が扇屋ジャスコ跡地に建てた複合公共施設「Qiball(きぼーる)」がそびえ立っていますが、どれだけ商店街の客のつなぎ止めに役立っているでしょうか。
<「Qiball」に近い商店街南端付近の部分>
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 商店街中ほどの歴史ある蕎麦店「阿づ満庵」で名物の箱そばを注文。3時ごろでも、馴染みの年配客のほか女性一人客や若者グループなどが入店してきます。こういう店は大事にしたいものですが、女将さんにパルコ閉店だってねと語りかけると、「困っちゃう。西友には毎日行くのに。あとが何かになってくれればいいけど」と寂しそう。
 暑いので近くの葭川公園駅から都市モノレールで千葉駅に戻れば、巨大百貨店そごうには人があふれ、駅ビルもさらに巨大化の工事中です。都市政策の矛盾も感じてしまいます。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

再び歩いた日 H29.09.23

 パルコもなくなり、新駅ビル「ペリエ」のオープンによりますます千葉駅周辺の吸引力が高まって衰退の加速が顕著な千葉市中心部を久しぶりに歩きました。銀座通りの雰囲気は、前回レポートの2年前と大きくは変わりませんが、大きなパルコのビル一階がパネルで閉鎖されているのはやはり空虚感があります。やがて何か商業系を含めた施設に生まれ変わると良いのですが・・・。
<千葉銀座商店街の中央部付近>
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 銀座通りは中間に2つの信号交差点がありますが、そのうち南側の交差点から東に入ったところにある喫茶店「亜土」で遅めの昼食としました。女性店主一人で切り盛りしている昔ながらの喫茶店で、祝日なのに営業しているのはありがたいです。こういう喫茶店が少なくなっている中で、今後もこの雰囲気を維持してほしいと思います。
<懐かしい雰囲気の喫茶店「亜土」>
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[№440]公園本通り商店街

歩いた日 H27.07.25 【台東区】 
 「浅草ホッピー通り」と言った方が分かりが早いところです。ここは、浅草公園の西側に面する通りで、だから「公園本通り」なのでしょうが、両側を埋めつくす屋台街の建物で公園はほとんど見えません。六区ブロードウェイに並行する位置にあり、ウインズ浅草にも近いため、昼でも歓楽的空気で満たされています。
 ある意味で、最も浅草らしい雰囲気の通りであるはずですが、浅草の商店街を網羅的に紹介しているはずのサイト「浅草観光ドットコム」にはなぜか記載がありません。浅草商店連合会が運営する「浅草においでよ」サイトや、台東区の商店街マップでこの商店街の正式名称を知ったしだいです。
 とにかく昼からどの店も席がかなり埋まっています。夜はまた独特の雰囲気で、さらに歓声に包まれることになります。店ごとにこだわりはあるのでしょうが、生ホッピーにもつ焼き、牛すじなどは共通項のようです。どの店も路上に日除けテントを張り出し、陽が当たる側は簾も使って快適な?呑みスペースを確保しています。もう両側がほとんどそんな状況なので、他の店も混じってはいるのですが、とにかく強烈な印象の光景だけが瞼に焼きつきます。
 ここは、建築物の面でも興味深いところで、特に、通りの東面、つまり公園を裏に背負った側はほぼ3階建てで統一され、建物の新旧や色の相違はあるものの、ファサードが整えられているのです。排気ダクトがむき出しで設置されるなど、お構いなしの部分もありますが、そうした時代がかった部分も含めて、面白い景観を見せてくれています。おそらく、建築協定などによって守られているのでしょう。
 ここの延長も100m余りで、南の「公園通りグリーンロード」側から北に向けて歩きましたが、右側に「奥山おまいり道」がぶつかるところまでが範囲です。浅草は、本当に短い通りごとに違った雰囲気があり、それらがモザイクのように絡み合っているところが魅力のひとつと言えますね。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

「ホッピー通り」の南の端の部分
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ほぼ3階建てで整った公園側の景観
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[№439]公園通りグリーンロード

歩いた日 H27.07.25 【台東区】 
 浅草の繁華街で、浅草寺・浅草公園の西側、六区の東側を南北に貫く公園通りのうち、中ほどを占める100m弱程度の区間です。南の「公園通り会」の区間から新仲見世を横切ると、路面が緑色になって、まさにグリーンロードとなります。平成9年に舗装を改めてこの名に変えたとのことで、もう20年近くこの色で人を呼んでいるのですね。真夏の太陽の下ですが、南から北へ進みましょう。
 起点の左側に構えるのは「わけあり本舗」という靴店。本店は新仲見世側にあるようですが、このあたりで異彩を放っています。どういう「わけあり」なのでしょうか。そしてその先少し行った右側に「メヒコ」を発見。「メヒコ」といえば、福島県から茨城県などにかけて店舗を展開するシーフードレストランです。カニピラフなどが自慢で、フラミンゴの群れを眺めながら食事できるなどそのユニークさが話題ですが、浅草にできていたとは驚きです。今度、人を誘って食べにこようと思います。
 そしてその並びにあるのは、長い歴史を持つという和陶器店の「金玉堂」(「きんぎょくどう」と読むのですよ)。この季節らしく、店先には風鈴や、ひょうきんな豚や金魚の形をした蚊とり線香立てが並び、思わず頬が緩みます。
 国際観光地となった浅草は全体に喧騒に包まれていますが、この通りはなぜか人波が緩やかで、落ち着いて歩けます。しかし進むほどに人の数が多くなって、後ろから人力車もやってきて、雰囲気の良さそうな喫茶店などを眺めながら進むともうすぐに伝法院通りとの交差点となり、グリーンロードはここまでです。「紫芋アイス」の幟が人の足を止めています。
 この交差点に立って改めて四方を眺めると、この界隈の人の流れが新仲見世も含めて東西方向が主となっているように見え、南北方向のグリーンロードの落ち着きの訳が納得できます。さて、この先の北方向の延長上は何やらがらっと雰囲気が変わります。全体が屋台街の風情の「公園本通り商店街」へと歩を進めましょう。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

「メヒコ」などがある通りは人通りも少なめ
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人力車も行き交うグリーンロード
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ひょうきんな陶器が並ぶ「金玉堂」の店先
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[№438]公園通り会

歩いた日 H27.07.25 【台東区】 
 浅草の仲見世と国際通りのちょうど中間あたりで、雷門通りから花やしき方面に向けやや屈曲しながら南北に走る通りが公園通りです。浅草公園の西側に接するラインなので公園通りというわけですが、戦前は北に公園劇場があったため、公園劇場通りと呼ばれていたのだそうです。商店街組織は少なくとも3つに分かれています。一番南の新仲見世以南の区間がこの「公園通り会」。「のんべ横丁」の通称も持ち、大衆食堂街の性格が濃厚なところです。
 看板を見るだけでもその性格は一目瞭然です。天麩羅「晴光」、釜めし「春」、割烹「浜て津」、寿司・うなぎの「大長」などなど。そのほか、中華料理「博雅」、焼肉「金楽」、大きな看板に千社札がびっしり貼られた「浅草坦々亭」や、新仲見世近くにはインド料理店や「なんじゃもんじゃ」なんていう店もあります。
 それらの飲食店群に混じって、料理用野菜を売る「つ満亀」、創業明治3年という「永澤屋足袋店」などもあり、個性を引き立たせています。それぞれの店が歴史を背負い、贔屓客を持っているのでしょうね。
 この通りの途中で西方向に接続するのが「食通街」、東方向に接続するのが「たぬき通り」です。たぬき通りとの角にある「浅草ビアホールD's diner」は、たぬき通りの方に属するようですが真夏のこの時期には繁盛していることでしょう。
 ここは浅草の繁華街の各方面への通路でもあり、昼も人通りが絶えず明るい雰囲気ですが、夜はまた独特の魅力に包まれ、「のんべ」たちのパラダイスになるのです。ある意味で「浅草らしさ」が濃厚に現れている部分とも言えそうです。
 さて、「食通街」にも惹かれますが、ここは一連の「公園」通りを北に進むことにしましょう。新仲見世通りを横切ると道路舗装が緑色となって、「公園通りグリーンロード」へと続きます。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

たぬき通りとの角から雷門通り方向を見る
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大衆的な飲食店が並ぶ通り
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[№437]浅草たぬき通り商店会

歩いた日 H27.07.25 【台東区】 
 夏の盛りの土曜日の昼ですが、放浪癖にまかせて浅草に来てしまいました。やはりものすごく人が多い。それもそのはず、実はこの日は隅田川花火大会の日。東武浅草駅側から新仲見世を歩いていくと、浴衣姿の老若男女、外国人の姿も多く見られます。仲見世を横切り西へと進みましたが、人波に疲れてしまいそうなのでひとつ裏の通りへ。そこが「たぬき通り」でした。
 新仲見世の南側に並行する100mにも満たない通りですが、ここには12匹のたぬきがいます。戊辰の役で上野の山の戦火から逃れてきたたぬき達と浅草の地たぬき達が、長老「辰五郎たぬき」の仲裁により争いを避け、12匹のたぬきが修行を積み、平和を守り人の役に立とうと願掛けたぬきになったとのことです。開運たぬき、地蔵たぬき、不動たぬき、招福たぬきなどなど、それぞれユニークな表情で路傍にたたずみ、行き交う人たちを見つめています。
 ここは人通りがそれほど多くなく、ゆったりと歩けます。それでも観光客を乗せた人力車が、たぬきを愛でながら通りすぎていきますが、その足どりも緩やかです。裏通りといえどもそこは浅草。老舗らしき店がさりげなく構えています。きものと帯の「ほてい屋」、「ゑりの高砂屋」など。「渡邉眼鏡商店」や江戸前の「常寿司」も歴史がありそうです。
 飲食店系は、やはり浅草、下町らしい店が並びます。もんじゃ、お好み焼きの店が目立ち、「六文銭」本店や「津久志」、「香味家」、それにその名も「ぽんぽこ」。その向かいにある「浅草もんじゃころっけ」も面白そうですが、買って暑い中を食べ歩く勇気は出ませんでした。占いの店「改運館」なんていうのもあります。「開運」じゃなくて「改運」。
 ここからさらに雷門通り方面へ抜ける路地なども風情があります。さて、招福たぬきの前で記念撮影をする人力車を横目にたぬき通りを抜けると、交差するのは「公園通り会」。このあたり、いろいろな商店街が入り乱れています。次はどちらへ歩を進めましょうか。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

老舗和装店の隣にもんじゃ焼き店等が並ぶ
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静かだが人力車も行き交うたぬき通り
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路傍にたたずむたぬき
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[№436]世界貿易センタービル地下1階飲食店街

歩いた日 H27.07.20 【港区】 
 梅雨が明け、灼熱地獄のような都会では、つい冷房の効いたビルの中に入りたくなります。この日は祝日(海の日)でしたが、モノレール浜松町駅に隣接する世界貿易センタービルなら昼食時に開いている店も多かろうと、地下の飲食店街へもぐり込みました。
 世界貿易センタービルの竣工は昭和45年。日本初の超高層である「霞が関ビル」の次にできた40階建ての超高層ビルで、もう45年もの歴史を刻んでいることになります。別館には高速バス等のターミナルもあることはご存じのとおり。最上階は展望台で、東京スカイツリー等ができた今日でも立派に集客しています。
 祝日で、入居オフィスの大半が休みのせいか、1階ロビーは静かです。さらに地下へ。飲食店街は時代とともにリニューアルもしているのでしょうが、何となくレトロな雰囲気で、半世紀近い歴史の香りを漂わせています。
 「世界」貿易センタービルの飲食店街ですが、「世界」を感じるのは、イタリア、タイ、それに西安料理くらいでしょうか。トルコライスをランチのメインメニューに掲げる店もありますが、居酒屋や蕎麦屋、ラーメン屋、とんかつ屋等もあって、全体にリーゾナブル、気取りない空気で満たされています。平日は上階のオフィスのサラリーマンが昼の胃袋を満たすにはお手頃というところでしょう。祝日でお客は少ないですが、それでも多くの店が営業しています。
 そんな中で、夏らしくカレーの「からなべ屋」に入りました。この店名は他でも見たような気がするので聞いてみると、東京駅と銀座にもあったそうですが今はここだけになったとのこと。なるほど。この店は正月以外は無休で営業しているとのことです。野菜コロッケカレーを注文しましたが、ヘルシーカレーを強調しており、油に気をつかっているようで、じゃが芋、枝豆、にんじんを具にしたカレーは新鮮な感じでした。
 味にも満足感を得た後、外界の灼熱を避けるべく、連絡通路から地下鉄の大門駅に移動しました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

どことなくレトロ感漂う地下飲食街
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気取りのない店が多い
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再び歩いた日  H28.10.27 
 都内移動の昼食時、上の写真にもある「ワインコーナー」という店に入り、「トルコライス」を食しました。「トルコライス」は長崎のご当地料理で、ピラフ(またはドライカレー)とナポリタンに豚カツを乗せたミックスメニューですが、なぜ「トルコライス」というのかは不明だそうで、もちろん中東のトルコ国とも無関係とのこと。
 前回レポート時は祝日だったので全体が静かでしたが、平日のこの日はビジネスマンたちでかなり混み合っています。カウンター席で999円の「トルコライス」でしたが、知ったメニューの組み合わせと思うと、それほどの感動はありませんでした。でも、周囲の人達は皆同じメニューを注文していました。都内で「トルコライス」を提供する店は意外と少ないようです。

トルコライスが看板メニューの「ワインコーナー」
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[№435]今川小路

■■■・・・戦後のどさくさの名残の光景がまたひとつ消えた
歩いた日 H27.07.15 【中央区】 

 今川小路は既に多くの記事に書かれ、商店街の範疇外かもしれませんが、いよいよ消滅かという情報もあったので、記録にとどめなければという義務感にかられ、平日の昼時に立ち寄ってみました。
 JR神田駅から東京駅方向に数分歩いた線路の高架下。「今川小路」という看板が健在です。秋葉原~東京間の線路の開業が大正14年なので、高架橋自体も相当な年代物ですが、その下にへばりつく店舗群も時代劇のセットとしても十分通用しそうな古さです。線路下を横断するだけの短い区間ですが、ここだけ時代の流れが止まったような佇まいです。
  <時が止まったようなガード下の「今川小路」>
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 ここは、千代田区と中央区の境界であり、その境界線にかつてあった龍閑川という水路が、戦災の瓦礫で埋められ、その上にひしめくように建ち並んだバラック街の名残なのだそうです。龍閑川は、日本橋川と浜町川、神田川を結んでいたもので、その名は、ウィキペディアによれば、日本橋川との接続点付近に江戸城殿中接待役井上竜閑の屋敷があったことに由来するとのことです。
 東北新幹線、上野東京ラインの建設時に消滅かと思われた今川小路ですが、どっこいしぶとく生き残り、今は、上野東京ラインの下部と千代田区側の一部が取り壊されたものの、中央区側の多くは残っています。従ってここでは中央区の分類で扱います。
 訪れたのが昼間で、この居酒屋群の夜の実態はわかりませんが、「大松」、「があどした」、「里」、「柳水」、「まりせ」、「歌家」、「呑ん兵衛神田(ごんた)」、「笹丈」という店たちはいずれも現役と思われます。二階部分が張り出して、住居として使われているようにも見えます。夜の常連の客がいるから成り立っているのでしょうが、その実態を覗きにくるのは恐い気もします。
  <二階部分の張り出しは住居か?>
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 昼の閑散とした姿だけを目に焼き付けて、現場を後にしました。中央通りへ出たところの信号の名が「今川橋」。反対側の「竜閑橋」方向へ出たところには、「東京から故郷おこし」をコンセプトに地域活性化を目指したご当地飲食店の「なみへい」があります。これも昭和家族の代表たるサザエサン家の「波平」からの命名だそうで、こういう店が今川小路の目の前にあるというのもユニークです。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

再び歩いた日 H30.12.15 【中央区】 
 ここ今川小路をレポートしたのは約3年前でした。今回、神田駅に降りた足で、再び訪れてみましたが、「あーっ」です。綺麗さっぱりなくなっていました。早晩こうなる運命だったとはいえ、何もなくなって工事の仮囲いが虚しく設置される光景に呆然としてしまいます。こうして昭和の風景がどんどんと消えて行くのですが、すぐに消えた風景が当たり前になって、人々の記憶からも消されていくのですね。3年前の記録を読み直し、「見届けられた幸せ」をかみしめることにしましょう。
 ここはかつての竜閑川の流路跡。この日はここからこの竜路跡を、元浜町川の交点だったところ(今は竜閑児童公園と竹森神社があります)まで辿って歩きました。この区間は、江戸の明暦の大火の後の防火対策として造られた八丁堤に沿って掘られた神田八丁堀が起源の掘割で、江戸の下町に息づいた多くの人の思いが埋もれているのです。

  <完全に消えてなくなってしまった今川小路>
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