FC2ブログ

ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

# プロフィール

ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

# 最新記事

# 累積ご訪問者数

# おたよりはこちらから

皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

名前:
メール:
件名:
本文:

[№425]荻窪北口駅前通り商店会

歩いた日 H27.06.06 【杉並区】 
 JR中央線と青梅街道が交差する街、荻窪。新宿からも近く、高所得層が多く住み、学生にも好まれる山の手タウンなどという勝手な先入観で捉えていた荻窪にも、郷愁ただようレトロ商店街があると知り、やって来ました。この日はなぜか都心から地下鉄丸ノ内線で到着。駅前広場がある北口に出ると、青梅街道沿いを含めて大小の商店街が混在しています。
 右(東)を見るとすぐにB級度が高そうな「荻窪銀座街」が始まりますが、その前に、事前情報で興味を持っていた「荻窪北口駅前通り商店会」の入口を見つけ、先にこちらを散策です。入口角に牛丼の松屋があるものの、古い透明トタン屋根のアーケードの下の空間はなんとも庶民的な空気で満たされています。その延長は、青梅街道に突き当たるまでの50m程度の短いもの。でも、駅改札からほんの数十メートルの位置にこんなにもノスタルジックな場が残されていることにまず感動です。
 駅前広場の西側からこの一帯を眺めると、低層で年季の入った建物が密集し、実情はわかりませんが駅前再開発を頑なに拒んだという風情に見えます。駅前の土地の使い方としては効率は悪いのでしょうが、昭和おじさんにとっては、近代的なビルになるよりはこの方がよほど親しみを持てます。
 線路側から入ってすぐ右側にはラーメン(中華)店が3軒並びます。「荻窪ラーメン」が話題になったのはいつごろだったでしょうか。ブームは去っても地道に味を競い合っているようです。その向かいにはキラキラ看板のDVD店。でもこの通り全体にいかがわしさは感じません。むしろしっとりとした郷愁に満たされています。気をつけないと気づかず通りすぎてしまいそうな喫茶「邪宗門」や居酒屋の「川勢」などが並ぶ風景も和ませてくれます。
 そして、青梅街道側出口角にあるのが日用品の「報恩商店」。その昔ながらの店頭風景がたまりません。青梅街道アーケードの「荻窪駅前商店街」は歩行者の通行が多いのですが、こちらのアーケードに足を向ける人は少なく、無視するように通りすぎていきます。それでも、根強いファンがいるから商店街が維持されているのでしょう。この昭和空間を今後も永く保ち続けてほしいものです。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

ラーメン店の並びやDVD店など
DSC01938.jpg

青梅街道側出口角の「報恩商店」
DSC02057.jpg
スポンサーサイト



 | ホーム | 

[№424]牡丹橋通り

歩いた日 H27.05.30 【墨田区】 
 錦糸町駅を南口に降りて京葉道路(国道14号)の向かい、丸井とウインズ錦糸町西館の間を南へ向かう道が「牡丹橋通り」と呼ばれます。250mほど南下したところで、上を首都高速7号線が走る旧竪川に架かっていた橋が牡丹橋で、通り名はその橋名に由来します。ただ、竪川埋め立てにより平成2年に橋はなくなり、名前だけが残っているということです。
 この通りとしての商店街組織があるわけではないのですが、喧騒の街の雰囲気とは裏腹のしんみりした通りの名に惹かれて歩いてみたというわけです。この日は、南の江東区住吉方向から、「すみとし商工会」を見た後に北に向かって歩きました。「すみとし商工会」に接する南北の「住吉銀座」のラインをそのまま北にたどれば区境から牡丹橋通りとなります。
 牡丹橋の跡には、親柱のモニュメントと説明板がありますが、それにしても上に無粋な高速道路の高架が覆い被さり、川を埋めた上は、東には区の駐輪場、西は一応公園的な整備がされているけれど薄暗い感じで、路上生活者と思しき姿も見られるとともに、橋ではなくなったために普通の道路のつくりで、風流には程遠い感じです。
 説明板によれば、明治期から橋の南側に牡丹園があり、多くの見物客で賑わったが関東大震災で焼失したとのこと。今、橋の南側には中国料理店やマンションなどがあり、そんな歴史の片鱗もありません。橋を北に渡れば酒店やコンビニ、さらに進むといかにも錦糸町の裏町的雰囲気となって飲食店、居酒屋やサウナなどが並ぶ通りとなります。
 そして右からぶつかってくるのがいわゆるダービー通り。競馬おじさんたちのバラダイスです。そして左にウインズ、右に丸井の建物となって京葉道路にぶつかりますが、ここにも「牡丹橋通り」の大きな標識があって、唯一歴史を主張しているようです。ここには昭和47年まで都電の錦糸堀車庫があり、各方面行き系統のターミナルとなっていたのですが、今の光景からは全く想像もつきません。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

飲食店等が並ぶ裏町的な空間
DSC01933.jpg

「牡丹橋」跡の北側付近にて
DSC01925.jpg

牡丹橋の親柱と説明板
DSC01921.jpg
 | ホーム | 

[№423]すみとし商工会

歩いた日 H27.05.30 【江東区】 
 江東区住吉駅(都営新宿線)近くの商店街としては、住吉銀座商店街を以前レポートしましたが、この北に接して「すみとし商工会」があります。区ホームページの商店会地図では、「すみとし本通り商店会」という名で住吉銀座の北端と四ツ目通りの間ということになっていますが、改めて四ツ目通り側から入ってみると商店街らしき風情はありません。不可解な思いで住吉銀座の北端交差点まで来ると、その先両側の高層マンションの1階部分に「すみとし商工会」のフラグが連なっています。
 ここは、住吉銀座を訪れた際に「肉の川上」で向かいのビルは別の商店街組織と教えられた部分であることを思い出し、納得しました。東西の通りを挟んで2つの高層ビルがあり、商店会はその両方の一階部分で構成しているようです。区資料と違っていたのは、マンション完成に伴って商店がまとめて移転したからなのかな。組織名も変えたということでしょうか。
 この2棟の高層マンションの名が「ツインタワーすみとし」。南側が住吉館、北側が毛利館で、それぞれ住吉、毛利という地名に忠実です。「住」と「利」で「すみとし」なのでしょう。モダンな張り出し屋根がアーケードの役割を果たしていて店舗が見えづらいのですが、店舗数は住吉館の方が多く、北面にくら食堂、ゆざわ魚店、食品店、居酒屋、歯科など、「肉の川上」向かいの東面には理髪店、化粧品店、洋品店、和菓子店など。毛利館にはクリーニング店、惣菜店、中華料理店などがあります。
 いずれも、新規開発に伴って募集された新規テナントという風ではなく、もともとあった地域密着型店が入居したという風情が濃厚です。特に「くら食堂」などは、斬新な高層マンション内とはとても思えない下町屋台風の雰囲気で、近所の親父たちが呑みに集まる定食屋という印象です。
 西に隣接するあそか病院の向かいにもいくつかの店舗があるのですが、商工会のフラグはありません。でも、それらも合わせて、下町商店街の雰囲気を高層マンションと共存して保っている健気さが気に入りました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

「住吉館」一階北面の店舗群
DSC01915.jpg

「毛利館」一階の店舗の並び
DSC01905.jpg
 | ホーム | 

[№422]真弓商店会

歩いた日 H27.05.23 【文京区】 
 本郷三丁目の交差点から真砂坂までの春日通り沿いの商店街です。ここの春日通りは6車線の車道に両側広幅員歩道という堂々たる幹線の姿が完成しており、両側をひとつの商店街としてまとめるのはかなり大変と思われますが、商店街ホームページをみると、文教地区としての歴史に誇りを持ち、イベント等も行いながら立派に運営しているようです。
 現在の地名は、通りの南側が本郷一丁目、北側が四丁目ですが、「真弓」は旧地名の「真砂町」と「弓町」から一文字ずつとった合成地名とのことです。由緒ある歴史を象徴するようにあるのが、本郷三丁目交差点にほど近い通り沿いにある「櫻木神社」。境内は広くはありませんが、脇に小さな稲荷大明神もある異空間で、何か邪心が洗われるようです。
 まず南面から歩きますが、歴史・風格を感じさせる店が目立ちます。天日堂薬局、難波美術道具店、野口米店、精肉の稲毛屋総本店、燃料や氷を扱う大村屋商店など。そんな中に、「啄木ゆかりの喜之床旧跡」という文京区教育委員会の説明板があります。明治末年近くに石川啄木が2年ほどこの地の理髪店「喜之床」の2階に居住したとのことで、その建物は震災・戦災にも耐えたとのことですが春日通りの拡幅に伴い明治村に移築されたとのこと。そしてここには現在、「理容アライ」があります。
 真砂坂上交差点の横断歩道を小学生の群れが横断していきました。本郷小学校の児童でしょう。広い道路とは対照的な生活感を感じ、ほっとします。そこを渡って北面へ。昼食にと当てにしていた蕎麦の栄亀庵はシャッターが閉まっていました。本郷四丁目信号から北に入った小道の本郷小学校向かいの数店も商店会の範囲のようで、ここは大通りとは違った静かな雰囲気です。その入口角にあるバーガーレストランの「ファイアーハウス」には大行列ができていました。人気店のようですね。
 櫻木神社に戻って、その隣の「小美寿司」に、ランチタイム千円の文字に誘われて入り、ちらしを注文。この商店街に寿司店は3店あるそうですが、この店はここで30年やっているとのこと。学生らしき若者が一人でふらりと入ってきて寿司ランチを食べていくのも文教の街らしいところです。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

風格ある店が多い南面の商店群
DSC01877.jpg

櫻木神社と隣の小美寿司など
DSC01894.jpg
 | ホーム | 

[№421]本郷大横丁通り商店街

歩いた日 H27.05.23 【文京区】 
 地下鉄本郷三丁目駅から本郷通りを南へ少々歩いたところから右(西)方向へ、壱岐坂まで続くのがこの商店街です。幅員は12m程度でしょうか。車道は一方通行ながら両側に歩道がつく立派な道で、「横丁」と言うには確かに大きいですね。文京区商連に属する組織の正式名は「本郷大横丁通り実業会」で、単なる商店街ではないぞ、と主張しているようにも見えます。
 本郷は歴史ある街ですから、見るからに歴史を感じる風情の店もありますが、趣ある看板建築であっても空き店舗化しているものもあって少々残念です。小さいながら目新しく建て替わった商店の隣に今では貴重な銅板建築が並ぶなど、新旧混在の様相です。その銅板建築のさらに隣にある事務用品の「かんばら商店」も、いかにも文教のまちらしい昔ながらの文具店という印象で頑張っています。
 土曜日で、鉄道駅に直接接していないせいか、人通りはそれほど多くなく、自動車の通行も少ない比較的静かな環境です。そんな中で、ちょっと南側へ路地を入ったところにある三河稲荷神社が、このあたりの守り神のようで、すっと入って丁寧に参拝していく地元の方らしい姿があります。
 商店街中ほどで思わず足を止めるのが、鰹節店の「うかい商店」。店先の鰹節が良い香りを漂わせ、「鰹節問屋」の文字と屋号が描かれた暖簾が下がります。本枯節を注文に応じてその場で削って提供しているそうで、文化を感じます。その隣が洒落たスペイン料理店というのも面白い取り合わせです。
 商店街の東の端は壱岐坂に面する東洋学園大学の大きな校舎で占められ、その巨大なモザイク壁画がランドマークとなっています。この大学の現代経営学部による制作という商店街のホームページがあり、理解の助けになります。こうした地元の大学等とのつながりは商店街の財産とも言えるでしょう。大事にしてもらいたいものです。
 そのホームページでの事前情報で、間食用にとあてにしていた「木村屋パン店」は閉まっており、残念。でもなんとなく落ち着く雰囲気で、好感が持てる商店街でした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

古くからの事務用品店や銅板建築等の並び
DSC01861.jpg

鰹節の「うかい商店」
DSC01844.jpg

守り神の三河稲荷神社
DSC01846.jpg
 | ホーム | 

[№420]木挽町仲通り(歌舞伎座裏)

歩いた日 H27.05.22 【中央区】 
 中央区役所付近に行く仕事があり、そこから地下鉄東銀座駅に戻る際にここを通りました。昭和通りの東側に並行する通りで、何年か前までの記憶では古い建物の飲食店等が多く残っている印象があり、今回もその雰囲気を求めて歩いたのですが、並行する木挽町通りも含めてビル化が急速に進んでいるようで、昭和レトロの香りは失われつつあるようです。
 さすがにここも住所は銀座2~3丁目の一角。築地に隣接するとはいえ、地価も高いでしょうし、近年の歌舞伎座の建て替え等で周囲の近代化の圧力もにわかに高まったということでしょう。実際この日もビル建設工事が一か所進行中でした。
 北からこの「木挽町仲通り」に入ると、2丁目は道幅がやや広いものの3丁目に入ると狭くなり(ここも「木挽町仲通り」なのか定かではありませんが同一に扱います)、あまり大きなビルは建ちそうにありませんが、通りの先に目をやると新歌舞伎座のビルの裏側が壁のように立ちはだかっていて、圧倒されます。
 それでも、ビル化された建物に挟まれて、居酒屋に使われているらしいどっしりとした風格の木造建築があったり、古くから営業している風情の「季節料理みよし」があるなど、ほっとする部分もあります。中ほど交差点角に青果店が営業しているのも良いですね。
 「木挽町」は、江戸城修築に従事する木挽きが住んだことに由来する地名で、芝居小屋も多かったのだそうで、Wikipediaによれば明治初期には一丁目から十丁目まであったとのこと。地名としては戦後まで残りましたが、「銀座」に組み込まれて消滅したのは惜しいことです。
 この通りの南の突き当たりで歌舞伎座と背を向け合うようにあるのが蕎麦の「木挽町砂場」です。あいにくこの日は昼食を他で食べてきてしまったばかりだったのでパスしましたが、またゆっくり来てみたいものです。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

飲食店などが並ぶ一角
DSC01829.jpg

ビルに挟まれて残る古い建物
DSC01825.jpg
 | ホーム | 

[№419]ピアきんしちょう

歩いた日 H27.05.17 【墨田区】 
 日曜日の錦糸町駅南口は、ウインズ錦糸町への競馬客の人波やマルイ、楽天地、魚寅などへの買物・レジャー客、そして時には路上ライブやアジ演説をする政治団体なども加わっていつも喧騒を極めています。そんな中、駅を出てすぐ右に入る道の商店街が「ピアきんしちょう」です。入口には「ぴあきんしちょう――駅ビル通り――」のアーチがかかります。
 ここは典型的な下町の飲食街の一角をなすところで、夜は多くの酔客が乱れ歩き怪しげな空気が濃厚となりますが、昼もキャバレーの呼び込みが立っていたり風俗情報店の看板が出ていたりと、健全性にはやや疑問符もつきます。しかし、駅から西方向への抜け道にもなっているので、通行する人は老若男女様々です。
 中ほどには、錦糸町ステーションビルが運営する「テルミナ3」がありますが、本当の駅ビルの「テルミナ1、2」と違い、このテナントは全て飲食店とカラオケ店です。そのほか、全国チェーン系も含む飲食店等が混沌と並びますが、その中で、私が数年前から何度か入って重宝したのが「帯広亭」。同じ経営の「元祖寿司」の2階にあり、「十勝帯広牧場」の名を冠したこの店の炭火焼豚丼の味は私好みで、夜遅くの食事にも便利です。
 この日の昼食は、もう少し先で総武線車窓からも見える中華料理の「谷記(くき)」にしました。錦糸町で他に3店ほどあるようですが、24時間営業というのも魅力。一品料理とドリンクのセットが594円からとコスパは最高。マーボ丼を大盛り(703円)で頼んでしまったらかなりのボリューム感でしたが、抵抗なく完食できました。相席があたり前で一部グループ客の声高な騒ぎには閉口でしたが、安い早い旨いの3拍子で良しとします。
 錦糸町の名は、今は北斎通りとなっている「錦糸堀」に由来し、錦糸堀は「置いてけ堀」の異名も持つなど、実は歴史豊かなところでもあるのです。ぴあきんしちょうを抜けたところにも小さな稲荷神社がありますが、その前がタイ料理店というのも今の錦糸町らしさというべきか。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

飲食店が混沌と並ぶピアきんしちょう
DSC01807.jpg

中華料理「谷記」など
DSC01813.jpg

小さな稲荷神社も
DSC01812.jpg
 | ホーム | 

[№418]山王銀座商店会

歩いた日 H27.05.02 【品川区】 
 大半が品川区西大井四丁目と大田区東馬込二丁目の境界をなす南北方向の道沿いの商店街です。30年ほど前、西大井四丁目に住んでいたころはまだ賑やかで、馬込銀座のバス停へ出る通り道だったのでここが「馬込銀座」だと思っていました。今改めてみると、「馬込銀座会」「山王商店会」「山王銀座商店会」が隣接して、この「山王銀座」のみ品川区の商店会名簿に名があります。実際には一体として認識され、わずかに街路灯の違いでその区分がわかるというところです。
 それにしても、30年ぶりに歩いてみると、ずいぶん寂しくなりました。看板建築風の店も残るのですが、空き店舗が目立ったり、マンションに建て変わっていたりで、土曜の昼ということを割り引いても、人の姿はまばらです。ご近所の台所として重宝していた昔の華やかさが懐かしいです。
 地形的には小さな谷筋に位置しており、狭いながら対面通行の車道の両側にこれまた狭い歩道がついた道の北端は新幹線と横須賀線のガード下まで続き、延長は400mほどに及びますが、今は長さをもてあましている感じです。残された店は昔から続くと思われるものが多く、その中に、コンビニや信金が混在しています。
 歩道上に大きな日除けを出した「相州屋」を覗きます。「おにぎり・団子」と書かれ、昔からここでやっているとのこと。当日の間食用に柏餅と栗まんを買いました。栗まんは栗が中ではなく上に露出して乗っているスタイル。包み紙には「各種折詰調整」「いなり寿し」「だんご」「のり巻き」の文字が並んでいます。店主御夫婦に商店街のことを訊いても、山王銀座か馬込銀座か混乱している様子。
 商店街中ほどに「山王ロマンチック通り」の大きな案内看板がありますが、3商店街をカバーした図になっており、街路灯に下がる「好きです!山王ロマンチック通り」のフラグも山王商店会と共通です。でも、地名としては山王のはずれに接するだけなのに、それでも「山王銀座」を名乗るのは、やはり「山王」のステータスへのこだわりでしょうかね。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

南端部分からみた商店街(右品川区、左大田区)
DSC01583.jpg

古くからの店「相州屋」などが残る
DSC01588.jpg
 | ホーム |