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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№408]練馬弁天通り商店会

歩いた日 H27.04.11 【練馬区】 
 都心の有楽町から乗った有楽町線の列車は西武池袋線直通の小手指行き。地上に躍り出たところが練馬駅です。高架化された駅の南側は「繁華街」イメージが強いので、よりB級度が高そうな北口側へ。立派な駅前広場や文化センターができていますが、その右側方面に分け入ります。
 「つつじ公園通り」を名乗る練馬駅北口振興会の通りを抜けると、そのまま「練馬銀座本通り商店会」に続きますが、まずはその左に見える「練馬弁天通り」へ足を踏み入れます。
 入口付近はそうでもないのですが、少し進むと渋さが増してきます。古き良き時代の面影を残す店舗が見られるようになります。青果店が営業中の先の左側に「靴・カバン修理」を掲げる「スズヤ」は、その混沌とした店頭風景がすばらしいですね。金魚などを扱う「マルワ」もユニークだし、その向かいの「神宮豆腐店」も渋さ全開です。
 「石黒菓子たばこ店」のところで道がやや右に折れ、その先に大きな看板の「元気力発電所」という店がありますが、NPOが運営するリユースショップで、収益は自然エネルギーの普及や環境教育などに使われるそうです。さらにその先、大門通りに合流するまでそこそこの賑わいが続きます。
 午後2時を過ぎていましたが、商店街中ほどの蕎麦店「やぶ好」が開いていたので昼食に入りました。ボリューム感ある肉南ばんそばをいただき、「古い建物の店が多いね」と女将さんに声をかけると、「うちなんかまだ若い方。向かいの店のご主人なんて80代だし」とのこと。ここも高齢化、後継者不足が深刻で商店街の先行きは暗いようです。
 「弁天通り」という商店街名の由来を聞いてみると、この先を左に入ったところに弁天様があるとのこと。食事を終えて行ってみると、先ほどの「石黒菓子たばこ店」の前から左に入ったところに「豊島弁財天入口」の表示を確かに発見。家と家の細い隙間を恐る恐る入ると鳥居と小さな祠があります。目立たない弁天様ですが、延長400mに及ぶ商店街の名称になるのだから立派です。弁財天は財宝神でもあることから、商店街の活力維持に力をいただけると良いですね。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

「神宮豆腐店」など古い建物の商店も多い
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この左に豊島弁財天。右角には庚申塔も
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[№407]大島中の橋南商店会

歩いた日 H27.04.04 【江東区】 
 江東区大島で、下町の台所風の賑わいを見せる大島中の橋商店街(サンロード中の橋)から、新大橋通りを挟んで南に続く商店街です。旧竪川にかかる中の橋からは距離があるものの、「南」の文字をつけて中の橋通りの集客力にあやかる命名といえそうです。
 しかし、商店街らしさがあるのは新大橋通りに近い部分のみで、青果店、インド料理店、生花店等がありますが、南へ行くほど店舗はまばらになり、空き店舗も多くなります。直近に大型店があるわけではないのですが、地域住民の生活ニーズに応えきれないまま衰退という様相で、北側の中の橋通りとのギャップが目立ちます。
 そんな中で、中程にある「王将」は、東京商工会議所江東支部による「江東区お店の逸品SELECT44」にも選定されているという創業60年の「王将せんべい」の店で、将棋の駒形のせんべいが人気商品とのこと。構えは目立たないながらも光る名店といえます。このほか、歴史のありそうな米店などが興味をそそります。
 商店街は250mほどで終わり、その南に現れるのは統合で閉鎖となった旧大島南小学校のはずですが、そこには「第二亀戸小学校」の表示が。なぜ大島なのに亀戸?。その答は、第二亀戸小学校と第二亀戸幼稚園の建て替えに際し仮校舎として廃校施設を使っているとのことです。大島南小学校の記憶を記した碑もありました。期間限定とはいえ商店街に子どもの姿が増えるのは好ましいですね。
 さて、さらに南へ進むと小名木川にぶつかります。小名木川は江戸初期に物流ルートとして開削された人工の水路で、行徳方面から江戸へ塩を運ぶルートとしても重要な役割を果たしたという歴史から、川沿いに「塩の道」と名付けられた遊歩道が整備されています。ここに、北砂方面に渡る人道橋「塩の道橋」が架けられており、その上から小名木川の風景を眺められます。時折、人を乗せた船の姿を見ることもでき、なかなか風情があります。この橋を渡った先には仙台堀川公園があります。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

「王将せんべい本舗」等がある商店街
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古風な店構えも残る
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「塩の道橋」から見た小名木川
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[№406]末広通り商店街

歩いた日 H27.04.04 【江東区】 
 あっと言う間に桜も散り始め、葉も出始めた4月最初の土曜日に、江東区大島に所用があったついでに名残の花見をと思い、訪れたのが仙台堀川公園。かつての仙台堀を埋めた細長い公園で、北砂と東砂の境をなす南北1㎞ほどの区間が桜並木になっていて、ちょうど桜まつりが開かれていました。屋台が出て、花見の宴のグループが多数。ひとしきり桜花爛漫を目出歩きました。
 ここから数百m東で南北に並行するのが末広通りで、「旧葛西橋」バス停がある清洲橋通りを南端に700mほどの区間で商店街が形成されています。足を踏み入れると、なかなかシブい商店街です。シャッターを閉ざした店も多いものの、看板建築や商店長屋建築も多く見られ、商店街華やかなりし時代の風情を今に残しているという印象が強く持たれます。角のたばこ屋を兼ねた文具店などは私が子どもの頃の文房具屋という言葉がしっくりだし、店頭の路上に日用品類をはみ出させた「奉仕ストアー」は初期のスーパーマーケットの雰囲気そのままという感じ。
 狭いながら車の双方向通行が可能ですが、概して静かでマイペースで歩けます。閉じていて何を扱うのか不明の「仕事屋」の大きな看板の店、低層ビル化しているものの地元民のたまり場になりそうな「珈琲マウンテン」など、興味を引く風景があります。おそらく大半が跡継ぎ不足で、その結果がシャッター店となっていくのでしょうが、それでもここにはまだ、古き良き時代の残像が豊富に見られます。やはり記録にとどめておかなくては、ですね。
 数少ない現役飲食店のうち、洋食の「大益」で昼食にしました。洋食のほか中華メニューもあり、まさに「下町の食堂」という雰囲気。オムライスを食べました。こういう店、貴重です。
 北から南へ踏破して清洲橋通りまで出ましたが、出口(入口?)に「末広通り商店街」の大きなアーチがかかり、存在を主張しています。「旧葛西橋」バス停には亀戸や秋葉原などへのバスが発着しますが、このあたりは都区内にありながら鉄道空白地帯で、清洲橋通り上の商店街(葛西橋商栄会)も核を持たず、とりとめがない感じです。再び桜を眺めるべく、仙台堀川公園に戻りました。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★☆☆☆☆

昔ながらの「奉仕スーパー」などの並び
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懐かしい空気満載の商店街
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仙台堀川公園の桜
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[№405]浅間台通り商店会

歩いた日 H27.04.01 【品川区】 
 満開の桜を楽しめるのはほんの数日。この日たまたま所用で訪れた大井町の、京浜東北線線路沿いの土手の桜が見事で、車窓から眺めるだけではもったいないと、所用の後の昼食を兼ねてその土手上の道に行ってみました。線路の上に覆い被さる大井町駅東口と「アトレ大井町2」の右側から入るその道は車の通行も困難ですが、さらに狭い魅惑の路地「東小路」の入口を過ぎると、なんと昔はイトーヨーカドーだったビルがあり、その先から左の土手に桜並木が続いています。
 この道沿いでひとつの商店街を形成しているとは思っていませんでしたが、品川区HPの「大井エリアの商店街」のトップに「浅間台通り商店会」の名前があり、「京浜東北線を下に見ながら買い物をする。春には桜見物が出来る商店会」との説明文は、まさにここに間違いありません。区商連HPや、大井町を網羅しているはずの「大井町ポータルサイト」には記載がなく、組織の実態は不明ですが、間近に花見ができる貴重な商店街と言えます。
 曇天でしたが、いやあ満開の桜は見ていて飽きません。向かいの商店群の観察がおろそかになってしまいそうですが、あるのは、薬局や小料理屋、珈琲店、洋品店、青果店、居酒屋、理髪店など。旧ヨーカドーのビルは「おおい元気館」として、フィットネスクラブやドラッグストア、マンガ喫茶等の雑居ビルとなっています。商店街として強いインパクトがあるとは言えませんが、この先の日本ペイントの施設等がある方面への抜け道になっているため、そこそこの人通りがあります。
 昼食は、これまでにも何度か入ったことのあるカレー店「トラトラ」へ。ご主人一人で切り盛りの店で、気軽に入れる雰囲気が好きです。「桜が見頃でいいねえ」と声をかけると、以前はもっと良かったが、苦情が出てこちら側(道側)の枝を切ったのだとか。JRの土地だが、何十年も前に隣の洋品店のおじいちゃん(今90歳くらいとのこと)が国鉄の許可をとって植えたものなのだそうです。なるほど、そういう歴史があるのですね。桜もあっと言う間だね、というと、桜吹雪もきれいだよ、と。風流ですなあ。桜の向こうに見えるのは、京浜東北線等の線路と、山手線の電車区です。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

桜並木に沿った狭い道沿いの商店街
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満開の桜の右下はJRの線路
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[№404]北ウィング青戸商店会

歩いた日 H27.03.28 【葛飾区】 
 この商店街、京成線青砥駅のすぐ北に位置しますが、何といっても名前がユニーク。確かに青砥駅は、成田空港に向かうアクセス特急の停車駅ではあるけれど、ここは下町葛飾のど真ん中。しかし「ウィング」(翼)はなにも飛行機関係だけの用語というわけではなく、二重高架構造の巨大な青砥駅に対して自ら「翼」を名乗っても良いではないですか。「北ウィング青戸」の街路灯がさりげなく行き交う人々を見下ろしています。
 青砥駅には駅前広場らしきものがないので、駅から北側に出るといきなりこの商店街が始まります。その奥にも青砥サンロード等の商店街が続き、URの団地等も控えているため人の流れは多く、立派に駅前商店街の役割を果たしているといえるでしょう。駅前らしく、ドトールや日高屋、おかしのまちおかなど全国チェーン店が目立つ中に、古くからの地場の店らしきものも見られます。
 和菓子店の「相州屋」はその代表で、地元住民らしき年配客などが立ち寄っています。北側のサンロード側の角には「毎日がお買い得」の婦人服店、その並びには定食の店「かずさ屋」や焼き鳥の「こまどり」など、気取らない風情の店が並びます。
 その間の路地を覗くと、「北ウィング」には属さないかもしれませんが、とんかつの「かつ城」などが人を誘うように佇んでいます。いかにも下町らしい路地空間という感じでいいですねえ。
 駅側入口角の小綺麗なビル一階のガラス張りの店は、看板が目立ちませんがよく見ればパン屋さん。この日の間食用に菓子パンを買い求めるとレシートには「ほんま」という店名が。「もっと看板目立つようにすれば良いのに」と言うと、「いやぁ」と照れたようなご主人。これで良いのでしょう。ガラス扉の上に控えめに「HONMA」の5文字。謙虚さが伝わります。
 この商店街のすぐ東隣には「青戸駅北口中通り商店会」という夜型の飲食店街があり、そちらも興味をそそられますが、昼では本当の魅力はわからず、今回はパスしました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

駅側の入口。右角は控えめなパン店「ほんま」
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和菓子の「相州屋」など
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[№403]青戸ミナミ通り商店会

歩いた日 H27.03.28 【葛飾区】 
 「ミナミ通り」とは何の「南」かというと、UR青戸第一団地(旧公団青戸団地)の南ということのようです。もう一つの「青戸公団前通り」の商店街が団地の東に面するのに対し、ここは南に面する位置にあります。やはり商店の並びは団地に向かい合う南面が主ですが、こちらの方が昭和の香りが濃厚な感じです。
 公団青戸団地は昭和31年からの歴史を持つので、それとともに歩んできた商店街ということでしょう。ただ、店舗の並びに向かい合う道の北面は民間のマンション「グリーンタウン青戸」となっており、道を挟んだ新旧の対比が印象的で、南向きのマンションから見下ろされながら頑なに商店街の風情を保とうと踏ん張る姿が健気に見えます。
 両端に立派なアーチがあり、東からそれをくぐって入ると、青果店、鮮魚店や靴店などが並ぶ向かいに肉の「マツオ」があり、どの店も小さいながらかろうじて生鮮品提供機能が維持されています。中ほどでは「梅香亭」が季節感ある和菓子を販売しています。そのほか、「ひかり家具」や「街の電気屋さんフロンティア」、自然食品「夢あかちゃん」などがつつましく営業しています。この商店街で飲食系は、東の入口付近にある喫茶の「陽だまり」のみで、その看板文字が素朴で好感が持てます。「丸大製麺」は麺の製造販売店で飲食店ではありません。
 それらの店舗群の前を、団地やマンションの住民が散歩したり自転車で行き交ったりしていますが、東のアーチ脇にはスーパーのグルメシティがあり、徒歩数分で青砥駅のユアエルム等も利用できることから、商店街で買物する人の姿はわずかです。それでも、一定の需要があるからこそ商店街機能を維持できているのでしょう。シャッターを降ろした店もいくつかありますが。
 区商連ホームページでの紹介文では、「小さなお店たちですが、小回りのきく地域密着型・・・お客様との対話を大切にするお店の多い商店会」とありますが、まさにその通りの印象で、近代化された団地やマンションの前でレトロ感も漂わせながら生き続ける「つつましさ」を感ずる商店街です。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

スーパー「グルメシティ」の脇の商店街入口
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懐かしい雰囲気の店が並ぶ
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[№402]青戸公団前通り商栄会

歩いた日 H27.03.28 【葛飾区】 
 京成線青砥駅の北にUR都市機構の青戸第一団地があります。日本住宅公団が青戸団地の入居者を募集したのは昭和31年とのことで、公団住宅の中でも古い方だったのですが、平成に入って建て替えが進んだようで、今は比較的明るい印象です。訪れた日は、3月末というのにうららかな暖かい陽気で、早くも桜が花を開き、目を楽しませてくれました。
 商店街は文字通りこの団地の目の前、東側のバス通り沿いにありますが、「青戸公団」のバス停付近から正面の東に入る道沿いも範囲のようです。ただし、この道沿いに店舗はわずかで、メインはバス通りです。このバス通りの西面は団地なので、商店の並びは東面のみ。その中で、ほぼ中央にある蕎麦の「長寿庵」が最も存在感があります。
 シャッターを降ろした店舗もありますが、土曜のせいでしょうか。鰻の「いづみ」はどっしりした門構えですが夜の営業のようです。歯科医院となりの洋食・ステーキの店「やまぐちさん」の店前には数人の行列ができていました。こういう人気店があると心強いですね。青戸5丁目の交差点からさらに先の100mほども商店街の範囲のようで、その先左側には青戸平和公園があります。防災空間としても重要な公園ですが、ここでは桜は見られないようです。
 公園手前の向かいに「JOMA」というラーメン店があり、ラーメン店らしからぬ名前に惹かれましたが、食事はやはり「長寿庵」にしました。団地とともに歴史を刻んできたという感じの店で、お客さんは老若男女にわたり、多くの地域住民に愛されているようです。
 葛飾区商連のホームページでの紹介文によると、商店会の発足は団地とほぼ同時期の昭和32年とのことですが、各店の移転等で15年間の休会を経て再開されたそうです。加盟店数は少ないものの頼もしい動きで、検索するとフェイスブックでイベント等をアピールしている様子もうかがえ、それらを支える若い力もありそうで、今後も末永く活動を続けていってほしいと思います。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

団地の向かいに展開する商店街
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店外で待つ人もいる洋食の「やまぐちさん」
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商店街側から見た団地内の桜
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[№401]日暮里駅西口商店会

歩いた日 H27.03.14 【荒川区】 
 訪れたのはJRダイヤ改正日の3月14日。日暮里駅北側の跨線橋は、新幹線や京成線を含め多くの列車を見下ろせるビュースポットで、私もこの日から走り始めた北陸新幹線「かがやき」や「はくたか」をしばし眺めていました。そこから西へ、御殿坂を上った先に続くのがこの商店街です。
 ほとんど荒川区西日暮里と台東区谷中の境をなす道ですが、ここを歩く地元住民以外の大半はこの先の谷中銀座へ向かう「観光客」です。すっかり観光地化したA級商店街の谷中銀座への導入部というわけで、佇まいはB級でも中身は観光化に対応した店が多いようです。その証拠に観光用の人力車がここでも客を乗せていたりします。
 このあたりも谷中の寺町の延長で、月見寺の異名も持つ本行寺を眺めながら桜並木の坂を登ると、古い看板建築の店の並びが見えてきます。喫茶の「あづま屋」、甘味処の「花家」、佃煮店、昔ながらのベーカリーなどが右側に並び、左には「谷中せんべい」や和菓子店等があって、いずれも谷中銀座行き帰りの「観光客」の足を止めさせています。
 上野山戦争で彰義隊を匿い新政府軍から攻撃された銃弾の跡が山門に残る経王寺を過ぎると道が下り坂になり、やがて谷中銀座の夕焼けだんだんになりますが、その手前の七面坂は道に露天が並ぶなど、もうここから谷中銀座という雰囲気です。A級の谷中銀座は私の対象外なのでこの日はここで引き返しましたが、ひとつの商店街の活況が周囲に波及効果を及ぼす実例を見た思いです。
 蕎麦の「川むら」で昼食と思ったら満席なので、経王寺向かいの道に入りすぐの「初音小路」入口角にある「中華料理一力」にしました。「初音小路」は知る人ぞ知るノスタルジックな飲み屋街ですが、中央の私道が工事中で、ここは改めて訪れレポートしたいと思います。「一力」は老夫婦で切り盛りする昭和の色濃い観光とは無縁という感の店で、本日のメニューはラーメンと餃子だけ。ごく素朴なラーメンです。四十数年やっているそうですが、観光地になったのは10年くらい前からかねえ、とご主人。近くには朝倉彫塑美術館もありますが、ここだけ時が止まったようなひとときでした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

御殿坂を上った先の商店の並び
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「谷中せんべい」など
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[№400]福井町通り

歩いた日 H27.03.07 【台東区】 
 福井町通りとは、JR総武線の浅草橋駅の北150m付近で、線路と並行した東西方向に江戸通りから清洲橋通りまで走る延長約600mの2車線道路の愛称です。現在の地名では、浅草橋一、二丁目及び四、五丁目の境に当たりますが、ここは以前、福井町、新福井町という地名でした。福井町は元和4(1618)年から越前福井藩邸があったことに因む地名、新福井町は明治になってからの命名で、出羽秋田城主佐竹家等の邸地跡のはずなのに福井町の隣ということで新福井町になったそうです。
 通りとして商店街組織を形成しているわけでもなく、実際、江戸通り近くの一部を除いて商店の連なりは乏しいのですが、歴史ある街らしく古そうな店や建物が散見されます。まず、西の端、清洲橋通りとの北側角に建つビルは、一階の中国料理店の看板が少々違和感を与えますが、壁面のRと装飾が美しいレトロ建築です。
 そこから東へ進むと、無粋なビルになっているところが多い中で、「御菓子の新生堂」などの古い建物や、空き店舗化してしまった看板建築等の並びも見られます。左衛門橋通りとの交差点角の「とんかつスエヒロ」も渋い古風な建築です。
 江戸通りに近づくほどに建物も近代的なものが多くなりますが、そんな中のひとつ浅草橋シティハイツの入口に小さな「圓福殿弁財天」の祠があります。そして、その入口からビルに入った一階奥に銭湯「弁天湯」があるのです。弁天湯と弁財天の関係は弁天湯のホームページで語られており、縁日や弁天講、お祭などの歴史もあったとのこと。この向かいあたりには以前古いうなぎ屋があった記憶があるのですが、見当たりません。シティハイツ並びの蕎麦店「満留賀」は盛りの良さが話題です。
 旧町名や通り名から想像されるように福井県との縁が今もあるようで、ここから左衛門橋通りを少し南下して脇に入ったところにある「御清水庵 宮川」は越前おろし蕎麦が食べられる名店です。以前一度入りましたが、福井出身のご主人が強いこだわりを持って手打ちしており、「福井町」の歴史を教えてくれたのもこのご主人でした。他にも福井とのつながりが何か残されているでしょうか。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

西側入口角のレトロ建築
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「満留賀」の並びにミニスーパー「カエデ」も
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