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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№385]大師銀座商店街

歩いた日 H27.01.02,10 【神奈川県川崎市川崎区】 
 川崎大師周辺に分布する商店街の中で、大師銀座はその名に反して参詣客のルートからも外れ、正月でもひっそりとした佇まいを保っています。東門前駅から南へ、東門前駅前通商店街を抜けて、右(西)へ折れれば大師本通り商店街で、大師参詣の人の波はそちらへ続きますが、逆の左(東)方向に続くのがこの大師銀座です。
 川崎大師の周辺案内図では「大師銀座商店街」と表示されており、出来野商店街に変わるまでの約350mの区間がひとつの商店街だと思っていたら、どうも違って、中間で2つの商店街に分かれているようです。西半分で「子育地蔵通」を表示するのが「大師銀座会商業協同組合」、残りの東半分が「大師銀座商店会」と組織が二分され、街路灯も微妙に異なるのですが、ここでは一体の商店街として扱うことにしましょう。
 正月でもここは車両通行止めではなく、時折車が行き交います。センターラインが引かれていますが歩道はなく、立地条件とともに環境としてはやや厳しいものがあると思われます。不連続に並ぶ店舗は古くから続くと思われるものが多く、空き店舗化している部分も目立ち、しっとりとした中にも寂しさが漂います。東へ進むほど店舗密度は薄くなります。
 「子育地蔵通」の中ほどに「子育て地蔵尊」があります。お地蔵様は木造のしっかりした祠に収まっており、最初に彫られたのが享保8(1723)年で、それから約130年後の安政2(1855)年に再刻されたものとの由来書きがあります。元々は今より大師寄りの交差点付近にあったものが大正の終わりごろ現在地に移されたとも。長きにわたりたくさんの子どもたちを見守ってきたのでしょう。少子化時代の現代には特に大事にしたいですね。
 お地蔵様の向かいに蕎麦店が営業中で、その他にも正月営業中の蕎麦店があるのですが、初回訪問時には時間がなく、再訪時にはこの通りに接続する昭和通り商店街というすばらしくレトロな空間が目当てで、そちらで食事もしてしまったため、ここは通りすぎただけになってしまいました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★★☆

子育て地蔵尊(左)がある西半の部分
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寂しさが増す東半の部分
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[№384]川崎市東門前駅通商店街

歩いた日 H27.01.02,10 【神奈川県川崎市川崎区】 
 正月の寄り道で川崎大師へ。ただし、それほど時間がなく、本当にお大師様(平間寺)へ参拝するには大行列なので、初詣の賑わいの恩恵を受けているであろう周囲の商店街だけ歩くつもりで、京急大師線を川崎大師駅ではなくひとつ先の東門前(ひがしもんぜん)駅に下車。駅前の踏切から南へ続くのが東門前駅通商店街です。こちらはメインの参道ではないので人波はそれほど激しくないですが、それでも参拝帰りの善男善女たちが駅に向かって流れてきます。でも歩くのに苦労するほどではありません。当然、3が日は車両通行止めです。
 川崎大師周辺の商店街を正月2日に見ても、それはふだんの姿ではないわけですが、ここで大師様と何らかの関わりを持っているとすれば、書き入れ時の正月の姿もまた意味があるというものです。正月休みで、業種によってはシャッターを閉ざしている店も多いですが、そういう店の前には屋台が出ていたり、他の店も路上に商品を出してお客を呼び止めているところが多く、賑やかです。蕎麦店や喫茶店などはもちろん営業しており、居酒屋が店頭で甘酒を売っている光景も。正月以外のふだんの様子はどのようなものなのでしょうか。
 実は翌週土曜日(10日)にも、近くの「昭和通り商店街」を見るべく、ここを歩いたのですが、車両通行止めは解除されているものの、まだ正月景気の色彩が濃厚で、駅近くの東門前小学校脇には屋台が並んでいました。その中で、私の好物の干し芋を売る屋台があり、迷わず購入です。この商店街を抜けた交差点から右に続くのが大師本通り商店街で、お大師様へはそちらがルートですが人がいっぱいで、逆の左方向の大師銀座へ歩を進め、昭和通りを目指しました。
 なお、京急大師線はほぼ全線を地下に埋める連続立体化事業が始まっており、完成すれば東門前駅の周囲の環境も変わるのでしょうが、地下鉄で大師詣でというのもどんなものでしょう。日本最古の電車路線が見えなくなってしまうこと、港町駅付近で名物の半径90mというS字急カーブがなくなってしまうことも惜しい気がします。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

正月10日の少し落ち着いた商店街
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参詣客で賑わう大師本通りに近い部分
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[№383]玉の井いろは通り商店街

■■■・・・色街の歴史伝える道で商店街組織の再生、新たな展開を期待
歩いた日 H26.12.30 【墨田区】 

 1年半ほど前に東向島駅前商店街を歩いた際に、いろは通りと大正通りの入口まで来て、「またいつか」と思って引き返してしまっていたのですが、先般、kozoh55さんからの情報で、いろは通りの商店会がなくなったと教えられ、確かに墨田区商連のホームページ上からも削除されているのを確認し、これは大変!と年末も押し詰まった晦日の30日に、家の掃除も放り出してかけつけた次第です。
<1年半前(平成25年7月)撮影の商店街入口(この門型アーチは今はない)>
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 玉の井といえば戦前から栄えた色街で、公娼街ではなくいわゆる私娼窟ですが、ここで真っ先に思い浮かぶのは永井荷風の「墨東綺譚」です。荷風自身も通いつめたところで、娼婦お雪との関係が仔細に描かれた映画を何度か観ましたが、これに描かれるとおり街は昭和20年の東京大空襲で壊滅します。その後、場所をやや移して昭和33年の売春防止法施行まで赤線地帯として続きました。
 色街にはなぜか「いろは通り」を名乗る通りが多い(千住にもありました)ようですが、商店街入口にあったはずの「いろは通り」の門型アーチがなくなっていました。商店街自体には色街の面影は希薄なものの、「東洋堂」、「梅林堂」などの名前の店が続いたり、「いろは整骨院」、「玉の井金魚園」などが歴史を伝えているのが貴重です。昭和を彷彿される看板建築が多く残り、東端近くにある酒の「酒喜屋」の堂々たる構えや、半ば蔦に覆われた鮮魚店「魚よし」などが目を引きます。
<懐かしさ漂う店が多く並ぶ>
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 中ほどから少し奥まったところでランチ営業している「あづま寿司」を発見。ランチの上にぎり800円也をいただきながら聞いてみると、この店は商店会には属していなかったそうですが、いろは通りの商店会が3月に解散したこと、会長を継ぐ人がいなかったこと、解散したため名物のビックリ市ができなくなってしまったこと、等を語ってくれました。商店街が高齢化によって衰退していく典型例を聞かされたようで悲しくなります。商店会は昭和27年の結成、昭和50年に墨田区初の法人(振興組合)になったそうですが、その歴史が途切れるのはあっけないものです。
 ところで、店内に「あづま寿司落語会」の貼り紙を発見。店の2階で開催するようで、1月29日の会には八広出身で平成27年春に真打ち昇進が決まったという柳家麟太郎さんの寄席が聞けるそうです。いかにも下町らしくて良いですね。
 店を出て商店街に戻ります。組織は解散しても商店街の実態はあるわけですが、玉の井、いろはの名を伝えるものが乏しくなってしまったのは惜しいと思いつつ歩いていると、街路灯に「玉の井いろは通り」の名称が消されずに残っているのを2箇所発見。これは是非残してほしい。また、年末で閉まっていましたが「玉ノ井カフェ」なる店も。帰ってからネットで確認すると、「寺島・玉の井まちおこし委員会」の運営によるもので、空き店舗活用でカフェのほかギャラリー等としても活用しているそうで、頼もしく思えます。
<わずかに残された通り名表示と商店街>
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 居酒屋と思しき「どんどん」とカラオケ喫茶の「益々」が看板を並べているのを微笑ましく眺めながら駅方向に戻りました。一歩裏へ分け入れば色街の名残の建築物を見ることができそうですが、さすがに年末晦日にぶらぶら歩いてばかりともいかず、隣の大正通りもまたお預けにして帰りました。情報いただきましたkozoh55さん、ありがとうございました。

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

再び歩いた日 H29.09.30

 3年ぶりに、今回は東から西へ通り抜ける形でここを訪れました。不思議です。3年前のレポートでは、商店街組織が消滅し、名物だったびっくり市もできなくなったと聞いたのですが、今回歩いてみると各店に「びっくり市」黄色いポスターが貼られ、お客の姿は少ないながらもセール中という雰囲気です。帰って確認してみると、墨田区商連ホームページに「玉の井いろは通り商店街振興組合」の名が復活しているではないですか。
<びっくり市開催中だが人出が少ない商店街>
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 組織が再生したということでしょうか。良いことです。歴史ある街だけに、組織的なまちづくりの動きが望まれるところで、前回は閉まってきた「玉ノ井カフェ」も今回は開いており、オリジナルのグッズ等の販売もされていました。どうも、この運営主体である「寺島・玉の井まちづくり協議会」が力になっているようですね。
 今回は通り抜けただけですが、安心した思いで、次の目的地である大正通りに向かいました。
<玉ノ井カフェ>
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[№382]竹の塚駅前名店会

歩いた日 H26.12.27 【足立区】 
 東武スカイツリーライン竹ノ塚駅東口の正面に広がるのがUR(旧公団)の竹の塚第三団地。昭和40~41年に建てられたというこの団地の、主に駅側の棟の一階部分が店舗群となっており、「竹の塚駅前名店会」を構成しています。駅前広場、バスターミナルに面し、1、2号棟の一階はピーコックストアが占めています。3、4、5号棟の一階は小区画の個店群で、特に4、5号棟は駅前商店街のカリンロードに面し、青果店、鮮魚店、惣菜店、酒店などがあって駅前マーケットの様相で賑わい、向かいのカリンロード商店会と一体のように見えますが、組織は別で、竹の塚東口商店街振興組合にも属していません。
 3号棟の店舗群は、駅の正面にあたり、保木間方面へのバス乗り場に人が行列をつくる前にありますが、こちらには生鮮系の業種がなく、4、5号棟に比べると賑わいに欠けます。吉野家やマクドナルドに若い人たちが出入りするのが目立つ程度。それでも、洋品店や書店、西口に本店があるはずの「竹の塚煎餅」の表示を掲げる店など、生活型の商店が並び、前記事の、同時期にできたはずの「竹の塚ショッピングセンター」のような衰退感はあまり感じません。
 その3号棟の店舗群の一番北側、カリンロード入口角にある「キッチンホトリ」で昼食にしました。長く続いている駅前大衆食堂という感じの店で、メニュー豊富で値段も手頃。店頭の「エッグカツランチ500円」の表示に惹かれましたが、しょうゆランチ670円を注文。醤油ラーメンとハンバーグライスのセットで、この値段にして満腹ボリュームです。店内は地元住民と思われる一人客や家族客、グループ客が次々と出入りし、繁盛している様子でした。気軽に入れるこの手の店が元気に営業しているのは好ましいことです。
 駅を振り返れば、鉄道高架化工事が進行しており、この団地も間もなく築50年。今後どう変わっていくのか、この気さくな雰囲気を残していけるかどうか、気になるところです。それにしても、駅の名前が「竹ノ塚」、町や商店街、団地の名前は「竹の塚」。この微妙な違いが気になります。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

生鮮品店等も並び賑わう5号棟下部分
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駅前広場に面する3号棟の商店群
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[№381]竹の塚ショッピングセンター

歩いた日 H26.12.27 【足立区】 
 竹ノ塚駅東口からまっすぐ東方向へ、駅前商店街ともいうべきカリンロードニコニコ通りを抜けると、マックスバリュのある信号のところで商店街は終わりますが、さらに直進し、次の信号で旧日光街道を右(南)へ行くと、ケヤキ並木のバス通りに出ます。その交差点から東方向を見ると、バス通りの南面に店舗の連なりが見え、「竹の塚ショッピングセンター街」の街路灯が続きます。建物のファサードは、最初の1ブロックが2階、それ以降は3階にほぼ揃えられ、整った街並み景観を形成しています。
 この先に、UR(旧公団)の竹の塚第一団地があり、おそらくそれと同時に計画的に配された商店街と思われます。しかし、竹の塚第一団地ができたのは昭和40年。約50年の時を経て、この商店街の役割も大きく変貌してきたことでしょう。外観は、前面のケヤキ並木も相まって整然とした美しさをそれなりに保っていますが、全体に色あせてくすんだ感じで、レトロ感を漂わせています。居並ぶ看板は、パブ、クラブ、スナック等の夜系のものが多く、団地の入口にあたる表通りなのに、と思ってしまいます。駅から7~800mの距離があり、団地を目前に帰宅拒否症のお父さんたちがフラフラと立ち寄る需要が多いのかもしれません。
 おそらく、50年前にできたころは、団地と一体の生活型商店街として賑わっていたのではないでしょうか。その名残を、花の「花松」、野菜果物の「国井青果」などに感じることができます。漢方薬局「凛」や歯科医院、東端のクリーニング店なども団地生活との関連を残す貴重な店と言えるでしょう。中ほどにセブンイレブンがあるのも救いです。
 団地住民も、今は日常の買物は大型スーパー等へ行くことが多いのでしょう。ここも、団地前商店街の役割はほとんど終えてしまったように見えます。駅からやや離れ、孤立したような位置にあるこの商店街。今後10年、20年先にどうなっているか、レトロを売りにするのはちょっと無理そうだがなくしたくはない、団地と一緒になんとか再生できないものか、などと考えつつ駅に戻ったのでした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

時代の経過を感じる商店街の景観
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夜の飲食店系が多い店舗構成
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[№380]ニコニコ通り商店会(竹の塚東口商店街)

歩いた日 H26.12.27 【足立区】 
 竹ノ塚駅東口からカリンロード商店街を抜け、左手に四季通り商店街を見ながら信号を渡ると、そのまま「ニコニコ通り」に入ります。ここも、竹の塚東口商店街振興組合の一員で、上空のフラグは「ニコニコ通り」の表記ですが、それが下がる街路灯はカリンロードと共通で、そこに刻まれた文字も「カリンロード」。組織は別ですが、実態として両商店街は一体のものと見て良いのだと思います。駅から離れる分だけ人通りはやや少なめになりますが、雰囲気はかなり似ています。ホームページも同じデザインですし。
 入ってすぐ右側の生花店は、年末という時節柄、門松の購入に人が群がっていました。その前後には宝石店。韓国食材の店やインド料理店などが目立ちますが、全体には物販店よりもサービス系の店が多いようにも見えます。そんな中で、ビル化してはいるものの歴史を感じさせる和菓子の「伊勢屋」は、これも時節柄、のし餅を幟でPRしながら元気に営業中。その隣には、京懐石の「紀仙」が赤い大きな暖簾を掲げて存在感を示しています。
 東側の出口付近には呉服の「おぐらや一越」が、長く地域に溶け込んできた風情でどっしりと構えています。こういう歴史の重みを感じさせる店は末永く続いていってほしいものですね。そして次の信号で商店街が終わり、右前方角にはイオン系スーパーのマックスバリュがドカッと構えています。屋上駐車場つきのスーパーは、日常的な食品消費ニーズを一手に吸収してしまったのでしょう。近くには大きなイトーヨーカドーもあり、商店街の立地環境は厳しいものとなっているようです。
 やはりカリン並木が葉を落としていたせいか目立たず、個性を感じにくいところでしたが、両商店街とも、足立区から美化推進地域に指定されているというだけあって、清潔感はあります。駅前からのメインストリートの延長でもあり、老舗の存在などを生かして、何か話題性を高められれば良いのではないかと思います。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

歳末セール中の商店街
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風格を感じる「伊勢屋」と「紀仙」
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[№379]カリンロード商店会(竹の塚東口商店街)

歩いた日 H26.12.27 【足立区】 
 東武スカイツリーラインの竹ノ塚駅は高架化工事が始まっていますが、周囲は旧公団の大型団地も多い住宅地で、駅の東西に商店街が分布しています。駅東口側では、4商店街で「竹の塚東口商店街振興組合」を構成しており、結束の強さを見せていますが、「カリンロード商店会」はこの構成商店街のひとつで、駅正面に位置し、竹の塚の中心的位置を占めていると言ってよいと思います。
 商店会ホームページによると、イメージアップと活性化のために花と緑と実のなる木として「カリンの木」を植え、それに因んで昭和63年にカリンロードと改名したとのこと。カリンはのど飴などに使われますね。落葉樹なので訪れた年末の時期には街路樹としての存在感はいまひとつでしたが、カリン並木の商店街は珍しく、ネーミングとしても悪くないと思います。秋にできる実はどうするのでしょうか。
 駅前広場の左奥からまっすぐ東へ続く道がカリンロードです。最初の1区画の右側は「竹の塚駅前名店会」の一部でこれは別組織。その先も右が公園に面する明るい部分を経て東半分が両側商店街となります。駅前商店街らしい主に昼間型の業種構成で、農家直売の「元気畑」などが客を多く集め、活気を見せています。「百貨のみやうち」の看板を掲げる店は、雑貨類のディスカウントストアのようです。和菓子の「喜田家」は北千住に本店のあるどらやきが有名な店ですね。
 その斜め向かいの「やおうめ」で好物のほし芋を買いました。青果物だけでなく総合食品スーパーという感じです。燃料店の「瀬谷商店」なども良い感じの構えを見せていますが、商店街は全体的には強烈な個性を感じないまま通り抜けてしまいます。モスバーガーなどの全国チェーン店も目立つからでしょうか。カリンの実がなるころにはまた違った雰囲気を見せてくれるのかな。
 信号交差点から先も商店街は続くのですが、そこから先は「ニコニコ通り商店会」という別組織になります。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

公園に面する明るい雰囲気の商店街
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懐かしさを感じる燃料の「瀬谷商店」など
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[№378]すずらん通り商店会(三軒茶屋)

歩いた日 H26.12.13 【世田谷区】 
 田園都市線三軒茶屋駅から世田谷線やキャロットタワー方面へは地下通路が便利ですが、この間の地上部分には世田谷らしからぬ雑多な商業空間が残されています。エコー仲見世ゆうらく街などがひしめく三角地帯の世田谷通りを挟んだ向かいには、入口に「喰うてかへんか?」とまるで大阪のノリで出迎えてくれる「すずらん通り」があります。
 茶沢通りの西側に並行するほんの100mほどの路地空間で、基本的には飲食街ですが、向かいの三角地帯のゆうらく街三茶3番街ほどのディープさはなく、学生やサラリーマン達が飲み騒いだりするのに最適な大衆的飲食店が密集しているところです。餃子の「王将」のようなチェーン店も混じりますが、ラーメン、海鮮料理、天麩羅、焼肉、寿司など、そこそこの選択肢があります。北側出口付近にはパチンコ店、カラオケ店、薬局も混じります。
 北へ抜けるとそこは西友の裏にあたり、振り返るとこちら側にも「喰うてかへんか?」のアーチがかかります。はいはい、それではここらで昼食を喰うて参りましょう。ん?メニューをベタベタと豊富に貼りだしている「味とめ」に「くじら竜田揚げ」の文字を発見し、「おっ、鯨が喰えるか」と恐る恐る覗き込むと、お祭りのような店内に客はおらず、「お昼はないんですよ」とのこと。やはり夜の店か。すごすごと退散し、中ほどでお手頃な定食メニューを揃える「お食事処はとぽっぽ」に入店。
 1時を過ぎているのに土曜のせいか客の出入りが絶えず、繁盛している様子です。ここで700円のサービス定食を注文。他にもメニューは豊富で、夜遅くまで営業しているようですし、独り暮らしの学生などにも重宝しそうです。三軒茶屋にありながら全然気取らない空気が魅力ですね。
 帰ってから「三軒茶屋 すずらん通り」で検索すると、アーチの看板そのままのホームページがありました。雑多な飲食街の印象ではありますが、雰囲気は明るく健全な感じです。それもそのはず、入口には交番があってお巡りさんが目を光らせていますからね。庶民的空間として今後も新陳代謝を繰り返していきそうなところです。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

大衆的飲食店がひしめく路地空間
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北側入口の「喰うてかへんか?」アーチ
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[№377]三茶3番街

歩いた日 H26.12.13 【世田谷区】 
 三軒茶屋の玉川通りと世田谷通りを2辺とする三角地帯にひしめく庶民的商店街の中で、「エコー仲見世」と「ゆうらく街」に挟まれるようにあるこの「三茶3番街」は、その「怪しさ」が抜群です。ここは、世田谷区商連のリストにもなく、三軒茶屋商店連合会による「三軒茶屋どっと混む」にも掲載されず、独立独歩という感じです。
 幅3mにも満たないような路地空間で、玉川通り側入口には三角形のアーチがかかり、「三茶3番街」の文字の下に10本の黄色い提灯が下がり、串揚げだのカレーだのとアピール文字が並びます。アーチの向こうにはキャロットタワーがそびえ立ちますが、その麓のこの雑多にぶちまけたような路地景観は、どこかアジアの都市をも連想させます。
 古い建物が密集し、和洋の居酒屋やスナックが並びます。夜はまた妖艶な世界に一変することでしょう。そんな中、わずかにランチ営業をしている店もあり、そこにはしっかりお客が入っています。「もつカレー」、「カレーつけ麺」の幟がはためき、知る人ぞ知るの名物店なのでしょう。
 私はその向かいの「豆商はたの」に引き込まれました。昭和のつくりそのままの店舗に懐かしい豆菓子が並びます。「この通りは面白いね」と声をかけると、「ここは昭和30年ごろから変わらないね」と女将さん。確かにそんな感じです。「通りによって雰囲気が違うね」の問いには「通りごとに組合が違うからね」と。なるほど。そうやって良い意味での競争をしながら全体の魅力を維持してきたのですね。迷った挙げ句、「フライビーンズ」と「豆好味」を買いました。本当に懐かしい味で、一度開封したら止まりません。
 こうした古き良き魅力満載の三角地帯にも再開発の計画という情報もあり、事業が始まればあっと言う間に近代的ビルに変身してしまうのかもしれません。でも、事業化には権利者の合意が必要で、複数の組合に多数の店がひしめく現状ではまとめるのが難しいでしょう。いや、あまりすんなりとまとまって欲しくない、この雰囲気、壊したくないと思うのは余所者の身勝手というものでしょうかね。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

世田谷通り側入口付近から玉川通り方面を見る
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懐かしい豆菓子が並ぶ「豆商はたの」
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