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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№367]武蔵小杉駅前仲通り会(センターロード小杉)

歩いた日 H26.11.03 【神奈川県川崎市中原区】 
 高層マンション街に大変貌を遂げつつある武蔵小杉エリアの中で、東横線武蔵小杉駅西側の西側でかろうじて昔の風情をとどめる武蔵小杉駅前通り商店会の中に埋もれるように、この仲通り会があります。縦横のT字型の路地で構成され、各入口に「センターロード小杉」の黄色いアーチがかかります。赤提灯マークの中に「いらっしゃいませ」の文字も。そう、ここは夜の魅力街です。
 訪れたのが昼なのでシャッターを降ろした店も多く、夜の賑わいはなかなか想像できませんが、それでも若者たちが群れていたり、カップルが肩寄せ合って通り抜けていったりして、新しいマンションや洗練されたショッピングビルとは全く違った空気が漂っています。昼から飲める居酒屋もあるので、リラックスした空気が流れている感じです。かつての武蔵小杉周辺は工場が多いところで、大昔は東横線に「工業都市」なんていう駅もあったくらいなので、ここも工場労働者の憩いの場として栄えたのでしょう。歴史を感じさせる小路ですが雰囲気はだいぶ変わったのでしょうね。
 それでも、「やるき茶屋」、「塚田農場」といったチェーン店だけでなく、常連客が毎夜通ってきそうな温もり感ある居酒屋も並びます。それぞれに個性的な大将や女将さんがいそうです。目の前には城壁のような武蔵小杉駅と近代的な東急スクエアがそびえ立ちますが、その向かいで、マイペースでくつろげる空間を提供しているといえます。お洒落な街、近代的な街もいいけれど、どこかにこういう人間的安らぎを得られる場がやはり必要ですね。
 マンションの急増で、地域の人口構成も大きく変わってきていると思いますが、高層マンションに住むビジネスマンのお父さんたちもたまにはこういうところに降りてきてストレスを解消していくことでしょう。駅周辺のそこかしこで再開発が進められていますが、ここだけは手をつけずに残しておいてほしいと思います。因みに今回ここへ足を踏み入れたのは、テレビの「アド街ック天国」で紹介されたのを思い出したからでした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

「センターロード」の北側入口
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多くの居酒屋が密集する路地空間
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[№366]武蔵小杉駅前通り商店街(こすぎ壱番街)

歩いた日 H26.11.03 【神奈川県川崎市中原区】 
 文化の日に品川区内で所要があって、昼食にと横須賀線でちょっとだけ東京を飛び出して武蔵小杉に降りました。武蔵小杉は変貌著しい街で、ほんの十数年前までは工場が多い下町的雰囲気のみでしたが、近年は工場跡地等の再開発で超高層マンションが林立し、イメージが大転換したところです。今や「住みたい街」の上位にランキングされるそうで、4年ほど前、横須賀線の駅ができた直後に降りた時はまだ開発途上で殺風景だったことが嘘のようです。
 ここに昼食に来たのは、蕎麦の「味奈登庵」がお目当てだったからです。横浜を中心に複数店展開し、旨い蕎麦が安く大盛りで食べられるのが評判で、東京に一番近いのが武蔵小杉店というわけです。で、数年前の記憶を頼りに南武線の線路脇へ来てみると、ガーン!。店があったはずの並びがすべてなくなって道路用地として工事中。その脇には真新しい再開発ビルが。
 街の変貌に翻弄された気分で近くの「こすぎ壱番街」に迷い込みました。ここは、東横線駅西側の古くからの商店街で、変わることなく賑わっているのでほっとさせられます。このエリアでは、「協同組合武蔵小杉商店街」がいくつかの商店会を束ねる形で市商連に加盟しており、武蔵小杉駅前通り商店街はその傘下のひとつのようです。アーチに表示の「こすぎ壱番街」はその別名なのか、メイン通りの名称なのかよくわかりません。駅からは、この商店街を挟んで、小杉銀座通り、法政通りなどへ行くことができます。
 壱番街の片側は聖マリアンナ医科大学とイトーヨーカドーで、その向かいに中小の飲食店等が密集しています。その中の一軒、中華料理の「一番」で神奈川名物サンマー麺を食べ、先ほどのショックを癒しました。気さくな雰囲気の街の中華屋さんという感じで和みます。お洒落に変わりゆくエリアの中でもこういう雰囲気はずっと残ってほしいと思います。
 因みに、帰ってからネットで確認したら、「味奈登庵」は何とさっきの再開発ビル内に移転していたとのこと。再び、ガーン!でした。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

病院に面する「こすぎ壱番街」
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ヨーカドー前の中華「一番」など
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[№365]本郷田町商店会

歩いた日 H26.10.25 【文京区】 
 白山通りと言問通りが交差する西片一丁目交差点から東へ、言問通り沿いに次の信号の菊坂下交差点までの区間がこの商店街の範囲のようです。通りの北面は西片一丁目、南面は本郷四丁目ですが、「本郷田町」の地名の由来は区の案内板で知ることができます。曰く、俗にいう丸山に属し、田畑と菊畑が多かったため「菊坂田町」と称していたものが、明治初年に小石川片町、丸山田町、さらに隣接の旧武家地や寺地を併せて「本郷田町」とし、さらに明治44年に「田町」となったとのこと。
 このように忘れられた地名を商店会名として残しているのはうれしいですが、その表示が見当たりません。商店会の組織力の弱さの現れかとも思いますが、独自の街路灯があるわけでもなく、少々寂しいですね。地下鉄春日駅の出口を有する駅前通りでもあるのに。
 この日は菊坂を降りてきたので、菊坂下交差点から西に向かいます。通りの両側は高いビルになっているところが多く、商店街らしさはあまり感じられません。そんな中で瓦葺き二階家で悠然と営業しているのが「石井いり豆店」。思わず引き寄せられてガラスの引き戸越しに覗くと色とりどりの自家製炒り豆が並びます。多くは片手に乗るくらいのビニール袋に入れられて、350円ほどで売られています。それぞれにこだわりを感じます。炒蚕豆を購入。帰ってから食すると「やめられない止まらない」状態になるほどの美味でした。
 向かいには酒の「かわちや」が気取らない風情で営業中。西へ進むと右側に小さなギャラリー・画廊があり、その隣に興善寺が現れます。日蓮宗の寺院で水戸藩徳川家の祈願所となっていたそうです。斎場にも使われる興善寺会館があります。
 このあたりで昼食をと思いましたが、唯一の営業飲食店でこだわりの強そうなラーメン店は13時台後半というのに満席であきらめました。並びの「丸赤」では弁当も売っているようですが。白山通りにぶつかると、交差点の先には以前訪れたこんにゃくエンマの「エンマ商盛会」が見えます。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

様々な自家製炒り豆を扱う「石井いり豆店」
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酒の「かわちや」など
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[№364]菊坂ロード

歩いた日 H26.10.25 【文京区】 
 本郷三丁目交差点から本郷通りを50mほど北に進んだところから左に入るなだらかな下り坂の道が「菊坂」です。「菊坂」の名は、昔このあたりに菊畑が広がっていたことに由来するそうで、今は商店街というよりも懐かしさ漂う住宅地という様相も濃いのですが、文京区商連のリストに「菊坂ロード」の商店街名があります。
 一方通行の道の交通量はさほど多くなく、のんびりと左右の建物などを眺めながら歩けます。この界隈は樋口一葉が居を構えた地として知られ、文学の香り高いエリアです。区の案内板により、一葉の旧居跡などゆかりの事物がいくつか残されていることがわかります。24年という短い生涯の間に、この地で「にごりえ」「たけくらべ」をはじめ多くの名作を生み出しました。
 途中まで「きくざかどおり」の街路灯が続く下に、生活型を中心とした個人商店が不連続に並びます。土曜ですがシャッターを閉ざした店も見られますが、そんな中にフランス料理店がさりげなくあるのが面白く見えます。鮮魚店の隣に「まるや肉店」がありますが、ここは「菊坂コロッケ」が人気のようです。この日は、コロッケよりも昼食に関心が向いていたので素通りしてしまいましたが、「買っておけばよかった」とあとで後悔したのでした。
 菊坂は谷筋の地形に沿う道で、特に北側の台地上に上る坂道がいくつかあり、それぞれ風情があります。中ほどから南側の一段下に並行する小道があり、「下道」「上道」とも称されるようです。下道に降りる階段がいくつかあり、そのひとつの脇に「宮沢賢治旧居跡」の案内板もありました。長泉寺、火伏稲荷なども歴史を語りかけています。階段脇にすばらしき木造家屋建築が残されていたり、古い建物が並ぶ中に「ズボン堂」というズボンの販売・修理の店があるのも興味を惹かれます。
 菊坂下の交差点で言問通りに突き当たるまでが菊坂ですが、商店街散策というよりも文学・歴史のまち歩きを好む方向きとも言えそうです。ここで昼食と思っていたのですが、気軽なランチの店が見当たらず、やはりコロッケへの未練が残るのでした。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★★

なだらかな坂道に生活型店舗やフランス料理店も
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「菊坂コロッケ」のまるや肉店など
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[№363]本郷四・五丁目商店会

歩いた日 H26.10.25 【文京区】 
 本郷地区を南北に貫く本郷通り(国道17号)上には、文京区商連ホームページの地図によると、本郷二・三丁目商店会、本郷四・五丁目商店会、本郷五丁目実業会、赤門前商興会、東大前商店会、東大農学部前通り商睦会と、途切れなく商店街が連続しているようですが、今回は地下鉄本郷三丁目駅から直近の「本郷四・五丁目商店会」だけを歩くという、安易な選択です。というのも、このあと「菊坂ロード」を下っていきたかったからで、本郷通りの他商店街はまたの機会とします。
 4車線で交通量の多い本郷通りの両側歩道は、東大生なども含め人通りが多く賑やかです。本郷三丁目交差点から西側歩道を北に進むとすぐに左手に入る道に現れるのが「本郷薬師」。この脇道を歩く人は少ないのですが、突き当たりに小さな薬師堂が見えます。文京区教育委員会の由緒書きによれば、建立は寛文10(1670)年の江戸4代将軍家綱の頃で、江戸市中に疫病(マラリア)が流行し、この薬師様に祈願して治まったということです。かつては縁日に多くの人出で賑わったとのことですが、現在はビルに囲まれ、気の毒に見えます。
 本郷通りに戻ると、菊坂を左に見るあたりに「別れの橋跡、見送り坂と見返り坂」の説明板もあります。江戸の頃はこのあたりが江戸市中の北の端だったのですね。店舗は、学生街らしくラーメン店や書店などもありますが、その中に、画材店や居酒屋、古そうな理髪店などが混じるのも面白く見えます。ビルは新しいものの歴史を感じさせる和菓子の「寛永堂」が良い風情を出しています。ただ、商店街としてのまとまりにはやや欠ける印象です。
 ツインのとんがり帽子型の街路灯に「4」「5」のプレートが掲げられてわかりやすいですが、「五丁目実業会」との境界が定かではなく、やがて右側に東大赤門が見えてきます。と、ここで引き返し、菊坂の入口まで戻りました。このあとは、文学の香り漂う菊坂へと足を進めます。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

本郷薬師の入口
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ラーメン店や古風な理髪店など
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[№362]有楽コンコース

歩いた日 H26.10.25 【千代田区】 
 ここは都心のど真ん中ですから、一度は目にした人が多いのではないでしょうか。有楽町駅の南側、晴海通りをJRの線路群がまたぐ下の歩道部分が、レトロ感満載の異次元空間なのです。山手線、京浜東北線、東海道線、新幹線と計8本の線路の下の短い区間ですが、前後に「YURAKU CONCOURSE」(一部文字脱落)の表示があります。古いアーチ型ガード下の薄暗い空間なので、女性が一人で歩くのは少し怖いかもしれません。そんな特殊空間なので、ここを紹介するブログ記事も多いですね。私もあっさりとご紹介。
 「オロナミンC」とか「コカコーラ」とか「塩小売所」なんていう昭和30年代頃のホーロー看板があったり、昔の映画のポスターが貼られていたり、私より上の世代には懐かしくて涙が出そう、という表現がおそらく似合いそうな雰囲気です。ここを商店街と言えるかどうかはさておき、構成店舗は「まんぷく食堂」とうどん・そば屋台風の「慶屋」のほぼ2店。
 産婦人科・性病科の「有楽町診療所」、「有楽理髪店」、土地建物の「有楽不動産」の看板表示もあってそれらが商店街を形成しているのかと思いきや、その中はすべて「まんぷく食堂」。看板に偽りありで、嘘じゃないのは「トリスバー」の看板くらいですが、そこがまた面白い。店の前にはビール瓶ケースを積み上げて板を渡した上にメニューサンプルが置かれています。
 周囲には、マリオンや日比谷シャンテや帝国ホテルなど、お洒落で高級な施設が居並ぶ中で、時の流れに一人逆らい続ける頑固さが現れているようで、おじさん族は思わずニヤッとしてしまいますね。しかし、おじさんの端くれの私もまだこの店に入ったことがありません。誰かを誘ってブラリと入れば良いのでしょうが、何か少々勇気を要する気がします。この昭和空間は、2020年の東京オリンピック後もこのままあり続けるでしょうか。それまでにぜひ一度入店したいとも思います。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★★★
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

一部文字が欠落した表示の日比谷側入口
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懐かしい看板類が並ぶ「まんぷく食堂」店頭
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[№361]亀戸二丁目団地商店会

歩いた日 H26.10.18 【江東区】 
 またまた団地商店街です。今回はUR都市機構の亀戸二丁目団地。旧公団による完成は昭和43年だそうなので、あと数年で50年というところですね。十数階建ての、築年のわりにはしっかりしたつくりで、外観からはそれほどの古さを感じませんが、中はどうなのでしょうか。亀戸駅から繁華な十三間通りを北に進み、途中から左に入ると正面に現れます。東から入ったところが広場になっており、それに面する1号棟と2号棟の一階部分に店舗があります。
 2号棟の下は「新鮮市場」というスーパーが大半を占め、隣に「ぱぴよん洋菓子店」もありますが、営業している気配がありません。「新鮮市場」の正面側は、係員が自転車をきれいに片づけすっきりしていますが、駐輪禁止の中国語らしき表示も見られ、団地の住民構成の多様化をうかがわせます。
 1号棟の一階の方は小規模な店舗区画が並びますが、半分以上がシャッターを閉ざしたままで、営業店も出入りするお客の姿は少なく、置かれた環境の厳しさを物語っています。西半分で営業しているのは「ヘアーカットプラザ五番街」と介護用品店くらい。東半分では、とうふ・蕎麦店の「高の」、食肉・惣菜の「花岡商店」。それに、とんかつ・洋食の「みつば」が休憩時間中のようです。
 建物自体がそれほど古びた感じではないだけに、このシャッター風景は寂しさというか虚しさを感じさせます。真上に人はたくさん住んでいて、目の前の広場には多くの人が行き来するのに、まるで人の視界に入っていないかのように空虚な雰囲気です。「高の」と「花岡商店」だけは現役の力をかろうじて発揮しているようですが。
 何か割り切れなさを引きずりながら亀戸駅に戻りましたが、その道すがらに個性ありそうな飲食店などが点在し、そちらの方に魅力を感じてしまいます。船橋に本店がある人気ラーメン店「赤坂味一」の支店もあって、ここも休憩時間中ですがそそられます。そんな自然な下町の混沌の魅力を感じながら歩くと、団地商店街がますます霞んでしまいます。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

営業店が少ない1号棟下
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2号棟下のスーパー
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[№360]問屋橋通り

歩いた日 H26.10.17 【中央区】 
 江戸・東京は元来が水の都。縦横に水路が走っていましたが、関東大震災や戦災のガレキ等で埋められたものも多くあります。戦後の残土処理で埋められた川のひとつが浜町川。2本の並行する道の間が川跡ですが、建物がびっしりで知らなければそれとわかりません。この川跡上の中央を走る細い路地に沿って昔ながらの木造店舗建築が並ぶ一角が「問屋橋通り」と呼ばれます。馬喰町、横山町の繊維問屋街に近い位置で、飲食店等が密集していたのですが、ずいぶん寂しくなり、せめて今の情景を記録しておこうと、昼飯時に潜入です。
 かつての川の中央にあたるこの路地が、東日本橋三丁目と日本橋富沢町の境界ですが、これも成り行き上やむを得ないことですね。地下鉄駅にも近いながら近代化から取り残されたようなここは、レトロ感濃厚で昭和風情を存分に味わえます。検索すると「問屋橋商栄会」の文字も出てくるのですが、中央区商連や区の商店街リストに表示はなく、組織も実体がなくなってしまったようです。
 入口でカメラを構えていたら、後ろから老婦人に声をかけられました。「静かになっちゃったよね」と。「こんなになっちゃうとは思わなかった」って。みんなここに住んで商売して問屋街に魚などの食材を忙しく運んでいたそうで、夜も賑やかだったそうです。「今、夜は人が来ないよ。問屋が景気悪くなっちゃったからね。みんなもういい歳だから仕方ないけど・・」だって。この老婦人、シャッターを閉ざした「魚大商店」の看板が残る店に帰っていきました。数年前に店を閉じたそうです。
 洋食店「キッチンハタノ」でランチを食しました。ここの女将さんも「昔はマーケットで賑やかで、良く働いた」と懐かしんでいました。厨房には息子さんらしき人が頑張っています。近隣サラリーマンの常連客も多そうで、ここは夜も開けているそうです。隣は寿司店で、向かいには持ち帰り弁当の「かかし」もあります。
 反対側に抜けたところにあるのが問屋橋交番。ここに唯一「問屋橋」の名が残ります。都心の一角で束の間のタイムトンネル体験ができるところですが、今後の動向が心配です。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

古い店舗建築が密集する問屋橋通り
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寿司店、洋食店、弁当店など
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[№359]松江通り商店街(ベルタウン松江)

歩いた日 H26.10.11 【江戸川区】 
 前記事の「松江大通り商店街」と一文字違いで「大」の字がないのです。「ベルタウン松江」という愛称がついており、同じ今井街道上で「大通り」と連続する位置にあり、船堀街道との交差部前後を含みます。両商店街の接点部分に公衆トイレと交番があるのが好ましく見えます。
 ここは実は10年ほど前に私的な商店街観察調査として歩いたことがあって、その時の記憶と照合するとこの10年でかなり寂しくなったように見えます。当時は店舗名を記したマップが掲出してあって、その写真が残っているのですが、それと見比べてもだいぶ店舗数は減ってしまったようです。空き地やシャッターを閉ざしたままの店が増え、「セピア色」感は「松江大通り」区間と同様です。
 「大通り」区間と違うのは、ほぼ中央部にスーパーマルエツという核店舗を持つことです。そしてその向かいにも地元スーパーの「中村屋松江店」があって、見事に客を分け合って共存しているのが興味深いです。その並びには「佐野みそ」松江店が貫祿を示しています。亀戸に本店がある老舗の支店ですね。また、「フルヤ百貨店」という名の日用雑貨店も。この地の歴史的ステータスを感じさせる光景です。石材店や呉服店などもあります。
 船堀街道との交差点周囲も近代化された感は乏しく、喫茶店「イエス」やベビー子供服の「あいち屋」などが昭和の佇まいで営業しています。交通の要衝のはずですが、そんな気負いは全く感じさせません。周囲から人が集まる拠点的地位を占めていたのはかつての話で、やはり鉄道網から外れたのが痛手だったようですね。
 もうこうなったら、レトロを売りにしていけば・・・と思うものの、商店主たちも高齢化してどれだけの元気が残っているでしょうか。歩道上に一定間隔で絵タイルがはめ込まれており、その中にトロリーバスの絵がありました。今井街道をトロリーバスが走っていた時代を知る人も少なくなっているでしょうけどね。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

懐かしさ満載のアーケード街
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「佐野みそ」「中村屋」「フルヤ百貨店」など
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