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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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[№320]立石駅通り商店会

■■■・・・踏切を挟んで2スタイルの商店街に息づく昭和な店たち
歩いた日 H26.06.07 【葛飾区】 

 時間に余裕ができた土曜日ですがあいにくの雨。雨に濡れないところで昼食をとろうと、立石駅通り商店街にアーケードがあったことを思い出し、京成立石駅に下車しました。ここは以前、立石仲見世の昭和レトロ商店街を目当てに何度か来たところですが、並行する立石駅通りはレポートしていませんでした。改めての訪問です。
 早速アーケード街へ。駅踏切に近い部分は全国チェーン店が多いのですが、それでも下町らしい気さくな雰囲気で満たされています。中ほどの鯛焼き店があるあたりからさらに空気がぐっと渋くなり、婦人服の「ラビット」や靴の「かわさき」などが「庶民の日常」感を高めています。
<和菓子「ひらた」等がある駅南のアーケード街>
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 「ラビット」の隣の喫茶店「カフェ・ルミエール」で昼食にしました。喫茶店ランチは私としては珍しいパターンなのですが、ここは正解。店内は昭和モードで満たされ、数組の客がゆったりとした時間を過ごしています。注文したホットのカフェオレは趣あるグラスで登場。ミートソースも素朴な味で懐かしさ満点です。つい長居をしたくなってしまいます。
 和菓子店「ひらた」にも「栗どら焼」の幟に引き込まれるように入店。ここで80年やっているそうです。名物という「栗どら焼」を購入。大きくて栗の存在感が強い立派などら焼でした。
 アーケードを抜けると立石大通りですが、引き返して駅踏切まで戻ると、踏切の反対側も同じ立石駅通り商店街であることに気づきました。そちらはアーケードがありませんが、歩かなければ片手落ちなので、傘を差して進みます。人通りも多く、駅からの人の動線軸として十分機能しています。何十年もこのままやってますという感じの「鳥房」や、趣ある構えの宝飾店等が興味をそそります。
<懐かしい風情も漂う駅北側の区間>
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 踏切から100mほどの四つ角から先は区役所通りとなり、立石西町商栄会やすずらん通りも接続しますが、さすがにこの日はここまでとしました。踏切を挟んでスタイルは異なるものの下町の庶民生活に溶け込んだ感じの商店街でした。
 なお、すぐ近くの立石仲見世も歩いたので、同商店街ページに追加記事をアップしています。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

再び歩いた日 H30.01.27 【葛飾区】 

 立石駅の北側一帯の商店街歩きに訪れましたが、そのどこへ行くにもこの立石駅通り商店街の一部を通ることになります。踏切から南はアーケード街ですが、北はアーケードがありません。駅の南北ともに市街地再開発計画がありますが、北側の方が事業着手が早そうです。
 焼き鳥の「鳥房」は相変わらず良い感じで営業していますが、この光景が見られなくなるのも時間の問題ということになりそうです。京成線の高架化で踏切がなくなるのは良いのですが、下町風情が失われるのは、昭和世代としては寂しいです。20年くらい前の地図帳を見ると、踏切脇の東側にはスーパーの長崎屋があったようですが、そこは今は更地となり、京成高架化事業や再開発に備える形で、おかげで「呑んべ横丁」の建物全体の外側が丸見え状態です。
<元気に営業中の「鳥房」。踏切向こうにアーケードが見える>
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 北端の、区役所通りとの境の手前角には看板建築の店が並び、そのひとつの「わかば」は、「揚げだんご」と大きな文字でアピールする和菓子店です。これらの情景をしっかり目に焼き付けておきましょうね。
<北端の和菓子店「わかば」など>
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[№319]なぎさニュータウン商店会

歩いた日 H26.05.31 【江戸川区】 
 以前から、東西線の葛西、西葛西駅、はたまた総武線亀戸駅からの都営バスの行き先表示「なぎさニュータウン」が気になっていました。江戸川区の千葉県との境をなす旧江戸川の河口近く、葛西臨海公園にも至近な位置にこの「ニュータウン」があるのですが、この団地にも商店会があることを知り、今回初めて訪れてみました。西葛西駅からのバスで到着です。
 この地の歴史は江戸時代の新田開発から始まり、かつては堀江町と呼ばれましたが、ここに旧公団による団地建設が始まったのが昭和50年、「なぎさニュータウン」として昭和52年から入居が開始されています。鉄道駅からは遠いものの、団地内にバス折返所があるため交通は比較的便利と言えそうです。
 バスを降りて、まず案内板で団地全体の配置を確認。7つの大きな棟で構成されるようですが、中央広場に隣接して「店舗」の文字があるのでそちらに向かいます。「店舗」は、7号棟の1階部分とそれに連なる平屋部分にまたがって「く」の字型に配置されています。建物規模が大きいのと全体が白を基調とした塗装で、規則的に並ぶ円柱に支えられた宮殿のような屋根下空間は清楚に見えますが、人の気配が乏しく、どことなく不気味な様相でもあります。
 営業店は10店足らずというところ。空き店舗化した区画も目立つため、空虚感が濃厚です。それでも、青果店「八百梅」とCOOPのスーパーがあることが救いです。他にはクリーニング店、薬局、歯科医院、飲食店など。土曜の午後ですが中央広場も閑散としていて、団地住民が集まる場としての機能は乏しくなっているようです。
 1㎞ほど北にはイトーヨーカドーの大きな店もあり、人々の消費の場は団地外に広く拡散しているのでしょう。ここでも団地商店街衰退の姿を目の当たりにした感じです。造りが綺麗なだけに余計に寂しさが増幅されるようで、複雑な思いです。団地内を東へ抜けると旧江戸川で、釣り糸を垂れる人の姿が見られ、悠然とした流れの対岸は千葉県の浦安市です。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ☆☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ☆☆☆☆☆

白い柱が印象的な店舗群
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宮殿のような空間に「八百梅」が目立つ
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[№318]小島二丁目団地店舗会

歩いた日 H26.05.31 【江戸川区】 
 先ごろ、北区の都営桐ヶ丘団地にある桐ヶ丘中央商店街をレポートしましたが、あのタイムスリップ感が忘れられず、団地商店街も記録しておかなければという義務感のようなものがふつふつと沸き上がってきました。古い団地はいずれ取り壊される運命にあり、その中の商店街も忘れ去られてしまうと思うと、今のうちに昭和の残像を体感しておかなければと、足が団地に向かうのです。
 URの小島二丁目団地は旧公団が昭和50年前後に建設したもので、もう40年ほどの歴史を刻む高層団地です。「小島二丁目」という地名は既になく、現地名は西葛西5丁目(一部3丁目)。ただ、東西線西葛西駅からほど近く、人通りが多い中にあるためか、外見上の古さはあまり感じません。
 団地内店舗会は「小島二丁目団地ショッピングセンター」として立派なホームページを持ち、しっかり運営されているようで、現役度を保っている点が評価できます。二十数軒の店舗があるのは、駅に向かうバス通りを挟んだ4号棟、5号棟、6号棟の1階部分。個人店舗形態が大半で、リサイクル店、婦人服店、居酒屋、インド食材店が各2軒ずつあり、理容・美容も計2軒など、ペアで揃っている点が面白いです。多国籍物産店もあります。パン店が元気に客を呼び込んでいる一方で、筆などを扱う書道洋品店がしっとりとあるのも興味深いところです。学生服店や米店も意外な存在ですね。
 この商店街が古さの割に明るく見えるのは、5号棟前の元スーパーの建物に「GU」が入っているせいもあると思います。これがいわば核店舗の役割を果たしているのです。そして、団地をはずれた交差点の先には、元ダイエーの建物を使った「本物の」ショッピングセンター「サニーモール」があり、「しまむら」や「マルエイ」「ダイソー」など集客力高いテナントが陣取っており、団地商店街はそれらにはとても太刀打ちできないものの、行き帰りの人々にそれとなく訴えかけられるモール的位置を占めていることも幸いしているかもしれません。
 「讃岐直送の生めん使用」の「さいた川」のお薦めという「ちくわ天ぶっかけうどん」で昼食にしました。チェーン店ではないようで、こういう店にも頑張ってほしいと思います。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ☆☆☆☆☆

うどん店等がある4号棟の商店群
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学生服店や書道洋品店等が並ぶ5号棟部分
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[№317]南千住商友会

歩いた日 H26.05.24 【荒川区】 
 荒川区南千住まちあるきマップによると、国道4号(日光街道)がJR常磐線の線路の下をくぐる部分から北へ百数十メートルの区間の沿道両側でこの商店会が形成されているようです。しかし、この中ほどに、あの有名なA級商店街「ジョイフル三の輪」の入口があり、表通りでありながらその勢いに押されてしまっている様相です。
 広幅員の国道なので左右に分断されてしまい、一体感にも乏しい状況ですが、それでも隣接するA級商店街からの「滲み出し効果」もあるのでしょう、そこそこの人通りと商店への人の出入りがあります。
 新しい建物やケンタッキー、オリジン弁当等のチェーン店も目立つのですが、それでも「昔からの」店もあって、ほっとします。個性派個人商店の集合体である「ジョイフル三の輪」の雰囲気に通じるところもありそうです。中でも、常磐線線路に近い東面の青果店、靴店などの並びはいかにも庶民的な雰囲気で親しみが持てます。そこから北に進んだ同じく東面にある飲食店の「栃木屋」、「松美」や「山崎家具店」等の並びも懐かしい風情を残しています。
 その途中で、「美容室」の大きな看板を掲げる建物があって、その下は美容室かと思いきや「メロンパン」の店だったりして、ちょっとひょうきんさを感じます。
 ここは独立した商店会ではありますが、運営面で「ジョイフル三の輪」との連携はどれだけあるのでしょうか。良い面は取り入れて一体的に盛り上げることができれば相乗効果で注目度も高まるのではないかと思いますが。
 さて、地下鉄三ノ輪駅、都電三ノ輪橋電停も近いですが、ここから東方向に、2年前に歩いた「南千住仲通り商店会」の通りがあるので、そこを再び歩いて南千住駅に戻りました。「南千住仲通り商店会」の項にも追加記事をアップします。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

青果店や靴店など庶民的店舗が並ぶ一角
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ここも懐かしい風情が残る部分
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[№316]太陽柳通り会

歩いた日 H26.05.24 【荒川区】 
 南千住の旧日光道中にある「コツ通り」の中ほどから西に伸びる通り沿いの商店街です。商店街といっても、店舗数は少なく、生鮮品店等がないので商店街らしき賑わいとは縁遠い感じです。旧街道筋から外れるため、古さ、渋さもそれほど感じません。両側歩道つきの2車線道路ですが、交通量はそれほど多くなく、静かな印象が強いところです。「太陽柳通り会」の名の由来は不明です。柳並木というわけではないし、何か太陽に因む事物があるのでしょうか。
 ビル化しているところが多いのですが、中ほどにある「名取寝具店」は懐かしい看板建築の現役店で、目立たないながら健闘をつづけてほしいところです。そのほかで目につくものは、「ツネキ花店」、釣り具の「竿忠」など。ただ、これらの店も、周囲の店舗の連なりが薄いため、孤立していまっているように見え、気の毒な感じです。材木店「フジモク」が異彩を放っていますが、ブラリと入れる雰囲気ではありません。個性的な木製品の販売などがあれば面白いかもしれませんが。
 そしてすぐに、国道4号(日光街道)に出てしまいました。商店街はここまで。角はコンビニとガソリンスタンドです。国道を横切って直進すると「千住間道」で、荒川総合スポーツセンターの先には以前レポートした「間道商興会」や「南千住六丁目本町会商店会」があります。
 今回は商店街から外れますが、国道4号を100mほど南に向かった右側にある円通寺に立ち寄りました。この寺の歴史は8世紀末まで遡りますが、明治維新の折の上野山戦争で戦死した彰義隊士の墓があるところとして有名です。先ごろ、吉村昭の小説「彰義隊」を読んだばかりだったので、つい興味深く立ち寄ったわけです。境内には、上野の象徴でもあった「黒門」も移築・保存されており、激戦を物語る無数の弾痕が残る姿を見ることができます。
 千住はこのように歴史資源豊富なところですが、ここでは商店街とそれらとの関わりは薄いようですね。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

コツ通り側からみた通りの風景
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名取寝具店などの並び
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[№315]コツ通り商店会

歩いた日 H26.05.24 【荒川区】 
 JR、東京メトロ、つくばエクスプレスの3線が並ぶ南千住駅は、その東と西で様相が大きく異なります。東の旧汐入地区は再開発されて近代的な街並みに変貌していますが、西側は、一部が高層ビル化しているとはいうものの、千住宿の面影を伝える古い街の風情が多く残されています。コツ通りは、旧日光道中に相当するところで、その名は、このあたりの古い地名「小塚原(こつかっぱら)」によると言われています。
 小塚原といえば江戸時代に「小塚原刑場」があったところで、まずはそれに因む延命寺の首切地蔵を拝み、吉田松陰等も葬られている回向院を見学してから北に進みます。駅との間の区画はビル化して、周囲も再開発の波が押し寄せそうですが、古き良き情景はできるだけ残してほしいと思います。
 ここには以前はアーケードがあって薄暗い歩道だったと思うのですが、いつの間にかアーケードが撤去され明るくなっています。それでも「渋さ」は格別のものがあります。看板がかすれかけた古い建物の商店だけでなく、中低層のビル一階に収まっている商店も全く気取ったところがなく、昔からマイペースという感じの個人商店の連なりです。駅前ビル以外はチェーン店らしきものがありません。
 空き店舗化したものもありますが、薬局や提灯の店、豆腐店、焼き鳥店などなど、いい味を出しています。シャッターが降りていますが木造平屋瓦葺きの「呉服と小物たぐち」などは、記憶にとどめておきたい風情ですね。そして、「東京漫才発祥の地・栗友亭跡」と掲げる雑貨の栗本商店なども。
 山谷に連なる土地柄なので簡易宿泊所的なものもありますが、それらを見ながら国道4号にぶつかった正面の素盞雄神社に思わず引き込まれました。石神信仰の由来を持ち「てんのうさま」とも呼ばれる古社で、境内の大銀杏が厳粛な空気を醸しています。
 戻りながら、中ほどにある蕎麦店「更科」で大もりそばを食しました。ここも「渋い」けれどお客が次々訪れ繁盛している様子です。とかくマイナーな印象で語られることが多い南千住も、歴史の蓄積を有するだけに、ゆっくり歩くとなかなか味わい深いものです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

提灯店などもある懐かしい構えの店の並び
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記憶にとどめておきたい風景
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[№314]東和中央商店街

歩いた日 H26.05.17 【足立区】 
 足立区東和で商店街というと、株式会社(アモールトーワ)を設立し各種の地域貢献事業を行っている東和銀座が全国的に有名ですが、今回歩いたのはそこから北に7~800mほど離れた東和中央商店街。同じ東和でもここはかなり地味なところです。
 足立区商店街マップでは、環七跨線橋下の大谷田橋交差点から西南西への直線道路沿いがメインのように見えますが、同交差点から歩道を歩いても商店街らしさはほとんど見られず、少数の店舗が点在する程度です。店舗らしきものの集積があるのは東和五丁目のバス停がある信号の前後くらいですが、それもシャッターを閉ざした店が多い状況。途中、左(南)方向にレンガ舗装の道があるのを認めましたが、商店の貼りつきは少なく半ば住宅地化しているようなので通りすぎてしまいました。
 しかし、次の信号の先、東淵江小学校の前までくるといよいよ商店街の雰囲気はなくなり、その先の信号を北に入ると前方に西友の看板が見えるものの周囲は住宅地です。で、改めて区商店街マップを見直すと、先ほどのレンガ舗装の道の部分に色が塗られており、そうか、しまった、とばかりにそこに引き返したのでした。
 「もつ焼 大吉」などは昼なので店を閉めており、舗装だけが商店街風の道を歩くと、やっと共通仕様の看板を掲げる複数の店舗を認めました。やはりここか。「小谷精肉店」、その先にも「肉の日立屋」、その向かいに「角のたばこ屋」という言葉がぴったりのたばこ店、そして突き当たり角にシャッターが降りているが現役風の「フレッシュフーズおんだ」があります。
 そして、うれしいことに、この日は商店街での昼食は諦めていたのですが、蕎麦の「相馬庵」が営業中。2時近くですが意を決して入ると数人の客がいて安心しました。600円の大もりそばを注文。初夏の日差しの中を歩いてきたのでほっと一息です。この並びには和菓子店やラーメン店も営業中で、すごくささやかながらここが一番商店街らしい一角と見えました。それにしてもやはり地味です。でも食事ができたことに満足し、近くの東和4丁目バス停から綾瀬駅行きの東武バスに乗りました。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ☆☆☆☆☆

商店の集積が乏しいバス通り
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「相馬庵」などがある一角
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[№313]大谷田団地商店会

歩いた日 H26.05.17 【足立区】 
 環状七号線(環七)が無粋な陸橋で威圧するように大きく弧を描く下の大谷田橋交差点は七又路と言っても良い大交差点ですが、ここを南北に横切るのが葛西用水。交差点北側でそれに沿う道の東に面するのがUR都市機構(もと公団)の大谷田一丁目団地です。1~11号棟まである大型団地で、戸数は1300以上というから、ここだけでひとつのまちですね。そして、この中にある店舗群で商店会が構成されています。
 日立建機足立工場跡地に団地が開設されたのは昭和52年だそうですが、それでももう40年近い歴史を刻んでいることになります。団地内の店舗数はそれほど多くなく十数店舗程度。その核となっているのが11号棟を使用している食品スーパーの「主婦の店いずみ」です。ここで日常の買物需要はほぼ賄えそうです。その他の店舗はいくつかの棟に分散していますが、中心的なのは「いずみ」の向かいの4号棟1階部分で、「いずみ」と合わせて団地のセンター空間を形成しています。
 ここに「大谷田団地商店街」のアーチがかかり、団地内郵便局もあります。そのほか、米店、惣菜店、酒店、美容室、クリーニング店等が並んでいます。それぞれお客の出入りがあって、目の前のスーパーと棲み分けができているのは立派ですね。小規模で、特に強烈な個性もないようですが、40年近くを経ても商店街としての機能を保てている様子にひと安心です。このほか、診療所や歯科医院等のサービス系が分散的にあるようですが、目立ちません。
 団地内商店街ですが、食品スーパーがあるお蔭で周辺地域からの顧客吸引もできている点が良いのだと思います。亀有駅から1㎞強という微妙な距離感も商店街存立のプラス要因かもしれません。
 葛西用水は水と緑のプロムナードとして整備され、良き散歩道となっています。4号棟の背後には団地内公園もあり、交差点を挟んだ中川公園と合わせて憩いの空間には恵まれたところで、それらと組み合わせた商店街サービスの特徴づけなどはできないものか、などと考えつつ交差点の地下歩道をくぐりました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

スーパー「いずみ」と向かい合う店舗群
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東側から店舗の並びを見る
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[№312]大谷田商店街

歩いた日 H26.05.17 【足立区】 
 常磐線亀有駅から西水元循環の東武バスに乗り、中川に架かる飯塚橋手前の大谷田バス停で下車。ここは足立区の東端部です。橋に向かって上り勾配となるバス通り沿いの右(南)側は東京都の中川水再生センターですが、左(北)の側道を「大谷田温泉明神の湯」や焼肉店などを眺めながら進むと、左に「大谷田すずらん」と書かれた門型アーチが現れます。ここが「大谷田商店街」のようです。
 入口の左角に「ホームショップ小久保」が営業しているのですが、三~四十年前にはよくあった雑貨店兼食品店という感じ。その先はもう何年も前から空き店舗という感の建物で、商店街の衰退ぶりを象徴しているようです。右側は都営住宅で、北側半分が下駄履き商店街のつくりですが、ほとんどシャッターが下ろされたままで、店舗看板だけが何の店だったかを伝えているという状況です。その向かいのフランス菓子店、パン店も閉まっています。
 母子生活支援施設「足立区立あすなろ大谷田」の先に、やっと両側に営業店がある商店街らしい部分が現れ、ほっとします。といっても、店を開けているのは大衆酒場と洋品店、理髪店に酒店くらい。デイサービスの送迎車待ちらしいお年寄りとその付き添いの方が数人会話していたり、自転車の通り抜けがあったり、子どもたちが脇道から出てきたりしますが、商店のお客はいません。昼時なので昼食でもと期待して来たのですが、全くそれどころではない寂しさです。
 北側のアーチ下から東を見ると間近に中川の堤防。その手前左に常善院という立派な寺院があります。江戸時代に将軍家の鷹狩りの際の御膳所となったとの由緒書きがあり、樹齢三百数十年という二本の幹並立の大いちょうがそびえ立っています。地域のシンボルといったところでしょうが、足元の商店街の反映と衰退を見守ってきたことでしょう。その向かいには何の店だったのかもわからない廃店舗が打ち捨てられたようにありました。
 全体に、空き店舗、廃店舗の方が多い印象で暗澹たる気分になりますが、悠然たる中川の流れや、商店街につながれた犬の姿などに癒されながらバス通りに戻りました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

「ホームショップ」がある商店街入口
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営業店が向かい合う唯一の部分
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