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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№311]坊っちゃん商栄会

歩いた日 H26.05.10 【文京区】 
 本郷から根津、千駄木にかけての一帯は、かつて多くの文豪たちが居を構えるなど、文学ゆかりの事物が豊富です。そんなエリアの中に「坊ちゃん商栄会」の名を文京区商連のサイトで見つけ、訪ねてみました。近くに夏目漱石の旧居跡があるはずで、もちろんそれに因んだ命名でしょう。
 不忍通りの千駄木二丁目交差点から西へ、根津神社の裏手にあたる根津裏門坂を上っていくと、右側に日本医大病院があり、「日医大つつじ通り」という通り名となってやがて向丘一丁目の信号で本郷通りに突き当たります。この間に「坊ちゃん商店会」があるはずなのですが、その表示もなくどうも判然としません。病院の目の前ということで処方箋薬局が多いのですが、商店街らしき店舗の集積や賑わいは見られません。
 坂上にあたる日本医大前の信号で交差する通りにある数店と合わせ、日医大つつじ通り沿いに点在する店舗で商店会を形成しているのだろうと思い、そのあたりを写真に収めました。この交差点角の「一炉庵」は菓子の名店だそうで、覗くと上品な和菓子が並んでいました。向かいの角の薬局の隣には昔ながらの豆腐店ががんばっています。つつじ通り沿いでは骨董・民芸の「遊古堂」が独特のオーラを放っています。
 さて、このあたりで昼食をと思い、ランチメニューを表示して並んでいる「旬悦」と「さわ」に悩んだ末、「旬悦」でミックスコロッケ定食を注文しました。商店会のことを聞いてみると、この店も一員だそうで、やはり先ほどの交差点まわり等のいくつかの店で構成しているそうです。文京つつじ祭りで作成された「根津権現かいわい浪漫ちっくマップ」をいただきました。根津神社周辺7商店会が協賛しているようで、その中に「坊ちゃん商栄会」の名もありました。
 このいただいたマップを頼りに千駄木駅方向ヘ戻る途中で、夏目漱石旧居跡に立ち寄りました。立派な石碑と説明板が名残を伝えています。この周辺には森鴎外記念館や林芙美子、佐藤春夫の旧居などが集積し、文学の香りが濃厚ですが、商店会がそれらを活かす工夫はないものでしょうか。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

薬局や豆腐店が並ぶ一角
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菓子の「一炉庵」や薬局の集積
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[№310]根津観音通り商店会

歩いた日 H26.05.10 【文京区】 
 不忍通り沿いの八重垣謝恩会区間の中ほど、根津小学校入口の信号の角にある「文京区立不忍通りふれあい館」の左から東に入る路地に「根津観音通り商店会」の門柱状の街路灯があります。拡幅で小綺麗になった不忍通り沿いとは違った古い街並みの風情が残されたところです。文京区商連のリストには名前がなく、時代に流されず独自の道を歩んでいるという風情です。
 根津は、江戸から明治にかけて遊廓があったところで、戦災も免れたことからその名残を伝える細い路地と古い家並みが残されています。この商店街の通りはまさにそういう中にあり、長さは谷中(台東区)との境までの150mほどですが、その間で車の通行もままならない何本かの細い路地と交差します。商店街の道幅もせいぜい4m程度。貼りつく建物はいずれも古く、商店の数は少ないですが、昭和の商店街の空気を感じさせます。
 渋い感じの喫茶店「あずさ」の先には「小間物、日用雑貨、石鹸の店」とかかげる「あんぱちや」が商品を道にあふれさせています。惣菜・弁当店の「一二三」ではご近所のご婦人がお店の方と世間話に花を咲かせています。居酒屋「すみれ」等もあって、長く地元に溶け込んできたのでしょうが、ここにも「谷根千」を歩く観光客の流れが染み込んでおり、雑貨など観光向けの商品の販売や喫茶・ギャラリー等をレトロな建物で商う店も見られるようになっています。
 交差する路地を含め、ここは緑が多いのが特徴ですね。狭い土地で上手に生きてきた人々の生活文化を感じます。猫が似合う街としても有名ですが、この日は猫には出会いませんでした。それにしても、「観音通り」という名称の由来を確かめるのを忘れてしまいました。谷中へ抜けた先は寺町で、どこかの寺院に著名な観音様がいらっしゃるのでしょうか。ここから三浦坂を登ると大名時計博物館などもあるので、散策にはおすすめの通りと言えそうです。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

古い家並みが懐かしさを誘う商店街
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交差する緑多い細い路地
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[№309]八重垣謝恩会

歩いた日 H26.05.10 【文京区】 
 地下鉄千代田線根津駅がある根津一丁目交差点から不忍通り沿いに日本医大下の千駄木二丁目交差点までで構成されるのがこの商店会です。「八重垣(やえがき)」は旧町名の「八重垣町」によるもので、根津神社の門前町とも言って良い位置をなします。根津神社はつつじの名所。5月連休が見頃だったのに行きそびれてしまったので、その翌週末土曜に参詣を兼ねてこの商店街を歩きました。
 懐かしい街並みで知られる「谷根千」(谷中・根津・千駄木)の一角をなす部分ですが、10年ほど前からの不忍通りの拡幅事業により、通りの印象は大きく変わりました。ビル化した建物が多く、それに伴い店舗構成も変化したようです。私が昔よく入った根津駅近くの蕎麦店もなくなっています。
 全体に小綺麗な印象になってしまいましたが、それでも居並ぶ店舗が個性的で話題性あるものが多く、「谷根千」全体が観光地化している中で、根津神社詣での人たちも含めて賑わいが見られます。提灯を扱う店があったり、根津一丁目交差点付近の東面は奇跡的に古い建物が並んで残されていたりします。ビルの一階ではありますが、「八重垣煎餅」並びの「根津のたいやき」には大勢の人だかりができています。
 一歩裏には戦災を免れた家並みや遊廓の名残でもある細い路地が残り、商店会の範囲からは外れるかもしれませんが、アイスモナカ等で有名な「芋甚」や外国人が多く泊まる旅館「澤の屋」などもあって、手頃な街散策コースとなっています。商店街の生き残りのひとつの方向が「観光化」だと思っているので、ここはある意味でその波に乗れているところとして評価できます。
 さて、「表具」などと書かれた懐かしい建物を見ながら、根津神社に向かいます。1900余年の歴史を持ち日本武尊の創祀とされる古社で、堂々たる鳥居と楼門、そして本殿は不動の存在感、神秘性を示しています。しかしやはりつつじ見物には遅すぎました。ほとんど花は散ってしまっており、つつじ苑の園路も閉ざされています。それでも参詣客は続々と訪れ、私もそれに混じって二礼二拍手一礼。境内では白無垢の花嫁の姿も見られました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

不忍通り沿いの商店街の街並み
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「根津のたいやき」や「八重垣煎餅」の賑わい
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[№308]高輪台商店会

歩いた日 H26.05.07 【港区】 
 平日昼時の移動で、都営浅草線高輪台駅に途中下車。地上に出ると、幅広い国道1号桜田通りがやや向きを変える交差点で、2つある地下鉄出口のうちのひとつは近年できたと思われるオフィスビルに組み込まれています。交番のお巡りさんが目を光らせる前で、商店街らしき風情を探します。
 この商店会はホームページを持っていて、それによるとこの交差点まわりに商店が集積しているはずなのですが、あまり商店街らしい雰囲気は感じません。国道の東面(高輪三丁目)には薬局や中華料理店、西面(白金台二丁目)の交番前後には24時間営業のコンビニのような食品スーパー「CORE」や青果店「ベジブル」があって、かろうじて生活感を見せています。周囲にはオフィスだけでなくマンションや白金のお屋敷なども控えていて、それらの需要があるということでしょう。
 国道沿いの「鮨 子史貴」や「てんぷら天寿」などはどこか孤立している感じですが、それなりに固定客を掴んでいるのでしょう。一方、白金側の裏道に入ると気さくな感じの洋食店や弁当店もありますが、それらも商店会の一員のようです。
 高輪側に渡ると、角には古書の「石黒書店」が悠然と構えていますが、この交差点から東の二本榎通りをつなぐ道沿いがやや商店街らしい様相です。しかしそれでも店舗の連続感は乏しく、少々拍子抜けの感。ただ、オフィス街らしくランチを提供する店はそこそこあって、その中のひとつ「蔵乃家」という蕎麦店に入りました。「20食限定」という「今週のランチ」がまだ残っているというので注文。ロースかつと蕎麦のセットで満足しましたが、隣のテーブルでは近くのオフィス従業員と見られる男女6人グループが談笑していました。
 高輪・白金という土地柄からお洒落な街並みを想像しがちでしたが必ずしもそうでもなく、医院や歯科医院などが多いのもオフィス街らしいパターンで、そういうサービス系も含めて今後も周辺需要に応えていってくれることでしょう。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

国道沿いの鮨店、てんぷら店等
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蕎麦の「蔵乃家」のある通り
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[№307]花栄会(浅草)

歩いた日 H26.05.04 【台東区】 
 ゴールデンウィーク真っ只中にぶらりと浅草に降り立ってみましたが、ものすごい人波です。仲見世をはじめ浅草寺周辺に展開するいくつもの商店街はいずれも大盛況。そんな中でも、「浅草観光.com」が提供する商店街マップを頼りに人波からはずれた商店街を求めて、東武浅草駅の裏手にあたるここに踏み込みました。商店会名の表示は見当たりませんが、住所地名は花川戸一丁目です。
 馬道通り沿いの一部も含まれますが、そこは人の流れが多く、「宇奈とと」などが繁盛しています。この人の流れの多くは西からぶつかる伝法院通り方面からくるもので、その向かいにあたる道に入るとやや落ち着きが見えてきます。古びた建物も混じる中で、中華料理の「ぼたん」や「イシイの甘栗」などが店を開けています。
 東武線のガード下手前から左(北)に分かれる道筋もこの「花栄会」の範囲のようで、そこには「浅草昭和軒」が建物に昭和のホーロー看板をびっしりと貼って営業中です。その並びには「九曜星」というこれまたこだわりのありそうな店。もうひとつの、たくさんの提灯がゲート状に飾られた路地には、「元祖やきかつ桃タロー」がひっそりと店を開けています。ここまでくるとやっと観光の人波から逃れられます。この路地の入口向かいの東武ガード下ではレトロな雰囲気の理髪店が目を引きます。
 浅草駅沿いの道は半ば自転車置き場と化していて、面する店はほとんどなく、「駅裏」の様相です。駅ビルは昨年ごろに「EKIMISE」としてリニューアルされ賑わっていますが、裏まで出てくる人は少ないようです。頭上には、駅に発着する東武電車が直角の急カーブをきしみ音を立てて通過する光景が繰り返されますが、その下でかろうじて喧騒から残された裏町空間といえます。
 しかし、ここにも観光客を乗せた人力車が入り込み、また、旅行会社「クラブツーリズム」のTシャツを着た社員らしきグループが「ここも良さそうだねえ」と言いながら歩いていました。あまり観光化しないで残しておいてほしいなあ、などと思うのは勝手な考えでしょうか。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

ホーロー看板がびっしりの「浅草昭和軒」
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東武ガード下の理髪店など
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[№306]ニュー新橋ビル2階商店会

歩いた日 H26.04.30 【港区】 
 平日の都内移動でどこかに寄り道しながら昼食をと思ったのですが、あいにくの雨模様。で、また新橋駅前のニュー新橋ビルに駆け込みました。毎度おなじみ、洒落っ気のない完全「おやじビル」です。フロアごとに商店会が構成され、飲食店が集中するのは地階と一階ですが、二階にスパゲティの旨い喫茶店があるという情報を思い出し、昇りのエスカレータに乗りました。そして二階。うわっ、いやあ、いつの間にこうなってしまったのでしょう。まるでマッサージ店銀座です。
 中国式整体、指圧、マッサージ等の店が林立し、歩くほどに片言の日本語で誘いの声をかけられます。どれもそれなりにちゃんとした店なのでしょうが、何となく怪しげな雰囲気が漂います。「マッサージいかがですか」の声を振り切って飲食店を探します。
 ネット上の商店街タウン情報では、2階にも十数店の飲食店があることになっているのですが、増殖するマッサージ店の波に押されて数えるほどになってしまったようです。ゲーム店も目立ちます。中央付近にお目当ての喫茶店「ポワ」をみつけましたが、かなり広い区画で、男性の一人~数人連れの客がくつろいでいる様子が通路から丸見えのガラス張りで、少々躊躇して前を行ったり来たり。
 そうこうしているうちにもう一軒の軽食・喫茶店「サンマルコ」を発見。妖艶な雰囲気のマッサージ店とフラメンコスタジオに挟まれた位置ですが、思い切って入店。入ればカレーやスパゲティ、ピラフ等を提供する手頃なランチスポットです。客はおじさんばかりですが、やはり皆くつろいでいます。窓から山手線のホームが見えますが、こちらは時間がゆったり流れています。注文した和風スパゲティは私好みの味で、セットにしたコーヒーも美味でした。
 何か昼間から別世界に足を踏み入れた感じですが、階段を降りればいつもの喧騒。身近なところで異次元化しつつある空間、といったところでしょうか。でもやはり、普通の飲食店などもがんばってほしいな。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

マッサージ店等に囲まれた喫茶店「ポワ」
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健気に営業する軽食・喫茶の「サンマルコ」
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[№305]西が丘銀座商店街

歩いた日 H26.04.26 【北区】 
 北区の商店街マップで、西が丘一丁目の第三岩淵小学校の南側に「西が丘銀座商店街」の表示があるので、小学校北側の「三岩通り商店会」から外れて訪れてみました。このあたりはかなり初期の時代の区画整理地区らしく、碁盤の目状に道路がある住宅地で、マップ上では小学校の南東側にH字型の商店街があるはずで、そのあたりを目指して歩くと商店らしき建物がちらほら見えてきました。
 が、本当にちらほらです。理髪店の「ヤング」、その斜め向かいに「柳川豆腐店」、その先の角に「菅野畳店」があり、その先はまた普通の住宅地です。右を見ると、肉の「松屋」は土曜のせいか営業しておらず、その並びにシャッターを閉ざした店が続きます。全体に寂しさが漂い、営業しているらしきは、歯科医院、鍼灸整骨院とクリーニングの「たけい」といったところ。その先に和洋菓子「はるきパン」が古風な構えで開いているのが一番「店」らしい感じです。
 「埼玉屋酒店」も営業しているかどうかわからず、中華料理の「鈴華」に数人の客が入っているのが救いです。小学校方向に戻ると空き店舗というか廃店舗というべき建物が並んでいたりして、結局それで全てでした。商店街組織が機能しているのかどうかも疑問です。
 「銀座」を名乗る商店街でありながらのこの明らかな衰退ぶりは、昭和に勃興した商店街というひとつの文化の末路を見る思いで、胸が痛みます。ここも、「銀座」の名にふさわしい賑わいを見せていた時期もあるのでしょうが、こういう状況を見ると、商店街の存在の証として記録しておかなければ、という義務感のような思いを強くします。
 この一角に、北区役所の赤羽西地域振興室が置かれ、信金の出張所があるのが、地区の拠点性の名残のように見えます。商業の集積も、地域住民の支持力が低下するとその存立の必然性が失われてしまいます。支持力を維持する決め手が見出せなかった典型を見た思いで、足どり重く「三岩通り」に戻りました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ☆☆☆☆☆

豆腐店、畳店など
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商店街の「中心部」の風景
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[№304]三岩通り商店会

歩いた日 H26.04.26 【北区】 
 「三岩通り」は西が丘一丁目と赤羽西四丁目が接する部分の通りで、この通りに面して「第三岩淵小学校」があるので「三岩」、読み方は「さんいわ」なのだと、現地に来て始めてわかりました。板橋区方面から来て赤羽駅に向かう国際航業バスは、赤羽郷から直進する「トンネル経由」と「西が丘経由」があり、その「西が丘経由」の「西が丘」バス停がこの商店街の西端付近となります。バスは片方向しかなく、赤羽駅からの循環ルートがこれを補っていますが、運行本数は多く、多くの乗客を乗せたバスが連なって通ります。
 しかし、商店街としての賑わいや商店の連続性は乏しく、「らしさ」を感じるのは、バスが曲がっていく西が丘一丁目交差点の手前と、小学校の先で道が細くなる手前の一角くらいです。「三河屋酒店」とその隣の生鮮・惣菜店などは、長く周辺住民の生活と結びついていたのでしょう。歴史を感じる構えの「倉上米店」や洋品の「ファミリーショップむらた」なども生活密着型商店街の空気を良く伝えています。道が細くなって商店街東端となる角で「やきとり」の幟を出している「焼喜多屋」で、小学生らしい女の子が2人、店主と話をしているのも微笑ましく感じました。
 この並びの蕎麦店「尾張屋」で昼食にしようと思ったのですが、近くの「西が丘銀座商店街」を見て戻ってから入ろうとしたら2時を過ぎて暖簾がしまわれていました。残念。でも、バス停方向に戻りながら、精肉・惣菜店「だいます」でコロッケを買えたので、まあ満足です。
 それにしても、丘の上の地形で明るさは感じますが、赤羽駅まで1㎞という立地は商店街機能の維持には厳しい環境なのでしょう。周囲の人口密度は高いはずなので、営業店はそれなりの固定客を掴んではいるのでしょうが、将来は厳しいかもしれません。バス停前も空き店舗で、ボロボロの日除け看板が哀れです。ただ、次々と走り抜けるバスの車窓からは多くの人の目に入っているところなので、何か面白いしかけ、刺激があれば注目されることもあるかも、と淡い期待を持ちつつバスに乗り込みました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

バス停付近の酒店や食料品店など
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歴史ありそうな米店など
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[№303]協栄通り睦会

歩いた日 H26.04.26 【北区】 
 昭和レトロの塊のような「桐ヶ丘中央商店街」の空気に感動を覚えたあと、北区の商店街マップで近くに「協栄通り睦会」という商店街があるはずなのを確認して、善徳寺、大恩寺という立派な寺院等を眺めながらそちらを目指します。ちらほら店舗が見られるところに到達しましたが、商店街の位置確認に手間取り、やっと「協栄通り睦会」の名入りの街路灯が並ぶ通りを発見しました。
 マップでは何本かの通りで構成するように見えますが、街路灯があるのは幅5mほどの1本の道。しかし店舗はまばらで、商店街らしさは希薄です。地図との照合に自信を持てないまま街路灯の下を歩きだしましたが、まもなく、この道が北区と板橋区の境の道であることに気づきました。南に向かって、左は北区赤羽西六丁目、右は板橋区蓮沼町です。
 街路灯の並びは意外と長く200mほど続きますが、その間で明らかに営業している店舗はクリーニング店や電器店、理髪店くらいで、看板はあっても営業しているのかどうかよくわからないものが多いように見えました。このあたりは、かつては周囲に工場等が多くあったところですが、今は住宅地の様相が濃くなり、そうした変化の中で商店街も役割を低下させてしまったというところでしょうか。
 やぶれかけた日除け看板や閉ざされたシャッターが寂しさを助長しています。「食肉専門店」の看板を掲げる建物も道に面しては店舗らしき構えがなく、駐車場の奥に何やらありそうですが覗く勇気はありませんでした。多くの店が後継者不在で衰退してしまった商店街の典型のように見えます。ここまでくると都営三田線の本蓮沼駅まで500mほどの位置になるのですが、人の流れからは取り残されている感じです。
 先ほどの「桐ヶ丘中央商店街」は同じ衰退でも、昭和の哀愁のような香りを放つのを感じるのに対して、ここはそういう香りもなく、寂しさだけが漂います。街路灯が維持できているということは、何かイベントなどを行う組織力は残されているということでしょうか。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ☆☆☆☆☆

寂しさ漂う通り
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夜は営業するのであろうスナックなど
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[№302]桐ヶ丘中央商店街

歩いた日 H26.04.26 【北区】 
 北区の桐ヶ丘や赤羽台の一帯は、かつて陸軍の施設が集中していたところで、この赤羽地区は軍都とも呼ばれました。都営桐ヶ丘団地は、その中の弾薬庫があった広大な敷地に戦後建設されたもので、隣接する赤羽台団地と合わせて都内有数のマンモス団地と言われてきました。この団地も昭和30年前後の建設開始から相当の年月が経過し再生計画が進行中ですが、未だ再生に着手されていない部分の中で、広い幹線道路に面しつつも取り残された残骸のように残る商店街があります。
 先月、板橋区の小豆沢の商店街を訪れた帰りに赤羽駅行きのバスでここを通過した際に車窓に見て、興味をそそられたので早速またやってきたというわけです。赤羽駅からの国際航業バスが頻繁に走り便利なところですが、バス停の名称は「赤羽郷」。無数に並ぶ団地の中層棟のうちバス停向かいのひとつに掲げられた「桐ヶ丘中央商店街」の名称。その下には「桐ヶ丘商業協同組合」の横断幕。これを潜って入ると何十年ものタイムスリップです。
 中央の広場空間を挟んで左右の棟から張り出した古びたアーケードの下に店舗が並びますが、半数以上はシャッターを閉ざし、営業店も昭和そのまま、それも私が子どものころの昭和30~40年代的な光景です。台湾惣菜店、おもちゃ店、洋品店、米店などが主なところです。薄暗い店内で何を扱っているのかよくわからない「寝具店」があったり、何十年も前の幼児向け乗り物遊具がそのまま放置されていたりもします。外側に回ると、中華料理店や喫茶店が営業していてなぜかホッとします。
 バス通りの赤羽駅行き乗り場の前も、大きなアーケードの下が超レトロ空間です。食堂、精肉店、米店、クリーニング店、食料品スーパー、文具店など、どれも昭和風情のままのスタイルです。リサイクル店は店頭に洗濯機がずらり。
 この昭和の遺物のような空間も、団地再生計画の進行とともになくなる運命にあるのでしょうが、きっと輝いていた時代もあったのでしょうから、しっかりと記憶にとどめておきたいものです。昭和レトロを堪能したい方はお早めに。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

古い団地の中に残されたレトロな商業空間
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バス停前の商店の並び
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[№301]宮前商店街

歩いた日 H26.04.23 【品川区】 
 東急大井町線の戸越公園駅から戸越公園中央商店街(とごし公園通り)を抜けて、都道補助26号線を渡った延長上に宮前商店街があります。戸越4丁目と2丁目にまたがり、宮前という住所地名はありませんが、近くにある八幡神社に由来する名と思われます。商店街中ほどには区立宮前小学校もあります。
 駅から離れるだけあって、戸越公園中央商店街と比べて店舗密度は薄く、「古さ」も増し、人通りも少なくなります。それでも、入って間もない右側にスーパー「オオゼキ戸越公園店」があって、生鮮食品等を求める人で賑わっているのが救いです。店の前は自転車がいっぱいです。この隣に児童遊園がありますが、誰も利用者は見られず、こういう空間をもっとうまく活用したいものです。
 350mほどの商店街区間ですが、空き店舗化しているものも多いため、店舗の連続感が乏しくなっています。営業している店舗は古いつくりで「昔からやってます」風のものが多く、懐かしい感じで良いのですが、今後さらに空き店舗が増えそうな気配でもあります。食料品需要はほとんど「オオゼキ」で賄われているようで、鶏肉の「とりしょう」は日除けテントで中が見えない状態です。
 そのほかでは、衣料品店やそば店等が「現役」の香りを漂わせていて、畳店が店を開けているのも頼もしいですが、他は寂しい状況です。そして、ここでも昭和の商業建築を象徴するいわゆる看板建築がちらほら見られます。ただ、それらの多くが空き店舗化しており、いずれはなくなっていくことでしょう。近代的マンションと化した一階にコンビニが入っているのも多少恨めしくも思えます。
 「ラーメン」と暖簾を掲げた「平野屋」で昼食にしました。建物は新しくなっていますが、中身は素朴な中華料理店という感じです。
 商店街区間が終わって宮前坂を下ると交わるのはかの有名な戸越銀座商店街の通りです。このA級商店街の影で宮前商店街の存在感は薄く、埋もれてしまっているかな、というところです。そんなギャップを感じながら、戸越銀座を歩いて都営浅草線戸越駅に向かいました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

スーパー「オオゼキ」の向かいで営業する洋品店
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「古さ」が増す商店街北部の区間
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