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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№230]綾瀬商店街(綾瀬中央銀座・プルミエ通り)

歩いた日 H25.07.20 【足立区】 
 綾瀬駅は、地下鉄千代田線とJR常磐緩行線の境界駅で、駅管理者は東京メトロです。そんなことは余計な話ですが、その綾瀬駅にまた途中下車しました。今回は西口から南西方向へ歩を進めます。足立区商店街マップでは「綾瀬商店街振興組合」というひとつの組織のようですが、この範囲には、「綾瀬中央銀座」と「プルミエ通り」という二つの顔があります。組織を統合したということでしょうか。
 南へ伸びるコミュニティ道路から斜めに分かれるのが「綾瀬中央銀座」の立派な街路灯が並ぶレンガ舗装の道です。ただ、ここに並ぶ店舗は居酒屋系の店が多く、夜の方が賑わいそうで、昼は閑散としています。「お父さんの店」などという居酒屋もありますが当然昼は閉まっています。店主がお父さんなのか、お父さんのお客が集まる店なのか、どちらでしょう。昼型の店としては、「打直し、ふとん仕立」の「よろづや」やクリーニング店等が目につく程度ですが、鮮魚店があるのが救いに見えました。
 ここを抜けてぶつかる南北の道も中央銀座に含まれますが、店舗密度は薄く、ささやかな青果店や寿司店などがかろうじて商店街であることを主張しています。「牛肉のサトー」で今日の間食用にひとつ70円のコロッケを2つ買いました。気さくな感じの店です。
 一方、「プルミエ通り」は、駅近くの信号から線路にほぼ平行して西に向かう通りで、街路灯も全く異なります。「プルミエ」とは、突き当たりにあるマンションの名前であることがわかりました。足立区の公共施設もいくつか併設しているので、行政が関与した複合開発だったのでしょう。ただ、そのマンション住民の生活ニーズを満たす生鮮品などの店はこの通りには見当たらず、やはり飲食店系が多い印象です。駅高架下にスーパーなどがありますからね。
 両通りの駅側の入口近くにある蕎麦店「尾張屋」で昼食にしました。実は、コミュニティ道路沿いの少し先にある「重吉」という蕎麦店の情報を得ていてそこに行こうとしたのですが、「ご飯物終わりました」の表示があり、空腹感が強かったので丼物とのセットがある「尾張屋」を選択したわけです。駅前食堂の風情濃厚な蕎麦店でした。今度また機会を作って「重吉」にも再チャレンジしたいと思います。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

鮮魚店もある「綾瀬中央銀座」
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西側からみた「プルミエ通り」
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[№229]大井光学通り商店街

歩いた日 H25.07.17 【品川区】 
 所用で大井町に行った際に昼食で寄りたい蕎麦店があって、この商店街を歩きました。「光学通り」の名は、ここから西方向の西大井一丁目にある日本光学(ニコン)の工場の存在によります。国鉄民営化と同年の昭和62年に横須賀線西大井駅ができてそちらが最寄駅になりましたが、それまでは大井町駅からのこの通りが工場へのメイン通りであり、今でも「光学通り」と呼ばれています。
 駅から南西方向に伸びる形ですが、途中、拡幅事業がほぼ完成しつつある一本橋通りと交差するところまでがかなり以前から2車線歩道つきであり、その区間で商店街が構成されています。この日はニコン側から駅方向へ歩きましたが、両側歩道に「大井光学通り商店街」と書かれた立派な街路灯が等間隔に続いています。
 駅に向けて緩やかな下り勾配ですが、全体に店舗の密度はそれほど高くありません。ニコンの工場従業者のメイン通勤路だったころはもっと店もあったのでしょうが、今は事務所ビルやマンションが多くなっています。ビル化とともに商業色が薄くなってしまったのでしょう。ただ、そんな中でも、肉の「小和田屋」などは昔ながらの佇まいで営業を続けているのがうれしく思えます。店内では忙しく精肉の仕分け作業が続いていました。
 そそられる寿司店やラーメン店などもありますが、私のお目当ては蕎麦の「大井更科」です。品川区内には探訪したい蕎麦店が多くあり、若手蕎麦店による「品川蕎麦の会」も組織されていて、ここはその先頭に立っているとのことで、味への期待を大にしての訪問です。大井町は何度も歩いていますが、迂闊にもこの店の存在を知ったのは最近のことです。店内は落ち着いた雰囲気。ランチセットは蕎麦と丼物で、とろろご飯と蕎麦のセット(880円也)をいただきました。期待通り、蕎麦は腰があって旨く、ご飯もボリューム満点で満足でした。夜は蕎麦ダイニングバーとなるようです。
 商店街は、駅近くですが少々目立ちにくい位置にあり、背後に住宅地も広がっているのですから、人の流れをもっと呼び込める工夫が何かできないものかと思います。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

ニコン側からの商店街の入口
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飲食店などがある商店街
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[№228]真砂市場(文の郷商店街)

歩いた日 H25.07.13 【文京区】 
 地下鉄都営三田線、大江戸線の春日駅A2出口のすぐ上に文京区の区民センターがあり、その一階にこの真砂市場はあります。「区設真砂小売市場」といって、今では希少となった公設の小売市場です。公設小売市場は、大正期に当時の東京市が市民の生活物資の安定供給のために各地に設置したものだそうですが、今は存在意義が薄れ、残っているものはわずかなようです。
 真砂市場も創設が大正9年という歴史ある市場とのことですが、商業を取り巻く環境変化の中で人の吸引力が相対的に大きく低下してしまったようです。この状況を打開するため、平成18年に周辺店舗を含めて「文の郷商店街振興組合」を設立し、再生への地道な努力が続けられてきたようですが、関連する情報に、文京区議会が真砂市場の平成26年度廃止を決定したとの記録もあり、その真偽はともかく、これは見ておかなければと思い、都内移動の途中回り道をして立ち寄ってみました。
 文京シビックセンター向かいの交差点角という優れた立地ながら非常に地味で目立たない存在です。「真砂市場」の看板はあるものの、入口が一歩奥まったところにあり、足を踏み入れる人はまばらです。近くには後楽園等の喧騒を控えるのに、そうした人の流れから取り残されてしまったような風情です。振興組合には、市場外の「周辺」店舗も含まれるようですが、その範囲は判然としません。
 市場内では、最近店舗の撤退が加速したようで、入口前の案内板では11店舗ほどの名がありますが、入ると営業店は7店程度、しかもそのひとつは信金のATM店舗です。入ってすぐの左右がいきなり空き区画。昔の写真の展示や休憩場所など公共スペースとして使われていますが、空虚な感じです。奥へ進むと、惣菜店がなくなった向かいで鮮魚の「魚寅」が寂しげに営業しています。
 パンの「はと屋」で間食用のパンを購入。「寂しくなったね」と声をかけると、「これから耐震工事が始まるけどまだ大丈夫」とのこと。なんとか新しい道を見いだし、形を変えてでも存続していってほしいと思いました。なお、市場名称である「真砂」は本郷台地の旧町名で、ここに昇る真砂坂は「東富坂」が正式名称のようです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

駅隣接の真砂市場入口
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7店舗が営業中の市場内
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[№227]西小松川商店街

歩いた日 H25.07.06 【江戸川区】 
 今井街道という道をご存じでしょうか。古くから江戸と行徳を結んだルートで「行徳道」とも呼ばれ、浅草から平井に至り、そこから江戸川を渡る今井の渡しまでほぼ直線的に続いていた道です。この街道は、小松川の「四ツ又」で千葉街道(元佐倉道)と交差していましたが、「四ツ又」は大正年間に開削された荒川放水路の敷地に消え、代わりに小松川橋が架けられました。この荒川東岸から今井までは、大正末期に城東電気軌道が開通、その後都電となったものの昭和27年に廃止され、その代替として上野公園と今井を結ぶトロリーバスが昭和43年まで運行されました。
 この商店街があるのはその街道上の荒川東岸に接する部分ですが、小松川橋が堤防改良と合わせて高い位置に代わり、バス路線も京葉交差点経由となってこの区間は置き去りにされた格好です。そういう歴史を持つところだけに、かつての栄華を偲ばせる風情の建物が見られます。どっしりとした構えで建材や金物を扱う「宮萬商店」の向かいには、いかにも「商家」を思わせる建物が残るほか、立派な洋館風の「今井医院」も目を引きます。
 全体に空き店舗化したものが多く、営業店は点在という感じですが、和洋菓子の「風月堂」、食料品の「小松屋」などは風格ある看板建築の並びで、歴史を感じさせます。そんな古風な「風月堂」ではマドレーヌが自慢の商品のようです。その向かいに「Meat Shop UMEDA」の文字を掲げる「梅田商店」があり、覗くとコロッケを販売している様子。コロッケとハムカツを求めると美味しく揚げてくれました。ご主人曰く、「昔は良かったね。トロリーバスが走っていたころはね。小松川橋も高くなっちゃって寂しくなったね」と。通りが華やかだった時代から続いているお店なのでした。
 今井方向へ進むと船堀街道交差点手前で上空に首都高速小松川線が覆い被さりますが、その手前の松江橋の袂に、区による「行徳道」の説明板があります。この橋の下は小松川境川親水公園となっています。歴史ある道筋ですが、元々の道筋は現位置よりもやや南だったとこの説明板に書かれ、城東電車の軌道もこの区間は街道上ではなく南側を通っていたようです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

「風月堂」など古風な看板建築が並ぶ今井街道
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洋館風の「今井医院」の名は街道名から?
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[№226]五分一商店会

歩いた日 H25.07.06 【江戸川区】 
 北区の岩淵水門で隅田川と分かれ、葛西臨海公園の西で東京湾に注ぐ荒川放水路は、首都や近郊の治水を目的に大正2年から昭和5年の17年間の難工事によって開削された巨大な人工河川です。平行する新中川と合わせて幅は700mほどにも及び、この開削により廃村になったところもあるほか、多くの街道も分断され、ルートが変えられたりしました。
 この商店街がある道もかつては千葉街道で、江戸の昔からの「元佐倉道」として多くの旅人が往来し、このすぐ西側に行徳道と交差する「四ツ又」があって、賑わっていたとのことです。しかし、その「四ツ又」は放水路敷となって消え、それに変わる小松川橋も高さの高いものに架け替わって久しく、千葉街道はルートを変えて京葉道路と重なり、この商店街区間は忘れ去られたような形となりました。
 総武線新小岩駅から船堀街道のバスに乗り、江戸川区役所で下車。小岩方面から船堀街道にぶつかる千葉街道(国道14号)の延長上にあたる道を歩きます。すぐに八蔵橋ですが、その下は小松川境川親水公園。緑豊かな水辺空間が作られています。ここに「元佐倉道」を解説する区の案内板があります。
 かつて国道だった時代もあるだけに2車線の幅員を持つ直線道路ですが、交通量は少なめ。しばらく商店はほとんどなく、まもなく「五分一橋」の跡が現れ、ここにも区の案内板があります。昭和57年に川は埋め立てられたものの、「五分一」の名が通り名や商店街名に残っているというわけです。
 ここから放水路にぶつかるまでの区間が商店街のようですが、やはり寂しい感じです。五分一橋の信号角の蕎麦店「ゆたか」で昼食にしました。昔はもっと店もあったけど、やめちゃったところが多いね、と女将さん。「商店街なのにね」って。
 マンション一階のスーパー「アタック」があるのが救いに見えます。あとは全体に古そうな感じの店が点々とありますが、その中で「ハワイアンフラショップKAIKAI」が目を引きます。その斜め向かいあたりの天ぷら店「天ふじ」も元気に営業中でした。
 そして突き当たりには放水路の高い堤防が壁のように立ちはだかり、上空には首都高速道路が視界を塞ぎます。この先に道が続き、交通の要衝「四ツ又」があったころの風景は想像もできません。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

元千葉街道だが精彩に欠ける感じの商店街
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五分一橋の跡(区教育委員会の説明板がある)
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[№225]雑司が谷弦巻通り商友会

歩いた日 H25.06.29 【豊島区】 
 とても目立たないところにある商店街です。雑司が谷一丁目と二丁目の境をなす道沿いですが、このあたりは広幅員の道路が乏しく、道も曲がりくねり、迷いそうなエリアです。雑司が谷霊園が近いものの、それとの関連も定かではなく、都電の鬼子母神前電停付近から地図を頼りに狭い路地をくねくねとたどってやっとたどり着きました。
 そういう環境なので、直近に大型店舗もなく、古き良き地元密着型の商店街の風情が比較的良く残されています。商店街らしき区間は200mほどで、その中央付近にある「とちぎや伊藤青果店」とその脇の狭い路地沿いにある「いせや食品」等の一角が、昭和の香り濃厚なおすすめポイントです。その前後にある「松屋雑貨店」や小料理の「喜代まる」なども懐かしい風景です。「荒木クリーニング店」の隣の「鮨義」は、昼食を期待しましたがランチタイムが終了した後でした。製造直売の「小倉屋せんべい」は、路地を入った工場で販売しています。
 このレトロ感は、山手線内側にあって貴重だと思うのですが、マンションが立地したり建設工事中の部分もあって、環境変化にどう対応していけるかが興味深いところです。マンション名に「護国寺」とついているのを見て、ここからは文京区の護国寺も近いのだと認識させられました。商店が途切れるあたりから先は文京区との区境となり、日本女子大などがある目白台の領域に接することになります。
 戻って、先ほどの「とちぎや」の向かいにある「アカマルベーカリー」で、この日の間食用に菓子パンをいくつか買いました。気さくな感じで、長く地元に愛されている雰囲気です。
 ところで、雑司が谷界隈では近年、「雑司が谷七福神」巡りが始められたようで、東京で一番新しい七福神だそうです。この商店街の近くには、毘沙門天(清立院)と吉祥天(清土出現所)があるようで、清土出現所とは、雑司ケ谷鬼子母神像が出土したところということです。意外な商店街を発見できたという思いで通りを西に進むと、都電の線路の向こうに、これもまた七福神のひとつの恵比寿神がいらっしゃる大鳥神社の緑が目に飛び込んできました。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

「とちぎや伊藤青果店」などがある一角
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昭和の香り濃厚な路地空間
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[№224]鬼子母神通り商店睦会

歩いた日 H25.06.29 【豊島区】 
 地下鉄副都心線の雑司が谷駅は、ずいぶん深いところに作られており、エスカレーターを乗り継いで出る2つの出口の中間にあるのが都電荒川線の鬼子母神前の電停です。都電の雑司ケ谷電停はこのひとつ北隣で、どうして名称を揃えられなかったのかと思いますが、「が」と「ケ」の違いも興味深いところですね。この鬼子母神前電停で線路を跨ぐ形であるのが鬼子母神通り商店睦会です。
 電停から西へ数十メートルのところで鬼子母神の参道が分かれ、そちらは見事な欅並木と石畳が続きます。しかしその入口前後には、シャッターが閉ざされた空き店舗らしきものが多かったりして、門前町らしい華やかさはありません。鶏肉の「豊島屋」のやきとりが美味しそうですが、それ以外は寂しい雰囲気です。
 電停から東へ向かうと、和菓子の「ときわ木」が唯一門前町らしい風情を感じさせます。道がやや右にカーブすると、やっと商店街らしい光景が現れますが、どの店も鬼子母神とのつながりは薄そうです。懐かしい看板建築の「名取ふとん店」や「キク薬局」などが下町的な佇まいを見せていますが、一方で、「オー・ボン・コワン」というお洒落なフランス料理店にセレブらしきご婦人方が集っていたり、その隣にログハウス調の喫茶店「さむしんぐ」があったり、奥まった和風の構えの「モズカフェ」が賑わっていたりするのが、少々意外な感じです。
 どうやらここは、門前町という名にこだわらず、より幅広い文化の香り漂う街になろうとしているかのようです。確かにこの周囲には学習院や日本女子大などもありますが、雑司が谷七福神巡りなども楽しめるところで、新旧取り混ぜた文化がモザイクのように滲み出した商店街とも言えそうです。
 「睦会」の名のように、新旧なかよくやっていってほしいと思いますが、「鬼子母神通り」らしさも保ってほしいところで、地元の人だけではない参拝者の通行も多くあるのですから、せめて参道入口や電停周辺での鬼子母神を生かした個性的な展開が望まれる・・・と思うのは勝手な考えでしょうか。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

鶏肉「豊島屋」などがある鬼子母神参道入口付近
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新旧取り混ぜた風情の電停東側部分
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[№223]鬼子母神西参道商店街

歩いた日 H25.06.29 【豊島区】 
 鬼子母神とは、インド仏教での鬼女神で、500人の子を持ちながら性格は暴虐で、他人の子を盗んで食べるという悪女でしたが、それを見た釈迦が末子を隠し、悩み悲しんだ鬼子母に対し子を失う父母の思いを教えて戒め、鬼子母はそれにより悔い改め、釈迦に帰依し、安産子育ての神となったものだそうです。鬼子母「神」とはいうものの神社ではなく、雑司ケ谷鬼子母神は近くにある日蓮宗の法明寺というお寺に属するものです。
 鬼子母神西参道商店街は、明治通りからこの鬼子母神に至る100mにも満たない道沿いのほか、明治通り沿いの一部も範囲に含んでいるようですが、明治通りからの入口に商店街名のアーチがかかっています。西参道からのアプローチだと、鬼子母神本堂の裏手から入る形になりますが、お地蔵様がある敷地沿いの道で正面に回ることも可能です。
 この商店街の集客力の中心は、鬼子母神本堂にほど近い「オレンジマートオークラ」というスーパーでしょう。池袋の繁華街が近いものの、このあたりの住民にとっては日常の食材購入の場として重宝されているようです。その斜め向かいにある小さな白い店が「時屋」。ステンドグラスを扱うようです。ちょっと脇に入ったところにある美味しそうな蕎麦店は「和邑」。人気店らしく女性客等で満席でした。
 明治通り沿いは、インド料理店があったりしますが、その向かいに「外口氷室」という氷店が目を引きます。「氷室」というのも懐かしい響きですね。ただ、それ以外はあまり個性的な店は少ないようです。歩道橋から見下ろす明治通りは、やはり幹線道路の貫祿ですが、自動車の流れに混じってサイクリストが疾走していく姿が多く見られました。
 戻って鬼子母神境内に入ると、荘厳な本堂だけでなく、樹齢約700年という大公孫樹(おおいちょう)にも圧倒されます。参拝者が絶えず、本堂からは聞き覚えのある日蓮宗の読経の声が聞こえていました。明治通りから一歩入ったこの周辺は狭い道が多く、静かな住宅地環境が保たれていて、境内の緑とともに清浄な空気が流れているように感じました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

商店街から鬼子母神の寺林をのぞむ
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明治通り沿いの氷店「外口氷室」
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[№222]西馬込商店会(公園通り)

歩いた日 H25.06.22 【大田区】 
 地下鉄都営浅草線西馬込駅がある第二京浜国道(国道1号)の東側、馬込文士村商店街を歩いていたら、第二京浜の向かいに「西馬込商店会『公園通り』」のアーチが目に入りました。国道を渡って、その入口に立つと、アーチの下に「馬込半白胡瓜、馬込太夫三寸人参 発祥の地」と刻まれた立派な石碑があり、そこからなだらかな傾斜を持つ商店街が続いています。
 かつての江戸近郊は、庶民の食を賄う豊穣な農業地帯だったようで、石碑にある胡瓜や人参は江戸野菜として独自のブランドを築いたもののようです。そんな西馬込の地も今は一面の市街地で、この商店街は、向かいの馬込文士村商店会とともに地域の生活を支える軸として形成されてきたのでしょう。
 ただ、現状は、生鮮食品の店がほとんど見当たらず、人が群がるような賑わいは見られません。「サカエヤベーカリー」も少々レトロな風情を醸しています。日常の買物需要は、国道向かいのスーパー「文化堂」などで賄われているのでしょう。一般住宅やマンションとなっている部分もありますが、それでも、クリーニング店や花店などが生活密着型商業をなんとか保っているという印象です。途中で交差する道沿いのお好み焼き店「和」などが興味深いところで、ここも商店街に含まれるようです。
 生花店の先の五叉路から、斜め右に続く道沿いに同じ商店会名を記した街路灯が続いており、大田区商店街情報のホームページ上の紹介文でも「西馬込駅から新幹線高架までのショッピグエリアです」とされていますが、そこから先は商店がほとんど見られません。右側に、少年たちが野球などをしている馬込西公園が現れ、なるほど「公園通り」とはここへ向かう道を意味していたのかと納得しました。でもそうであれば、もう少し「公園通り」らしい演出の頑張りがほしいところです。
 第一京浜側の入口に戻ると、一本南側の道も同じ商店会に含まれるようで、そこに「文士村わらび餅」等の看板を掲げる和菓子店があり、「馬込の月」と「水ようかん」を買い求めました。文士村は国道の向こうが主ではないかと尋ねると、向こうの馬込文士村商店会で見た「わたなべ」の支店だそうな。外へ出て店名を見ると確かに「わたなべ」でした。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

賑わいが乏しい「公園通り」の商店街
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商店街入口にある江戸野菜発祥の地の石碑
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[№221]馬込文士村商店会

歩いた日 H25.06.22 【大田区】 
 地下鉄都営浅草線はしばしば利用しますが、南側の終点である西馬込まで行くことはめったにありません。で、土曜の昼間、都心での所用の後の空き時間を使って行ってみました。西馬込駅の上は第二京浜国道(国道1号)で、その東側一帯に位置するのがこの「馬込文士村商店会」です。
 「文士村」とは、大正から昭和初期のころ、この馬込から大森山王にかけての一帯に、北原白秋や室生犀星、石坂洋次郎をはじめ多くの文士や芸術家が住んでいたことからそう呼ばれるようになったもので、必ずしもこの商店街区域だけの専売特許ではないのですが、その一角というわけで、何らかの文学的香り漂う商店街の雰囲気を期待しての訪問です。
 駅南口出口の脇のスーパーが「文化堂」というのも何か意味ありげですが、そこから入る道沿いはあまり商業的雰囲気がありません。もうひとつ北側の道沿いに商店の集積がありますが、繁華というほどではありません。和菓子の「わたなべ」には、「馬込文士村わらび餅」などと記した看板が出されていますが、今回歩いた中で「文士村」オーラを感じた店舗はここだけでした。
 さらにもうひとつ北側の道にも商店が貼りついていますが、やはりあまり活気や文学の香りは感じません。「夢告観音」が通りを見守っていますが、文士との関わりはなさそうです。そこを進んだ先に東急ストアがあり、日常消費需要は文化堂とこの東急ストアに吸収されてしまっている様相です。
 全体に、空き店舗や一般住宅も目立ち、パンチに欠ける印象です。東急ストアの向かいで青果の「フレッシュてらおか」が元気に客を集めているのが救いに見えます。飲食店が意外に少なく、真ん中の通りのとんかつ「多久満」で昼食にしました。
 緩やかな起伏のある地形上のエリアで、散策には手頃なのですが、せっかく文士村の名を冠した商店街なので、名前に見合った特徴づけがもう少し何かできないものかと思います。範囲を広げて歩けばいろいろと見どころはありそうですが、ここでの気合がほしいところです。「清流館小笹道場」という剣道の道場もあるのですから。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

和菓子の「わたなべ」などがある通り
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夢告観音が通りを見守る
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