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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№220]千駄木二丁目商店街

歩いた日 H25.06.15 【文京区】 
 地下鉄千代田線千駄木駅出口のある団子坂下交差点から南へ、日本医大へ昇る道が分かれる千駄木二丁目交差点あたりまでの不忍通り沿いを範囲とする商店街です。谷中、根津、千駄木界隈(通称「谷根千」)は、外国人を含め下町散策の観光客が多く訪れますが、千駄木駅周辺では、北のよみせ通り周辺や、和紙・千代紙の「いせ辰」から谷中方面へ昇る三崎坂等が賑わいの中心で、この商店街区間の喧騒は週末でもそれほど激しくはないようです。
 不忍通りは南の方から拡幅が進み、この区間も部分的にセットバックしたビルになって街並みが不統一で、古き良き風情を感じにくくなっています。建て替えされていない部分は歩道が狭く、あまり快適な環境とは言えませんが、それでも、沿道の店舗は下町らしさを感じさせるものが多く、昔ながらの青果店が残っていたりします。
 「漬物」と大書した看板の下に暖簾を掲げる漬物店に思わず足を止めてみたり、脇へ入る路地を覗いたりしながら歩くのもまた楽し。近代的なビルになってもその一階で「黄金たいやき」の看板を出してつつましく営業している店で、この日の間食用にひとつ120円のたい焼きを2つ買いました。
 ところで、この商店街中ほどの信号の標記は「汐見小前」です。ここから西に入ったところに汐見小学校がありますが、この校名といい、団子坂上にあった森鴎外の旧居「観潮楼」(現在はその跡地に文京区立森鴎外記念館が建つ)といい、かつてはこのあたりからも海が望めたとは信じがたいですね。また、この商店街から東へ100mほどの位置に並行する藍染川を暗渠にした道は、川の流れそのままにくねくねと左右に曲がり、「へび道」と呼ばれています。
 「千駄木」の地名は、この地がかつて雑木林で、一日に千駄の薪を伐り出したことや、太田道灌が植えた栴檀(せんだん)の木が多かったこと等に由来すると、千駄木二丁目交差点の区の案内板に記されています。ここから南は根津の領域となり、「八重垣謝恩会」の商店街も続いているのですが、この日は千駄木駅に戻りました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

思わず足を止める漬物店
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「黄金たいやき」の店
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[№219]飯塚商栄会

歩いた日 H25.06.15 【葛飾区】 
 以前、金町駅周辺を歩いた時に、駅北口から出る南水元循環バス「アイリスループ」の経由地表示に「飯塚商店街」の名があるのを見て、いつか行ってみようと思っていましたが、梅雨の晴れ間の土曜日に訪ねることができました。商店街名がバス停名になる例はあまり見かけないので、その意味でも興味深いところです。飯塚とは旧地名のようですね。
 南水元地区は駅から1㎞前後離れていて、この地区を15分おきに巡回する「アイリスループ」のカラフルなバスは地元の足として定着しているようです。南水元の南に接する新宿(にいじゅく)六丁目には、以前は広大な三菱製紙中川工場がありましたが、工場閉鎖に伴い区画整理され、その一部にこの春、東京理科大学葛飾キャンパスが開校し、景観が一変したのが常磐線の車窓からもよくわかります。
 バス車窓に理科大の真新しいキャンパスを見ながら進むと、5つ目の停留所が「飯塚商店街」です。この前後200mほどの区間に商店の集積があり、中ほどの「スーパーシマムラ」のほか、青果店や鮮魚店、焼き鳥店、懐かしい食品マーケット風の店などが、生活密着度の高さを物語っています。「うどんそば 造って売る店」という看板も良いですね。
 ところで、テクノプラザかつしかの商店街紹介地図ではさらに北方向に300mほど商店街区間が伸び、確かに同じ街路灯が続いているのですが、その部分に商店は非常に少なく、正面に葛飾清掃工場の巨大煙突がそそり立っているのが異様に見えます。
 再び南に戻って、定食店の「ミトヤ」で昼食にしました。店内に茨城県の地図が貼ってあるので聞いてみたら、やはり水戸のご出身だとか。店主さんによると、30年くらい前はこの商店街も「一世を風靡していた」とのこと。隣の路地にはアーケードもあったそうです。今は高齢者の住民が多くなり、周囲の都営住宅等にも若い人が少ないそうで、理科大の立地にもあまり期待はできないようです。ただ、この周囲には「呑み屋が多い」とのことで、住民の夜の憩いの場は充実していそうですね。
 「かねふじ」のひとつ30円のコロッケも魅力的でしたが、ミトヤで満腹になったのでぐっとこらえ、「アイリスループ」で駅に戻りました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

生活密着の店が多い商店街
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懐かしい食品マーケット風の店もある路地
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[№218]南千住六丁目本町会商店会

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 荒川区の荒川と南千住にまたがる「間道商興会」の通り(千住間道)を歩いていたら、荒川総合スポーツセンターのやや西側から北方向に入る道に商店がいくつかあるのが見えました。ここが荒川区のマップに記載の「南千住六丁目本町会商店会」のはずで、足を踏み入れてみると・・・、入ってすぐの「手造りお弁当とおそうざい」の「しまこう」の赤い看板が目立ちますが、その先のまっすぐな通りに店舗はまばらです。
 昭和の風情の自転車店や関口米店、前面を「よしず」で覆った不思議な店などが目立つところで、他は閉業してしまった店舗が多く、商店街としての体裁も失ってしまったように見えます。しかし、この通りよりもむしろ、途中で左に入る2本ほどの道に商店がいくつか見られ、特にその2つ目を入ると、何ともレトロな雰囲気の一角を発見しました。
 懐かしい構えの酒店の先に、時代劇でも通用しそうな「きそば」の看板の「甲州屋」、昭和の香りぷんぷんの「大塩米店」、「ミニコンビニエンス」と称しながらすばらしく年季の入った構えの「うおかん」など、ちょっとしたタイムスリップ気分です。6月なのに真夏のような日差しの下を歩いてきた甲斐があったというものです。ここが人で溢れていた時代もあったのでしょうね。
 ところで、この日は素盞雄神社の天王祭で氏子まつりの日。素盞雄神社は平安時代の創建とされ、スサノオ大神、アスカ大神を祭神とする由緒ある神社で、日光街道の千住大橋近くにありますが、その氏子区域は南千住から三河島、町屋までとかなり広いようです。各町内で神輿が練り歩いており、この商店街付近でもその姿が見られ、威勢のよい掛け声が響いていました。
 下町っ子のエネルギー健在という感じですが、商業エネルギーの維持は難しいようです。素盞雄神社の近くにはスーパー「ライフ」があり、A級商店街の「ジョイフル三の輪」も近く、鉄道駅からも離れた立地ではやむを得ないところでしょうか。でも、レトロ感を味わいたい方には穴場的な魅力スポットと言えるかもしれません。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

千住間道側からみた直線の通り
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タイムスリップ感を味わえる一角
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[№217]間道商興会

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 都電荒川線の荒川区役所前電停で交差して、南千住方向に向かう通りが千住間道です。なぜ「間道」なのか、その謂れはいろいろ調べてもよくわかりません。日光街道の最初の宿場であった千住宿との関わりの歴史を持つ道なのでしょう。この通り上の電停踏切から荒川総合スポーツセンター手前までの区間で「間道商興会」が構成されています。
 かつては曲がりくねった道だったそうですが、きれいに拡幅され、明るい雰囲気の道になっています。電線類が地中化され、すっきりした景観になっていることも、明るさを引き立てています。しかし、道路整備と裏腹に商業的賑わいは薄れてしまったのでしょうか、各店舗の活気がいまひとつ感じられません。ちょうど素盞雄神社の天王祭氏子まつりの日で、各町内の神輿が練り歩いたりしているのですが、それを盛り上げる商店のエネルギーが目立たず、少々残念です。
 ここは実は、あのA級商店街の「ジョイフル三の輪」が間近の位置なので、商業面ではその力に圧倒されてしまっているのかな。
 商店は、道路の北面の方が多く、南面にはNTTの施設やマンションがあったりします。店舗の看板を眺めて歩くと、まず目に入るのが「三河島歯科医院」。「三河島」の地名は今は消えていますが、かなり広い範囲をカバーしていたのですね。そして、鮮魚の「魚松」の先に「奥様公認の店 森島屋」の看板。大衆居酒屋のようですが、昼間なのでひっそりしています。おそらく夜は町内の殿方たちが奥様公認で呑み交わす溜まり場になっているのでしょう。
 「みどり寿司」や「金子米店」などの看板を眺めながら歩くと、やがて荒川総合スポーツセンターが見えてきます。この敷地は、かつて「東京スタジアム」があったところです。昭和37年に竣工、昭和47年に閉鎖、52年に解体という短い歴史でしたが、現在の千葉ロッテマリーンズの前身である毎日大映オリオンズ(大毎)が本拠地とし、「東京球場」の名でも親しまれたとのことです。現状からは全く想像できませんが、この歩道上に真新しい「千住間道」の道標が置かれ、人々を導いています。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

「奥様公認の店」などがある明るい通り
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商業的精彩にやや欠ける雰囲気の商店街
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[№216]荒川区役所前通りエビス会

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 荒川区役所、荒川区民会館(サンパール荒川)、荒川警察署、荒川消防署、荒川郵便局、荒川公園など、荒川区の中核的施設に接する、4車線の明治通り沿いの商店会です。歩道はしっかりと整備されていますが、これだけの公共施設に囲まれているものの商業的な賑わいは残念ながらあまり感じません。幹線道路の自動車通行量に圧倒されて、歩いて買物という環境には馴染まないということでしょうか。庶民の台所と呼ぶに相応しい活気ある荒川仲通り商店街を見てきた直後だけに、特にそのギャップが寂しく思えます。
 全体に新開地的様相ですが、それでも周辺施設の関係者や区民会館のお客さんの需要に応えているであろう庶民的飲食店がいくつか立地しています。蕎麦の「ますや」や中華料理「ハルピン」などの看板には惹かれますが、この日は昼食を荒川仲通り商店街で済ましてきた後なので、味わうことはできません。区役所の門前の位置にある創業明治43年の和菓子「松月堂」は、区のパンフレットによれば「荒川マイスターの店」のひとつだそうで、それにしては慎ましく営業しています。
 公共施設や公園のほか、新しいマンションなどが道路沿いに立地するため、商店街の連続性が阻害されるのもやむを得ないところなのでしょうが、そんな通りで、建物の間に挟まった位置に文化財が2つひっそりとあります。気付かずに通りすぎてしまいそうですが、ひとつは荒川消防署の隣に佇む元文5年(1740年)建立という「地蔵堀の石地蔵」、もうひとつは松月堂の向かいあたりにある三峰神社境内の「袈裟塚耳無不動」です。耳無不動は、仙光院住職第九世光慧(こうえ)の建立だそうで、光慧と吉原の遊女との波乱に満ちた悲劇的情愛物語が地域に伝わっていると、区教育委員会の案内板で説明されています。袈裟塚の上の不動明王は左耳が無く、耳の病などにご利益があるとのことです。
 そして、通り北面の消防署左隣の古びた木造の建物は何でしょう。かつては何かの店だったのでしょうが、これもまた文化財風の一種異様な姿です。消防署の隣だから火事には安心でしょうがね。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

飲食店などがある幹線道路沿いの商店街
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袈裟塚耳無不動
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[№215]荒川仲町通り商店街

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 常磐線にはよく乗りますが、いつもは無視するように通過する三河島駅で下車。長いホームの端から階段を降りて小さな改札を出ると尾竹橋通りです。このあたりは、韓国料理、韓国食材等の店が多いことで知られます。尾竹橋通り上にも商店会が構成されていますが、今回は少し北に進んだところから右の小道に入ります。するとすぐに、荒川仲町通りの街路灯が目に入ります。
 青果の「フクダヤ」の角からまっすぐ東へ伸びる幅3~4m程の商店街で、目立たないところにありながら下町の活気を感じる賑やかな商店街が500mほど続きます。青果、精肉、鮮魚など生鮮品の専門店がそれぞれ複数あって、庶民の台所として十分に機能しているようです。西側の端近くに「喜楽湯」という銭湯があるのもうれしいですね。ところどころに韓国系の店が混じるのも土地柄でしょうが、見事に商店街の空気に馴染んでいます。
 建物はいずれも小規模で、個人商店の集合体の典型の様相であり、昭和色を強く感じる店もあったり一部に空き店舗も混じりますが、全体に衰退感はなく、現役バリバリの商店街という感じで頼もしく見えます。街路灯に下がるフラグに「土曜特売」の文字があり、ちょうど訪れたのが土曜日だったのでラッキーです。各店にお得意様が大勢いるのでしょうが、年配者だけでなく、若い人たちも普通に歩き、あるいは自転車で店に立ち寄る姿が見られます。「商店街はこうでなきゃ」という感じ。
 中ほどにスーパーの「グルメシティ」がありますが、商店街の一員として溶け込んでいて、その真向かいで野菜・果物の「千葉屋商店」が元気に売り声をあげてお客を集めているのも立派です。
 蕎麦の「松栄庵」で昼食にしました。いかにも下町の蕎麦屋という風情の店。その向かいの創業明治40年という和菓子店「伊勢屋」では「あら坊どら焼き」「あらみぃどら焼き」を買いました。「あら坊」「あらみぃ」は荒川区のシンボルキャラクターですね。さらに、精肉店「金子屋」でコロッケを二つ購入。土曜のサービスで1つ50円。ほのぼのと幸せ気分になりました。
 この日はこの一帯が素盞雄神社の「天王祭」の氏子祭りの日で、お囃子が流れ、子ども神輿が練り歩いていました。素盞雄神社は南千住六丁目にありますが、氏子区域がかなり広いようです。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★★★
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

庶民の台所としての活気を感じる商店街
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蕎麦の「松栄庵」と向かいの和菓子「伊勢屋」
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[№214]桜新道共栄会

歩いた日 H25.06.05 【品川区】 
 品川区南大井地区で、南北方向に数百メートルの間隔で並走するJR東海道線と京浜急行線の中間を南北に貫く道が桜新道です。大正2年に耕地整理が終わった水田の中に作られた一本道だそうで、地元で桜を植えたのが名の由来とか。ここに商店が建ち並び、かつてはかなり賑わったようです。
 この通りの南半分は拡幅されて桜並木となり、そちらには「桜新道商盛会」がありますが、北側の狭いままの区間にある店舗が「桜新道共栄会」を構成しているようで、今回はそちらを往復しました。狭いままの道ではさすがに桜並木はありませんが、中間で面する浜川公園には桜が植えられています。
 北端の立会川の橋の近くは時折通るのですが、彩り豊かだった青果店も元気がなくなっているように見えます。その向かいの「喜久屋カレー店」で昼食のつもりでしたが、なんと閉店の貼り紙が。以前一度だけ入り、老婦人が気配りよく応対していた記憶がありますが、これは残念です。
 南に進むと、スーパー文化堂の前後にいくつかの店が並び、そのあたりがこの商店街の中心と言えそうです。その中の一軒が「夢商店」。何の店かと覗いてみると駄菓子店です。駄菓子を通じて子どもに夢を与えるということなのでしょう。そのネーミングに拍手です。
 浜川小学校、浜川公園の前後あたりは空き店舗もあって商業色は薄らぎますが、営業店が点在、という感じで続きます。古い建物のままの店も多く、かつての栄華を偲ばせます。道が広がる南端部の角には「水織音の里」という陶器店があり「京のうつわ」の文字が興味を引きます。
 その近くの「とん馬」という店で昼食にしました。夜は居酒屋なのでしょうが昼は定食店です。12時台の店内はほぼ満席。地元住民や近隣サラリーマンたちに愛されてきた店なのでしょう。メンチカツとまぐろぶつの定食をいただきましたが、ボリュームもあって満足できました。
 延長500mほどの商店街で往復約1㎞。北端付近に戻って京急立会川駅に向かいますが、その立会川沿いの道もこの商店会の範囲のようです。ポツポツと店があり、一歩入ったところに蕎麦店などもあったりして、それらを通じて同じ街路灯が続いています。全体に、鉄道駅に直接接していないせいか衰退感は否めませんが、地域密着型の親しめる商店街で、その風情を保ち続けてほしいと思います。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

「喜久屋カレー店」が閉店してしまった北端付近
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駄菓子の「夢商店」やスーパー文化堂など
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[№213]雷門田原商店会

歩いた日 H25.06.02 【台東区】 
 浅草の繁華街の西の縁をなすのが国際通りで、雷門通りがこの国際通りとぶつかる雷門一丁目交差点手前(南面)から国際通り上を南へ、浅草通りとの交差点(寿四丁目)までの東面の区間で、雷門田原商店会が構成されています。寿四丁目交差点の下には地下鉄銀座線の田原町駅があり、浅草の南西側の玄関口ということもできます。
 都営バスの路線で「浅草寿町」を始終点とするものが多く、そのバス停が路上にあるため、バスが路上で時間調整している光景もよく見られます。ただ、寿町は浅草通りを挟んだ向かい側で、この商店会はすべて雷門一丁目に属します。
 国際通りの西面は国際通り商店会第1部という別の組織となっており、浅草は全体に商店街組織が細分化されていて、それぞれに個性を競っているのが好ましく思えます。国際通り上では、8つの商店会が連合会組織を作っているようで、それもまた頼もしいですね。
 平成17年に国際通り下につくばエクスプレスの浅草駅ができてから国際通りの人通りも増えたようで、浅草田原商店会にはかつてはアーケードもあったものが、カラー舗装や街路灯再整備とともに撤去され、明るい雰囲気になっています。アーケードの代わりに青いテント状の可動式の庇を備えているのがユニークです。
 さて、ここで一番目立つのは、雷門一丁目交差点角の「岡田屋布施」という店。太鼓や神輿、仏壇などの専門店ということで、店頭にはたくさんの太鼓が並べられています。いかにも浅草らしい風景で、この通り全体を特徴づけていると言っても良いでしょう。その隣は「鮹松月菓子舗」で、「鮹もなか」が名物のようです。蛸ではなく魚偏の「鮹」なのですね。そんな個性が満載の通りを歩いて、田原町駅から地下鉄に乗りました。
 しかし今、この商店街名にもなっている「田原町」の地名は消えてしまっています。商店会名としてずっと継承していってほしいものです。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

店頭に太鼓が多数並ぶ「岡田屋布施」
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明るい雰囲気の歩道
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[№212]浅草ふれあい通り会

歩いた日 H25.06.02 【台東区】 
 日曜日の浅草は、相変わらず大変な賑わいです。間近に東京スカイツリーができてからさらに一段と賑わいを増したようで、雷門周辺や仲見世、新仲見世などは人波をかき分けて歩くようです。そんな浅草で、このふれあい通りのあたりは観光客の喧騒も比較的少なく、古き良き雰囲気をそれなりに保っていると言えるのではないでしょうか。
 東西方向の新仲見世の西の端の一歩南に並行し、たぬき通りの延長線上、国際通りとすしや通りを結ぶ位置にあって、すしや通りはそのまますぐ六区ブロードウェイに連なるので、かつては大物芸能人が立ち寄り、「浅草を見つめてきた人々が今もなおその浅草の心を愛しみながら営んでいる通り」と商店会HPに紹介されています。
 確かに、観光客受けしそうな華やかさは少なく、くすんだ昭和調の看板の中華料理店や、やはり昭和風情の喫茶店「アロマ」など、我が道を行くという気概を感じさせる風景が見られます。ホームページによると構成店は14店ほどで、それにはスロット店やパーキング、葬儀社、ROXの分館(2G)や、大物の名も刻んできたであろう印章店「浅草ハヤシ」なども含まれています。
 小料理・季節料理の「金野屋」から割烹着姿の女将さんと思しき方が出てきたり、南に入る路地を除くと「蛇骨湯」という銭湯が見えたりします。「蛇骨湯」は江戸時代から続く歴史ある銭湯だそうで、やはりこの商店会の一員です。そして、レストランバー「ねも」は浅草で一番古いバーということで、そこにはどんな客層が集まるのでしょうか。
 その向かいの蕎麦店は最近開店したものらしく、これまたしっとりとした佇まいです。一人でぶらっと入るには気が引ける雰囲気で、いつか誰かを誘ってゆったりと味わいたいものです。目立たないながらもさりげなく名店が佇み、「派手さはございませんが、時代が置き忘れた何かを未だに大切にしている、そんな人々が営む通りです」とホームページに解説されるとおりの空気を感じる通りです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

時代に翻弄されない風情の通り
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歴史ある名店がさりげなく佇む
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[№211]日本橋三丁目西町会・商店会連合会

歩いた日 H25.05.27 【中央区】 
 都心のど真ん中にあって、町内会と商店会を足したような奇妙な名の組織ですが、この名称でちゃんと中央区商連に加盟しています。区商連ホームページ上の紹介文では、昭和25年に「日本橋通三丁目町会」として発足したものが、その後町名変更に合わせて「日本橋三丁目西町会」に名を変え、さらに地域活性化を目指して商店会組織を立ち上げて、平成21年に区商連に加盟した、という経緯が述べられています。
 日本橋三丁目は、八重洲通り、八重洲仲通り、さくら通り、昭和通りで囲まれたエリアですが、この「連合会」の範囲はこのうち昭和通り沿いを除く部分で、「西」がついていますが三丁目の8割方を占めるようです。都心の中心軸をなす中央通りが真ん中を貫きますが、それと交差する通りはいずれも幅6~8m程度で、ビルの影に隠れて目立たない裏通り的印象です。
 これらの通り沿いの商業施設としては、喫茶店などの飲食店のほか、画廊なども散見されます。商店会の東縁をなす通りは「美術骨董通り」ともいうようで、日本橋高島屋にも隣接することから、裏町ながらも価値あるお宝がたくさん潜んでいそうな気配です。ただ、ここと昭和通りの間の街区で大型ビルの建設も進められており、裏町の通りの雰囲気も変わっていきそうです。
 そういえば、昔、中央通り上に「通り三丁目」という都電の電停があって、都電の廃止が進んでいた頃、一時期ここが終点だった記憶があります。当時、子ども心に、ずいぶん乱暴な電停名だなと思っていましたが、なんと、八重洲通り上のバス停名として今も健在でした。「通り三丁目」とは、日本橋通三丁目のことで、この商店会の地区を指す名だったのですね。
 今回は平日の都内移動の途中だったので、お宝探しもせず通り抜けただけでしたが、都心でも一歩裏へ入ればまだまだ好奇心をそそる空間がある、という一例として紹介できると思います。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

画廊などもあるビルの谷間の通り
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飲食店も多い通りが高島屋の裏方面に続く
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[№210]八重洲一丁目商店会

歩いた日 H25.05.27 【中央区】 
 東京駅を八重洲北口に出て、外堀通りを挟んで真正面の位置ですが、人の流れの主軸である広幅員の八重洲通りや高島屋方面に向かうさくら通りではなく、その中間に八重洲仲通り方面に抜ける通りが3本ほどあります。中央区ホームページ上の「ちゅうおうナビ」によれば、このうち2本目目の通り上に「八重洲一丁目商店会」の表示があります。
 中央区商連には未加盟のようで、その実際の範囲や組織実態は判然とせず、「中央区商店街振興プラン」に掲載されている「商店街の位置」図では、同じ通りに「八重洲商店会」と表示されています。名称も不明確なまま、とにかくその通りを歩いてみると、都心の、それも東京駅の目の前なのに中小ビルが混在する裏町的な雰囲気で、幅6m程の一方通行道路には歩道もなく、半分はパーキングメーター付の駐車場と化している状況です。
 この一帯は大規模な再開発事業の対象にならないまま現在に至っているエリアで、各ビルのオーナーからすれば、十分な家賃がとれる場所柄なので無理に再開発して高層化する必要もない、ということなのでしょう。一時期、昭和通り下の都営浅草線から支線を作り東京駅に「接着」させて成田・羽田空港と直結させる構想が語られ、その駅をこのエリア近くの再開発と合わせてつくるという内容でしたが、その構想も、押上~泉岳寺間のバイパス線建設構想に取って代わられ、そこでの「新東京駅」は丸ノ内側に設けるとのことで、当面の再開発の「外圧」はなくなったようです。
 従って、この少々雑然とした裏町的な環境はすぐには変わらないと思われますが、東京駅八重洲口が新たな姿を表しつつある中で、新たな「外圧」が生ずる可能性もあるでしょう。
 現状の利用形態は、飲食店が主体ですが、予備校や貸し会議室の看板なども混じります。小さな路地のような横道もあったりして、東京駅前とは思えない光景も見られます。八重洲仲通りに出たところの角にある「升寿司」のランチメニューに惹かれ、鉄火丼大盛り800円也をいただきました。都心のど真ん中でこういう庶民的な雰囲気に浸れるのはありがたいことです。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

片側が駐車場と化した裏町的な雰囲気の通り
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庶民的価格のランチがある「升寿司」
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