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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№785]本町広小路光友会

■■■・・・ロータリーに面し商業色は薄いが、歴史資産で彩られる
歩いた日 R01.05.11 【埼玉県川口市】 

 江戸時代の日光御成街道は、岩淵から荒川を渡って川口宿(現在の本一商店街)に入り、それを抜けたところで右に折れ、現在の国道122号のラインを辿りますが、その屈折部分、つまり宿場の北端部分は今、本町ロータリーとなっていて、この周辺の店舗で「本町広小路光友会」が構成されています。「日光御成道と川口宿」の説明板がある公園部分から西への環状線通り沿いの一部も、この商店会の範囲のようです。
 とは言っても、店舗の数は非常に少なく、本一商店街入口角の銅板建築の「福田屋洋品店」とそれを挟む位置にある電器店と生花店が、わずかに商業色を醸している程度です。ただ、ロータリー歩道橋の下という目立たない位置ながら「斉藤畳店」が現役営業中で、思わず応援したくなります。
  <本町ロータリーに面した「福田屋洋品店」など>
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  <ロータリー歩道橋下の「斉藤畳店」>
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 このほか、土曜のせいかシャッターを閉ざした薬局があるほか、環状線通りを川口神社前方面に向かうと、セブンイレブンの手前に、各種燃料問屋という「大谷本店」が渋い建物であり、川口市の商店街マップに示されたこの商店会範囲にある店はこれでほぼ全てといったところです。
  <各種燃料問屋「大谷本店」など>
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 この範囲内の環状線通り沿いに緑豊かな旧家の敷地があり、その立派な門の脇に「旧白門通りと旧芝崎平七邸」の説明板があります。芝崎平七氏が自邸の離れを校舎に提供し、これが川口市域最初の小学校(現本町小学校)になったとのこと。洋風の白いアーチ状の門があったため「白門通り」と呼ばれたそうです。さりげなく歴史資産が佇んでいるのですね。
  <「旧白門通り」の記憶を伝える「旧芝崎平七邸」>
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 ロータリーに戻って、商店街からは外れますが北への一方通行路を進むと、突き当たりに錫杖寺という立派な寺院があります。関東八十八ヵ所霊場のひとつで、その歴史ははるか天平時代にまで遡り、御本尊の地蔵菩薩は行基菩薩の作と伝えられるとのこと。徳川歴代将軍による日光社参の際の休息所とされたという由緒と格式ある寺院です。また、門前にある「凱旋橋欄干」は、日露戦争にまつわるこれも歴史資産です。
  <錫杖寺(しゃくじょうじ)>
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  <「凱旋橋欄干」>
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 ここまで来ると埼玉高速鉄道の川口元郷駅が近いのですが、JR川口駅に戻り、駅前で、川口名物という太郎焼を買って帰りました。あんこたっぷりの美味です。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№784]本一商店会

■■■・・・明治大正からの商家建築が残る通りは、歴史ある街道の宿場町
歩いた日 R01.05.11 【埼玉県川口市】 

 本町一丁目だから「本一商店会」なのですが、ここは日光御成街道の川口宿だった通りそのものです。周囲に高層マンション等が増え、宿場町の風情が失われつつあるとの情報を得て、早めに見ておこうと訪ねてきたわけです。
 本町大通りと環状線通りが合流する本町ロータリーの中央の島状の公園内に「日光御成道と川口宿」の説明板があり、それによると天保14(1843)年の川口宿の家数は295軒とあります。川口市はここから始まったというわけです。そのロータリー向かいの「本一」入口角に、いきなり目を引くのが昭和の銅板建築の2軒の並び。うち一軒は「福田屋洋品店」として現役営業中のようです。
  <商店街入口の2軒の銅板建築>
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 ここから南へ、宿場町の通りを辿りますが、確かに歴史的風情は失われつつあるようです。しかし、長い時間の流れを感じさせる古い建物がいくつか見られます。中でも圧巻は、堂々たる大正からの商家建築という「中西日進堂薬局」で、その先の大きな看板で衣料品店と思われる「正木屋」も相当に古そうです。さらにその先、壁面に「蔵」の文字もある建物は、「浜田接骨院」となっていますが、ネット情報によると明治の建築だそうな。
  <堂々たる「中西日進堂薬局」>
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  <「正木屋」などがある並び>
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  <接骨院となっている蔵づくりの建物>
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 やがて道は荒川の堤防に突き当たりますが、その手前右の緑地内に「鎌倉橋の碑」があります。説明板によると、日光御成道は中世の鎌倉街道中道をもとに造られたとのことで、荒川北側の小川に架かっていた橋を「鎌倉橋」と呼び、源義経もここ「小川口」で兵をあらためたとのこと。今、その小川はなく、見上げる高さの堤防上にはなんと中学校が建っています。
  <南端堤防上から見た通り(左角の緑地内に「鎌倉橋の碑」あり>
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 北へ戻る道すがら、本陣の痕跡を探しましたが見当たらず、後で調べると一歩西に入ったところだったようです。また、かつて鋳物産業の中心地だった歴史を忍ばせるレンガ造りの塀の路地や洋館風の屋敷なども散見されます。既に「キューポラ」は全滅状態のようですが、こうした歴史を秘めた街の風景は高層マンションなどに変貌させないでほしい、などと勝手に思うのであります。
 昼食は、ロータリー近くに仲良く並ぶ古風な蕎麦店と洋食店のどちらにしようかと迷いましたが、「洋食フジイ」に入り、本日のランチ(ヒレカツとオムレツ)を食しました。50年以上前から続けている店とのことで、ここにも「昭和」がしっかりと息づいています。
  <「洋食フジイ」や蕎麦店等がある北端付近>
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・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

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[№783]本局前商栄会

■■■・・・宿場の歴史を求める道筋で、鋳物産業の名残の空気にも触れる
歩いた日 R01.05.11 【埼玉県川口市】 

 たまには東京都から一歩はみ出てみようと、京浜東北線で荒川を超えた埼玉県の川口駅に降りました。川口市は、今は人口約60万の中核市ですが、そもそもの始まりは日光御成街道の川口宿であり、駅から南東に1㎞弱離れた本町あたりが相当します。日光御成街道は、徳川将軍が日光東照宮に参るための道として整備され、本郷追分で中山道から分かれ幸手で日光街道に合流するもので、川口宿は荒川を挟んだ岩淵宿との合宿となっていたそうです。
 また、川口はかつて鋳物工業の町として栄え、この本町や隣接の金山町がその中心地だったとのことで、吉永小百合主演の映画「キューポラのある街」で有名になりましたが、今その痕跡は乏しくなり、タワーマンションが林立する光景に変貌しつつあります。こうした失われゆく歴史の名残の光景を訪ね歩くのが今回の主目的です。
  <川口駅前から始まる本町大通り>
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 駅から歩道がきれいに整備された本町大通りを本町ロータリー方向に進みます。この間の通り沿いにも「川口本町共栄会」や「本町四丁目相互会」などが形成され、西友が入る高層ビルの店舗街も「キャメリア商店会」などを構成しているのですが、今回はパス。やがて左手に川口郵便局が見えてきます。向かい手前の三角形の土地に、なんとも楽しい絵が描かれた古めの交番があり、その前後を含めて「本局前商栄会」が始まります。ここからレポートしましょう。
  <文字通り「本局前」の大通り>
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  <可愛い絵入りの交番と蕎麦店など>
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 ただ、この範囲は大通り上の次の信号手前までと短く、目立った商店はありません。ビル一階の帽子カバン店「トラヤ」が目を引く程度ですが、交番裏や郵便局の向かいに入る道沿いも商栄会の範囲で、蕎麦店や「田口鋸店」などの店舗が残ります。さらに入った小道沿いに理髪店が見えたりもします。鋳物工業が栄えた時代は、これらの店が多くの固定客を抱えていたのでしょう。
  <帽子カバン店「トラヤ」など>
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  <「田口鋸店」などがある部分>
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 さらに一歩西へ外れたところに、川口市総鎮守である「川口神社」があります。平安時代創建と伝えられ、将軍家の加護も厚かったところで、荘厳な空気が漂っています。二礼二拍手一拝。境内社のひとつに金山神社があり、これは鋳物産業の守護神とのことで、「祭も盛大を極めた」との記載もあります。神聖な空気に触れたところで、本命の宿場跡の通りに向かいます(→次回記事)。
  <川口神社>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№595]谷塚西口商店会

歩いた日 H29.04.08 【埼玉県草加市】 
 谷塚駅の東口側から西口側に移動しました。線路の高架化や東口再開発の前はこちらが駅前のメイン通りだったのではないでしょうか。高架下からまっすぐ西に続く道に、フラグが下がる「西口商店会」の名入り街路灯が延々と500m近く続きます。これは長いぞ。
 入口角が「長崎屋魚店」というのが良いですね。駅前再開発ビルのスーパー長崎屋は撤退してしまったようですが、長崎屋ここに健在!。いや、違うか(笑)。全体に、駐車場化した部分などもあって店舗の連続性は不十分なものの、古い店舗建築やいかにも昭和という感じの共同店舗建築などが続きます。青果店、精肉店も健在で、生鮮3品が揃うわけです。商店街ホームページを見ると、夏まつりが賑やかに行われるようで、そういう元気があるところがいいじゃないですか。
 20年ほど前の地図帳では、この道に「谷塚小通り」の記載があります。確かに西の突き当たりに谷塚小学校が今もあります。その20年前の地図にはない都市計画道路が中間で横切り信号交差点となっており、そこから西は衰退度が激しい感じ。それでも頑張って営業している店があるのが頼もしいところです。脇道にも、昭和丸出しの共同店舗建築が残るのを見つけたりして、感激ものです。
 さて、線路の際まで戻って、蕎麦処「とよ田」で食事にしました。「磯揚そば」を注文。地元客に愛されている感じの良い店です。
 そして、長崎屋鮮魚店の隣の和菓子店「みなもと」。店頭のお菓子がどれもきれいで美味しそうに見えたので思わず入店し、パックのセットを間食用に購入しました。店構えは古いですが、老齢の女将さんが明るく気さくで、ここで50年営業しているとのこと。和菓子店は他にもあったけれどみんなつぶれちゃったって。最後まで生き残っているのだからすごいじゃないですか。日持ちしないものだし、ご贔屓のお客さんから小さな注文でもあれば応えるから土日も休めないって。それが良い商売の基本ですよね。お客さんと日々接することで気持ちを若く持つことが大事だねって。なんだかうれしい気分になって駅に戻り電車に乗りました。
 西口側の市街地整備の話もあるようですが、こういうしっとりした良さを失わないで欲しいですね。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

駅側入口の鮮魚の「長崎屋魚店」や和菓子の「みなもと」など
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中間の交差点から東を見る
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懐かしい構えの共同店舗など
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人通りが少ない西側の部分
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昭和感満載の共同店舗
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[№594]浅間神社通り(草加市)

歩いた日 H29.04.08 【埼玉県草加市】 
 谷塚駅東口商店街を東へ抜けて突き当たるのは県道49号足立越谷線(日光街道)ですが、突き当たり正面の県道沿いにあるのが富士浅間神社。浅間神社は富士山信仰の象徴で全国に数多くありますが、ここで出会うとは、思わぬ発見でした。祭神はもちろん木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)。ニニギノミコトの妃ですね。本殿は草加市の指定有形文化財という立派な神社です。
 道路から鳥居越しに本殿の写真を撮っていたら、若い女性が石段を昇っていき、本殿前で礼儀正しく二礼二拍手一拝していきました。私もそれに倣って襟を正し、二礼二拍手一拝。市ホームページによると、本殿の随所に美しい宮彫彫刻が配されているとのことですが、迂闊なことにしっかり見てこなかったのが悔やまれます。
 また、「富士浅間神社手洗石」として明治初年の測量で設置された水準点が手洗石に刻まれているとの説明板がありますが、どれのことかよくわかりませんでした。
 本殿裏は広場になっていて、力石などもある浅間庭園が美しく整備され、桜が美しく咲いています。さらに進むと鳥居の先に富士塚があります。高さ3メートルほどで、頂上にあるのが小御獄神社。立入禁止ですが、「瀬崎の富士行及び富士塚」の説明板があり、富士講が健在であることの証です。また、富士塚の右手には瀬崎天神社の真新しい祠があります。このあたりの地名が草加市瀬崎町なので頷けます。
 さて、神社巡りのような記事になってしまいましたが、その南側道路に「浅間神社通り」の表示を2箇所発見。この2つの間に、ほとんどシャッターを閉ざした状態の古い店舗がいくつか並んでいます。商店街と言って良いものかどうか・・・。看板があるのは居酒屋が3軒とクリーニング店が1軒。愁漂う情景です。目の前はパワースポットのはずなのに、これはどうしたことでしょうか。見届けた記録として、咲き誇る桜とともに写真に収めました。
 なお、力士の「遠藤」などが所属する追手風部屋が谷塚駅東口商店街の近くにあるという記事も後で見つけましたが、どうやらこのさらに奥にあるようです。先ほどの「力石」との関係やいかに?
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

東側からみた「浅間神社通り」
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神社の右手、西側からみた通り
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富士浅間神社
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力石がある浅間公園
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富士塚
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[№593]谷塚駅東口商店会イエスロード

歩いた日 H29.04.08 【埼玉県草加市】 
 埼玉県内初レポートは、東武スカイツリーラインで都県境を越えて最初の駅、谷塚を選びました。ただ、駅の東西に商店街があることくらいしか予備知識なく下車。高架化された駅の東側に駅前広場が整備され、いかにも再開発ビルですという中にスーパーのいなげやが入居しています。以前は長崎屋もあったとのことですが・・。
 そして右(南)を見ると「谷塚駅東口商店会」の門型アーチを発見。駅南で交差する道の東西がそれぞれ東口、西口の商店街となっていることを理解しました。成り行き上、東口商店会から散策です。駅近くでは「串やきおでん中華そば まるひら」の黄色い昭和風建物が強烈な印象です。隣の「らーめん珍来」の角から東へ、商店街が続きます。コミュニティ道路風に車道を蛇行させたレンガ舗装の一方通行路で、一部が歯抜けになったり、マンション化していたりしますが、看板建築風の昭和の建物が比較的良く残り、懐かしい印象の商店街です。
 パンや和菓子の「青木堂」がこの商店街の玄関の役を果たす位置にあります。理髪店や「広瀬青果店」などが並ぶ一角は渋くていい感じですね。斜め向かいには自家製草加せんべいの店「滝沢商店」も。歴史ありそうな店です。その向かいはこれまた古い「ふじなみ薬局」があり、その少し先左には「梅幸寿司」や焼き鳥の「多伊夢」などが入る長屋風建築も見られます。その脇の一歩奥まったところに天ぷら店があるのを眺めながら進むと、まもなく日光街道に突き当たり、渡った先には木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)を祀る浅間神社がありますが、これについては次記事で書きます。
 ところで、帰ってから検索すると、「谷塚駅東口YES ROAD商店会」のサイトを見つけました。そのごあいさつ文には、「歴史ある商店街が96年に名前も一新し、明るく楽しい街YESロード“Yatuka, East, Shopping, Road”として生まれ変わりました。」とあります。「キャラクターシンボルマーク」を作ったり、毎年「イエスロードフェステイバル(夕市)」を開催しているなどの情報もありますが、現地では「YES」の文字もキャラクターも気づきませんでした。観察力が足りなかったようで、すみません。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

懐かしい看板建築が並ぶ商店街中央付近
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草加せんべいの店など。そう、ここは草加市
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駅からのアプローチ部分
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西側の線路下から見た商店街
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東の日光街道側の商店街出口
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