FC2ブログ

ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

# プロフィール

ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

# 最新記事

# 累積ご訪問者数

# おたよりはこちらから

皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

名前:
メール:
件名:
本文:

[番外24]駅前レンガ通り商店街(広島)

■■■・・・広島駅近くの道路高架下の大人のたまり場。お好み焼きへゴー!
歩いた日 R02.01.31 【広島市南区】 

 西日本方面に出張で仕事が長引き、急遽広島駅近くに宿をとりました。広島は中国地方随一の大都会で、広島駅は都心部とは離れていますが、駅周辺にもビジネスホテルが多数あります。マツダスタジアムが駅東側に移転してきてからは、駅前の活気もさらに増したようにも見えます。
 広島の市街地は太田川のデルタ地帯の上に形成され、多くの河川が流れる水の都で、とった宿も猿候川を眼前にする位置ですが、駅南北をまたぐ高架道路の脇でもありました。その高架道路の真下、駅前城北通りと川の間が夜の飲食店街となっており、「駅前レンガ通り商店街」と大きく書かれています。周辺には予備校や学習塾なども多いのですが、ここは大人たちのたまり場の様相です。
 焼き鳥等の居酒屋、中華そば店などに混じって「ソーセージマン」などという洋風?居酒屋もあります。
  <高架道路下の「駅前レンガ通り商店街」大看板>
DSC_0181_20200206204837.jpg

  <焼き鳥店などが並ぶ光景>
DSC_0185_20200206204843.jpg

  <「ソーセージマン」など>
DSC_0183_20200206204848.jpg

 さて、宿に荷物を置き、遅めの夕食に一人繰り出すのですが、私のお目当ては大好物の広島お好み焼きです。この商店街を一回り、二回りする中で、お好み焼き店もあるのですが、実はそこには入らず、少しだけ駅前広場側に移動した大きなビルの6階へ。1階がパチンコ店、2階から上は飲食店が多く入居する雑居ビルですが、その6階は広島お好み焼き店をワンフロアに集結させた、その名も「駅前ひろば」です。
 地元の人は街なかのそれぞれ見知った店に行くのでしょうが、よそ者にはこういうところが便利で、観光スポットと言ってもよく、実際、修学旅行の学生団体や外国人の団体も来るそうです。都心部の本通りあたりにもビルひとつ全部お好み焼き店の集合体という「お好み村」があるのですが、ここは駅前という地の利で勝負しています。
 数ある店の中から気に入ったところに入り、店主と会話しながらお好み焼きとビールを楽しみました。これが密かな楽しみです。
 おっと、駅前レンガ通りから話題が外れてしまいました。すみません、そこではどの店にも入らなかったので。翌朝の眼前の川の写真をつけておきます。
  <朝の猿候川の風景>
DSC_0188_20200206205004.jpg

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

スポンサーサイト



 | ホーム | 

[番外24]若松マーケット

■■■・・・飲む「ブラジャー」で話題を集める昭和レトロの駅前飲食街
歩いた日 R01.11.03 【神奈川県横須賀市】 

 三連休の2日目、所要で横須賀に行った際に少々早く着いたので、ここ「若松マーケット」を歩いてみました。京急横須賀中央駅の改札からYデッキ上に出ると、すぐ右側にひと目でそれとわかるアーチがあります。「若松マーケット」の文字の下に加盟店名を記した提灯が並びます。「若松」というのは、このあたり横須賀中央駅前の地名「若松町」に由来します。
  <横須賀中央駅前の巨大アーチ>
DSC02998a.jpg

 どぶ板通りと並んで横須賀を代表する飲み屋街のひとつで、戦後の闇市が発祥です。米軍基地がひとつの大きな産業として比重を占めてきた横須賀で、ここも人で溢れていた時代があったわけですが、経済環境の変遷の中でいつしか客足が遠のき、気がつけばレトロ街の様相が濃くなっていきました。
  <昭和レトロな飲食街>
DSC03010a.jpg

  <メイン通りを東側からみる>
DSC03016a.jpg

 そこで、店主たちが結束して町おこしに取り組み、昭和レトロの町にふさわしい名物を、と誕生したのが「横須賀ブラジャー」です。「ブラジャー」と聞いて変な想像をしてはいけません。ブランデーをジンジャーエールで割ったカクテルです。いろいろと「産みの苦しみ」の秘話があったようですが、店によって微妙に違う味も楽しめるそうです。
 商店街活性化の事例として取り上げられることも多いようですが、実は私はまだこれを味わったことがありません。ですから、こんな記事を書く資格はないのでしょうが、レトロな街並みの記録としてなら許されるでしょう。連休中だし白昼だし、「夜の街」の昼のどことなく白けた風情というのもまた乙なものです。
 足を踏み入れれば、確かに昭和風情の古い建築物が連なり、防火面での問題もありそうですが、バー、スナック、小料理屋や居酒屋などがびっしり並ぶ光景は貴重な昭和遺産とも言えるでしょう。夜になればそれぞれに灯がともり、店ごとにお客どうし、ママとお客などの会話がはずむ場となることでしょう。ぜひ一度、夜訪れて「横須賀ブラジャー」を楽しんでみたいと思います。
  <ポスターも昭和イメージ>
DSC03007a.jpg

  <抜け道になっている路地空間>
DSC03005a.jpg

 駅側の入口付近には諏訪神社があります。地元で「おすわさま」とも親しまれるこの神社は江戸以前の創建で、実は現在の横須賀中心市街地の大半は近代以降の埋め立て地であることから、もともとここは海に接していたことになり、「漁業の守護神として崇敬を聚めた」と神社の説明にあります。そんな神社の門前で、「ブラジャー」とともに時を刻むレトロ飲食街なのです。
  <諏訪神社>
DSC03001a.jpg

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★★

 | ホーム | 

[番外23]一宮町商店街?(千葉県)

■■■・・・改元前日に、上総の国の歴史ある神社の門前商店街を歩く
歩いた日 H31.04.30 【千葉県長生郡一宮町】 

 平成最後の日(4月30日=国民の休日)に、ふと思い立ってJR外房線に乗り、「上総一ノ宮」駅に降り立ちました。外房線はさらに先まで続きますが、総武線や京葉線からの直通快速列車はここが終点。あいにくの雨模様ですが、小さな駅舎から外に出ました。「上総一ノ宮」駅に降りたからには、上総の国の一の宮である玉前(たまさき)神社に詣でないわけにはいきません。神社に向かう道筋には「いちのみや」の表示入りの街路灯が続き、商店街であることを語っています。
 ただ、商店街の名前がわかりません。街路灯の柱の銘板の文字はどれも色褪せて読み取れず、この街路灯の設置主体があるはずですが、検索してもその組織らしい名前が出てきません。というわけで、タイトルを勝手に「一宮町商店街」として「?」をつけました。
  <駅前から玉前神社に続く「商店街」の道>
DSC02027a.jpg

 駅からの道沿いの商店はまばらで、かなり古い建物の店も見られます。駅寄りで相当に年季の入った構えの店は精肉店のようですが、幅広い食品を扱っているようです。同じ道沿いにもうひとつ精肉店があるほか、海産物・落花生の「東金屋」も目を引きます。広い駐車場の奥にどっしり構えるのは「あづま味噌」。脇に煙突が見えます。
  <非常に年季の入った構えの精肉店?>
DSC02010a.jpg

  <あずま味噌>
DSC02012a.jpg

 左にカーブすると正面に玉前神社の鳥居が見えてきますが、その手前で国道128号が横切ります。この国道沿いにも同じ街路灯が並び、こちらの方が商店街の中心のようです。歩けば興味深い店もあるのでしょうが、今回は神社参拝が目的で、雨でもあり、左右を眺めるだけとなりました。
  <国道128号沿いの商店街>
DSC02016a.jpg

 さて、玉前神社です。周囲は寂しいのですが、本殿前まで上ると社務所前に大勢の人だかりができています。見ると、皆さん平成最後の日の御朱印がお目当てのようです。翌日は令和最初の日でまた賑わうのでしょうね。それを横目に、黒漆塗りの権現造りという社殿前に進み、二礼二拍手一礼。神武天皇の母君である玉依姫命を祭神とするこの神社に改元前日に参拝できたことに感謝です。
  <玉前神社(上総の一の宮)>
DSC02019a.jpg

 蔵造りのお休み処もある鳥居前の参道に重厚な構えの和菓子店が二軒ありますが、そのうち、江戸時代創業の「かねきち」で、天皇皇后料陛下献上菓子という「上総の月」と「九十九里最中」を購入しました。商店街も厳しい状況でしょうが、令和の時代も歴史と文化を受け継ぎながら頑張ってほしいと思います。
  <神社前の和菓子店「かねきち」など>
DSC02024a.jpg

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

 | ホーム | 

[番外22]上町商店街(上町銀座商店街・上町商盛会商店街)

■■■・・・かつての輝きが残像化、レトロ化した懐かしきアーケード商店街
歩いた日 H30.11.24 【神奈川県横須賀市】 

 所用があって横須賀を訪れたので、この上町商店街を久しぶりに歩きました。京急横須賀中央駅から南へ向かう平坂(ひらさか)という坂を上った先に続く歴史あるアーケード商店街です。坂の上だから上町(うわまち)なのです。
 この道は県道横須賀三崎線で、昔から衣笠を経て三浦三崎方面へ通ずる「三崎街道」と呼ばれる市内の骨格道路のひとつで、バスも頻繁に走ります。今から40年ほど前まで横須賀市民だった私もそのバスでよく横須賀の繁華街(下町と呼んでいました)へ行き来する際に通過していたところです。なお、平坂側の一部区間は「上町銀座商店街」、その先は「上町商盛会」と組織が分かれているようですが、ここでは一緒に扱います。
  <平坂上の交差点からみた商店街>
DSC01129a.jpg

 すぐ近くに市の文化会館や元国立病院の「うわまち病院」などもあり、かつては税務署もありました。昔はかなり賑わっていた記憶がありますが、最近はシャッターを降ろしたままの店が増え、寂しくなりました。ただ、昔の商業建築がそのままの形で良く残っているものが多く、看板建築あるいは立派な銅板建築が随所に残るすばらしきレトロ商店街と化しています。昔から続く洋品の「柳屋」や「門井仏具店」などは個人的にも懐かしい存在です。
  <懐かしき昭和の商業建築が並ぶ>
DSC01138a.jpg

  <芸術的ともいえる銅板建築の商店>
DSC01139a.jpg

 平成13年に作り替えられた「銅板建築を模した」とされるアーケードも、それほど新しさを感じず、レトロ感を助長する存在となっています。空き店舗を利用してお休み処を設けているなど、商店会もいろいろと努力をしているようです。通りから路地を一歩裏へ入ると、横須賀らしい「谷戸」地形の急斜面に住居がへばりついている風景を見ることができます。
  <栄光の時代の記憶がよみがえる>
DSC01140a.jpg

  <寂しさが募る風景>
DSC01150a.jpg

 初めてではないのに戦前から続くと思われる多くの古典的店舗建築が並ぶ光景に感動しながら、かつ子どもの頃の輝いていた商店街風景を思い起こしながら、バス停3つ分ほど歩き、以前税務署があった手前に残る本当に「古典的」と言える「立花食堂」でオムライスを食しました。戦前からの営業だということで、この店の存在自体が歴史と言えます。
  <超古典的な「立花食堂」>
DSC01158a.jpg

 文化会館入口付近のこれまた古くからの和菓子店「玉屋」に引き込まれるように入り、所用先への土産を兼ねて饅頭などをいくつか求めました。昔の話をすると、「閉めたお店が多いでしょう」、「バスで通過する人は多いのに」と話され、じわっと込み上げてくるものがありました。周囲にも懐かしい商店街がいくつかあり、もっと歩きたかったのですが、時間がなく文化会館前停留所からバスに乗り衣笠方面に向かいました。

・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[番外21]土浦駅前通り商店街

■■■・・・かつての目抜き通りも今はレトロ感が漂い始めるが、個性化に期待
歩いた日 H30.06.22 【茨城県土浦市】 

 中城通り大手町通り、亀城公園などを散策した後、土浦駅に戻る際に通ったのがこの駅前通りです。「中央大通り」と紹介している記事もあり、また、亀城公園に面するので亀城通りとの記載もあります。かつては土浦市の目抜き通りだったと思われます。旧水戸街道であった中城通りとの交差点にある桜橋跡は、明治時代に竣工の煉瓦造りの橋が道路下に埋まっているとのことです。
  <桜橋跡の道標>
DSC002563.jpg

 川口町交差点の上空には高架道路が横切り、その東側の高架下には「MALL505」という3階建ての商店街があります。この高架道路ができたのは昭和60年のつくば科学万博の時なので30年以上前ですが、このモールの今の状況はどうなのでしょうか。時間がなくて寄れなかったのですが、あとでネット検索したら「テクノロジーカフェシンギュラリティ」というのを見つけました。最新テクノロジー体験ができる大人のカフェだそうです。次に来たら寄ってみたいな。
  <高架道路下の「MALL505」>
DSC002593.jpg

 道路環境はきれいに整備されていますが、建物はレトロ感が漂い始めているものが多い感じです。佃煮店がいくつかあります。霞ヶ浦に面する土浦市では、ワカサギ等の佃煮が名物のひとつですね。ただ、高級な贈答品になってしまった感もあり、40年ほど前の記憶ではもっとオープンに安く小魚の佃煮が買えたと思うのですが、少々勝手が違ってしまったようです。私は小女子(こうなご)の佃煮が好きなのですが、今、霞ヶ浦で小女子はどの程度捕れるのでしょうか。
  <佃煮店などが並ぶ商店街>
DSC002613.jpg

  <どことなくレトロ感も感じる街並み>
DSC002653.jpg

 駅に向かって右側の再開発ビルは、最初はヨーカドーだったものが今は市役所。駅前での大型商業施設は成り立たない時代となってしまったということです。商業核を失った駅前商店街が今後、どのような個性を発揮して集客を維持できるか、それが問題です。地方都市の中心市街地活性化の難しさを改めて考えさせられます。
  <ここも佃煮店の「小松屋」(右は市役所)>
DSC002683.jpg

  <駅前ペデストリアンデッキからみた商店街>
DSC002733.jpg

 そういえば、この通り沿いに「レンコンラーメン」の文字を店頭に掲げる中華店「福来軒」がありました。土浦はレンコンの日本一の産地。レンコンカレーも名物にしようとしているようで、そういう動きが頼もしくも見えます。
  <レンコンラーメンの「福来軒」などがあるあたり>
DSC002553.jpg

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[番外20]大手町通りなど

■■■・・・城下町の歴史文化を色濃く伝える寺院などを見ながら亀城公園へ
歩いた日 H30.06.22 【茨城県土浦市】 

 土浦市街地で、今は「歴史の小径」として紹介されている旧水戸街道の宿場町の中心をなした部分の中城通りを通り抜けた西側に、クランク状交差点を介して続くのが大手町通りです。街路灯も異なるので商店街組織は別と思われます。2車線の道幅ですが交通量は多くありません。
  <中城通りから続く大手町通り>
DSC002073.jpg

 こちらには、中城通りのような蔵づくり等の古い商家建物はほとんどないのですが、どことなくしっとりした雰囲気です。両端が城下町らしいクランク状であることもその雰囲気づくりに一役買っているかもしれません。
 和菓子の伊勢屋はここで長い歴史を刻んでいるという風情です。市の観光パンフレットで「土浦で一番古いパン店」と紹介されている「小林パン店」はあいにく閉まっていました。
  <和菓子の「伊勢屋」などがしっとりと営業>
DSC002153.jpg

 ところで、この通りは由緒ある寺院が複数あるのが特徴です。東光寺は、慶長12年開基という古刹で、本堂手前の瑠璃光殿など複数の文化財を持ちます。ユニークな形状の弁財天堂や法堂もあります。また、等覚寺は国指定重要文化財で常陸三古鐘のひとつという銅鐘を持つ、やはり江戸初期から続く寺院です。境内には市指定名木というクロマツもあります。
  <慶長年間開基の東光寺>
DSC002123.jpg

  <等覚寺(右が鐘楼)>
DSC002163.jpg

 西端のクランクを抜けた通りの西端は、昭和60年のつくば科学万博の際に作られた高架道路が上を走る交差点ですが、そこに「土浦城南門跡」の石碑と説明板があります。土浦城跡は今は亀城公園となっていますが、かつての城域はもっと広かったということです。
 その亀城公園に向かいました。途中、大手門の跡あたりには「土浦市立土浦幼稚園」の案内板があります。明治18年創設という歴史を持ち現存する数少ない公立幼稚園ということですが、今は別の幼稚園と統合・移転しているようです。
  <大手門跡付近>
DSC002263.jpg

 亀城公園は、櫓門、西櫓、東櫓や堀が残され、なぜか聖徳太子堂もあって、市のシンボル的空間となっています。高麗門を出てまっすぐ進むと、中城通りの一本裏の通りにぶつかり、ここも歴史の小径の一角として紹介されています。堂々とした蔵が民家の敷地内にあったりします。これを東へ進むと「搦手門跡」の碑もあります。
  <亀城公園>
DSC002423.jpg

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

 | ホーム | 

[番外19]中城通り商店街

■■■・・・宿場町・城下町を感じる「歴史の小径」は貴重な観光スポット
歩いた日 H30.06.22 【茨城県土浦市】 

 土浦市は茨城県南地域の中心都市で、上野から常磐線で1時間程度で行くことができます。この近くの市内での仕事があったので、街歩きをしてみました。旧水戸街道の宿場町が「歴史の小径」として観光ポイントとなっています。この小径と近くの亀城公園を昼時に歩いたので、2回に分けてレポートします。
 土浦市の駅前中心市街地は全国地方都市の例に漏れず空洞化が進行しており、車利用で郊外のイオンモール等に日常買い物ニーズは吸収されているようです。駅前再開発ビルのヨーカドーが撤退した後には市役所が入居、駅ビルも普通の商業ビルとしては成り立たなくなったようで、「PLAY Atre」としてサイクリング拠点のビルに変身中です。県が「つくば霞ヶ浦りんりんロード」を整備したのに合わせその拠点に、ということです。
 駅西口から市役所右の駅前通りを10分ほど歩くと、桜橋跡と道路元標がひっそりと並ぶ交差点にたどり着き、そこから左が「中城通り」です。城下町・宿場町らしい蔵づくりの建物等が残され、活用されていたり、石畳風に歩道が整備されていたりと、観光的演出がなされています。
  <「中城商店街」の北側の入口>
DSC001863.jpg

 ほどなく現れるのが、「土浦まちかど蔵・大徳」と「土浦まちかど蔵・野村」の向かい合い。いずれも江戸時代から続く商家の建物を、街のアンテナショップや観光案内、民俗資料の展示等の場として活用しているものです。喫茶「蔵」では土浦名物「ツェッペリンカレー」が味わえるとのこと。土浦は海軍の予科練基地があったところで、ドイツの大型飛行船ツェッペリン伯号が立ち寄った歴史もあり、それに因むカレーが今や土浦名物のひとつにもなっているというわけです。
  <2つの「まちかど蔵」が向かい合うあたり>
DSC001893.jpg

  <「土浦まちかど蔵・大徳」>
DSC001963.jpg

  <琴平神社と、カレーも味わえる喫茶「蔵」>
DSC001953.jpg

 中程の蕎麦店「吾妻庵総本店」の前で水撒きをしていたご主人と目が合い、そのまま店内に導かれました。もりそば大盛りを注文。地元客と店員の会話も弾む中に観光客らしき姿も見られます。
  <蕎麦店「吾妻庵総本店」>
DSC002013.jpg

 全体に、建物は新旧あるものの概ね宿場町の風情の創出のコンセプトは守られているようです。生活型商店街としての役割は終え、地味ではありますが、観光的には貴重なスポットです。西端でクランク状の交差点を介して大手町の通りに続くのも城下町らしいところですね。
  <大手町に続く南側から見た商店街>
DSC002043.jpg

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★★

 | ホーム | 

[番外18]ジャンジャン横丁(南陽通商店街)

■■■・・・新世界の一角のレトロな横丁で、ここ発祥のミックスジースを飲む
歩いた日 H29.08.22  【大阪市浪速区】 

 通天閣を中央に擁する新世界は、北西端の恵美須町駅からのアプローチが最も便利そうで、私もそちらから来たのですが、繁華街としては通天閣から南側のエリアの方がよりディープで、新世界本通、通天閣南本通、公園本通などの縦横の通りにコテコテの大阪が広がっています。夕方6時前後のそこは、早くも勤め帰りのサラリーマン連れや観光客、夏休みの家族連れなどが入り交じって賑わい、混沌とした雰囲気です。あちこちに幸運の神「ビリケン」の姿が見られ、これぞ新世界です。
 そそり立つ通天閣を背景に、「ソースの二度漬け禁止」の大阪名物串かつなどの店が大繁盛ですが、その日のうちに新幹線で東京に帰る私はのんびり飲んでいるわけにもいかず、その喧騒を通り抜けて、新世界の南東端に近い「ジャンジャン横丁」に足を踏み入れました。
<アーケード入口の表示は「ジャンジャン町」>
DSC082162.jpg

 狭い道幅の両側に飲食店等が連なる南北に180mほどの全蓋型のアーケード街で、「南陽通商店街」が正式名称のようですが、昔は飛田遊廓への抜け道で、店の呼び込みで三味線がジャンジャン鳴っていたのが由来という「ジャンジャン横丁」の名が今もコテコテの空気にぴったりはまっています。全体に昭和レトロの香りが強く漂いますが、そんな中を多くの人が店を覗き込みながら通り抜け、健全な子どもたちも平気で歩いています。
<懐かしい「射的」の店など>
DSC082242.jpg

 懐かしい「射的」の店では若い女性グループが歓声をあげ、ここにもある串かつ店の名は「串かつじゃんじゃん」です。すっぽんの店なども興味深いですね。
<すっぽんの店も並ぶ>
DSC082272.jpg

 ところで、ここに来たのは、「ミックスジュース発祥の地」という事前情報を得ていた喫茶店「千成屋珈琲」がお目当てだったからです。串かつで一杯の時間はなくても、ジュース一杯の時間ならあるというわけで、昭和23年創業というレトロ感濃厚なその店に入りました。「出張で来たの?」「そう」と気さくな会話のあと、良く冷えた素朴な味のジュースで、汗だくの身体が癒されました。
<ミックスジュース発祥の地という「千成屋珈琲」>
DSC082302.jpg

<おまけ=千成屋のミックスジュース>
KIMG0338.jpg

 その後、これぞ大阪という巨大なタコの看板や、世界の大温泉というスパワールドを眺めたりしながら通天閣に戻り、展望台からの大阪の風景を楽しんだ後、商売繁盛の御利益ありという新世界稲荷神社を拝んで、地下鉄の恵美須町駅の階段を降りました。

・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

 | ホーム | 

[番外17]通天閣本通商店街

■■■・・・ここぞ大阪! 外国人観光客と絡みつつ歩き、ミナミのシンボルに昇る
歩いた日 H29.08.22  【大阪市浪速区】 

 日帰り大阪出張で仕事の打合せが夕方終わり、そのまま新幹線ではもったいないので、通天閣に昇ってみようと新世界へやってきました。大阪ミナミのシンボルともいうべき通天閣は、高さ100m余で、間近にそびえる日本一の超高層ビル「アベノハルカス」の1/3でしかないものの、その存在感は圧倒的です。初代は明治45年にできたそうですが、今あるのは昭和31年竣工の二代目。戦前からの庶民的繁華街「新世界」の中央にそそり立っています。
<夕暮れ時の通天閣本通商店街>
DSC081992.jpg

 地下鉄堺筋線の恵美須町駅から地上に出るとそこが「通天閣本通商店街」の入口。正面に通天閣が見える絶好のロケーションなので、外国人観光客を含め多くの人で賑わっています。ここならカメラでパチパチ撮影していても違和感なしですね。大阪市小売商業地図サイトによると、この通りの両側で微妙に商店会組織が違うようでもあるのですが、「新世界」のサイトにある「通天閣本通商店街」の文字に従い、両側を合わせてひとつの商店街と見ることにしましょう。
<日常と非日常が入り交じった混沌とした空間>
DSC082122.jpg

 歩車道分離で両歩道上にアーケードがありますが、車は通らず全体が歩道と認識されます。アーケード下に大阪らしい店が並び、懐かしい昭和の香りもそこかしこに感じられます。串揚げ店や焼肉店、お好み焼き店などなど。駅側入口にほど近いお好み焼き店「スワロー」の手前から右斜めに入る細いアーケード街は「新世界市場」。別組織のようですが、まだ明るい時間なのに多くの店がシャッターを閉ざしているのはどういうわけでしょうか。因みにこの日は火曜日ですが。
<お好み焼き店「スワロー」前>
DSC082052.jpg

<新世界市場>
DSC082042.jpg

 目的が通天閣に昇ることなので、特にどの店に入るわけではなく、スマホで自撮りしながら歩く外国人と絡み合うように右に左に歩きながら進むと、もうそこは通天閣の足元。ここより南側半分の新世界エリアを散策した後に通天閣内に潜入しました。
 一旦地下に降りてエレベータを2階で乗り継いで展望台まで昇る構造ですが、その乗り継ぎフロアーなどで記念写真を撮っての販売や土産物販売のほか色々な遊びの場が用意されていて、商魂のたくましさを見せつけています。それらを振り切って展望台にたどり着き、幸運の守護神「ビリケン」像に触る行列を横目に、黄昏時の四方の大阪風景を眺めました。生駒山から大阪湾まで良く見えます。

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★★★
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★★

 | ホーム | 

[番外16]天神橋一丁目商店街

■■■・・・「天一」のプライドを感じつつ、大阪の喫茶店の空気を味わう
歩いた日 H29.08.22  【大阪市北区】 

 「日本で一番長い商店街」という天神橋筋商店街の最南端を占めるのがこの一丁目商店街です。天六から延々と続くアーケードはこの一丁目の中央付近で途切れます。一番南の端とあってややB級感が漂うようになりますが、そう言っては失礼ですね。こういうところにこそ、奥深い店が潜んでいたりするのかもしれません。二丁目側から南へ進みます。
<二丁目との境から見た「天一」の区間>
DSC081752.jpg

 入口角はやはり大阪らしいお好み焼き店「たから」です。「たこ焼き・明石焼き」の表示に、自分が関西にいることを改めて実感させられます。その上の大看板には「一番街ショッピングセンター」の表示が誇らしげです。その文字の下に店名が大書された蕎麦の「天一更科」はすぐ先で、渋い構えの店ですがやはり貫祿を見せています。
<アーケードの南端部分>
DSC081932.jpg

 呉服の「しまおか」などの先でアーケードが終わりますが、南側から見上げると、アーケード上には「日本一長~い商店街 天神橋1丁目 表参道」の大きな文字。いやあ、プライドを感じますねえ。「たこ焼きジャンボ総本店」から始まるアーケードなしの区間にも、居酒屋「七二八(なにわ)」などユニークな名前の店などが並んでいます。「フクロウの店」には、後で調べると本物のフクロウがいるようですよ。
 アーケードがないと、建物の全景が見られるメリットもあります。かつては料亭か何かだったように見える建物も。アーケード区間にも、見えないながら長い歴史を刻む建物があるのかもしれません。
<アーケードなしの区間の状況>
DSC081912.jpg

 ところで、この「天一」には雰囲気の良さそうな喫茶店が多く目につくのも特徴的です。そのひとつ「珈琲院 豆香(ずこう)」でアイスカフェオレをいただきながら時間調整の休憩としました。隣は手焼きパンの店「トリーゴ」。これもまたそそられますが、このあと仕事なのでこらえます。
<喫茶店などが目立つ商店街>
DSC081842.jpg

 商店街の南の端へ抜けるとそこは、2.6㎞にも及ぶ長い天神橋筋商店街の本当に最南端。そうは感じさせないさりげなさで、大きい通りに合流し、その先は大川を渡る天神橋で、この橋から続く通りであるが故に天神橋筋なのです。この橋の中ほどが、中之島の東の端にあたりますが、ここで出張中の私は仕事モードに切り換えです。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★★☆

 | ホーム | 

[番外15]天神橋二丁目商店街

■■■・・・「お迎え人形」に迎えられる「天二」は大阪天満宮に隣接の門前町
歩いた日 H29.08.22  【大阪市北区】 

 天神橋筋商店街といえば、商都大阪を代表する有名商店街で、一丁目から七丁目まで南北2.6㎞に600店がひしめき合って人を集め、「日本一長い商店街」とアピールしています。だいぶ前に訪れた記憶はあるのですが、今回、大阪への出張仕事の空き時間に再訪してみました。といっても全部歩くほどの時間はなく、真夏の暑い時期でもあり、南側の一丁目と二丁目だけの散策としました。超A級ですが、番外編として記事にします。
 地下鉄南森町駅とJR東西線の大阪天満宮駅の出口があるのは二丁目商店街の真ん中より少し北あたりで、東西に横切るのは地下に鉄道が走る曽根崎通り。これがなんと国道1号なんですね。これを挟む南北の二丁目商店街のアーケード入口上には、この「天2」のシンボルともいうべき「お迎え人形」が目立ちます。天神祭の船渡御で神様を迎える風流人形ですが、いかにも大阪らしい風景です。
<曽根崎通りとの交差部に構える天二の「お迎え人形」>
DSC081672.jpg

 ここから二丁目商店街をまず北へ。ほどなく上から鳥居が延々とぶらさがる三丁目商店街の領域に入りますが、その手前のうどん店「長久」で腹ごしらえ(昼食)としました。温かいうどんで関東とのつゆの違いを実感したいところですが、さすがに汗だくなので冷たいざるうどんにしました。
<明るい雰囲気のアーケード街>
DSC081652.jpg

 引き返して曽根崎通りを渡り「天2」をさらに南へ進むとすぐに、行列のコロッケ店「中村屋」がありますが、このあと仕事なのでさすがにコロッケを買い食いするわけにもいかず、です。他にも「フジオ軒」など思わず足を止めて覗き込みたくなる飲食店がいくつもありますが、それもそのはず、この二丁目区間のすぐ東に大阪天満宮があって、ここは一番の門前町というべきところです。
<南半部分の大阪らしい商店街風景>
DSC081692.jpg

 せっかくなので大阪天満宮へお参りです。平日の昼の境内には人の姿は少なめですが、門前を横切る人たちも足を止めて本殿に向かって一礼していくのが印象的です。菅原道真を祀り長い歴史を誇る、大阪を代表するパワースポットですが、一カ月前だったら天神祭の賑わいを見られたところですね。
<大阪天満宮>
DSC081782.jpg

 「一銭屋本家」は関西では特に定番の「一銭焼き」の店、「ぎんちゃり」は寿司店かと思いきや、自転車店でした。そんな発見や大阪らしさを楽しみながらゆっくりゆっくり歩いて南へ進むと、やがてアーケードが変わって「一番街」との表示もある一丁目商店街の領域に入ります。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

 | ホーム | 

[番外14]三笠ビル商店街

■■■・・・60年近い歴史を刻む共同ビル商店街はなお人の流れが途切れず
歩いた日 H29.08.11  【神奈川県横須賀市】 

 実は、横須賀市は私の生まれ故郷、少年時代を過ごした地であります。今でも時々行くのですが、横須賀市は近年深刻な人口減少に見舞われており、ここ数年の人口社会減(転出超過数)が全国最上位グループ内にあります。人口増加期に郊外に次々と住宅団地や新しい道路をつくり、商業立地も拡散してきましたが、こういう時代になって、私が暮らしていた40年以上前は輝いていた中心市街地のいわゆる「下町」エリア(横須賀中央駅~汐入駅周辺)は空洞化が実感されるようになっています。
 「海の日」のこの日、京急横須賀中央駅に降り立ち、すっかりレトロ街になってしまった「上町(うわまち)」の商店街を歩くつもりだったのですが、雨が降ってきたのと時間の関係で、急遽、駅近くのこちら、三笠ビル商店街の散策に切り換えました。三笠ビルは、横須賀中央駅前から続く目抜き通りの県道沿いに建てられた長い商業ビルで、ビル1階を貫く通路の両側に商店が並び、この通路を前後の歩道からの人波がそのまま通り抜けるという構造になっています。
<横須賀中央駅側の「三笠ビル」入口>
DSC080262.jpg

 「三笠」は日露戦争で旗艦としてロシアのバルチック艦隊を打ち破った戦艦で、近くの三笠公園に静態保存され、軍都の歴史を持つ横須賀のシンボル的存在です。三笠ビルはこの戦艦三笠とほぼ同じ長さとのことで、70店ほどの店舗を擁します。昭和34年に賑わいの中心であった地に共同ビルとして建てられたこのビルは、既に60年近い歴史を刻んでいます。
<ビル内部の商店街風景>
DSC080352.jpg

<大通り側の情景>
DSC080402.jpg

 内部の雰囲気は昔とそれほど変わっておらず、米軍基地のある街としてアメリカ系外国人の姿が多いのも相変わらずですが、例えば飲食系の店は大手チェーンの店が目立つなど、独自色が薄れつつあるとも感じます。それでも青果、鮮魚の店が並ぶ付近などを中心に行き交う人の流れは途切れず、まだまだここは大丈夫かな、というところです。
<青果・鮮魚の店が並ぶあたり>
DSC080442.jpg

 ただ、三笠ビルを抜けた先で、かつては商業核であった百貨店「さいかや」の大通り館が閉店して久しく、背後の住宅地では、横須賀特有の「谷戸(やと)」地形の急斜面にへばりつくような住宅に空き家が増加しているとのことです。ビルの中ほどから山側へ出た先の急階段の上には豊川稲荷があり、街の変化を見守ってきたお稲荷さんに今後の動向を占ってほしいなどと思ってしまいました。
<ビル裏の豊川稲荷への石段>
DSC080302.jpg

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

 | ホーム | 

[番外13]高崎中央銀座商店街

■■■・・・かつて県内随一の商店街は「廃墟」にあらず、激シブながら現役度も残す
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 ここについては、半ば廃墟と化した商店街という趣旨の紹介記事を事前に読んでいて、それで納得していたはずなのですが、来たからには見ないわけにはいかない、というわけで、突入です。
<渋い!思わず引き込まれる中央銀座の入口>
DSC071832.jpg

 「中央銀座」という名前に反して、激シブの様相。確かに「旧時代の遺物」的な雰囲気濃厚ですが、現役で営業している店舗もチラホラありそうです。さくらばし通りからの入口近くで建物が取り払われて駐車場化した一角に、「環七ラーメン」などと場違いなロゴで営業する店があったり、その斜め向かいでは「田中帽子店」が営業中です。帽子店というのが良いですね。
<さくらばし通り側入口付近(田中帽子店のあたり)>
DSC071852.jpg

 実は、全長400mに及ぶこの商店街を全部歩いたわけではないのです。「橋本青果店」が営業しているのを見て、「おっ、まだ生鮮品販売機能が生きてる」と思ったあたりで、足が棒になりかけたので、そこから先の見学をやめてしまいました。だから語る資格はないかもしれませんが、シャッター店が多いものの「廃墟」と言い切るのは早計、時代を感じさせる光景を多く醸しながら、まだまだ現役度を残している、との認識を得て引き返したのであります。
<「橋本青果店」のあるあたり>
DSC071872.jpg

 かつては群馬県一の賑わいを見せていたとか、この先で程近い柳川町はかつて花街で今も夜は怪しげな雰囲気も見せて賑わうとか、以前あった映画館が店じまいしたまま残されている、などの事前情報を得ていたのですが、それらを確かめずに引き返してしまったことが今となっては悔やまれます。
 この懐かしさ全開の風景もいずれは見られなくなってしまうでしょうから、見届けておくべきでしたね。旧中山道に相当する大通りから一歩裏なので、花街があっても不思議ではないわけです。機会があればまたゆっくり歩いてみたいものです。
 というわけで、さくらばし通りへ戻りましたが、駅まで歩いて戻る元気がなかったので、都心循環線のバス「ぐるりん」で戻りました。「東京電力・スズラン入口」というバス停名にある「スズラン」は、この南にある地元資本のスズラン百貨店のこと。その意味でも、このあたりが本来の高崎市の中心部であったはずです。仕事出張の寄り道なので革靴で歩いて疲れたけれども、今回の散策で高崎の中心市街地の主要部分を歩いたことになったので、まあ満足です。

・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[番外12]さくらばし通り(高崎中部名店街のうち)

■■■・・・それぞれが栄光の歴史を秘める、かつての中心街の一角の店々に脱帽
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 引き続き高崎市のまちなか散歩です。高崎大通りから田町交差点で左(西)へ折れてこの「さくらばし通り」に入りました。ここもかつて高崎市市街地の中心をなしていた部分に属すると思われます。街路灯は比較的新しそうなものがきれいに続いていますが、建物は古そうなものが多く並んでいます。
 まず、比較的大きく目立つ建物が「本店タカハシ」。創業明治8年で衣料品ひと筋という、いわば衣料デパートで、ここが中心市街地のひとつの核的な機能を担っていた時代があったと思われます。建物はかなり年季が入っていますが、やはり街のひとつのシンボルですね。この存在は貴重です。
<衣料デパート「本店タカハシ」等の並び>
DSC071812.jpg

 その先は、空き店舗化したものも含めて、古い雑多な店舗等が多いですが、古いものほどそれぞれ栄光の歴史を秘めていることでしょう。この日はシャッターが閉まっていましたが、呉服・和装小物・洋品の店という「うえ新」は、看板が「柄のうえ新」で、ちょっと首を傾げてしまいましたが、帰ってから検索すると同名タイトルの立派なホームページがありました。「うえ新」は創業者の上野新一郎さんの名に由来するそうです。脱帽!。
<「柄のうえ新」>
DSC071822.jpg

 この「さくらばし通り」は、実は「さやもーる」、「大手前」と合わせたH型をなす3つの街区で構成する高崎中部名店街の一部なのです。「さくらばし通り」の中央部に南からぶつかる「さやもーる」は、鞘町という地名に由来するのでしょうが、緑を配したきれいなモールとなっています。この名店街は、国の商店街活性化の先進事例に選定されたこともあるようで、その紹介文では、「イベントも各種工夫を凝らしており、えびす講時に最高潮に達する。地元大学生が街区内にカフェをオープンさせるなど、商店街活動に積極的に参加している。」とあります。
<さくらばし通りから見た「さやもーる」>
DSC071902.jpg

 それらの活動の中心舞台が「さやもーる」なのでしょうが、私の目は、その反対側の超古典的なアーケード街の「高崎中央銀座商店街」に吸い寄せられます。それについては別記事にします。
 さらに「さくらばし通り」を西に進むと、「花のクボタ」などがありますが、終点近くにあるのは「質」という大看板の「大澤質店」です。通りの西端は、通り名の由来の桜橋。高崎城址の堀にかかる橋で、春の桜は見事ということですが、訪れたのは5月で、もう葉桜です。
<商店街の西半部分>
DSC071952.jpg

<桜橋から見た高崎城のお堀>
DSC071992.jpg

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

 | ホーム | 

[番外11]高崎大通り商店街

■■■・・・まちの中心「だった」はずの大通りも、車社会の空洞化の象徴的風景
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 高崎市のまちなか散歩の続きです。レンガ通りから大手前慈光通りを西に向かい、交差点から北の大通りを見ると、かつてはアーケード街だったのでしょうが、古びたアーケードがところどころ取り残された状況が目に入ります。「たかさき商店街マップ」ではここが「高崎大通り商店街」です。
<大手前慈光通との交差点から見た大通り商店街>
DSC071632.jpg

 ここは旧中山道高崎宿の一部に相当するようで、歴史的にこのあたりが高崎のまちの中心をなしていたのでしょう。地名は連雀町。でもこんなに広い道となっては宿場町の面影もないですね。その広い通りを横切る地下道もあり、その出口前で残されたアーケードの下の薄暗い空間に、昔ながらのたばこ販売窓口を持つ店が残っています。子どもの頃はこういう感じの店、よくあったなあ。
<古いアーケード下の懐かしきたばこ販売窓口>
DSC071672.jpg

 道路の対面(西面)を見ると、6階建てのビルの前面に一段高い錆びたアーケードが残りますが、その下は閑散としています。その続きに北越銀行のビル、さらに、その先に残るアーケードの下には家電の「ダイイチストア」や、下駄・草履等の「いせや履物店」、たこ焼・たい焼の「浪花屋」などからなる古びた商業長屋建築が並び、その先で「大通り商店街」の区間は終わります。
<哀愁漂う大きなアーケード>
DSC071652.jpg

 これに向かい合う東面は、下層階に市の「子育てなんでもセンター」などが入居し上はマンションになっている「オアシス高崎」というビル。これも集客装置といえるのでしょうが、そもそもセンター利用者もほとんど車で来るでしょうし、賑わいにはつながっていないですね。
<高崎市子育てなんでもセンター>
DSC071702.jpg

 中心市街地の活性化はどの自治体も大きな課題で、集客の目玉として大型店が期待できる時代ではないので公共施設を整備するのはよくあることですが、結局みんな車で来るので、周囲への波及効果にはつながらないのです。で、共同駐車場を作る(ここにもある)わけですが、回遊したくなる肝心の店舗がない。まわりを歩こうという魅力が失われている。という悪循環。活性化の正解がどこにあるのか、とても難しい問題です。
 結局、まちの中心「だった」ところの歩行は、あっという間に終わりました。田町交差点から先は、市のマップでは「高崎田町一丁目アーケード会」ですが、もはやアーケードは見当たりません。右(東)からぶつかるのが「高崎五番街」ですが、左(西)方向の「さくらばし通り」へ歩を進めました。
<田町交差点に残る古い店舗建築群>
DSC071752.jpg

・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

 | ホーム | 

[番外10]高崎レンガ通り商店街

■■■・・・駅近の目抜き通りのはずだが人通り少なく、垢抜けない雰囲気
歩いた日 H29.05.11 【群馬県高崎市】 

 地方都市の中心市街地はどこも空洞化による衰退が著しい状況にあります。郊外への沿道型店舗の林立、自家用車の普及で、駐車場の利用が不便な中心部には人が集まらなくなったのです。新幹線が停車する規模の都市でも例外ではありません。北関東3県は特に自動車普及率が全国最上位を争っており、これらの主要都市の中心部をグーグルマップで見ると、かつて建物が密集していたはずのエリアが、空き地・駐車場が目立つモザイク模様のようになっているのに愕然とさせられます。
 群馬県内に仕事で行った帰路、高崎での新幹線への乗り換えの合間に、高崎のまちなかへ出てみました。高崎市商工振興課による「たかさき商店街マップ」で、駅に近くて最も構成店舗数が多そうに見える「高崎レンガ通り商店街」から歩くことにします。駅前通りを少し西へ行くと、その入口が現れます。向かいには豊田屋旅館という堂々たる和風建築があります。
<駅前通りに近い側から見た商店街風景>
DSC071492.jpg

 名前のとおりレンガ舗装です。比較的新しい街路灯に、6月第1日曜日という「レンガ通りフリーマーケット」の告知フラグが下がります。フリマは年2回ほど行われるようです。しかし、現役店は多いものの、目抜き通りとは思えない人通りの少なさ。むしろ、一方通行ながら通り抜けの車両が目立ちます。全体に垢抜けない雰囲気で、建物は概ね3階建て以下の古いものが多い感じです。
 「麒麟ビアホール」からはじまって、「ホルモン大学」、やきとりの「オオトリ」、「らぁめん村」など、男性好み風の店舗が並びます。右から西口一番街商店街がぶつかりますが、ビジネスホテルやラーメン店等が見える程度ですね。そして、建物は新しいながら和風の門構えの「喫茶去艸庵」は、あんみつ等が主力の喫茶室で、ここだけ逆に女性好みのちょっと異質な感じでしょうか。
<「喫茶去艸庵」の佇まい>
DSC071552.jpg

 ケーキ・コーヒーの「ウェイブ」は、「王様のプレミアムシュークリーム」が看板商品のようで、店舗の横壁に「サザンオールスターの皆様へ」という大表示が。大ファンだそうで高崎でライブをしてこのシュークリームを食べて、と訴えています。なかなかユニークです。大手前慈光通りにぶつかる北側出口角は井上病院で、その向かいに調剤薬局。これが最大の集客施設と言えそうですね。
 そんな商店街ですが、フリマの時にはどの程度賑わうのでしょうか。
<サザンへのアピール看板が目立つ「ウェイブ」など>
DSC071612.jpg

<北端の井上病院のあたり>
DSC071592.jpg

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

 | ホーム | 

[番外9 ]千林駅前あじな商店街(千林じゃんじゃん横丁商店会)

歩いた日 H28.09.08 【大阪市旭区】 
 番外大阪編の最後は、大阪有数の商店街である千林商店街のすぐ裏の一帯に展開する「じゃんじゃん横丁」です。大阪市の商店街マップ上の組織名表示は「千林じゃんじゃん横丁商店会」で、大阪人にもこの名で親しまれているようですが、訪れてみるとその表示は「あじな商店街」となっています。「あじな」とは?。飲食店の集積地だから「味な」でしょうか?
 それにしても、ここは迷宮、ラビリンスです。細い路地が不規則につながり、歩いていると自分の位置がわからなくなりそう。密集している店はほとんどが居酒屋、スナックなど夜型の飲食店。大人たちが昼間の憂さを晴らし、現実から逃避するパラダイス。でもその中に時計店があったり、とにかくごちゃごちゃで、建物の建て方も勝手気まま、すべてが混沌そのもの、規則性らしきものが全くないカオスな空間です。そんなそれぞれの店に自慢の酒や料理、お得意さんがあるのでしょうね。
 この日は、今市商店街を見てから京阪千林駅方向へ戻ろうとここを通り抜けたわけですが、道が分かれるごとにどちらへ行こうかと迷いながら、適当に進んでいくと千林商店街に出てしまったりして、また戻って違う方向へ、などを繰り返し、最終的に千林駅のすぐそばの「中央入口」の表示がかかる場所に出ました。
 しかし、車も入れないこの迷路ゾーンは、多少新し目になっている店もあるようですが、建築基準法や消防法上の扱いはどうなのでしょうか。火事が起きたら大変でしょうが、幸いそういうこともなく、昭和の香りも十分に漂っています。こんな迷路ですが、地元の人は駅からの近道としてすいすい通り抜けていきます。ほぼ歓楽街ですが、ピンク系は見当たらず、その意味では健全です。
 ところで、今三商店会側からの入口付近に、なんだか重厚感のあるレトロ長屋が見えました。戦災を受けていないこの街には、古き良きものがたくさん詰まっているのです。この日のうちに東京へ戻らなければならなかったため、この街での飲食の時間はなかったのですが、千林商店街も含めて大阪の濃い日常風景に触れた思いで京阪電車に乗り込みました。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★★★☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★★☆☆

夕暮れ時のカオス空間
DSC056422.jpg

狭い路地が入り組む「じゃんじゃん横丁」
DSC056462.jpg

なぜか時計店も混じる
DSC056472.jpg

千林商店街から除いたところ
DSC056542.jpg

重厚なレトロ長屋
DSC056372.jpg

 | ホーム | 

[番外8]今市商店街

歩いた日 H28.09.08 【大阪市旭区】 
 賑やかな千林商店街の中ほどから北へ、こちらもアーケード街が続きますが、「くらしエール館」の前あたりから先は「今市商店街」となります。千林商店街と合わせて北から見たT字型の縦の棒の部分に相当します。千林商店街との接続部分は賑やかです。実際、どこが境だかよくわからないのですが、アーケード下の店舗看板のデザインが微妙に変わっているのです。
 「スパイシーゾーン」という女性ファッション店の脇にかつての小売市場の面影を残す「千三商店会」が接続していたり、西に分岐する道にもアーケードが続いていて人の流れがあったりしますが、本筋の北方向への道を進むと、それ以北は急に寂しいムードに変わります。アーケードは延々と続いているのですが、人通りは少なくなり、建物も昭和ムード漂うものが多くなって、かつシャッターを閉じた店が目立つようになります。歩いたのは木曜日の夕方ですが、定休日というわけでもないでしょう。空き店舗が多いですね。
 千林商店街と一体的に、大阪・旭区を代表する商店街と紹介されることが多いようですが、南北方向の広がりは難しいということでしょうか。このあたりは戦災も受けていない地区だそうで、古い建物が多いのもそのせいでしょうが、それにしても南端の喧騒とのギャップには驚かされます。
 空き店舗だけでなく空き地もちらほら見られるようになり、その前でお年寄りが座り込んでいたりします。この日は時間の制約もあり、途中の商店街事務所手前あたりで引き返してしまったので、この商店街北端の地下鉄太子橋今市駅付近がどうなのかを確認できておらず、無責任な感想になってしまっていますが、印象としては、昭和レトロ感、B級感の強い区間が大半と見えました。やや期待外れでもありながら、このレトロ感を逆に生かせないものか、などとも考えさせられます。
 それでも、立派なホームページを持ち、お薦め店舗の紹介などもされているので、意欲は感じられます。千林商店街の集客力に対抗し、独自の魅力の打ち出しで再生していくことが期待されますが、それだけのエネルギーが残されているかどうか、心配です。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

千林商店街に接続する賑やかな部分
DSC056262.jpg

B級度が高い中ほどの区間
DSC056342.jpg

急に寂しさが押し寄せるあたり
DSC056352.jpg

延々と続く寂しいアーケード
DSC056302.jpg

 | ホーム | 

[番外7]千林くらしエール館・千三商店会

歩いた日 H28.09.08 【大阪市旭区】 
 「くらしエール館」は、大阪有数の商店街である千林商店街の中央付近に今市商店街が接続する位置にあり、エリアとしては千林商店街の領域にぎりぎり含まれるようですが、ここはここで独自のテナント会を構成していて、かつ、施設自体は国や大阪市が出資した第三セクターの大阪市商業振興企画(株)が管理運営するという、少々複雑な図式上にあります。
 ここはもともと小売市場があった場所だそうで、「まちづくり会社」制度を活用し、コミュニティ施設を併設したショッピングセンターとして平成8年7月に開業したとのこと。1・2階がショッピングフロアで、3階がフェニックスホールなどの公共コミュニティ施設ですが、1階の過半を占める食品スーパーの「ニューマルシェ」などが、旧小売市場の流れを汲むといったところでしょうか。実際、大阪市公設市場連合会の傘下にあるようです。
 位置的には商店街の中核施設であるはずで、そのような目的で整備されたわけですが、商店街が余りにも元気で、見たところその中に埋もれてしまっているようにも見えます。公共施設の不足をカバーするという目的があったにせよ、そもそもこの商店街に、この半ば公的な中核施設が必要だったのかどうか、という疑問さえ沸いてきます。千林商店街の民の力、バイタリティがもう十分に地域の活力を牽引しているのですから。
 で、この施設内をさっと通り抜けて、今市商店街の方へ進もうとしたら、その「くらしエール館」の裏にあたる位置に、周囲の商店街とは異なる少々怪しげな雰囲気の空間を発見。大阪市の商店街マップによればここは「千三商店会」というようで、青果や魚を扱う昔ながらの風情の店がいくつか並び、ここの方がまさしく「小売市場」の名残という空気充満です。店の親父さんの呼び声が響き、大阪のおばちゃん達が立ち止まって値踏みするなんていう光景が普通に展開されています。
 突き当たりはパチンコ店で、その先は「あじな商店街」のラビリンスに続きます。そして、ちょうどこのあたりがダイエー千林店があったところで、千林駅前の薬局と併せて、ダイエー創業の地と呼ばれますが、閉店後歳月が経って、ここでそれらしい残影は感じることはできませんでした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

「くらしエール館」の正面部分
DSC056212.jpg

千三商店街の風景
DSC056252.jpg

「くらしエール館」外観
DSC056202.jpg

千三商店街の突き当たりはパチンコ店
DSC056242.jpg

 | ホーム | 

[番外6]千林商店街

歩いた日 H28.09.08 【大阪市旭区】 
 また久しぶりに大阪出張があったので、決してB級ではない、大阪では有名な商店街のひとつである千林商店街に立ち寄りました。「全国商店街30選」にも選ばれたそうで、よくマスコミにも登場するようです。ここは、スーパー「ダイエー」が1号店を構えた地としても知られるところです。
 京阪電車の千林駅前から西へ、地下鉄谷町線千林大宮駅まで続く700m弱に及ぶアーケード街で、混沌とした大阪の下町商店街らしさが色濃く感じられるアーケード街です。この日は、西端の国道1号下にある千林大宮駅から京阪千林駅方面に向けて歩きました。国道の反対側には千林大宮商店街も続いているのですが、夕闇迫る時間だったので割愛です。
 それにしても目一杯の「元気」を感じる商店街です。両端に駅があることもあって、人の流れが途絶えることなく、様々な業種の店がそれらを相手に前向きな商売をしている姿勢が濃厚です。商店街はこうでなくてはいけない、という見本のようですね。ファッション、雑貨、各種サービスなどの店舗がひしめき、一見、飲食や食品の店は少ないようにも見えますが、実は点在する形であります。コロッケ店等に惹かれますが、このあと新幹線に乗る身なので我慢です。
 商店街ホームページにはイベント情報も盛りだくさんですが、そのサイト上にあるプロモーションビデオがなかなか感動的です。また、明るいアーケードの下には「一十百千、せんばやし~」という癖になりそうなフレーズの商店街テーマソングが絶えず流れていますが、高校生ガールズバンドが唄うその元気な歌をホームページ上でも聞くことができます。
 中内功氏が「主婦の店ダイエー薬局」を開き、後にダイエー1号店になった場所は、商店街の衣料品店のおばちゃんに教わりました。まさに京阪千林駅の目の前で、今はオーエス薬局があります。向かいの千林駅も、まるで商店街内の1店舗のような雰囲気で同化しています。
 商店街中央部では今市商店街も接続し賑わいが増幅されていますが、その西で、道が鉤型になる部分が、東海道の延長で京と大阪を結んだ「京街道」だそうで、大きな説明看板があり、そうした歴史も誇りにする姿勢にも拍手です。いやあ久々に超A級商店街の感動を味わいました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★★☆☆

京阪千林駅に近い東寄りの部分
DSC056562.jpg

地下鉄駅に近い西寄りの部分
DSC056072.jpg

商店街中央付近
DSC056142.jpg

ダイエー1号店の場所(右は京阪千林駅)
DSC056582.jpg

 | ホーム | 

[番外5]久留里商店街

歩いた日 H28.05.03 【千葉県君津市】 
 大型連休中のせめてもの息抜きにと、木更津から房総半島中央部に分け入るローカルなJR久留里線のぶらり旅に出かけました。田園や里山風景の中を走り、房総横断を目指しつつ途中までしか開通できなかった路線で、終点の上総亀山駅は山里に溶け込むようにポツンとある駅でした。その帰路に、路線名にもなっている久留里駅で途中下車し、昼食を兼ねて街と近くの久留里城を散策してきました。
 きれいに整備された駅前広場から国道410号に出ると、そこは昔ながらの街道筋の商店街。頭上にかかる「久留里商店街」のアーチの中央には久留里城を模したミニチュア(といってもかなり大きな)が乗っています。房総半島の城としては本多忠勝の大多喜城の人気が高いようですが、南総の里見氏との所縁が深い久留里城も、地域の大きなシンボルとなっているようです。
 少々遅めの昼食をどうするか。事前のネット情報では駅近くの軒下の狭い路地にある「喜楽飯店」も興味深いのですが、国道を少し南に下ったレストラン喫茶「バンカム」に入りました。地元の元気なお兄さんたちがいたり、店内には祭の写真がいっぱい貼ってあったりしますが、ご主人は物静か。
 このご主人に、久留里城への道はかなりキツイ、と聞かされましたが、確かにキツかった。急な坂の連続を30分くらいかけて上ります。でも天守からの眺めは爽快でした。房総の穴場スポットと言えるかもしれません。
 さて、商店街へ戻ると、蔵づくりも含め風情ある古い建物が多く残っており、歴史を感じさせます。シャッター店化したものもありますが、生活用品店のほか鮮魚店もあったり、地区の中心をなす商店街としての機能がまだ生きているという感じです。蕎麦店も何軒かあります。街なかや周辺には、上総掘りの自噴井戸が無数にあり、平成の名水百選にも選ばれ「久留里の銘水」と言われます。
 商店街中央から東へ向かう県道沿いの菓子店「宝月堂」で、「久留里城最中」を買いました。粒餡、こし餡、白餡が入った天守閣の形をした最中です。駅入口の角にももう一軒、和菓子店があります。そんな散策をしていたら列車の時刻を逃してしまい、ちょうどやってきた鴨川からの千葉行き高速バス「カピーナ」号で千葉に向かいました。少々疲れたけれどちょうどよい息抜き旅でした。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

久留里城のモニュメントが乗った商店街アーチ
DSC047712.jpg

歴史を感ずる商店街の街並み
DSC047742.jpg

商店街中央部付近
DSC048082.jpg

蔵造りなども残る城下町風景
DSC047992.jpg

急な坂道を上った先にある久留里城
DSC047852.jpg

 | ホーム | 

[番外4]勝浦中央商店会/朝市通りほか

歩いた日 H28.01.11 【千葉県勝浦市】 
 外房の勝浦に行ってきました。首都圏中央連絡自動車道の市原鶴舞ICから国道297号を経由して勝浦市街地に入り、漁港近くの市営駐車場に車を止めて市街地内を歩きます。この日の目的はずばり、「勝浦タンタンメン」を食べることです。
 勝浦タンタンメンは60年の歴史を持ち、当初は漁師や海女が海仕事で冷えた身体を暖めるために食されたそうで、今は、平成23年結成の市民団体「勝浦タンタンメン船団」によりご当地グルメとして広く発信され、昨年(平成27年)の第10回B-1グランプリin十和田でゴールドグランプリ(1位)を受賞するに至ったものです。胡麻系ではなく醤油ベースのラー油が辛さの秘訣で、豚挽き肉や玉葱を用いること等が条件になっていて、各店で様々な工夫がされています。現在、正規取扱店として認められているのは41店で、登録商標となっている勝浦タンタンメン船団の幟旗が目印です。
 勝浦市は人口2万人弱の小都市ですが、中心市街地の商店街は活気を感じ、衰退感はあまりありません。居住人口は減少しても、朝市やタンタンメン等の観光資源を持ち、勝浦漁港はカツオ、イセエビの漁獲量が全国有数で、そうした豊かさが活気につながっているのでしょう。勝浦駅前から国道を横切って遠見岬神社にぶつかる道沿いを中心に商店街が形成されていますが、商店会の組織区分はよくわかりません。これに交差する形で朝市通りがあり、午前中なら朝市風景を見られたでしょう。
 目印の幟旗の店をいくつか覗きながら、結局、朝市通りの東端付近にある「あまからや」に入りました。気の良さそうな老婦人が入口にニコニコと座り、店員と地元客の会話がはずむ「地場の中華屋さん」という感じ。確かに辛いですが、旨いです。身体が芯から暖まり幸せな気分になります。
 腹ごなしに街を歩けば、どっしりした木造建築の旅館や立派な構えの漁師住宅の並びなど、豊かな港町を象徴するような風景に出会えます。遠見岬神社の長い石段は、「かつうらビッグひなまつり」で多数のひな人形が埋めつくすところですね。港へ出れば、市場周辺は忙しく稼働しており、首都圏の一大漁業拠点の活力を実感できました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★★

駅から遠見岬神社へ続く商店街の中心部
DSC037382.jpg

朝市通りの中央部分
DSC037752.jpg

「あまからや」の勝浦タンタンメン
DSC037502.jpg

立派な構えの旅館
DSC037542.jpg
 | ホーム | 

[番外3]銚子市外川

歩いた日 H26.09.07 【千葉県銚子市】 
 クルマ社会が定着して地方の公共交通(鉄道・バス)は苦境に陥っているところが多く、路線の廃止やバス会社の破綻等のニュースも多く聞かれます。苦悩する地方小私鉄の典型ともいえるのが銚子電鉄で、その応援乗車にやってきて降りたのが、終点の外川(とかわ)です。ここは太平洋に突き出た銚子市の南東端に位置する漁師町で、初日の出の名所の犬吠埼のすぐ隣のようなところです。江戸時代につくられた町割の風情を良く残しており、隠れた観光名所となっていて、商店街歩きの趣旨からは外れるかもしれませんが、番外としてここで紹介したいと思います。
 銚子電鉄は、大手・地方私鉄で使い古された車両が老体に鞭打って走りますが、外川駅も何十年も前から時が止まったような佇まいです。駅は台地上にあり、南の漁港に向かって何本もの細い坂道が配され、それぞれに名前がついたそれら坂道の両側斜面にいかにも漁師町らしい集落が展開しています。坂道ごとに微妙に風情が異なるのが魅力でもあります。
 台地上の駅から一本西側の通りにバスの転回場があり、その前後に商店街らしき街並みが形成されています。ただ、シャッターを閉めたままのものが多く、日常消費の場の機能はほとんど失われているようです。地方都市は中心部でも商店街の存続が厳しいのに、こうした周辺部ではなおさらというところでしょう。
 坂を降りた先に展開する漁港は独特の雰囲気があり、それに沿って、複数の坂道の下をつなぐように走る道も、かつては賑わっていたのでしょう。今は船宿の看板が目立つくらいで、錆びついた看板建築や商家風の建物が栄華を偲ばせます。電車から降りた外国人の2人連れがこれらの風景を眺めながら歩いているのが印象的でした。日本人にも懐かしい街並みですが、外国人にはどのように受け止められているのでしょうか。車のすれ違いもやっとの幅のこの坂下の道ですが、ここにも「外川漁業会」というバス停があります。やってくるバスは一日数本です。
 商業的香りは非常に乏しいですが、静かな漁師町でほのぼのとしたひとときを過ごしました。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★★★

外川駅に近い台地上の通りの商店街らしき風景
DSC09776.jpg

栄華を偲ばせる漁港に面する坂下のバス通り
DSC09731.jpg

外川漁港の風景
DSC09736.jpg
 | ホーム | 

[番外2]銚子駅前商店街

歩いた日 H26.09.07 【千葉県銚子市】 
 このブログでは、東京都内(主に下町)とその隣接地域の商店街を紹介していますが、それ以外の遠隔地でたまたま歩いた商店街の情景も「番外」として取り上げていきたいと思います。特に地方都市では、高い自動車普及率と郊外への大型ショッピングセンター立地等により激しく衰退している商店街が多く、それらの実態も紹介しながら今後のあり方を考えてみたいと思うのです。
 9月の日曜日、ふと思い立って総武本線の特急「しおさい」に乗り、銚子まで小さな旅に出ました。銚子駅から銚子電鉄で終点の外川まで往復し、夕方に銚子駅まで戻ってきて駅前の商店街を歩いてみたわけです。駅正面からまっすぐ続く広い通りと、その先で交差する道路の左右で構成され、駅前通りの歩道にはきれいなアーケードが設けられていますが、やはり人通りはまばらです。
 市民の日常の足はほとんど自動車であろうことや、郊外にイオンモール等もあることから、生活に駅が必要とされていないわけで、駅前に買物に来る必然性がなくなってしまったということです。1時間に1~2本の列車から降りた人たちも迎えの車などにあっと言う間に消えてしまいます。水産基地、醤油の町として栄えた銚子市の中心地としての姿はほとんど過去のものです。
 駅から十字路まで往復歩いてみましたが、印象に残ったのは、駅近くで歩道まで商品を並べている青果店と土産物店、交差点角で歴史を感じさせる構えの「油屋金物店」、ビルに囲まれながらも頑なに個性を守っている風情の蕎麦店「浜屋」くらいで、それらにも客の姿はほとんど見られません。空き店舗も目立ち、広い歩道がとても寂しく見えます。
 こうした駅前風景は銚子市だけではなく全国地方都市の多くで見られます。銚子は観光客の入り込みがあるのでまだ救いがありますが、それでも市人口の減少率は大きく、今後の動向が心配されます。乗ってきた銚子電鉄も経営が崖っぷちの状況を続けており、存続のための「ぬれ煎餅」の販売という涙ぐましい努力が有名で、私も駅前商店街の物産店「銚子セレクト市場」で「銚子電鉄ぬれ煎餅」を土産に買いました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

駅前なのに人影がほとんどない商店街
DSC09795.jpg

健気に営業する青果店や土産物店
DSC09807.jpg
 | ホーム | 

[番外]新梅田食道街

歩いた日 H26.03.03 【大阪市北区】 
 久しぶりに大阪に出張し、JR大阪駅に降り立ちましたが、駅とその周辺の変貌ぶりには驚かされます。大阪駅は、全ホームを覆う大屋根と、その下には天空広場とも言うべき空間ができ、北側には三越伊勢丹等が入る巨大なビルがあり、その先にはこれまた巨大なグランフロント大阪がそそり立っています。昼食をと思いましたが、それらのお洒落なビルはおじさん一人では落ち着かず、駅を出てJR高架下の「新梅田食道街」に足を踏み入れました。
 近代的なビル群は東京と変わらない感じですが、この「食道街」はいかにも古く、大阪らしい気さくな空気で満たされています。場所は、阪急梅田駅・三番街と阪急デパートの間ですが、一歩踏み込むと雰囲気が一変する面白さです。昭和25年からの歴史があるそうで、現在97店が営業中とのこと。狭い通路が縦横に走り、そこに小さな店舗がびっしりと貼りついています。夜はおやじ達のパラダイスとなりそうですが、昼もランチ営業している店が多くあります。
 一階をひととおり歩いた後、オムライスやカレーライスを提供する「北斗サッポロ」に入りました。カウンター席のみの奥行きが浅い横長の空間で、席によって入る扉を選ばないといけないようなつくりです。700円のオムライスを注文。スープがついてくるのがうれしいです。夜は洋風居酒屋風になるようですが、ランチ客もおじさんばかりかと思いきや、女性の一人客もいました。
 なぜ「梅田」でなくて「新梅田」なのか、なぜ「食堂街」ではなくて「食道街」なのかは不明ですが、周囲が変貌を続ける中にあって、この昭和的空間は貴重です。東京でいえば新橋の裏道に近い雰囲気でしょうか。大阪も、ミナミではなくキタの、しかも大阪・梅田駅のすぐ隣にこのような空間が残されていることがうれしくて、番外として紹介することにしました。
 この日は、仕事のあと天王寺まで足をのばし、全面開業直前の「アベノハルカス」も下から見上げ、変わり行く大阪を実感してきましたが、市内にはまだまだ魅惑的で庶民的な商店街がたくさんあります。いつか時間を作ってゆっくりと探訪してみたいと思いますが、いつになることやら。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

奥行きの浅い飲食店がびっしり貼りつく
DSC07977.jpg

行列のできる店もある魅惑の空間
DSC07986.jpg
 | ホーム |