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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№791]花園町親交会

■■■・・・昔の地名に由来するも、やや離れた花園神社との関係はいかに?
歩いた日 R01.05.25 【新宿区】 

 昼食場所の第一候補として、四谷四丁目の西端、新宿一丁目との境界近くの喫茶店「樅」を目指したところ、閉店したとの貼紙を見て茫然自失。町境の道路に戻りふと見上げると、西(新宿方向)に続く道に「花園町親交会」と記された街路灯が続いています。「花園通り」の標識もありますが、はて、花園神社は歌舞伎町方面にあるはず。なぜここが花園通り?と疑問を抱きつつ、5月なのに異常な暑さの中を、失意の私はとぼとぼと足を進めたのでした。
  <東側の商店街入口(四谷四丁目との境界部)>
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 後で調べたところ、現在の新宿一丁目にあたる部分がかつて花園町という町名だったことによるとのことで、この通りは、特に二丁目区間では「柳通り」の異名もあるそうです。それにしても、この日は花園神社例大祭の初日で、通りには印半纏を羽織った人たちが歩き、そのうちに子ども神輿も「わっしょい」と練り歩くのに遭遇するなど、やはり花園神社との関係は深そうです。
 祭の華やいだ雰囲気と、時折現れる昭和風情の店舗の風景等に気を取り直しつつも、やや注意力散漫なまま通り抜けてしまいました。東から入ってすぐ左側のモダンな建物にも大して視線を向けずに通り過ぎましたが、これが花園小学校の校舎でした。
  <左は花園小学校>
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 生鮮食品店はないかと思いきや、海鮮弁当などの「柳田水産」が営業しているのにちょっと感激し、また、「松内米店」の存在にも地域の生活との密着度を感じるなど、一般的な華美な新宿のイメージとは違う部分を発見したのは貴重な収穫と言えそうです。
  <「柳田水産」などの街並み>
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  <「松内米店」などの並び>
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 中央で交差する南北方向の「中通り」にも同じ街路灯が並び、私が好きなカレーチェーン店「日乃屋」の存在を認めつつも、ここでチェーン店に入るのも少々悔しいのでパスし、中華の「北京飯店」を覗いたものの入店を躊躇し、レトロムードのカレー店「アリエス」は閉まっていて、結局、この商店街内でも昼食にありつけないこととなりました。この日の昼食場所候補のひとつとして事前情報を得ていたはずの喫茶店「ドム」も、気づかないまま通り過ぎていたのでした。
  <「中通り」の風景>
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 そのまままっすぐ西へ、小ぶりな「新宿公園」などを横目に見ながら進むと、都営新宿線の新宿三丁目駅の入口があり、そこに吸い込まれ、地下鉄の客となりました。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№790]四谷四丁目商交会

■■■・・・四谷大木戸跡、玉川上水終点の歴史を抱えるビル街、そして・・・
歩いた日 R01.05.25 【新宿区】 

 武蔵野台地の東の端に形成された江戸・東京の街の「水」の流れへの興味が最近増し、ふと思い立って、玉川上水の終点にあたる四谷大木戸跡を訪れました。玉川上水は、人口が増加する江戸の水需要に対し、従来の神田上水に加え、玉川兄弟の手ではるか西の羽村取水堰(多摩川)から水を引き、承応3(1654)年に開設されたものです。標高差わずか92mを緩勾配の自然流下のみで導水する総延長約43㎞の水路を素掘りで完成させるという技術は、当時としては画期的だったと言われます。
 尾根筋を流れてきた玉川上水の終点が甲州街道内藤新宿の端に位置する四谷大木戸で、ここから江戸市中へは地下の石樋や木樋による配水管網で配水され、これらを管理する「水番屋」が置かれました。四谷四丁目交差点の脇、都水道局営業所の入る建物の前に「水道碑記(すいどういしぶみのき)」があり、史実を伝えています。その脇には「四谷大木戸跡碑」もあります。この西側の新宿御苑の北縁部分には「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」が整備され、水辺の緑陰空間を形成しています。
  <玉川上水の水番屋跡に建つ「「水道碑記」>
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 この四谷四丁目交差点を中心とした新宿通り、外苑東通り沿い等で形成されているのが四谷四丁目商交会です。両通り沿いは大きなビルが主体で、コリアセンター(駐日韓国文化院)もあるせいか外国人の通行が特に多いようにも感じます。「四谷大木戸 藪蕎麦」に惹かれましたが、敷居が高そうでパスしました。対面で「さぬきうどん」と掲げる「松井製麺所」も良さそうです。
  <「四谷大木戸 藪蕎麦」があるあたり>
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  <新宿通り北面(「松井製麺所」付近)>
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 そんなビル街の隙間に「笹寺」(長善寺)の山門があったり、交差点から小道を分け入ったところに田安稲荷神社が佇んでいたりするのが、私にとっては印象的です。外苑東通りの一本東を北上する道を「田安通り」と言い、ここも商店会の範囲内のようですが、江戸後期に御三家のひとつ田安徳川家の下屋敷があったことに由来するとのことです。
  <田安通り>
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  <田安稲荷神社>
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 新宿通り沿いで「宇宙村」という古美術・骨董店の隣の喫茶店「騎士道」や、田安稲荷入口の「四八珈琲」もパスして、新宿一丁目との境の交差点から北へ入り、事前チェックしていた喫茶店「樅」を目指しましたが、やっと探し当てたのに、ガーン!。「閉店しました」の主旨の貼り紙が。構えもレトロ風で良さそうだったのに。こうして古き良き昭和喫茶が消えていくのですね。
  <古美術・骨董店の「宇宙村」や喫茶店「騎士道」などの並び>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№769]若葉三丁目商店共栄会

■■■・・・多くの寺に囲まれた谷筋の街並みは商店街らしさ希薄に
歩いた日 H31.03.09 【新宿区】 

 江戸・東京は武蔵野台地の東端に築かれた都市で、台地を削って低地に流下する河川が多く、それらが刻んだ谷が起伏ある地形を生み出しています。ここ新宿区若葉もそんな谷間のひとつで、この谷筋は戦前まで鮫河橋(さめがはし)と呼ばれていたそうです。この名の由来については諸説あるようで、若葉の地名になったのは戦中の昭和18年とのこと。
 JR信濃町駅から南へ急坂を下るとその支流の谷で、これを首都高速新宿線の南に沿う形で東へ向うと「みなみもと町公園」に出ます。ここで上記の川に合流するのですが、公園前に小さな「せきとめ神社」があります。ここから下流は東宮御所がある赤坂御用地を貫流するため、水を綺麗にするためここに沈殿池を置いたことに由来するそうです。
  <みなみもとまち公園の「鮫河橋せきとめ神社」>
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 ここから高速道路と中央線の下をくぐり、谷を北に遡る形で若葉三丁目に入ります。江戸から明治の頃はこの谷間一帯は貧しい人々が密集して暮らす地だったようですが、今は都心近接の地の利からマンションなども多く、建築工事中の区画も複数見られます。ただ、両側の斜面やその上部には、江戸時代から続くものが多いという寺院が集積し、歴史を反映しているとも言えそうです。
 さて、商店街ですが、道が右に屈曲する部分の三叉路を中心に、いくつかの店舗があり、「若葉三丁目商店共栄会」の名を柱に刻んだ街路灯もあります。三叉路角のコンビニを中心に、生花店などがありますが、期待していた中華料理店「珍満」も閉まっているなど、寂しい状況です。
  <商店街の中央部>
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  <若葉二丁目との境から三丁目側を見る>
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 その先にスーパーの「丸正」などがありますが、そこはもう若葉二丁目の領域で、街路灯も途切れています。以前は、新宿区商連のサイトで若葉二丁目にも商店街組織の名があったのですが今はなく、実際、そこから先も商店街らしさは失われており、三丁目部分だけがかろうじて残っているということのようです。二丁目区間で「包丁研ぎ、まな板削り」と掲げた店が健在なのが良いですね。
  <二丁目側のスーパー「丸正」など>
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 谷筋なので両側は斜面で、鉄砲坂、観音坂、東福院坂など歴史的な名がついた急な坂道が多く、南東側の斜面上には須賀神社もあります。最後に円通寺坂を上ると新宿通りに出ます。尾根道である新宿通りの近代的風景や賑わいと、今見てきた若葉の谷筋風景のギャップ感がとても大きいです。
  <観音坂と斜面上の寺院等>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№719]神楽坂商店街

■■■・・・コボちゃん像や女性向けパワースポットがある中で渋すぎる喫茶店ランチ
歩いた日 H30.08.25 【新宿区】 

 神楽坂界隈の賑わいの中心をなすのは、神楽坂下から神楽坂上までの「神楽坂通り」で、そちらの店舗群は「神楽坂通り商店会」という組織を構成していて、A級商店街と見られるので通りすぎるだけとし、その延長上にあたる「神楽坂商店街」をレポートすることにします。名前が紛らわしいですが、大久保通りとの神楽坂上交差点から西の、東西線神楽坂駅までの区間が対象となります。
  <大久保通り側の「神楽坂商店街」入口>
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 神楽坂上交差点の脇にあるのが安養寺。天台宗の寺で本尊は薬師如来です。こういう古刹があるということで、神楽坂が長い歴史を持つ街であることがわかります。道筋としては「神楽坂通り」の延長上で、雰囲気も似た感じで続いていますが、ここは早稲田通りの一部でもあり、商店街組織の違いから、当然、街路灯やその下のフラグデザインも異なります。微妙に個性を競いあっているようでもあります。お上りさんの私が知らない名店も数多くあることでしょう。
  <スーパーもある商店街中程の風景>
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 「神楽坂」地区の西端にあたるこちら「神楽坂商店街」は、やや生活感が混在するようになり、中央付近にスーパーの「よしや(セーヌ)」があって、年配のご婦人方が自転車で来店する姿が多く見られました。でも、坂道が多いから自転車も大変でしょうね。武蔵野台地の先端部に開かれた江戸のまちの構造を意識してしまいます。
  <坂上の赤城神社入口から見た商店街>
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 そしてこの商店街には新聞連載マンガの主人公「コボちゃん」の像があります。数年前に設置されたようで、「コボちゃん」が神楽坂生まれで作者の植田まさしさんも長く神楽坂に住んでいるという縁だそうです。若い女性グループがこの像の前で写真を撮っていました。少々地味ですが、マンガとのコラボで商店街活性化が進むと良いのではないでしょうか。
  <「コボちゃん」の像>
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 さらに坂を昇っていくと右奥に鳥居が見えます。赤城神社です。牛込の総鎮守ですが「日本一オシャレな神社」として有名だそうで、女性の願いを叶えるという女性に人気のパワースポットとのこと。社殿等はあの隈研吾氏のデザイン監修による再生プロジェクトで最近新しくなったようで、参道の出店もかわいい感じのものが多い印象です。
  <赤城神社>
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 私はその入口の古いビル地下にある渋すぎる喫茶店「フォンテーヌ」でホットドッグセットの昼食にしました。喫茶メニューのほかに本日の定食として豚肉冷しゃぶ定食や麦とろ定食などもある店で、レジスターも超レトロです。52年間使い続けているそうで、「アナログの方がいいからね」とのこと。お洒落な神楽坂にこんなレトロ空間を見つけたことがこの日の最大の収穫かもしれません。
  <渋すぎるレトロ喫茶「フォンテーヌ」>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№718]神楽坂仲通り商店会

■■■・・・怖くはないけれど、ここから入る「横丁」は意味深な世界のよう
歩いた日 H30.08.25 【新宿区】 

 私には神楽坂を語る資格などないと思っています。かつての花街であり、今も料亭や高級店のイメージが強い神楽坂は、庶民の私には無縁の街でありこれまでほとんど足を踏み入れたことがなく、良く知らないのです。そんな私が、お上りさんよろしく意を決して炎暑の土曜の昼間に歩いてみました。歩くだけならタダだし、怖いことはないでしょうからね。でも、神楽坂のメイン通りである神楽坂下から神楽坂上までの「神楽坂通り」はA級商店街でしょうから、その途中から北へ入る「仲通り」をレポート対象にすることとします。
 神楽坂通りは本当にかなりの勾配の坂道なんですね。そんな坂道の賑わいの中を百数十メートルほど上がったところから右(北)に入るのが「神楽坂仲通り」です。ロイヤルホストがあるビルの手前を入る形となりますが、まあ、そんなに驚くことはなく、普通の道というところですね。お洒落な珈琲店の先のパチンコ店の名前が「かぐら」というのも「ふーん」という感じです。
  <神楽坂通り側の「仲通り」入口>
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 その向かいにある「九頭龍蕎麦」は、その名前からして福井県産の蕎麦でしょうが、ぶらりと入るのはちょっと「怖い」ので通過です。並びに中華料理店や寿司店などがありますが、この通り自体はあまり商店や飲食店が連なっているという風ではなく、あっという間に軽子坂との交差点まで来てしまい、「仲通り商店会」(KAGURAZAKA CENTRAL ST.)の区間はここまでのようです。角にはイタリアン系らしきダイニングの「ソリッソ」があります。
  <「九頭龍蕎麦」等の店舗群>
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  <北(軽子坂)側の入口(角は「ソリッソ」)>
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 軽子坂は、神楽坂の北に平行する坂で、飯田濠の「神楽河岸」に荷揚げされた船荷を軽籠に入れて江戸市中に運んだ「軽子」が多く住んだことに因む名だそうで、そんな歴史うんちくの方が私には興味深いわけです。この近くの「兵庫横丁」というのも牛込城の武器庫だったことによる、なんていう記事にも「ふむふむ」なんて頷いたりします。
  <軽子坂(飯田濠方向を見る)>
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 軽子坂を横切った先は近代的なオフィスビルや津久戸小学校などの領域となるので引き返しますが、仲通りから西に入る小道が「かくれんぼ横丁」や「芸者新道」で、入口から覗くだけにしましたが、こういうところにお忍びで来るような身分には永遠に絶対になれないことでしょう。
  <かくれんぼ横丁>
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  <芸者新道>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ☆☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№683]大隈通り商店会

■■■・・・多くの青春の歴史が刻まれた通りに、こだわりの青果店も光る
歩いた日 H30.03.03 【新宿区】 

 早稲田大学の正門の向かいに大隈講堂がありますが、その前から北西の都電早稲田電停の方向へ一部屈折しながら続く道が「大隈通り」です。大隈重信公が早大の前身である東京専門学校を創立したのが明治15年ということですが、この通りに商店街が形成されたのはいつごろのことでしょうか。
 両方の入口に「大隈通り商店街」の大きな標識がありますが、大学正門側入口で目立つのが、「教科書販売所」、「早稲田大学指定」と大書する「成文堂」です。これからの春の時期は稼ぎ時ですね。その先、道が右に折れるところの突き当たりは観音寺ですが、その右隣は記念ペナントの「オギワラ」です。ペナントって、昔はよく集めたりしたものですが、今もあるんですね。店頭にびっしり貼られたサンプルを食い入るように見てから入店する年配男性の姿がありました。
<商店街入口の標識と「成文堂」>
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<ペナントの「オギワラ」>
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 右に折れてさらに左に折れた先から商店街らしさがぐっと増します。道幅6mほどの一方通行路で、建物は新旧混在ですが、いかにもという感じの昭和の商業建築も混じります。その看板がまた「宮田洋服」だったりするのが渋い!。飲食店系が多く、蕎麦店「浅野屋」などの佇まいは私好みですが、その先にはイタリアンの「グッドモーニングカフェ」がお洒落に構え、母娘連れが楽しそうに入っていきました。さらにその先には「おむすび茶屋早稲田店」などもあります。
<「宮田洋服」などの古い建物(左は蕎麦の「浅野屋」>
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<商店街中程の風景>
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 「おむすび茶屋」の隣に青果店があるのも、この地域で生活する住民も多いことを物語っています。その名は「こだわり商店」。本物志向など様々なこだわり商売で話題を集めている店ですが、調べてみると、この店主の安井氏は、かつて「スーパーおやじ」と呼ばれ早稲田商店会会長として辣腕を振るった安井潤一郎氏の息子さんだそうで、地域活動にも積極的に関わる商店街の鏡のような存在です。
<「おむすび茶屋」と「こだわり商店」>
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 グランド坂との交差点から新目白通りに出るまでの短い区間は「早大入口仲通り」という異なる街路灯が並び、別組織のようですが、その入口部分には創業大正8年と銘打つ「金城庵本館」という蕎麦店があり、風格を見せています。この「仲通り」も含めて、大学正門からの2百数十mの通りに思い出を持つ早稲田卒業生も多いのではないでしょうか。商店街を構成する店々には多くの「青春」が去来した歴史が刻まれているのだと思います。
<「金城庵本館」がある「早大入口仲通り」>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№682]早大通り商栄会

■■■・・・大学正門からの通りは、意外にも綺麗に整った「大人の町」の雰囲気
歩いた日 H30.03.03 【新宿区】 

 早稲田大学の正門前から東方向へ、中央分離帯付きの広い道路が伸びており、これが「早大通り」ですが、このうち、外苑東通りと交差するまでの500m強の区間で「早大通り商栄会」が形成されています。大学の正門前ということで、さぞや学生街らしい混沌とした風景かと思いきや、両側の広い歩道沿いは店舗密度も薄く、大学が休み期間のせいか人通りも少なく静かな印象です。
 「早大正門」の学バス乗り場には行列ができますが、その周囲の店が賑わうというわけでもありません。飲食店が居並ぶのでもなく、バス停手前には文具店があるなど健全そのもの。その先にある中華の「早稲田軒」が、ここが早稲田であることを再認識させてくれるという次第。その先の店舗の業種構成は様々で、学生にはあまり縁がなさそうな寿司店や動物病院、精肉店、塗装店などもあり、それらの中に、若い女性が好みそうな綺麗な飲食店等が時折混じる程度。
<唯一早稲田を感じる中華の「早稲田軒」など>
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 ここは早稲田鶴巻町といって、大学とともに発展してきた町で、周囲には、かつては下宿屋、今は学生向けマンションなども多いでしょうが、少し東へ行けば印刷・製本関係の事業所が集積するなど、様々な性格が混在するということで、必ずしも学生街一色というわけではないということでしょう。大学の正門はこちらの東側を向いていても、学生たちの動線は高田馬場方面の西がメインとも思われ、こちらは静かに時を刻みつつ、落ち着いた街の雰囲気を形作っていると言えそうです。
<様々な業種が静かに並ぶ街>
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 歩道と中央分離帯の並木は、葉がない季節ですが整った印象で、道幅は広いものの通り抜け車両は少なく、それがまた落ち着きを際立たせています。全体が中層のビルの並びであることや幅広い歩道のレンガ舗装も、整った街並みの印象を際立たせています。
<整った印象の街並み>
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 早稲田鶴巻町東の信号交差点がこの商店会の東端で、道はさらに山吹町方面に続きますが、ここで引き返します。その交差点そばに、ぐっと惹かれる蕎麦店「汐見」があり、まさに「大人の店」という構えですが、この日はパス。他に、思わず立ち止まって覗き込んだ店は、昔ながらの酒屋がビルになったという風情の「野田屋酒店」や、名前から厳めしい「山中武道具」など。そんな「大人の早稲田」を感じながら往復して、大学正門前に戻ってきたのでした。
<蕎麦店「汐見」などがあるあたり>
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<武道具店なども混じる>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№681]早大南門通り商店会

■■■・・・大学とともに時を刻む門前の通りにも、寺や蕎麦店などの大人の香り
歩いた日 H30.03.03 【新宿区】 

 「早大南門通り」は、文字通り早稲田大学の南門に面する通りで、穴八幡宮の赤い鳥居がある馬場下町の交差点から南門前を経て早大正門前までの区間で商店会を構成しています。北向きの一方通行路で、高田馬場駅から早大正門行きの学バスが通ります。
 馬場下町交差点寄りの区間は、左が竜泉院の壁面、右が早稲田中学の校舎などで、商店街らしさは薄いのですが、それらが終わった先から店舗が並ぶようになります。まず現れるのが古書店ですが、今どきの学生がどれだけ古書に親しむでしょうか。その先には、インテリア雑貨の「Switch」や不動産店、「早稲田大学指定」と銘打つ「オザワ洋服店」などが並びますが、その向かいで「自家焙煎珈琲の店」と謳う「ぷらんたん」は、学生たちの健全な語らいの場、というところでしょうね。
<古書店から店舗の並びが始まる>
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<自家焙煎珈琲の「ぷらんたん」など>
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 早稲田界隈は意外に寺社が多いところで、先ほどの竜泉院や法輪寺のほか、この通りの中央付近には宝泉寺の入口があります。背後が大学に接する立地で合格祈願の御利益をアピールしているようですが、大学9号館の窓の下がこの宝泉寺の墓地というのも奇妙なとりあわせです。
<宝泉寺の入口>
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 訪れたのは3月3日。既に入試も終わり、入学手続の時期で、正門、南門を出入りする人たちは晴れて合格し、これからの学生生活に胸を膨らませている人が多いのでしょう。土曜日ということもあって現役学生らしき姿も少なく、全体に落ち着いた静かな雰囲気です。不動産店は、新入学生の住まいの斡旋に忙しい時期でしょうね。
 南門の向かいに個性的な看板建築風の建物などもあるのを見ながらさらに進むと、大隈講堂が近づいてきます。その前が南門通りの北端で、左が大学正門。学バスはここを右折した先の「早大正門」バス停が終点です。3月初めなのに暖かい陽気の中、ここから東の「早大通り」、北の「大隈通り」を歩いた後、再び「南門通り」に戻ってきました。
<大学正門・大隈講堂に向かう部分>
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 各通りで良さそうな蕎麦店があったのですが、結局この南門通りの「尾張屋」に入店。昔ながらの蕎麦店という雰囲気で、肉南蛮そばを注文しましたが、これは正解でした。「しっかりした蕎麦」という印象です。長い歴史を持っているようですが、客層は学生より年配者が多いようでした。
<蕎麦の「尾張屋」や雑貨店「Switch」などの並び>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№680]早稲田駅前商店会

■■■・・・学生街の玄関口のひとつでもある短い商店街は穴八幡宮の門前
歩いた日 H30.03.03 【新宿区】 

 3月初めというのにポカポカ陽気の土曜日、早稲田界隈を歩こうと、地下鉄東西線早稲田駅から地上に出ました。この一帯は言わずと知れた早稲田大学の城下町ですが、入試日程も過ぎた春休み期間中ということなのでしょう、駅も街も学生軍団であふれるといういつもの印象は薄く、比較的落ち着いた雰囲気が全体に漂っています。
<地下鉄駅側から見た商店街(正面に穴八幡の鳥居>
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 さて、最初は、駅出口からすぐの早稲田通り上の「早稲田駅前商店会」です。ここは、中央に早稲田高校、中学の校門があり、それらを含めた学生街の駅前商店街ということですが、ファストフード店などが目立つくらいで、商店街としての特徴はあまり感じられません。むしろ馬場下町交差点の正面に見える穴八幡宮の赤い鳥居が目立ちます。
<ファストフード店などがある歩道風景>
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<早稲田中学・高校>
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 実は、穴八幡宮を訪れたのは初めてで、迷わず石段を昇り参拝です。まず「穴八幡」という名前が興味深いのですが、源義家に由来する八幡宮であったものが、江戸初期に横穴が見つかり、中から御神像が現れたとのことで、以来「穴八幡」と呼ばれるようになったとのこと。流鏑馬や冬至の「一陽来復」のお守りも有名です。社殿の荘厳さに思わず姿勢をただし二礼二拍手一礼。この空気に触れられただけでも「来て良かった」という思いです。
<穴八幡宮>
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 駅前商店街は、地下鉄駅の西側出口からこの穴八幡の鳥居前までの100mほどの短い区間ですが、参拝を終えて石段を降りると正面に商店街の全景が見られます。交差点角にあるのは蕎麦店の「三朝庵」で、カツ丼発祥の店という情報もありますが、食事はあとにして、そこから大学正門方面に下っていく「早大南門通り」へと歩を進めます。
<穴八幡宮の石段から見た商店街全景>
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 早稲田大学周辺には多くの商店街があり、そのうちの7商店会が共同で「わせまちドットコム」というホームページを作成しています。共同イベントなども開催しており、当然、大学との密接な連携もあるようです。そのサイトで知ったのですが、早稲田は夏目漱石が晩年を過ごした地ということで、昨年(平成29年)、この近くの早稲田南町に「漱石山房記念館」という新宿区立の立派な施設がオープンしたとのこと。今回は訪れるのを失念しましたが、いずれまた来てみたいと思います。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№639]新宿七丁目商和会

■■■・・・新宿区新宿のエリアに昭和の懐かしき商店街風景が残る奇跡
歩いた日 H29.09.09  【新宿区】 

 新宿七丁目という地名から新宿駅周辺の繁華街を想像してはいけません。新宿駅からは1㎞以上の距離があり、戸山や若松町に食い込んだような位置で、バブル期の再開発等の波にも見舞われなかったような、古くからの住宅主体の地区がそこにあります。
 歌舞伎町の北端をかすめる職安通りが明治通りと交差するとその先は抜弁天通りとなりますが、それを交差点から数百m進んだ左に、旧道のように左に迂回する道があり、その道沿いと途中から北へ向かう道沿いの店舗群で「新宿七丁目商和会」が形成されています。大通り沿いはさすがに近代的なビルになっているところが多いのですが、一歩ここに入ると、「ここが新宿区新宿?」と思うようなレトロ感ある街並みが見られます。
<左にふぐ料理「三浦屋」などがある中央付近>
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 店舗は概してくすんだイメージで、数階建てのビルの一階部分にあるものでさえ、何か昭和のころからそのまま、と感じてしまうような風情です。新宿区商連ホームページの紹介文によると、昭和33年に「東大久保二丁目商店会」として商店会が設立されたそうで、「同60年9月には青年部を結成した」ともありますが、既にそれから30年以上経っています。「青年」はいずこに?
 でも、「有名な飲食店さんもあり芸能人も訪れることもございます」とのことで、ふぐ料理の「三浦屋」などがそれに当たるのでしょうか。興味を引いたのは、外観が普通の住宅風で気づきにくいのですが小さな看板でそれと知れる蕎麦店「そば寿 す奈ば」です。目立たない場所にひっそりとたたずむ名店というところでしょうか。数組の客が出てきましたが、2時を過ぎて昼の部は終了らしく「支度中」の札になっていました。「す奈ば」とは、あの「砂場」の暖簾分けなのでしょうか。
<右が「そば寿 す奈ば」>
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 東へ進むと、「家康の江戸入府以前から大久保に居住していた久左衛門さんが拓いた」という「久左衛門坂」にかかり、そこを上ると抜弁天の交差点に出るのですが、その坂の手前、シックな構えのペーカリー「パン家のどん助」で、その日の間食用の菓子パンをいくつか買いました。ユニークな店名ですね。マンションなどが建設されたりもしており、商店街としての機能はかなり薄れていますが、それでもこの懐かしさ漂う空間がここに残されているのは一種の奇跡かもしれません。
<久左衛門坂の途中からみた商店街方向>
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<右が「パン家のどん助」>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№638]戸山ハイツ西通り商店会

■■■・・・高齢化が進む築50年の高層団地に残された最後の社交場
歩いた日 H29.09.09  【新宿区】 

 都営戸山ハイツは、山手線の内側では稀少な大型アパート群です。もともとは戦後、大陸からの引揚げ者や戦災の被災者などを収容するために陸軍用地の跡地に作られた木造住宅群が、昭和40年代に高層団地に建て替えられたという経緯を持ちます。
 35号棟まであるという巨大団地ですが、建設から既に50年近くが経過し、都営アパートという性格もあって、住民も高齢者の割合が相当高くなっているようです。郵便受けが並びエレベータホールに連なる薄暗い通路に入ると、いかにもひと時代前の公営アパートの雰囲気が濃厚に漂っています。そんな通路に高齢者が座り込んでいてギョッとさせられたりもします。
<高齢者が歩く商店街>
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 これだけの巨大団地なので、団地内の各所に商店街が設けられたようですが、多くの団地内商店街の例に漏れず廃墟化している部分が多いようで、唯一、ここ33号棟の一階部分にある「西通り商店会」が商店街らしさを保っているという感じです。「戸山ハイツ西通り商店会」の名で新宿区商連にも加盟しており、万国旗をはためかせた棟の東西面に、時代を感じさせる店舗が並んでいます。
 ここは広大な戸山ハイツの南西端で、新宿の繁華街に一番近いこと、また近年、近くに副都心線の東新宿駅ができたことなどが、商店街機能の維持に幸いしているものと考えられます。それでも、区商連ホームページでの同商店街の紹介文は「都心に残るレトロな面影 戸山ラビリンスへ」です。「団地の居住者はもとより近隣の消費者からも大変支持され親しまれ、売上増進、友好親睦に大きく寄与してきた」そうで、最大34店舗があったとのことですが、近年は「閉店する店舗が増えている」ということで、確かに空き店舗区画も多々見られます。
<青果店などがある西面北側の状況>
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<一番南の中華料理店や家庭用品店など>
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 青果店が営業しているのが救いで、他には団地内商店街らしく、クリーニングや理容、電器店などのほか、店頭がまるで植木屋のような家庭用品店などもあり、また、中華料理をはじめ喫茶も含め飲食店が数軒営業し、ご近所の社交場となっているらしい様子も伺えます。
<東面の喫茶店など>
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 このあたりは意外に起伏がある地形で、この棟の東も斜面の公園になっていて、そこをたどっていくと山手線内で一番高いという箱根山に行くこともできます。

・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№637]オレンジコートショッピングセンター会

■■■・・・戸山公園隣接のマンション1階に、周辺からも重宝される商店街
歩いた日 H29.09.09  【新宿区】 

 土曜日の昼ですが、この近くであるイベントの会場を訪れる用事があり、その会場がかなり蒸し暑かったので、そこを出て風を受けながら歩いたのですがやはり日射しが暑く、涼を求める形でマンション下の屋内型商店街のここに足を踏み入れました。
 ここの住所は大久保三丁目の北の端で、高田馬場駅が徒歩圏ですが、ここから戸山町にかけての一帯は戦前は陸軍用地だったそうで、今は公営住宅群や戸山公園、早大理工学部などで占められています。このすぐ東にも都営西大久保アパートというかなり年季の入った中高層住宅群があるのですが、このオレンジコートがあるビルはそれとは別の「ニュータウンオークボ」という民間マンションです。
<西側から見た入口付近>
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 とは言っても昭和56年築というからもう40年近くの時を刻んでいますが、ショッピングセンターとしては、上のマンションだけでなく周辺の公営住宅群等の住民、あるいはオフィス勤務のビジネスマン等に重宝されているというところでしょう。
 なぜ「オレンジコート」というのかはわかりません。屋内型と書きましたが、屋内は半分程度で、東側の残り半分は中庭(コート=court?)を囲む形で店舗区画が配置されるという造りになっています。スーパーのマルエツが入っており、これがあるが故に集客力が確保されていると言えそうです。早大理工学部、戸山公園方面から高田馬場駅方面への抜け道としても利用されているようで、一部シャッターが閉じた区画もありますが、30ほどの専門店が営業しています。
<屋内部分(右にマルエツがある)>
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 歯科医院や理美容、学習塾などサービス系も目立ちますが、「やおやさん」という名の青果店や精肉店が、マルエツと共存する形で営業しているのが心強いところです。飲食系では、寿司店とインド料理店、スイーツ系の喫茶店「こくーん」があります。住宅が多いとはいえ、やはり山手線の内側ですから、住民以外でも一定の飲食需要はあるということでしょう。
<中庭を囲む屋内区画部分>
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 屋外の中庭には円形のベンチがあって、人々が思い思いに寛いでいます。また、公衆トイレを完備しているのも好感が持てます。ここを出て南側に進むとすぐに緑豊かな戸山公園で、このマンションの住民たちは贅沢な庭を持っているとも言えそうですね。
<戸山公園>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

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[№630]オリエンタル通り商店会

■■■・・・哲学堂公園に向かう坂道も今や実体を失いかけた商店街
歩いた日 H29.08.19  【新宿区】 

 新宿区商連ホームページでのこの商店会の紹介文には、「哲学堂の南、新宿区が妙正寺川の南側に飛び出している部分にある商店街です。」とあります。確かに、地図を見ると新宿区の北西端にあたる西落合の領域が、哲学堂公園の付近で中野区に食い込むように飛び出した部分があり、哲学堂通りが西武線の新井薬師前駅に続いています。その区境から妙正寺川にかかる四村(しむら)橋までの坂道沿いがこの商店街というわけです。
 商店会名の由来は、同じ紹介文で「北側の妙正寺川沿いにオリエンタル写真工業の工場があったことから」と書かれており、その工場の敷地は今は妙正寺川公園とマンション等になっています。
 この日は、新井薬師前駅から薬師駅北口商店街(中野区)を歩いた延長上でこの商店会区間に入りましたが、街路灯の違いで区境を認識することができました。境界部分の道端に、小さな祠に収まった3体のお地蔵様がいらっしゃいました。
<区境にあるお地蔵さん>
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 その前から坂道を下っていきますが、商店街とは名ばかりとなった現状に呆然とさせられます。街路灯には「オリエンタル通り商店会」の銘板が貼られ、ここが商店街区間であることは間違いないのですが、坂の途中の営業店としては、「松寿司」やコインランドリー、洋菓子店の「シュマーレ」、そしてコンビニが目につく程度で、あとは普通の住宅等が連なっています。空き店舗化した建物も見られます。わずかに、四村橋の交差点の手前に電器店や小料理店の看板の店の固まりが見られますが、商店街の実体として認められるのはその程度です。それでもここは新宿区なのです。
<坂の途中の洋菓子店「シュマーレ」>
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<唯一、商店街らしい店舗の並びが見られる部分>
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 四村橋の上から、左右が妙正寺川公園としてきれいに整備された川を見下ろしていたら、ポツポツと雨が降り出しました。下流側の広場では盆踊りの準備中でしたが、この日の盆踊りはどうなったでしょうか。準備万端の私は傘を取り出して広げ、新井薬師前駅へ向けて坂を上り戻っていったのでした。天気が良ければ哲学堂をゆっくり観ていきたいところですが、またの機会としましょう。ところで、その哲学堂公園は中野区立公園なのですね。
<四村橋から見下ろした妙正寺川>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№568]十二社商店親睦会

歩いた日 H28.12.03 【新宿区】 
 西新宿の新宿中央公園の北西端、熊野神社前交差点から十二社通りの南へ数百メートルの区間で構成する商店会です。とは言っても、通りの東側は中央公園と熊野神社の領域で、店舗の並びは西面だけです。並木がきれいで、その合間の街路灯に下がるフラグには「江戸の昔は奥座敷 今は都のお膝元」の文字が踊ります。十二社熊野神社は、室町期の応永年間に紀州の熊野三山より十二所権現を移し祀ったのが起源と伝えられ、江戸時代には熊野十二所権現社と呼ばれたそうです。
 新宿区商連ホームページの紹介文によると、商店会は昭和52年の発足だそうですが、明治の淀橋浄水場の建設、昭和40年以降の新宿副都心開発でこのあたりの環境は激変したようです。かつてあったという十二社大滝、十二社の池もなくなり、「十二社」の地名自体が忘れ去られたようにも見えますが、商店会名に採用しているのはうれしいですね。道路をまたぐ歩道橋に昇ると、中央公園の美しい黄葉の向こうに都庁がそそり立っているのがやや異様にも見えます。
 交差点の「珈琲ブラジル」から始まり、緩やかな上り坂の十二社通り沿いと、そこから西側の路地の一部を含め、店舗は、主に近代的ビル群の階下に点在する形で展開していますが、構成店舗には、中華や焼肉、ラーメンなど庶民的ジャンルの店舗も目立ち、平日は近隣のビジネスマン達の胃袋を満たす役割も果たしていると思われます。そんな中に「たがみ陶苑」がたくさんの陶器を店先まで並べて営業しているのが頼もしく見えます。
 ここらで遅めの昼食をと思い、思わず足を止めたのが肉そば家「笑梟(ふくろう)」。入ってみると、肉そばは、山形県寒河江市、河北町の名物料理だそうで、肉は鶏肉、麺はそばかラーメンを選べますが、そばを注文。よく見ると、冷たい肉そばがスタンダードとのことですが、温かいのを頼んでしまいました。でも、鶏肉のうまみが効いたスープとそばの取り合わせは美味です。聞くと、社長が山形出身の方だそうで、他に支店などはなくここが唯一の店とのこと。こうして、思わぬところでうれしい味にめぐり合えるのも商店街歩きの醍醐味のひとつなんですよね。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

熊野神社前交差点から始まる商店街
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歩道橋から見下ろす街並み風景
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「たがみ陶苑」や「笑梟」の並び
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熊野神社
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中央公園の向こうにそそり立つ都庁
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[№567]西新宿みのり商店会

歩いた日 H28.12.03 【新宿区】 
 新宿区商連のサイト「新宿ルーペ」でこの商店街の名を見つけました。紹介文によると昭和24年発足という歴史を持ち、都庁に最も近い一般住宅地として残る地域にある商店会で、「ビルの合間や路地裏に店を構え、営業を続けております」とのこと。最寄り駅と思しき都営大江戸線の「西新宿五丁目(清水橋)」に降りました。ここは新宿区西新宿の西の端で、駅上の方南通り沿いは近代的なビル街で、沖縄料理店、中国料理などもありますが、見上げた街路灯には「交和通り電灯会」という文字もあり、目指す商店街との関係はよくわかりません。
 熊野神社前交差点の先は超高層ビル街が間近で、威圧されそうな雰囲気ですが、目指す「熊野神社前交差点の北西側の路地」というところを探します。裏道に入ると、確かに新宿副都心のすぐ隣に残る一般住宅地区で、いつ再開発に飲み込まれてもおかしくないところですが、その中に見つけました。昭和風情そのままの遺跡のような商店群を。理髪店、だんご屋、銘茶店、コインランドリー、そして青果店など。いずれも、超高層ビル街の陰で忘れ去られたような風情で生き残っています。だんごの「やよい」には「注文受けてから焼きます」の表示が。
 青果店の前には、暗渠化された神田川笹塚支流に架かる橋の欄干が残されています。「柳橋跡」の説明板があり、昭和38年までは自然河川の姿があったそうです。少し南の路傍には、「猿田彦大神」の幟が添えられた古い庚申堂があり、歴史を伝えています。逆の北に抜けたところには、ビル化されていますが「羽衣湯」が営業しているのもうれしいところ。
 そのあたりで商店街の終端かと思えば、さらに「渋谷本町商店街」と表示のある道が続いています。確かに渋谷区本町が食い込んでいる部分ですが、渋谷区商連のリストにもないところです。そちらはまた近い内にゆっくり見にきましょう。
 看板建築の精肉店などを見ながら南北の大きい道路「十二社通り」に出ると、そこは西新宿商店会の領域。きれいな歩道と並木が整備されたビル街で、一気に何十年もタイムスリップした気分。それにしても、ここが西新宿かと思わせる大発見でした。まさに「見届けられた幸せ」というところです。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

ここも西新宿! 昭和の空気満載の商店群
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タイムスリップの気分が味わえるラビリンス
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「柳橋跡」の向こうに青果店
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歴史を伝える庚申堂
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超高層ビルをのぞむ駅上の方南通り
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[№535]高田馬場宮田商店会

歩いた日 H28.07.16 【新宿区】 
 多くの学生などで賑わう高田馬場駅にほど近い位置にありながら、ひっそりと忘れられたように寂しげな風情を漂わせる商店街があります。それが「高田馬場宮田商店会」で、新宿区商連のサイトで知りました。駅から西へ早稲田通りを少し歩いたところから右(北)側の神田川方向へ坂を下ったところで、川を渡れば下落合という場所でありながら、渡った先は下落合駅の方が近くなり、とても目立ちにくいエリアです。
 このあたりは、複雑に絡み合う一方通行主体の道路沿いにアパートやマンション等の住宅がランダムに建て込み、戸塚第三小学校のほかは大きな事業所等は少なく、このエリアの存在自体を知る人は少ないでしょうし、ここを歩くのはエリア内の住民が主、ということで、坂を上れば早稲田通り沿いの商店街の方がよほど賑やかという環境から、華やかさにはほど遠い静かな空気が漂っています。
 この日は、さかえ通りを抜けて、東京富士大学の前からここへたどり着きましたが、それも地図を頼りにやっと見つけたという感じ。東の端から入りましたが、古びたスナック「宴」から始まり、少し間をあけて、「肉 魚 酒」という看板の店、不動産店等がありますが、「本当にここがそうなのか?」と思う寂しさ。さらに間をあけた先でやっと商店街らしい風景となりました。
 とは言っても、半ば住宅地化した状況の中で、シャッターを閉ざした居酒屋風や、昔は何かの店舗だったのであろう古い看板建築などが目立ちます。中央の小さな交差点角にあるコンビニ「ポプラ」が最大の現役度を示しているほか、「Coffee」の幟が揺れる小さな喫茶店やアジア料理の店、そしてクリーニング店などに現役の息づかいが感じられる程度。
 近くを神田川が流れることもあって、昭和50年前後に唄われたかぐや姫の「神田川」の歌詞が似合いそうな世界、そんな時代を懐かしく思い出させる商店街の名残の姿、とも言えそうです。新宿区内にもこんな世界が残っているのですね。間食用の菓子や惣菜などを買える店がみつかるわけでもなく、結局往復したのみで、駅方向に戻ってしまいました。でも、過去を懐かしむ世代の中高年の皆さん、気軽に感傷に浸れる良い場所かもしれません。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

ひっそりと佇む商店街の中央部付近
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古い建物の空き店舗やアジア料理店など
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店舗もまばらな商店街の東端付近
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[№534]さかえ通り(高田馬場)

歩いた日 H28.07.16 【新宿区】 
 高田馬場は早稲田の学生街の印象が強いですが、山手線の西側はやや異なる印象もあります。JRの改札を出てガード下を左に出るとすぐ、早稲田通りの向こうに「さかえ通り」のアーチが見えます。アーチには「東京富士大学入口」の文字も。「さかえ通り」を抜けた先に同大学があるほか、地図を見ると、通りの中ほどから北へ神田川を渡った先には東京美容専門学校や東京アニメーションカレッジ専門学校などもあり、早稲田だけではなく多様な学生たちの通行が多いところです。
 訪れたのは土曜の昼時ですが、人の通行は多く、やはり学生らしき若者たちが主な中に多様な年代層も混じるのは、学校だけでなく様々な事業所や住宅等が混在する周辺地域の特性を表していると言えるでしょう。ただ、この通りを構成する店舗は飲食店が多く、特に、ラーメン、焼き鳥など庶民的感覚の店が大半を占めるのは、学生たちのニーズに照準を合わせているということでしょう。
 しかし、それだけではありません。通りに入って間もなくの左手にある青果の「加藤商店」は、昭和30年代建築と思われる煤けた看板建築で、古き良き時代の空気をとどめており、隣の「Club Magician」の横文字看板とのミスマッチが面白いところです。西側出口付近にある緑色のビルやその隣の建物なども、入居しているのは庶民派飲食店ですが、時代を感じさせます。こういう空間で時を過ごした若者たちが社会に巣立ち、それぞれに世の中を動かしているのでしょう。
 この西側出口にかかるアーチの文字は「さかえ通り商店街」です。独立した商店街のように見えますが、新宿区商連のホームページでは早稲田通り沿いと合わせて「高田馬場西商店街」の一部の扱いなのはどういうことでしょう。十分に独自の歴史と力を持っているように見えますが・・。歴史といえば、通りを抜けた先の東京富士大学前に架かる橋は「田島橋」。江戸時代からあった橋で、但馬(たじま)守の下屋敷があったことに因む名であることや、この上流に月の名所であった犀ケ淵という深い淵があったことなどを記した説明板があります。
 さて、昼食は「洋包丁」でポーク焼肉ランチをいただきました。気軽な定食屋という感じですが、外国人学生風の方が流暢な日本語で店主と会話していました。これも高田馬場らしいところです。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

駅側の入口付近。飲食店が多く並ぶ
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年季の入った建物が並ぶ田島橋寄りの出口付近
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レトロ建築も混じる(加藤商店)
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学生の通行が多い商店街
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[№467]中井商友会

歩いた日 H27.10.24 【新宿区】 
 西武新宿線中井駅の南側に位置する短い区間の商店街です。駅踏切前後から西武線の北側一帯に展開する「中井商工会」と似た名前ですが、別組織で、妙正寺川の橋を境とし、橋の南に時計つきの立派なアーチがあります。西武の駅に直接接してはいませんが、実質的な駅前通りの一部で、さらにここに、都営大江戸線中井駅のA2出入口ができているので、乗り換え客もここを通ります。
 実際に商店が並び人通りが多いのは、都営線出入り口の前後までで、その南の上り坂になる部分ではぐっと「渋み」が増します。この日はこの南側から商店街に入ったので、坂の上から見下ろした後に下っていく形となり、この坂の「渋さ」が第一印象として焼きつきました。
 幅4mほどの狭い坂道区間は、東京信用金庫から始まりますが、その向かいにあるのが「喫茶とお食事」の昭和ムードな「La Neige」、そのすぐ下には、贈答品や陶器の「後藤商店」がレトロ感満載で現れるほか、惣菜店と青果店の向かい合い、さらに営業中かも疑わしい「クリーニング」の煤けた看板建築と続きます。駅直近なのに、この渋さは貴重ですね。
 坂を降りたところで時代が何十年か進むような感じです。クリニック、書店、串揚げ店、駅前コミュニティストア「IZUMI」、牛丼の松屋などが並ぶ中に、真新しい地下鉄出入り口がぽっかり口をあけています。異次元空間の入口のようにも見えます。
 このあたりは偉大なる漫画家、赤塚不二夫ゆかりの地であるとともに、アニメ版「時をかける少女」の舞台でもあったそうです。短い区間を歩く間に、まさに「時をかけた」感触も味わえる商店街でした。住所は上落合二丁目なのに「中井」を名乗るのも何かミステリアスです。
 北側入口にあるベーカリーの「サンメリー」で、間食用のパンを買いました。チェーン店ですが、おそらくここの限定販売と思われる「中井あんぱん」に思わず手が出てしまいました。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

地下鉄出入り口付近の商店街風景
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ぐっと渋みが増す南側の坂道区間
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妙正寺川の橋の南の商店街アーチ
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[№466]上落合銀座商盛会

歩いた日 H27.10.24 【新宿区】 
 この商店街は、西武新宿線と都営大江戸線の中井駅が最寄りですが、とても目立たないところにあります。住所は上落合三丁目。東西方向に谷を刻む妙正寺川から南へ向けて細い坂道を昇ってくると出くわしました。車一台やっとの道沿いです。
 新宿区の西のはずれにありながら、時代から取り残されたような風情の光景です。商店の連続性は希薄化し、空き店舗化した商業建築も目立つという状況ですが、町内から中井駅方向への生活動線となっているようで、左右の坂道からひょいと人が現れたりします。人口密度は高そうですが、この商店街で買物をする人はどれだけいるでしょうか。
 でも、この雰囲気、なかなか良いです。いかにも昔ながらという感じの青果店と鮮魚店が向かい合っていたり、今は見ることも少なくなった「日立チェーンストール」の看板の電器店があったり、その先にはご近所の皆さんのたまり場になりそうな気さくな構えのうなぎ料理店があったりします。重厚な構えの「五十嵐硝子店」は時代を感じさせます。
 そこを過ぎると、「上落合銀座商盛会」の街路灯は続くものの住宅地の様相となり、やがて落合斎場となります。そう、ここは、落合斎場へのアクセスルートのひとつなのです。商店街の街路灯はこの斎場の手前で途切れます。しかし、道幅がとても狭いので、車でのアクセスは別ルートなのでしょう。喪服の集団が歩くという光景には出会いませんでした。
 斎場前から引き返しました。400mほどの商店街を戻ると、広幅員で立派に整備された山手通りに出ますが、その出口脇にあるのが最勝寺という立派な寺院。この寺院の塀があるため商店街が山手通りに直接接していないのが、この商店街を目立たなくさせている一因のようです。知る人ぞ知る商店街、と言ったところでしょうか。大江戸線の駅入口もすぐそこなのですが。
 山手通りの喧騒と、しっとりした昭和の商店街との対比がとても印象的です。いやあ、新宿区にもいろんなところがあるものです。そして、いろんな「銀座」があるものですね。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

昔ながらの青果店と鮮魚店が向かい合う
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重厚な「五十嵐硝子店」などの並び
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[№465]中井商工会

歩いた日 H27.10.24 【新宿区】 
 中井駅は、西武新宿線で高田馬場から2つ目の駅。この駅の東側駅前踏切を挟む南北の道と、その北で接続する東西の道沿いに展開するのが中井商工会です。商店会ではなく商工会を名乗っていますが、「工」の要素がどれだけあるでしょうか。実際、中井駅周辺で最も規模が大きく、中心的役割を果たしている商店街に見えます。この日は、南の落合駅方向から妙正寺川を渡り、この商工会区間の一番東の端あたりにたどり着きました。ここから西に向けて歩きます。
 東西区間は幅6~8mほどですが、新目白通りとの接点から山手通りをくぐって中井駅の西側まで600m程度も続いています。東の端が中落合公園。最初のうちは商業色がそれほど濃くありませんが、商工会の名入りの街路灯はずっと続いています。この道の北側に接続する道は、見晴坂、六天坂などすべて上り坂となっており、崖に沿った妙正寺川が刻んだ谷沿いに歩いていることがわかります。
 さて、駅に近づくにつれ店舗密度も高まってきますが、あまり垢抜けた感じはなく、懐かしい香りが漂っています。昭和建築の呉服店や名店と言われる「白雪鮨」、電器店、和菓子店などをほのぼのと眺めながら、気がつくと駅からの道がぶつかるところまで来ていました。駅前通りらしく人通りが多く、メロンパン店など今風の店もありますが、やはり垢抜け感はなく親しめる感じです。この中の蕎麦店「尾張屋大吉」で昼食にしました。ランチタイムは過ぎていましたが、サービスメニューのミニ玉丼セットを、ランチと同じ700円でいただきました。
 踏切を渡った線路南側の一部区間や駅南側の妙正寺川沿いも商工会の範囲ですが、線路北側から東へ入る小さな路地も面白い空間です。夜に賑わいそうな路地空間ですが、猥雑感はそれほどありません。その路地を抜けていくと先ほどの「白雪鮨」の脇に出ました。
 東西区間は西へ続きますが、山手通りをくぐった先で商店街は終わります。やはり北側には坂道が接続しますが、この先に林扶美子記念館があります。「浮雲」等で知られる林扶美子が晩年住んだ地だそうです。そんな文化も背負った商店街ですが、やはり全体に昭和の香りが残る良好な印象でした。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

昭和ムード漂う東西区間の店舗群
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南北の駅前通り区間もやはり懐かしい雰囲気
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駅北東側の飲食店等が多い路地空間
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[№464]上落合発展会

歩いた日 H27.10.24 【新宿区】 
 新宿区商連のサイト上の商店会リストに「上落合発展会」の文字があり、すごくラフなマップですが、落合、下落合、中井の駅の中間地点あたりのようなので、どのように「発展」しているのかと思い、訪れてみました。地下鉄東西線落合駅からのアプローチです。
 落合駅の東側出口から北へ向かいます。しばらくは住宅地の中の狭い道で、その道が東方向へ向きを変えた先にいくつかの店舗が現れます。が、あるのは米穀店、クリーニング店、銭湯、とんかつ店くらい。人通りが少なく、商店街とは言い難い雰囲気です。本当にここ?、という感じ。
 そして2車線歩道つきの道に出ます。地図によるとこの道は上落合中通りと呼ぶようで、南から東へ折れる前後にやはりコンビニを含むいくつかの店舗が点在する形で貼りついています。しかし、やはり商店街らしさは感じません。位置はおそらくここで間違いないのですが、どうやら名前の勇ましさとは裏腹に、衰退してしまったようです。商店街の存在の目安となる独自の街路灯もありません。
 空き店舗らしきものも見られることから、かつてはもっと店があったのでしょう、街路灯もあったのかもしれません。しかし今は商店街の役割をほぼ終えてしまったように見えます。周囲は住宅地で多くの人が密度高く住んでいるのでしょうが、どの駅からもやや距離があり、立地条件面での不利が拭えなかったのかもしれません。ここが新宿区内であることが嘘のようです。華やかな新宿のイメージとは程遠い、静かな光景がここにあります。
 光徳寺などを見ながら東へ進むと、落合水再生センターがあり、その周囲が公園になっています。水再生センターとは下水処理施設のこと。緑は多いですが賑わいはありません。そこまでの途中で、和定食を提供する店が呼び込みをしていました。その先には蕎麦店が健気に営業中。商店街らしさはなくなっても元気に営業を続けてほしいところです。
 この日は、もう少し腹をすかしてから昼食にする予定で、北を流れる妙正寺川から中井商工会の方向へ歩を進めました。
・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

商店街の「名残」のような風景
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上落合中通りに点在する店舗等
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健気に営業を続ける古そうな蕎麦店など
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[№326]まねき通り商店会

歩いた日 H26.06.21 【新宿区】 
 抜弁天の交差点は、下を地下鉄大江戸線が走るとはいえ、若松河田駅と東新宿駅の中間で少々不便な位置にあります。この交差点角で大きな道路に挟まれるようにあるのが厳島神社「抜弁天」。新宿七福神のひとつで源義家の勧進によるものと初めて知りました。お参りして交差点を渡り、南に向かう小道に入るとそこが「まねき通り商店街」で、進むほどに時代が数十年遡る感覚にとらわれます。
 幅4mもないような細道が、東京医科大学の裏に突き当たるまで300mほど続きます。新宿区商連ホームページ上の紹介文では「150年余りも道幅の変動のない狭い商店街です」となっていますが、街並みの雰囲気も大きな変動ないようで古き良き時代の風情を残しています。唯一近代的な「スーパー丸正」をやり過ごすとまもなく右手に七面明神像が区の文化財という法善寺。ここから先が昭和の残像のような空気感です。
 この通りは新宿六丁目と富久町の境をなしていますが、富久町といえばバブル期に地上げで有名になった地名。よくぞ耐えてこの風情を今に残してくれたものだと感謝したいくらいです。空き店舗や改修された建物も目立ちますが、それでも、寝具店や酒店、豆腐店、理髪店、釜飯店などが懐かしさ満載で健在です。洋服仕立ての「テーラー」もあります。かろうじて読み取れる「岡田酒店」はかつての栄華を思わせる重厚な建物です。
 「おそば」という大きな看板を掲げる「富久町砂場」に入ると渋い店内にお客が数人。冷しきつねそばで癒されました。「この通りは昔のままの雰囲気でいいですね」と声をかけると、「そうですか、でも人通りが少なくなっちゃってねえ」と女将さん。
 パン店の「峰屋」で間食用の菓子パンを購入。「酒種あんぱん」が名物だそうで、帰ってから食べると小さいけれど餡がたっぷり入って美味でした。こういう良い店がひっそりとあることも魅力です。
 新宿区内にもこんなにタイムスリップ感の味わえる商店街が残っていたんだと、感激したひとときでした。「まねき通り」の名は弁天様に由来するのでしょうね。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

古き良き建物も残る懐かしい商店街
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「富久町砂場」などが並ぶ昭和風情の道
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[№325]若松商店会

歩いた日 H26.06.21 【新宿区】 
 大久保通りの若松町交差点から国立国際医療センターの前までの区間の商店街です。医療センターの道を挟んだ西側に総務省統計局の統計センターがあるため、かつては仕事で統計データの閲覧等に来ることがあり、そのころはバスしか交通手段がなかったため、バスでよく通ったところです。今は、都営地下鉄大江戸線の「若松河田」駅も最寄りです。この駅の若松口から地上に出ます。
 ここから少し東へ歩くと若松町の交差点です。この交差点角には「東京堂金物店」がどっしりと構えていますが、そちらは「若原共栄会」の領域。「若松商店街」はその向かいで、大久保通りを西に向かう側です。入口角のとんかつ店「とん加゛亭」が魅力的なのですが、ぐっとこらえて商店街を進みます。「田島屋」は惣菜店。佃煮などが美味しそうです。
 重厚な看板建築の電器店や精肉店があったり、「純喫茶ロマン」なんていうのがあったり、昔ながらのスタイルの書店があったり、畳店が現役であったりと、かなり懐かしさにあふれています。そしてこの商店街の特徴は緑が多いことですね。街路樹だけでなく歩道の植え込みが豊富で、良く管理されています。6月なので紫陽花がきれいに咲いていました。
 中ほどにスーパーの「マルダイ」があって、これが核として機能しているようです。ここに出入りする人の流れがあり、商店街の各店が共存できていると見えます。蕎麦店「尾張屋」で食事、と思ったら暖簾がしまわれている・・残念。
 医療センターのところは、以前は道がクランク状だったのが今は斜めに短絡するようになっていますが、クランクの道筋の歩道沿いまでがこの商店街の領域です。医療センターの近代的な高層ビルとこの商店街の懐かしさも漂う風情の対照は面白くもありますが、「丸角せんべい」が医療センターのほど近くにあることなど、何か不思議な気分でもあります。
 地下鉄駅からは少々外れており、空き店舗もちらほら見られますが、今後も緑を大切にしながら良い雰囲気を保ち続けてほしいと思います。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

古い建物も残る懐かしい雰囲気の商店街
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緑が豊かに管理されている
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[№281]四谷駅前新道会

歩いた日 H26.01.18 【新宿区】 
 土曜の昼に所用で都心に出たついでに、ちょいと地下鉄で四谷へ。駅前の新宿通りと外堀通りが交わる四谷見附交差点は相変わらず交通量が激しく喧騒に包まれています。四谷地区では、ここから西への新宿通り沿いをはじめいくつかの商店会が共同で「四谷タウン」というホームページを開設していて、二丁目、三丁目方面へと進めば、荒木町など個性濃厚な商店街もあるのですが、この日は時間も限られていたため、駅前の新宿通りのすぐ北側に並行する「しんみち通り」だけを歩きました。
 「四谷駅前新道会」という組織名で新宿区商連に属しているようですが、上記「四谷タウン」では記載がなく、独自の道を歩んでいるという感じです。飲食街の性格が強く、近くに上智大学などもあるせいか土曜なのに若者たちが多く通行し、平日のビジネスマンの需要と合わせてランチや「飲み会」の場として重宝されている感じです。
 駅前の外堀通り側から入るとすぐ、「かつれつ四谷たけだ」に行列ができているのが目を引きます。平成23年に人気洋食店からリニューアルオープンしたそうで、このような「行列ができる店」があることは商店街にとっても良いことですね。他の店もそれに刺激されて全体がレベルアップする、というのが商店街活性化の王道だと思うのです。
 その先200mほどの商店街内には、種々雑多な飲食店等が密集しており、昼なのに店から出てきたグループが奇声を上げてたむろするという風景も見られます。古くからの店もあるのでしょうが、乱立する看板群からよそ者がそれを見分けるのは難しいものです。何となく圧倒される感じで商店街を抜けると、出口に駅側と同じ「しんみち通り」のアーチがかかります。
 再び駅方向に戻って、中ほどの庶民的定食屋というべき赤い大きな看板の「BAMBI」で昼食にしました。「和牛ハンバーグステーキ」が売りのようで、これとカニクリームコロッケのセットの700円は満足できます。他にもセットメニューがいくつかあって、幅広い年齢層に愛されているようです。胃袋が満たされた満足感を得て、駅に急ぎました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

飲食店の看板が乱立する商店街
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庶民的定食「BAMBI」前から駅方向を見る
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[№204]あけぼの橋通り商店街(住吉町商工会)

歩いた日 H25.05.04 【新宿区】 
 この通りは、元「フジテレビ通り」と言った方がわかる方が多いのではないでしょうか。今、臨海副都心のお台場で存在感を誇っているフジテレビは、昭和30年代の開局から平成9年の移転まで新宿区河田町にありました。この通りはそのお膝元として賑わっていたところです。昭和55年に地下鉄都営新宿線曙橋駅が開業してからは、駅とテレビ局を結ぶ通りとしてますます賑わいを増したようですが、「主要顧客」を失ってかつての繁華な雰囲気は衰え、「普通の」商店街になりました。
 しかし、商店街を抜けた先に東京女子医大病院があることや、フジテレビ跡地が公団により超高層マンション「河田町コンフォガーデン」として再開発されたこと等から、極端な衰退には至らず、一定の賑わいを保っています。通り全体が住吉町に属し、組織名は住吉町商工会ですが、通り名は「あけぼの橋通り商店街」としてアピールしており、商店街入口のアーチには両方の名が明示されています。
 ゴールデンウィーク中の途中下車で訪れましたが、祝日のわりに閉店率は低く、地下鉄駅から流れ出た周辺住民等の買物の場として機能しているように見えました。テレビ局のお膝元だったせいか、飲食店が多いように見え、その分、食料品の店が少ないようです。日常の食料品は、大半が駅近くのスーパー「三徳」で賄われているようです。
 和菓子の「玉屋」が落ち着いた雰囲気を醸し、生花店が通りに彩りを添えていますが、駅から離れるにつれて通行する人の数は少なくなります。「河田町コンフォガーデン」に吸い込まれる人も多く、テレビ局に代わる商店街の顧客層として定着しているのでしょうか。生活型の商店街としてはもう少し業種の多様性が欲しいとも思われます。
 商店街中ほどに「安養寺」の門柱があり、この地がテレビ局以外にも独自の歴史を持つところであることがわかります。安養寺坂は余丁町方面へ登る風情のある坂ですが、この日は夕暮れ間近だったので入口から覗くにとどめ、駅に戻りました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

曙橋駅(靖国通り)側からの商店街入口
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スーパー「三徳」など
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[№125]原町一進会

歩いた日 H24.10.13 【新宿区】 
 地下鉄都営大江戸線牛込柳町駅から柳町親和会商店街を訪れようと地上に出ると、そこには「原町一進会」の街路灯が。大久保通りと外苑東通りが交差する市谷柳町交差点の北西部分は柳町ではなくて原町で、商店会も別になっているのです。交差点から北西側の両通り沿いとそこから入る小道がこの原町一進会の範囲です。街路灯下には「天祖神社」の青い幟がはためいています。
 大久保通り沿いはコンビニや外食チェーン店などが目立ちますが、その中に格安な値札をつけた靴を並べる靴店が興味を引きます。交差点から外苑東通りを北に折れると、うなぎ・やきとりの稲毛屋が良い味を出しています。次々と客が訪れ、多くの人に愛されている古風で庶民的な店という感じですね。ただ、外苑東通りは交差点から南が拡幅工事中で、いずれ北のこちら側も拡幅になると、この良さもなくなってしまいそうで心配です。
 外苑東通りから西に入る2本の坂道にはそれぞれそこそこの商店が張り付いていますが、生鮮品店などはなく、あまり日常生活サービス型のイメージではありません。2本目の、北西方向に上る坂道をたどると、商店街が終わるあたりの右側に天祖神社があります。小さい神社ながら門がとても立派です。門前には慶長年間からの由来が記されていますが、天照皇大神を祭神とする原町一丁目の鎮守だそうで、地域の歴史をずっと見守ってこられたのですね。
 この天祖神社のほかにも、この界隈は寺社が多いようです。大久保通りにも「大黒天」経王寺が緑に包まれるようにありました。また、このあたりは、かつて多くの文人たちが居を構えたところでもあり、新宿区のホームページをたどっていたら若山牧水も明治40年ごろに一時原町に居住していたことを知りました。そうした文化の香りを、商店街の元気づくりに活かせないものか、などと考えるのは余計なお世話でしょうか。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

坂道の商店街
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地域の守り神の天祖神社
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[№124]柳町親和会

歩いた日 H24.10.13 【新宿区】 
 大久保通りと外苑東通りが交差するのが市谷柳町交差点ですが、市谷柳町という地名は、この交差点の東と南の狭い範囲に限られます。柳町親和会はほぼこの柳町の両通り沿いの商店で構成される小さな商店街ですが、平成12年に大久保通り下に地下鉄大江戸線が開通し、牛込柳町駅ができたので立地条件は向上したはずです。ただ、長らく鉄道網から離れていたので古き良き風情も残っているのではと期待して訊ねてみました。
 しかし、交差点から外苑東通りを南に歩くと、この通りが拡幅工事中で、西側が全面的に削られてその背後がビル化しており、東側は旧来の建物が残っているものの、空き店舗化しているところやビルに建て替え工事中のところもあり、商店街らしさは乏しい状況です。通りはそのまま薬王寺商交会に続きますが、この日は柳町交差点に引き返しました。
 この交差点は、かつて「公害」が大きな社会問題だったころに自動車の排気ガス公害が激しい地点として有名になりました。凹地状の地形で空気が滞留しやすいことが災いしていたようです。今は排ガス規制も強化され地下鉄も開通したので、地区の環境、イメージは大きく改善したことと思います。ところで、この交差点から北の外苑東通り沿いは、東側が柳町、西側が原町なので商店会も東西別となっており、柳町親和会は東面だけで、西面は原町一進会です。
 交差点からすぐ東側の大久保通り沿いで「うどんそば」の大きな暖簾を掲げる「こがねや」で遅い昼食にしました。美味しい「おおもり」そばをいただきましたが、それにしても歴史を感ずる古い店です。店主さんに聞くと昭和23年からやっているそうですが、なんとこの大久保通りも拡幅になるそうで、ちょうどこの店の位置にロータリーができるらしく、それを機に「もう古いから閉めてもいいか」と割り切っているそうです。64年も続けてきた昭和の香り満載の店がなくなるのはとても惜しい。そうやって街が変わり、個性が失われていくのですね。そんな変貌途上の商店街でした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

拡幅工事中の外苑東通り(左が拡幅でビル化)
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市谷柳町交差点と大久保通り
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[№123]牛込中央通り商店会

歩いた日 H24.10.13 【新宿区】 
 今から30年ほど前、昭和50年代後半から60年ごろにかけて、この商店街の手前付近に職場があった時期があり、昼食などで良く歩いていたところですがその後訪れる機会もなく、記憶もおぼろになっているので久々に訪問してみました。有楽町線市ヶ谷駅の飯田橋寄り出口から地上に出て外堀通りを少し歩くと左に見える上り坂が牛込中央通りです。商店街はその坂を登り切ったあたりから牛込北町交差点の前後までとそこで交差する大久保通りの一部で構成されています。
 職場があったビルが健在なのを確認してから商店街に入ると、太陽光と風車でエコを強調した街路灯が出迎えます。当時の記憶が薄れているので、とりわけどれが懐かしいということはないのですが、当時から続く店と新たな店が混在していることはわかります。当時からの店も建て替えられたものが多いようですが、一歩脇に入ったところの鳥料理「よしだ」は確かに昔のままの佇まいでした。
 納戸町バス停前のビルに茶の湯道具店があるのがユニークで、その向かいが和菓子の岡埜栄泉です。建物の新旧は別として、歴史の古そうな店を探すと、鳥肉の「鳥直」やうなぎ・天ぷらの「田川」、鮮魚の「魚辰」などでしょうか。升本酒店は歴史を感じさせる立派な店構えを守っています。
 このあたり、かつては背後にお屋敷町を控え、その御用達の老舗も多かったのでしょうが、そういう格式をかろうじて感じさせる街並みです。しかし時の流れは容赦なく街の景色を変え、当時風邪をひいた時にお世話になった「さこむら内科」も通りから一歩下がった位置に移転して新しくなっていました。
 牛込北町交差点で大久保通りに出るとその変わりように唖然とさせられます。30年前この交差点近くにランチも出す小料理屋風の店があり、元神楽坂芸者を思わせる女将さんが切り盛りする良い雰囲気で、「米なす定食」などをいただいたことを覚えていますが、その一帯は大きなビルに変わっていました。
 大久保通りに地下鉄大江戸線が通り、牛込神楽坂駅ができたことでビル化が進んだようです。フランス料理店やインド料理店など多国籍化も進んだようですね。ただ、地名だけは、納戸町、払方町、細工町、中町、北町、箪笥町と古き良き街の風情を伝えているのが救いです。魚屋や酒屋、食品スーパーや「神楽坂野菜計画」などという店もあって、日常生活ニーズにも対応できているようです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

風情ある構えの升本酒店などがある納戸町付近
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様変わりした牛込北町交差点と大久保通り
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