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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№812]旭電化通り共栄会

■■■・・・昔の名前を頑なに守る通りも、今は商店街の実態をほぼ失って
歩いた日 R01.09.07 【荒川区】 

 なんとも寂しい「石門通り」を抜けて突き当たる東西の通りです。都営バスも通ります。大正期からこの通りの北側一帯に旭電化工業の尾久工場があり、重要な産業拠点の役割を果たしていましたが、工場移転に伴い昭和52年に土地が都に売却されました。もう40年以上も前の話ですが、通りの名が変わらないのが感動的でもありますね。
  <「石門通り」が突き当たる付近>
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 この広大な土地はその後、東尾久運動場、尾久の原公園、東尾久浄化センターのほか、都立医療技術短期大学(後に都立保健科学大学)を経て首都大学東京の荒川キャンパスとなりました。
 荒川区のまちあるきマップによる「旭電化通り共栄会」の区間は、通りの北側がほぼ大学用地等で占められ、綺麗な並木道となっていますが、土曜日のせいか大学もひっそりとしています。通りも、車両の通行以外は静かで、商店街の実態はほぼないと言って良い状況です。マップに名はあるけれど、組織の実態がどれだけあるかが気になります。
  <商店街の体裁をなくした並木道>
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  <並木の向こうに首都大学東京荒川キャンパス>
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 首都大学東京は、来年(2020)春から「東京都立大学」と名を変えるそうですが、その大学敷地を右に見ながら熊野前交差点にだいぶ近づいた信号のところに、やっと店舗のいくつかの固まりが現れました。生花店が営業しており、その向かいで「はるけ」と表示するのは弁当店のようです。「米」マークの店があるのも救いかも。「そば処」もありますが、暖簾が出ていません。土曜日だからかな。
  <生花店などがある交差点>
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 頭上に尾久橋陸橋と日暮里舎人ライナーの高架が覆い被さる熊野前交差点側の入口部分に、「直寿司」と並んである居酒屋の「かわかみ」は、ネット情報では夜は大いににぎわうとのこと。貴重な店ですね。下町商店街の神髄が健在なようで、ほっとさせられます。
  <熊野前陸橋近くの居酒屋「かわかみ」など>
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 交差点の西側の向こうにはあの賑やかな熊野前商店街が控えています。少なくとも昼間は、そちらの方に完全に精気が奪われているということでしょう。そちらを再訪、とも思いましたが、厳しい残暑でバテ気味で、時間もなかったので、都電荒川線に乗車し、町屋方面に向かいました。「東京さくらトラム」の愛称をしきりにアピールしていますが、このあたりではあまり桜のイメージはなく、やはり「とでん」と呼びたいですね。

・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

●[№476]町屋稲荷前通り商店会(荒川区)を再び歩いたので、加筆しました。→こちら

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[№811]石門通り商工会

■■■・・・名の由来も不明な、実態をなくした商店街の残像
歩いた日 R01.09.07 【荒川区】 

 荒川区では区内をいくつかに分けて「まちあるきマップ」を作成、配布していて、その中に商店街の表示があるので、今回もこれに記載がある「石門通り商工会」を目指したのですが、ここは区商連のリストにはなく、これを踏襲した区ホームページの区内商店街の一覧にも見当たりません。商連未加盟の商店街は多くありますが、ここの実態はどのようなものなのでしょうか。
 日暮里舎人ライナーの「熊野前」駅で降りて、都電通りを南東方向に進み、マップによる商店街の南の入口を目指します。都電通り沿いにはちょっとお洒落なパティシエの店などがあり、期待を抱かせますが、その「地点」に着いてみると、なんとも寂しい思いにさせられるのです。
 通りは幅6mほどで北に続いていますが、都電通りからの入口の左右に門柱のような標識が置かれ、「石門通り」と記されています。が、その門柱があるだけで、商店街らしき雰囲気はありません。
 「石門」の名の由来については情報がありません。この通りを北に抜けたところにかつて旭電化工業の大きな工場があり、そこに石の門があったのでしょうか。あるいはこの門柱のようなものが石の門なのか・・・?謎です。
  <左右に「石門通り」の門柱がある商店街の南端部>
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  <シャッターを閉ざした店が並ぶ>
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 「商工会」なので「商」だけでなく「工」もあるのかとも思いますが、それらしき気配も薄く、半ば住宅地化した中に、営業を終えた商店の名残がちらほら見られる、というところです。入口が閉ざされた看板建築は何の商店だったのでしょうか。「クリーニング」の看板の店もシャッターが閉じています。「おっ、開いてる」と立ち止まったのは中華料理の店。定食メニューを表示していて貴重な店舗です。蕎麦店もありますが、営業しているのか、入るには勇気が必要そうです。
  <貴重な営業店>
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  <中央よりやや北側の区間>
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 高校生が歩いてくるので、どこから?と思えば「北豊島学園」です。向かいに医療専門学校もあります。学園敷地脇で通りに面して子育て地蔵尊が佇んでいます。やさしいお顔のお地蔵様で、地域でしっかり守られている様子です。
  <北豊島学園の脇に佇む子育て地蔵尊>
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 結局、商店街の実体を見いだせないままその北端に出ました。角のセブンイレブンが重宝されていると思われますが、向かいの正面が東尾久運動場です。多くの人が集まっていますが、商店街には無縁のようです。
  <東尾久運動場>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

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[№689]熊の渡し商店会

■■■・・・渡船場への道筋だった商店街も、今は忘れられたようにひっそり佇む
歩いた日 H30.03.31 【荒川区】 

 かつて、隅田川には数多くの渡船がありました。「熊野の渡し」もそのひとつで、今の尾久橋のあたりにあって大正年間から戦後の昭和25年まで利用されたとのことです。現在、日暮里舎人ライナーの線路が並行する尾久橋の架橋は昭和43年、その北の荒川に架かる扇大橋は昭和54年の架橋と比較的新しいのですが、ここに渡船があった風景はもはや想像もできません。
 「熊の渡し商店会」は、見つけるのに苦労するほど、住宅地に埋もれる形で目立たない位置にひっそりとあります。今や城北地域の南北幹線道路となった尾久橋通りもなかった時代、この商店街が渡船場へのアクセスルートだったのでしょうし、有名商店街のひとつである「はっぴーろーど熊野前」の延長上にあるのですが、すっかり忘れ去られた様相です。
 それでも、荒川区のまちあるきマップを頼りにたどり着いてみれば、かろうじて商店街らしき風情を残しており、店名の表示もない洋服店から始まり、酒店、蕎麦店、理髪店などが点々とある姿がいじらしくさえ見えます。
  <商店街を南の端から見た風景>
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 「シルバー茶論(サロン)」という看板の建物も半分シャッターが閉ざされ、そこからの脇道にある「レストラン山惣」も夕方5時からの営業とのこと。シャッター店と化したものも複数見られる中には、青果店だったと思しきものもあり、こうした店が現役だったころの光景を見てみたかったものです。
  <商店街中程の風景>
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 短い商店街の北端付近には小綺麗に整備された小公園がありますが、人の姿は見られません。その向かいで、最も現役度が高く見える店が「和ショップ みやこ」です。町屋の茶鋪「北村園熊野前支店」が和風小物なども扱っているところのようで、知る人ぞ知るというような静けさながら健気に営業している姿には心が和みますね。
  <「和ショップ みやこ」>
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 ところで、「熊野前」は熊野神社に因む地名ですが、熊野神社は西隣の「宮ノ前」電停前にある尾久八幡神社に合祀されたそうで、交差点付近にあったという熊野神社は今はありません。熊野の渡しの名残も、尾久橋の下の小さな説明板しかありません。時代の変遷を感じます。
  <「熊野の渡し」の説明板>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№688]女子医大通り宮前商店会

■■■・・・病院の門前商店街は、レトロな魅力も見せるが一抹の寂しさも漂う
歩いた日 H30.03.31 【荒川区】 

 荒川区内の都電荒川線沿いには、電停ごとに地域密着型の商店街があると言っても過言ではなく、以前訪れた「熊野前」、「小台」に挟まれた「宮ノ前」にも「女子医大通り宮前商店会」があります。電車を降りた信号交差点がもう商店街入口。ここでの「女子医大」とは、東京女子医大東医療センターのことで、こういう下町の住宅街の中に、あの市ヶ谷河田町の東京女子医大病院の分院ともいうべき施設があるのは意外でもありますが、その歴史は戦前から始まっているようです。
 電車通りから入ってすぐ、「宮前青果」とレトロ感満載の惣菜店「ふじた」が向かい合っているのが感激で、惣菜店ではおにぎり等のほか、コロッケがひとつ60円で売られています。
  <「宮前青果」と「ふじた」の向かい合い>
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 少し進むと右側に蕎麦店の「瀧乃家」がありますが、なんと、店先に「22年間ありがとうございました」の表示が。この日は3月末日で、店じまいの日ということ。覗くと、昼時ということもあって満席の盛況でした。地域に愛されてきた店なのでしょうね。惜しいことです。
  <本日閉店の蕎麦店「瀧乃家」>
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 昔の歌手のポスター等で飾りたてられた「ニュー木の実」という喫茶・スナックなどを見ながら進むと、小さな四つ角に面して、テレビの「孤独のグルメ」にも登場したという名物とんかつ店「どん平」がありますが、ちょうど1時で暖簾がしまわれてしまいました。しかし、その直後に女性客が3人やってきて、店と交渉して入れてもらっていました。女性パワー恐るべし、です。
  <商店街中央付近の「どん平」など>
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 その斜向かいには、これまたレトロな「鮨福」もありますが、さらに進むと左に医療センターが現れます。この門前商店街ともいうべきところなので薬局が多いのも特徴。ただ、細い一方通行路にセンターを訪れる車やタクシーが多く通行するのが難点でもあります。センターの向かいには「尾久珈琲亭」やイタリアンの店もあり、医療センターとの共存というところでしょうが、その先、田端変電所に突き当たったところで商店街が終わります。全長300m弱のほのぼの商店街ですが、一部普通の民家になってしまっているところもあり、熊野前や小台に比べてやや精彩に欠けるという感じです。
  <東京女子医大東医療センター前(この先に「尾久珈琲亭」など)>
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 電車通りに戻り、蕎麦の「朝日屋」に入店。力そばで昼食にしました。湯葉も入って美味。その後、その向かいにある尾久八幡神社に参拝しました。尾久一帯の鎮守として長い歴史を持つ立派な神社で、境内の桜が満開、それを中国人グループがパチパチ写真撮影しているのが印象的でした。
  <尾久八幡神社の前を都電が走る>
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・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★★☆

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[№590]遊園地通り商興会

歩いた日 H29.03.18 【荒川区】 
 「あらかわ遊園」は小さな子どもを主対象とした都内唯一の区立遊園地であり、日本で一番遅いコースターなどゆるーい感じのアトラクションが安価に楽しめるところとして知られます。その遊園地を北端とした南北にほぼまっすぐの600mほどの道沿いにこの商店会が構成されています。今回は土曜の午後に南から北へ歩きました。何か所かに「荒川遊園通り」のユニークな案内板があります。
 第七中学校のある明治通りに近い側は遊園地の喧騒とは無縁で、年季の入った中華料理店やシャッターを下ろした蕎麦店などがあり、レトロ感濃厚です。小さな信号交差点の角に立つ精肉の「やまね」も昭和ムード満点のビジュアルで、向いには、閉まっていますがとうふ店があるのも良いですね。さらに歩くと江戸前せんべいの「加賀屋」も良い雰囲気。創業壱百年(1906年~)とのこと。
 尾久西小学校近くには、「どらっぐぱぱす」やスーパーバリューがあり、日常の買い物ニーズに応えているようです。その向いの古い看板建築群も良いのですが、半ば以上は空き店舗化している模様。そして都電通りに出ます。その手前には小さな書店が現役で頑張っていますね。「荒川遊園地前」電停が地区の小さな交通拠点ですが、その前の角には食堂風の良い感じの喫茶店もあります。
 都電通りを渡った先は、左側が遊園地の公園敷地となり、右側に商店の並びが続きます。どこまでが商店会の範囲かは不明ですが、とんかつの「ポレポレ」などが良さそうです。その先で、延命・子育てに御利益があるという延命子育地蔵尊が、日待供養塔二基をはじめいくつかの石造物とともに祠に収まっています。区教育委員会の説明板によると、日待供養塔は江戸初期のもので、日待とは、決められた日に講中が集まって日の出を待ちながら一夜を明かす行事だそうです。
 「こどもの家」と銘打つもんじゃやきやおかしの「きくや」や「バナナチョコ」の暖簾を掲げる常設屋台風の店など、いずれも古い建築で、商店街としての賑わいとは少々異質な、遊園地前らしいお祭り的な風情を楽しみながら「あらかわ遊園」の入口前に到着です。春近いうららかな陽気で子ども連れが多く繰り出していますが、ここは元煉瓦工場だったところで、遊園地を囲む道には煉瓦塀が遺構として残されています。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

商店街南端付近の昭和ムードの店舗等
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都電通りからあらかわ遊園に向かう部分
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電停南側の書店などがある一角
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延命子育地蔵尊・日待供養塔など
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「あらかわ遊園」の入口前にて
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[№477]ちんちん通り商店会

歩いた日 H27.11.28 【荒川区】 
 東京に1路線だけ残った都電「荒川線」。専用軌道区間が大半のため自動車渋滞の影響を受けることも少なく、逆に踏切で自動車や歩行者の横断を遮断して快調に走ります。いくつかの鉄道交差箇所を中心に利用客も多く、下町の庶民の足として定着しています。都電の魅力は、ひょいと下駄履きで乗れる気軽さと、「ちんちん」と鳴らす車内サインでしょうか。ワンマン電車なので乗客に注意を促す意味が主なのでしょうが、この「ちんちん」が親しみやすさを盛り上げます。
 地下鉄千代田線と京成線の町屋駅から西へ、都電が中央を走る都電通りの次の電停「町屋二丁目」近く、北面に位置する短い商店街が「ちんちん通り商店会」です。目の前をちんちん電車が走り抜ける、そのまんまの名称ですね。同じ北面の「稲荷前通り」を歩いてくるといつの間にかこの商店会区間に入ります。
 あまりに短い区間のせいか、また、町屋駅からやや離れるせいか、商店街としての活気はあまりありません。人通りはそれなりにあるのですが、元気に営業しているように見えるのは、生花店、電器店、それに和菓子の「竹隆庵岡埜」などのみ。空き店舗となっているように見えるところもあります。
 思わず注目したのは喫茶店「ファントム」。ここも庶民的な香りが濃厚そうな店ですが、近く(稲荷前通り)の「はまゆう」で食事にしたので、この日はパス。でも、こういうところで目の前を時折行き来する電車を眺めながら時を過ごすのも良いかなと思います。
 「ちんちん通り」といい、「ファントム」といい、名前が良いですよね。この商店街の西の端、町屋二丁目電停のところに、このブログの初期の頃に歩いた「町屋銀座商隆会」がぶつかってくるのですが、その今の姿を確認せずに町屋駅方向に戻ってしまいました。でも、町屋界隈は乗り換えついでに本当にぶらりと歩いてみたくなるところです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

ちんちん通りの電器店など
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喫茶店「ファントム」
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「ちんちん通り商店街」の街路灯
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[№476]町屋稲荷前通り商店会

■■■・・・由緒ある稲荷神社を控えた都電通り沿いで喫茶店やら蕎麦店やら
歩いた日 H27.11.28 【荒川区】 

 町屋の都電通り沿い、町屋駅前電停とひとつ西の町屋二丁目電停の間には3つの商店会があるのですが、そのうち、北面の町屋駅前側を占めるのがこの商店街です。尾竹橋通りから都電通りに合流する一本裏の路地も含めて構成されているようです。
 この路地は下町らしい飲食店が多いのですが、その中に、はんこ・表札の店が混じっていたりするのも面白いです。都電通り沿いには、「鳥越せんべい」やお持ち帰り専門店と銘打ちいろいろな銘柄を揃えた「お米のスーパー」、歩道に商品がはみ出すディスカウント店「大黒屋」など。その間で、新しいビルの一階に構える陶器店と思しき「菊屋」の店頭には、来年の干支の申の置物が並んでいました。
 図上を見上げると、街路灯に下がるフラグには「稲穂会」の文字。「稲荷前通り」の別名のようです。「稲荷前」と言っても、お稲荷さんはこの通りには直接面しておらず、一歩北へ入ったところに原稲荷神社があります。天正年間に、三河の農民がこの地に移り住んで建立したものだそうで、以来、町屋村の鎮守の役割を果たしてきたとのこと。奥まっているため目立ちにくいですが、こういう歴史文化を大事に伝えていきたいものです。
 都電の電車がゴトゴトと走り抜ける光景は、下町らしいというか人間臭いというか、どことなく癒されますが、いよいよここらで空腹を満たさなければと思ったところに、いかにも「ご近所の喫茶店」というべき「はまゆう」が現れました。軽食メニューがありそうなので入店。扉の脇の席ではご近所の高齢のご婦人2人が世間話、昔話に花を咲かせています。カレー等のメニューがいくつかある中で、「ジャワ風カレーセット」を注文。店内はちょっとレトロなムードです。こういうところで隣席の昔話をBGMにしてゆったり過ごすのも良いものです。コーヒーがまた美味でした。
 商店街の規模は小さいけれど、生活に溶け込んだ雰囲気には好感が持てました。「はまゆう」効果かな? この先から西は、街路灯が変わって「ちんちん通り商店会」となります。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

  <「菊屋」などがある電車通り沿い>
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  <飲食店街の様相が濃い一本裏の路地>
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  <喫茶店「はまゆう」>
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●再び歩いた日 H28.02.13
 実は、以前ここに来た時には、空腹を満たすことを優先したため、商店街名の由来である原稲荷神社をしっかり見ていなかったのです。今回、乗換え時に改めて訪れてみました。
 境内の敷地はそれほど広くはないですが、社殿はどっしりと風格があります。正面に張られた注連縄が俗世間と隔てる「結界」を示しているようです。社殿脇に区教育委員会の解説板があり、町屋稲荷との通称もあるとのこと。五穀豊穣の神を祀り、創建は徳川家康の江戸入府時期と伝承されるとも。
 目立たない位置で市街地に埋もれるようでもありますが、きれいに掃き清められ、地域の守り神として大切に扱われている様子が感じられました。

  <原稲荷神社>
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●三たび歩いた日 R01.09.07
 熊野前方面から都電に乗って、千代田線に乗り換えるために町屋駅前で降りました。昼食がまだだったので電車通り沿いに歩くと、蕎麦店を発見。マンション一階で新しそうな感じです。「お喜奈」(喜は「七」が3つの字)の看板。店内もきれいです。しかも、もりそば450円とは良心的な価格。冷しきつねそばと半ライス(650円)で満足なランチタイムを過ごしました。

  <蕎麦店「おきな」>
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[№475]尾竹橋通り三栄会

歩いた日 H27.11.28 【荒川区】 
 町屋駅から北の尾竹橋通り沿い、600メートルほど続く「まちやアベニュー」も十分懐かしさを味わえるところですが、さらにその先、隅田川に架かる尾竹橋の手前付近まで続く「尾竹橋通り三栄会」も、さらにぐっと渋みが増す、おじさん好みの魅惑的雰囲気です。
 商店街が地図上に表示されて重宝する荒川区のまちあるきマップでは、この2つの商店街の境界が図上では判然としないのですが、一本松バス停付近から街路灯が変わるのでそれとわかります。実質的にはひと続きの商店街として機能していると言えます。
 実は、この日はこの商店街を北の端まで歩いていません。午後3時近くなのに昼食を食べておらず、なんだか足元がふらついてきたので、荒木田の交差点で駅方向に引き返してしまいました。南半分しか見ていないでレポートするのは気が引けるのですが、この渋い魅力を記録しておきたいと思います。北半分も全く見ていないわけではなく、以前バスで通過した際に車窓から眺めたことがあります。
 通りの西面の最初は「一期一会」と書かれた生花店。その向かいを見ると昭和の看板建築の宝庫です。その先左側で「仲よし」という居酒屋の隣の生蕎麦店「やぶ」も良いですねえ。さらにその先には熱帯魚の「トロピランド」がどーんと構えています。下町商店街の中でもしっくりと馴染んでいる感じです。
 角に「御婚礼家具調度品」という古風な店がある荒木田交差点から北の尾竹橋方向を遠望しました。同様な雰囲気で商店街が続いていそうです。こんどは東面を戻りながら、昭和ムードを味わいます。部分的に古びたアーケードが残る中に金物店等が営業している薄暗い雰囲気もまた哀愁を誘います。
 ところで、「三栄会」という名称は、3つの商店街の合体を表しているのでしょうか。そのあたり確認できないまま、すきっ腹を抱えて「まちやアベニュー」の領域に戻ってしまいました。両商店街とも、新しいビルやマンションになっているところもあるものの、全体に古き良き下町の香りが濃厚に感じられ、直線道路ながら充実した散策タイムを味わうことができます。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

懐かしい風情漂う商店街南端付近
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昔ながらの金物店など
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荒木田交差点
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[№474]まちやアベニュー

歩いた日 H27.11.28 【荒川区】 
 町屋は、隣の北千住などの影に隠れて目立ちにくく、華やかなイメージが持たれにくいかもしれませんが、京成線、地下鉄千代田線、都電荒川線の3線が交差する交通結節点であり、降りてみれば非常に気さくで懐かしい下町ムードが満載の街です。
 都電の線路と交差する尾竹橋通りの、千代田線駅出口と交番がある踏切から北に向かう区間が「まちやアベニュー」です。町屋の目抜き通りとも言える位置にあり、「アベニュー」なんて洒落た命名ですが、これがなかなか渋いのです。
 駅の近くには、ミスタードーナツに始まりコンビニやコーヒーチェーンなど全国区的店舗が見られるものの、すぐに懐かしい感じの店が続くようになり、ほのぼのした気分で600メートルほども続く商店街をいつのまにか歩ききってしまいます。尾竹橋通り自体は交通量が多いのですが、両側には看板建築の古い店舗も多く並び、焼き鳥店や店先に惣菜を並べた店、合い鍵や刃物の店、青果店、「なんでも屋」という古びたリサイクルショップ、古風な和菓子店などが続きます。
 向かいには「アメ横もびっくり」と書かれた雑多な感じのディスカウントショップなどなど。この幹線道路沿いでよくぞ今まで続けてきたというべき昭和風情の店の連続に感動すら覚えます。目立たない街だからこそ変わらずにこられたということでしょうか。脇道にちょっと入った先には銭湯も見えました。
 こういう街でチェーン店でない喫茶店のランチもたまには良いなと思い、事前のネット情報で2つほどリストアップしてあったのですが・・・・。看板建築を洋風にアレンジした概観の「パリジャンカフェ」は土日祝日はモーニングセットのみとのことで、空腹感絶頂だったのでパス。「昔ながらの純喫茶」との評判の「みどり園」に入ろうとしたら満席。人気店なのですね。
 結局、昼食はもう少しお預けにして、この先同じ尾竹橋通り沿いの「尾竹橋通り三栄会」や都電通り沿いの商店街を、空腹を抱えてさらに歩くことにしました。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

「なんでも屋」などの渋い店舗の並び
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懐かしい看板建築が連続する光景
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着物の「いかりや」など
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[№401]日暮里駅西口商店会

歩いた日 H27.03.14 【荒川区】 
 訪れたのはJRダイヤ改正日の3月14日。日暮里駅北側の跨線橋は、新幹線や京成線を含め多くの列車を見下ろせるビュースポットで、私もこの日から走り始めた北陸新幹線「かがやき」や「はくたか」をしばし眺めていました。そこから西へ、御殿坂を上った先に続くのがこの商店街です。
 ほとんど荒川区西日暮里と台東区谷中の境をなす道ですが、ここを歩く地元住民以外の大半はこの先の谷中銀座へ向かう「観光客」です。すっかり観光地化したA級商店街の谷中銀座への導入部というわけで、佇まいはB級でも中身は観光化に対応した店が多いようです。その証拠に観光用の人力車がここでも客を乗せていたりします。
 このあたりも谷中の寺町の延長で、月見寺の異名も持つ本行寺を眺めながら桜並木の坂を登ると、古い看板建築の店の並びが見えてきます。喫茶の「あづま屋」、甘味処の「花家」、佃煮店、昔ながらのベーカリーなどが右側に並び、左には「谷中せんべい」や和菓子店等があって、いずれも谷中銀座行き帰りの「観光客」の足を止めさせています。
 上野山戦争で彰義隊を匿い新政府軍から攻撃された銃弾の跡が山門に残る経王寺を過ぎると道が下り坂になり、やがて谷中銀座の夕焼けだんだんになりますが、その手前の七面坂は道に露天が並ぶなど、もうここから谷中銀座という雰囲気です。A級の谷中銀座は私の対象外なのでこの日はここで引き返しましたが、ひとつの商店街の活況が周囲に波及効果を及ぼす実例を見た思いです。
 蕎麦の「川むら」で昼食と思ったら満席なので、経王寺向かいの道に入りすぐの「初音小路」入口角にある「中華料理一力」にしました。「初音小路」は知る人ぞ知るノスタルジックな飲み屋街ですが、中央の私道が工事中で、ここは改めて訪れレポートしたいと思います。「一力」は老夫婦で切り盛りする昭和の色濃い観光とは無縁という感の店で、本日のメニューはラーメンと餃子だけ。ごく素朴なラーメンです。四十数年やっているそうですが、観光地になったのは10年くらい前からかねえ、とご主人。近くには朝倉彫塑美術館もありますが、ここだけ時が止まったようなひとときでした。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

御殿坂を上った先の商店の並び
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「谷中せんべい」など
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[№373]小台本銀座商店街

歩いた日 H26.11.22 【荒川区】 
 都電荒川線の小台電停からの旧小台通りは気さくな下町商店街を形成していますが、北半分が小台本銀座通り柳会で、南半分がこの小台本銀座商店街です。2つに組織が分かれているのは歴史的な事情があるのでしょうが、外から訪れるとつながったひとつの商店街に見えます。途中から街路灯が変わるのでその境界がわかります。南側の小台本銀座商店街の街路灯は青い柱の目立つもので、南北端には「小台・銀座」の大きな文字があり、その裏には「ドリーム・スペース」の標記が。
 「柳会」の区間を抜けて「ドリームスペース」に入るとすぐ右側に、洋風の構えでコーヒーともんじゃの「真木亜」があり、その先には銭湯「梅の湯」があるのがうれしいですね。「柳会」と比べて生鮮色は薄くなります。商店街の店舗リストでも青果店は1軒。おかず、惣菜の店も2店ほどあるようですが、いずれも土曜のせいかシャッターが降りています。
 他で営業中なのは、クリーニング店、電器店、理髪店など。全体にシャッターを閉ざした店が多い中に居酒屋も混じって、街路灯が目立つわりには通りの雰囲気は少々寂しい感じです。道がやや左にカーブした先の四つ角までが商店街で、ここにも「ドリーム・スペース」の大きな街路灯が。ここを左に行けば「アップルロード」の西尾久一丁目信号に出られるのですが、もう一度来た道を戻ることにします。
 旧小台通りのどちらかの商店街内で昼食を、と思っていたのですが、土曜の昼時に食事ができる店は意外に少ないです。「真木亜」にしようかと迷いましたが、並びの中華料理店「だるま軒」に入り、中華丼を食べました。庶民的食堂という雰囲気で、馴染み客らしき男性と店主が、荒川区の「区内共通お買物券」について会話を交わしていました。そんなところにも下町らしい風情を感じますね。
 商店街から一歩入ったところに西尾久一丁目児童遊園がありますが、高齢者たちが語り合える場であれば良いですね。夢を語れる「ドリームスペース」であればなお良いでしょうが。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

「だるま軒」などがある北側入口付近
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少々寂しい雰囲気の商店街
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[№372]小台本銀座通り柳会

歩いた日 H26.11.22 【荒川区】 
 土曜日のランチ目当ての寄り道にしては足を伸ばし過ぎかもしれませんが、千代田線町屋から都電荒川線にブラリと乗り換え、小台までやってきました。都電と交わる南北のバス通りの南側は「あっぷるロード小台」というリンゴ並木の商店街ですが、これと並行する細い「旧小台通り」の方に誘い込まれます。700mほどに及ぶ旧小台通りは2つの商店街に分かれていて、いずれも「小台本銀座」を名乗っていますが、北半分は「柳会」がついた名称です。
 久々に下町住宅地の中の庶民的商店街というべきところに来たという感じです。入って間もなくの右側にあるのが佐藤病院。そのせいか、この商店街には生花店と青果店が多い印象です。病院の向かいには薬局も。その先で、この商店街の核的存在といえそうなのが「下町の太陽」と謳う「いよや」。食料品と日用品を扱う2階建てのスーパーで、本当に地域密着型というべき気さくな雰囲気です。
 そのほかは小さな個人商店が続きますが、酒店、米店、鮮魚店などもあって、それぞれ地域の住民に愛されているようです。歩く人は高齢者が多い中に若い人の姿も見られますが、若い人はそれらの店で買物するかな。数多い青果店はそれぞれに固定客をつかんでいることでしょう。仲良く共存しているのが微笑ましいです。いずれも気の良さそうなおじさんやおばさんが店番をし、年配のお客さんと親しげに会話しながら商売に励んでいます。
 建物は古いものが多く、道の狭さとともに将来いつまでこの雰囲気を保ち続けられるか心配になります。ここ一帯もご多分に漏れず「木密」(木造密集地域)指定を受けていて、都や区の不燃化プロジェクトが進められようとしています。防災上はもちろん必要ですが、下町らしさ、人間臭さは失ってほしくないですね。区の観光ガイドにはこの近くに「条里の遺跡の碑」があると記されていますが、見落としました。大昔は一面の田園地帯だったところです。
 南半分の「小台本銀座商店街」との境付近にある鶏肉の「宮川商店」さんでひとつ50円のコロッケを3つ買いました。この安さ、満足です。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★★★
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

狭い路地に商店が密集
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鶏肉の宮川商店や青果店など
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[№317]南千住商友会

歩いた日 H26.05.24 【荒川区】 
 荒川区南千住まちあるきマップによると、国道4号(日光街道)がJR常磐線の線路の下をくぐる部分から北へ百数十メートルの区間の沿道両側でこの商店会が形成されているようです。しかし、この中ほどに、あの有名なA級商店街「ジョイフル三の輪」の入口があり、表通りでありながらその勢いに押されてしまっている様相です。
 広幅員の国道なので左右に分断されてしまい、一体感にも乏しい状況ですが、それでも隣接するA級商店街からの「滲み出し効果」もあるのでしょう、そこそこの人通りと商店への人の出入りがあります。
 新しい建物やケンタッキー、オリジン弁当等のチェーン店も目立つのですが、それでも「昔からの」店もあって、ほっとします。個性派個人商店の集合体である「ジョイフル三の輪」の雰囲気に通じるところもありそうです。中でも、常磐線線路に近い東面の青果店、靴店などの並びはいかにも庶民的な雰囲気で親しみが持てます。そこから北に進んだ同じく東面にある飲食店の「栃木屋」、「松美」や「山崎家具店」等の並びも懐かしい風情を残しています。
 その途中で、「美容室」の大きな看板を掲げる建物があって、その下は美容室かと思いきや「メロンパン」の店だったりして、ちょっとひょうきんさを感じます。
 ここは独立した商店会ではありますが、運営面で「ジョイフル三の輪」との連携はどれだけあるのでしょうか。良い面は取り入れて一体的に盛り上げることができれば相乗効果で注目度も高まるのではないかと思いますが。
 さて、地下鉄三ノ輪駅、都電三ノ輪橋電停も近いですが、ここから東方向に、2年前に歩いた「南千住仲通り商店会」の通りがあるので、そこを再び歩いて南千住駅に戻りました。「南千住仲通り商店会」の項にも追加記事をアップします。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

青果店や靴店など庶民的店舗が並ぶ一角
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ここも懐かしい風情が残る部分
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[№316]太陽柳通り会

歩いた日 H26.05.24 【荒川区】 
 南千住の旧日光道中にある「コツ通り」の中ほどから西に伸びる通り沿いの商店街です。商店街といっても、店舗数は少なく、生鮮品店等がないので商店街らしき賑わいとは縁遠い感じです。旧街道筋から外れるため、古さ、渋さもそれほど感じません。両側歩道つきの2車線道路ですが、交通量はそれほど多くなく、静かな印象が強いところです。「太陽柳通り会」の名の由来は不明です。柳並木というわけではないし、何か太陽に因む事物があるのでしょうか。
 ビル化しているところが多いのですが、中ほどにある「名取寝具店」は懐かしい看板建築の現役店で、目立たないながら健闘をつづけてほしいところです。そのほかで目につくものは、「ツネキ花店」、釣り具の「竿忠」など。ただ、これらの店も、周囲の店舗の連なりが薄いため、孤立していまっているように見え、気の毒な感じです。材木店「フジモク」が異彩を放っていますが、ブラリと入れる雰囲気ではありません。個性的な木製品の販売などがあれば面白いかもしれませんが。
 そしてすぐに、国道4号(日光街道)に出てしまいました。商店街はここまで。角はコンビニとガソリンスタンドです。国道を横切って直進すると「千住間道」で、荒川総合スポーツセンターの先には以前レポートした「間道商興会」や「南千住六丁目本町会商店会」があります。
 今回は商店街から外れますが、国道4号を100mほど南に向かった右側にある円通寺に立ち寄りました。この寺の歴史は8世紀末まで遡りますが、明治維新の折の上野山戦争で戦死した彰義隊士の墓があるところとして有名です。先ごろ、吉村昭の小説「彰義隊」を読んだばかりだったので、つい興味深く立ち寄ったわけです。境内には、上野の象徴でもあった「黒門」も移築・保存されており、激戦を物語る無数の弾痕が残る姿を見ることができます。
 千住はこのように歴史資源豊富なところですが、ここでは商店街とそれらとの関わりは薄いようですね。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

コツ通り側からみた通りの風景
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名取寝具店などの並び
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[№315]コツ通り商店会

歩いた日 H26.05.24 【荒川区】 
 JR、東京メトロ、つくばエクスプレスの3線が並ぶ南千住駅は、その東と西で様相が大きく異なります。東の旧汐入地区は再開発されて近代的な街並みに変貌していますが、西側は、一部が高層ビル化しているとはいうものの、千住宿の面影を伝える古い街の風情が多く残されています。コツ通りは、旧日光道中に相当するところで、その名は、このあたりの古い地名「小塚原(こつかっぱら)」によると言われています。
 小塚原といえば江戸時代に「小塚原刑場」があったところで、まずはそれに因む延命寺の首切地蔵を拝み、吉田松陰等も葬られている回向院を見学してから北に進みます。駅との間の区画はビル化して、周囲も再開発の波が押し寄せそうですが、古き良き情景はできるだけ残してほしいと思います。
 ここには以前はアーケードがあって薄暗い歩道だったと思うのですが、いつの間にかアーケードが撤去され明るくなっています。それでも「渋さ」は格別のものがあります。看板がかすれかけた古い建物の商店だけでなく、中低層のビル一階に収まっている商店も全く気取ったところがなく、昔からマイペースという感じの個人商店の連なりです。駅前ビル以外はチェーン店らしきものがありません。
 空き店舗化したものもありますが、薬局や提灯の店、豆腐店、焼き鳥店などなど、いい味を出しています。シャッターが降りていますが木造平屋瓦葺きの「呉服と小物たぐち」などは、記憶にとどめておきたい風情ですね。そして、「東京漫才発祥の地・栗友亭跡」と掲げる雑貨の栗本商店なども。
 山谷に連なる土地柄なので簡易宿泊所的なものもありますが、それらを見ながら国道4号にぶつかった正面の素盞雄神社に思わず引き込まれました。石神信仰の由来を持ち「てんのうさま」とも呼ばれる古社で、境内の大銀杏が厳粛な空気を醸しています。
 戻りながら、中ほどにある蕎麦店「更科」で大もりそばを食しました。ここも「渋い」けれどお客が次々訪れ繁盛している様子です。とかくマイナーな印象で語られることが多い南千住も、歴史の蓄積を有するだけに、ゆっくり歩くとなかなか味わい深いものです。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

提灯店などもある懐かしい構えの店の並び
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記憶にとどめておきたい風景
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[№280]日暮里銀座友交会

歩いた日 H26.01.11 【荒川区】 
 尾竹橋通り沿いで、「日暮里銀座ピアチューレ」の南にそのまま続くのがこの「日暮里銀座交友会」です。ここも「商店会」を名乗らず、「交友会」としているのは、北の三河島駅付近の「親交睦会」と同じく「仲良くやりましょう」という姿勢の現れか、とも考えてしまいますが、現状は、シャッターを閉ざしたままの空き店舗らしきものが多く、「銀座」の名の方にも違和感を覚えます。
 駐車場や非商業系のビルなどもあって、商店街らしさが乏しく、空き店舗群の間に挟まって営業する銘茶店や飲食店などが気の毒に見えます。それでもここは生粋の下町。見えないところで深い「交友」が展開されているのかもしれません。中央付近にスーパー「いなげや」があるのが、ここではむしろ救いと感じます。これを商店街の一員と捉えれば、生鮮品が揃うという点で、北の「ピアチューレ」に対抗できているとも見えます。
 尾竹橋通りは台東区根岸との区境でやや屈折しますが、その交差点から右(西側)の区境の道沿いの一部もこの「交友会」に含まれるようで、その台東区側の家並みがすばらしくレトロです。その中に現役店もあるようなのが嬉しく思います。
 さて、ここらで昼食に蕎麦でも、と思ったのですが、「交友会」には蕎麦店は見当たらず、洋食の「三好弥」に入りました。通りの寂しさからの予想に反して、店内は気さくで温かい下町の洋食店の風情で、メニューも豊富。常連客だけでなく通りすがりのお客も取り込んでいる様子です。「カニクリームとポークピカタセット」を注文。うん、こういう味、好きです。この店の存在もこの商店街の救いのひとつかもしれません。
 ここまで来ると、JR鴬谷駅が近いのですが、台東区根岸に入って尾久橋通りとの合流点の先には豆富料理の「笹の雪」があります。創業三百年以上の超老舗ですね。そして結果的に、三河島駅から鴬谷駅まで3つの商店街を踏破しました。と言っても約1.2㎞ほどですがね。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

レストラン「三好弥」がある尾竹橋通り沿い
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台東区との境(台東区側)のレトロな街並み
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[№279]日暮里銀座ピアチューレ

歩いた日 H26.01.11 【荒川区】 
 三河島駅から南北にまっすぐの尾竹橋通りを南下すると、大下(おおさがり)バス停を過ぎた付近でアーケードの「親交睦商店街」が終わり、「日暮里銀座」に入ります。ここから鴬谷駅に近い台東区との境までの間に、「日暮里銀座ピアチューレ」と「日暮里銀座交友会」の2つの商店街が連なっています。まずは「ピアチューレ」から。
 「ピアチューレ」(piacere)はイタリア語で、お気に入り、喜び等の意味で、「初めまして」という挨拶の言葉でもあるようです。どんなにお洒落な街かと思いきや、下町らしさ満載の幹線通り沿いの、懐かしさも残る街並みです。アーケードはなく、両側歩道にガス灯風の街路灯が続きますが、面する建物は、昭和の香りも残す古い商店に新しいマンション等も混じるという雑多な感じです。
 華やかさには乏しく、真新しいビルに挟まれて営業する古い洋品店や飲食店等を見るともの悲しささえ感じてしまい、ここが「銀座」、そしてイタリア語のハイカラ名称を名乗ることの違和感も覚えます。ハイカラな街を目指したのかもしれませんが、逆に下町らしさを前面に出した方が良かったかもしれません。昭和を知るおじさんの私としては、この古い店たちの佇まいが懐かしく、時代の流れに逆らい踏ん張っている姿がけなげにも見えますが、いつまでそれらの姿を見られるでしょうか。
 そして、ここもまた韓国系の店が多少見られますが、三河島駅周辺ほどの集積ではないようです。角に「牛豚肉」の古風な店がある交差点で交差する大きな通りが日暮里中央通り。ここから西の中央通りはいわゆる日暮里繊維街で、そちらも興味深いのですが、ここは南へ直進します。
 ただ、この交差点に近い中央通り沿いの第二日暮里小学校は、童謡「夕焼け小やけ」を作詩した中村雨紅が大正時代に赴任した学校とのことで、「夕焼け小やけの記念碑」があったりします。この交差点の少し南で街路灯のデザインが少し変わって、「ピアチューレ」がここまでとわかります。因みに、ここの正式な組織名は「日暮里銀座実業会」で、「商店街」を名乗らないのは繊維関係を意識したことによるのでしょうか。足はそのまま「日暮里銀座交友会」へと進みます。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

日暮里中央通りとの交差点から北方向を見る
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こんな店もあります
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[№278]親交睦商店街

歩いた日 H26.01.11 【荒川区】 
 JR常磐線の三河島駅と山手・京浜東北線の鴬谷駅の間は、列車では日暮里乗り換えで2駅分の距離がありますが、線路が大きくU字型を描いているため直線距離では1.2㎞ほどしかなく、ほぼ南北に直線状の尾竹橋通りを歩けば20~30分の散歩コースです。荒川区内のこの通り沿いに、北から3つの商店街が連なっており、一番北の三河島駅に接するのが「親交睦商店街」です。
 「しんこうむつみ」と読むのでしょうか。親しく交わり睦まじく、とても仲良さそうな名前ですね。このあたりは韓国料理や韓国食材の店が多いコリアンタウンとして知られ、この商店街名には国際親善の意味も込められているのかと思ってしまいます。
 概ね両側歩道上の商店街がアーケードで覆われています。全体に昭和の下町商店街の印象ですが、三河島駅に隣接する街区は再開発工事中で、これができると駅前の雰囲気は大きく変わりそうです。また、この尾竹橋通りでは電線類地中化の事業中です。ただ、これらがこのアーケード商店街を変化させる力になるかは未知数で、むしろ新旧対照の妙を見せ続けてくれることになるかもしれません。
 歩くと確かに韓国料理、韓国食材の店が多いですね。看板にもハングルが多く見られます。店から出てきたグループが、韓国語で会話しながら駅方向へ歩いていきました。地域の生活に密着しているのでしょうが、本当の生鮮品の店はあまりないようです。近くには、以前紹介した「荒川仲町通り」などの庶民的雰囲気濃厚な商店街もあり、それなりに使い分けされているのでしょう。
 さて、南へ歩いて行くと、右(西)方向に入る道に「七五三通り」の標識があります。ここは今は東日暮里六丁目ですが、かつては日暮里三、五、七丁目を結ぶ道だったことによる名のようです。七五三のお参りとは無関係ですね。そして、もう少し南下したところにあるバス停が「大下」。「おおさがり」と読みます。この由来はよくわからないのですが、「東日暮里」などという新町名の下に隠されたこのような古い地名を、地域の文化として大切にしたいものです。
 このバス停のあたりでアーケードが途切れて、次の「日暮里銀座ピアチェーレ」の領域に入ります。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

下町のアーケード商店街
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新旧の建物が混在する通り東面の風景
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[№218]南千住六丁目本町会商店会

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 荒川区の荒川と南千住にまたがる「間道商興会」の通り(千住間道)を歩いていたら、荒川総合スポーツセンターのやや西側から北方向に入る道に商店がいくつかあるのが見えました。ここが荒川区のマップに記載の「南千住六丁目本町会商店会」のはずで、足を踏み入れてみると・・・、入ってすぐの「手造りお弁当とおそうざい」の「しまこう」の赤い看板が目立ちますが、その先のまっすぐな通りに店舗はまばらです。
 昭和の風情の自転車店や関口米店、前面を「よしず」で覆った不思議な店などが目立つところで、他は閉業してしまった店舗が多く、商店街としての体裁も失ってしまったように見えます。しかし、この通りよりもむしろ、途中で左に入る2本ほどの道に商店がいくつか見られ、特にその2つ目を入ると、何ともレトロな雰囲気の一角を発見しました。
 懐かしい構えの酒店の先に、時代劇でも通用しそうな「きそば」の看板の「甲州屋」、昭和の香りぷんぷんの「大塩米店」、「ミニコンビニエンス」と称しながらすばらしく年季の入った構えの「うおかん」など、ちょっとしたタイムスリップ気分です。6月なのに真夏のような日差しの下を歩いてきた甲斐があったというものです。ここが人で溢れていた時代もあったのでしょうね。
 ところで、この日は素盞雄神社の天王祭で氏子まつりの日。素盞雄神社は平安時代の創建とされ、スサノオ大神、アスカ大神を祭神とする由緒ある神社で、日光街道の千住大橋近くにありますが、その氏子区域は南千住から三河島、町屋までとかなり広いようです。各町内で神輿が練り歩いており、この商店街付近でもその姿が見られ、威勢のよい掛け声が響いていました。
 下町っ子のエネルギー健在という感じですが、商業エネルギーの維持は難しいようです。素盞雄神社の近くにはスーパー「ライフ」があり、A級商店街の「ジョイフル三の輪」も近く、鉄道駅からも離れた立地ではやむを得ないところでしょうか。でも、レトロ感を味わいたい方には穴場的な魅力スポットと言えるかもしれません。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

千住間道側からみた直線の通り
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タイムスリップ感を味わえる一角
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[№217]間道商興会

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 都電荒川線の荒川区役所前電停で交差して、南千住方向に向かう通りが千住間道です。なぜ「間道」なのか、その謂れはいろいろ調べてもよくわかりません。日光街道の最初の宿場であった千住宿との関わりの歴史を持つ道なのでしょう。この通り上の電停踏切から荒川総合スポーツセンター手前までの区間で「間道商興会」が構成されています。
 かつては曲がりくねった道だったそうですが、きれいに拡幅され、明るい雰囲気の道になっています。電線類が地中化され、すっきりした景観になっていることも、明るさを引き立てています。しかし、道路整備と裏腹に商業的賑わいは薄れてしまったのでしょうか、各店舗の活気がいまひとつ感じられません。ちょうど素盞雄神社の天王祭氏子まつりの日で、各町内の神輿が練り歩いたりしているのですが、それを盛り上げる商店のエネルギーが目立たず、少々残念です。
 ここは実は、あのA級商店街の「ジョイフル三の輪」が間近の位置なので、商業面ではその力に圧倒されてしまっているのかな。
 商店は、道路の北面の方が多く、南面にはNTTの施設やマンションがあったりします。店舗の看板を眺めて歩くと、まず目に入るのが「三河島歯科医院」。「三河島」の地名は今は消えていますが、かなり広い範囲をカバーしていたのですね。そして、鮮魚の「魚松」の先に「奥様公認の店 森島屋」の看板。大衆居酒屋のようですが、昼間なのでひっそりしています。おそらく夜は町内の殿方たちが奥様公認で呑み交わす溜まり場になっているのでしょう。
 「みどり寿司」や「金子米店」などの看板を眺めながら歩くと、やがて荒川総合スポーツセンターが見えてきます。この敷地は、かつて「東京スタジアム」があったところです。昭和37年に竣工、昭和47年に閉鎖、52年に解体という短い歴史でしたが、現在の千葉ロッテマリーンズの前身である毎日大映オリオンズ(大毎)が本拠地とし、「東京球場」の名でも親しまれたとのことです。現状からは全く想像できませんが、この歩道上に真新しい「千住間道」の道標が置かれ、人々を導いています。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

「奥様公認の店」などがある明るい通り
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商業的精彩にやや欠ける雰囲気の商店街
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[№216]荒川区役所前通りエビス会

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 荒川区役所、荒川区民会館(サンパール荒川)、荒川警察署、荒川消防署、荒川郵便局、荒川公園など、荒川区の中核的施設に接する、4車線の明治通り沿いの商店会です。歩道はしっかりと整備されていますが、これだけの公共施設に囲まれているものの商業的な賑わいは残念ながらあまり感じません。幹線道路の自動車通行量に圧倒されて、歩いて買物という環境には馴染まないということでしょうか。庶民の台所と呼ぶに相応しい活気ある荒川仲通り商店街を見てきた直後だけに、特にそのギャップが寂しく思えます。
 全体に新開地的様相ですが、それでも周辺施設の関係者や区民会館のお客さんの需要に応えているであろう庶民的飲食店がいくつか立地しています。蕎麦の「ますや」や中華料理「ハルピン」などの看板には惹かれますが、この日は昼食を荒川仲通り商店街で済ましてきた後なので、味わうことはできません。区役所の門前の位置にある創業明治43年の和菓子「松月堂」は、区のパンフレットによれば「荒川マイスターの店」のひとつだそうで、それにしては慎ましく営業しています。
 公共施設や公園のほか、新しいマンションなどが道路沿いに立地するため、商店街の連続性が阻害されるのもやむを得ないところなのでしょうが、そんな通りで、建物の間に挟まった位置に文化財が2つひっそりとあります。気付かずに通りすぎてしまいそうですが、ひとつは荒川消防署の隣に佇む元文5年(1740年)建立という「地蔵堀の石地蔵」、もうひとつは松月堂の向かいあたりにある三峰神社境内の「袈裟塚耳無不動」です。耳無不動は、仙光院住職第九世光慧(こうえ)の建立だそうで、光慧と吉原の遊女との波乱に満ちた悲劇的情愛物語が地域に伝わっていると、区教育委員会の案内板で説明されています。袈裟塚の上の不動明王は左耳が無く、耳の病などにご利益があるとのことです。
 そして、通り北面の消防署左隣の古びた木造の建物は何でしょう。かつては何かの店だったのでしょうが、これもまた文化財風の一種異様な姿です。消防署の隣だから火事には安心でしょうがね。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

飲食店などがある幹線道路沿いの商店街
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袈裟塚耳無不動
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[№215]荒川仲町通り商店街

歩いた日 H25.06.08 【荒川区】 
 常磐線にはよく乗りますが、いつもは無視するように通過する三河島駅で下車。長いホームの端から階段を降りて小さな改札を出ると尾竹橋通りです。このあたりは、韓国料理、韓国食材等の店が多いことで知られます。尾竹橋通り上にも商店会が構成されていますが、今回は少し北に進んだところから右の小道に入ります。するとすぐに、荒川仲町通りの街路灯が目に入ります。
 青果の「フクダヤ」の角からまっすぐ東へ伸びる幅3~4m程の商店街で、目立たないところにありながら下町の活気を感じる賑やかな商店街が500mほど続きます。青果、精肉、鮮魚など生鮮品の専門店がそれぞれ複数あって、庶民の台所として十分に機能しているようです。西側の端近くに「喜楽湯」という銭湯があるのもうれしいですね。ところどころに韓国系の店が混じるのも土地柄でしょうが、見事に商店街の空気に馴染んでいます。
 建物はいずれも小規模で、個人商店の集合体の典型の様相であり、昭和色を強く感じる店もあったり一部に空き店舗も混じりますが、全体に衰退感はなく、現役バリバリの商店街という感じで頼もしく見えます。街路灯に下がるフラグに「土曜特売」の文字があり、ちょうど訪れたのが土曜日だったのでラッキーです。各店にお得意様が大勢いるのでしょうが、年配者だけでなく、若い人たちも普通に歩き、あるいは自転車で店に立ち寄る姿が見られます。「商店街はこうでなきゃ」という感じ。
 中ほどにスーパーの「グルメシティ」がありますが、商店街の一員として溶け込んでいて、その真向かいで野菜・果物の「千葉屋商店」が元気に売り声をあげてお客を集めているのも立派です。
 蕎麦の「松栄庵」で昼食にしました。いかにも下町の蕎麦屋という風情の店。その向かいの創業明治40年という和菓子店「伊勢屋」では「あら坊どら焼き」「あらみぃどら焼き」を買いました。「あら坊」「あらみぃ」は荒川区のシンボルキャラクターですね。さらに、精肉店「金子屋」でコロッケを二つ購入。土曜のサービスで1つ50円。ほのぼのと幸せ気分になりました。
 この日はこの一帯が素盞雄神社の「天王祭」の氏子祭りの日で、お囃子が流れ、子ども神輿が練り歩いていました。素盞雄神社は南千住六丁目にありますが、氏子区域がかなり広いようです。
・なつかし度  ★★★★★
・ぬくもり度  ★★★★★
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

庶民の台所としての活気を感じる商店街
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蕎麦の「松栄庵」と向かいの和菓子「伊勢屋」
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[№171]鬼怒電通り商工会

歩いた日 H25.02.09 【荒川区】 
 日本で電気というものが本格的に使われ出したのは明治後半以降です。日露戦争の後、首都東京の電気需要を賄うことを目的として鬼怒川水力電気という会社が設立され、この会社が鬼怒川上流にダムを築き、水力発電所を建設して大正2年に運転が始まりました。この電力は当時の東京市電などに供給されたようです。鬼怒電の名はこの会社名に由来します。
 京成線の新三河島駅から明治通りを少し西に進むと、冠新道の入口の向かいから北に入る小道に「キヌ電通り」の標識があります。うねうねと曲がりくねる道で、入ってしばらくは商店らしきものは見当たりませんが、左側にフェンスが続き、その向こうは東京電力の敷地で、変電所や社宅などがあるのが、鬼怒電の事業所がかつてあったことの名残なのでしょう。
 しばらく進むと、商店がポツポツと現れますが、空き店舗化した建物が多く、うら寂しいムードが漂います。「ソウルハウス」という焼肉店がポツンと営業していたり、寿司店と鮮魚店が向かい合うなどの光景が見られますが、人通りは少なく、商店街らしき賑わいとは無縁の世界です。シャッターを降ろした化粧品店の隣に、「かどや」という食品店があり、「サンドイッチの店」の看板が出ていますが、何とも懐かしい雰囲気のお店です。小さな看板店の店先には、かつて千住火力発電所にあった4本の「おばけ煙突」の模型がありました。
 東尾久1丁目から2丁目に入ったあたりに、ログハウス造りの「クラインガルテン」というガーデニングショップが異彩を放っていますが、その先の第九中学校のあたりで商業的色彩は途絶えます。やや消化不良的な思いで引き返しましたが、脇道から突然現れた若い女性3人組が賑やかに話しながら明治通り方向に歩いて行くのを見て、なぜかほっとした気分になりました。
 ところで、鬼怒川水力電気設立の中心人物は利光鶴松で、政治家と実業家の2つの顔を持ったこの人物は、その後小田急電鉄の創業者となります。小田急は戦前まで鬼怒川水力電気の子会社だったそうです。そんな歴史の流れを彷彿とさせる名前を持つ商店街ですが、現状はひっそりと目立たずに静まり返った下町の小道です。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

哀愁漂う風情のキヌ電通り
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懐かしい雰囲気のサンドイッチの店「かどや」
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[№170]冠新道商興会

歩いた日 H25.02.09 【荒川区】 
 都内の京成線で、新三河島駅は最も目立たない駅ではないでしょうか。日暮里からひとつ目の高架駅ですが、下町の風景の中にひっそりと溶け込んでいる感じです。そんな新三河島駅の下を斜めに交差する明治通りから、駅近くでさらに斜めに入る直線道路が冠新道です。「冠新道」という名がずっと気になっていました。「冠」とは、新道の建設時に土地を提供した人の名前を取ったもの、という情報がありますが、なんだか輝いているようで、ひとり頭の中でイメージを膨らませていました。
 この日は西側からのアプローチです。JR西日暮里駅を降りて北方向へ進み、常磐貨物線の踏切を渡って突き当たったところが冠新道の西側のはずれ付近です。このあたりは商店はまばらですが、居酒屋「隅田川」などの看板が土地柄を感じさせます。上を日暮里舎人ライナーが走る尾久橋通りを渡ると商店街らしさが出てきます。交差点からしばらくの間は両側に歩道があって、桜並木になっています。
 「やきとり」の暖簾が魅惑的な惣菜店「鮒忠」やカジュアルウェアの「ひで」などの並びは、庶民派商店街を象徴する風景ですね。道幅がやや狭くなって、さらに店舗密度が高まりますが、それほど華やかな活気を感じないのは、土曜の昼時という時間帯のせいでしょうか。道が直線で見通しが良いために、その中での人の姿がやや小さく見えるせいかもしれません。
 商店街中ほどの青果店「えびすや」は昭和的風情で、お客さんとの会話が聞かれます。また、商店街内に区立日暮里図書館の「冠新道図書サービスステーション」があるのは良いですね。こういう公共文化施設と商店街の共存は好感が持てます。
 さらに進むと、右側に見えてきたイタリア料理店はずばり「冠TRATTORIA」。ランチタイムですが、一人で入るのは少々気が引けるので遠慮しました。ということで、明治通りに出てしまいましたが、こちらの商店街入口には、「冠新道商興会」の大きな時計つきのアーチがかかっています。昔はもっと賑わっていたのかもしれませんが、今見る限りでは、600m以上に及ぶ直線道路の商店街はやや長すぎるのかもしれません。アーチ側の入口付近もやや寂しい感じです。ただ、歴史ある個店も多そうなので、個性を強調しつつ冠の輝きを作っていってほしいと思います。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

明治通り側入口の商店街アーチ
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直線状の商店街での「えびすや」青果店など
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[№148]かんかん森商興会

歩いた日 H24.12.08 【荒川区】 
 地下鉄日比谷線三ノ輪駅付近から北西方向に伸びる正庭商栄会の中程に西側からぶつかる道があり、そこに「かんかん森通り」の標識があります。正庭商栄会と同じくここも桜並木の道ですが、冬の今は木々も裸です。「かんかん森」という不思議な名前に惹かれて、以前入手していた「荒川区日暮里まちあるきマップ」を手に東から西に進みますが、桜の木の下の街並みは商店街らしくなく、営業店はところどころに点在、という感じで、明らかに空き店舗という建物も目立ちます。
 風格ある昭和建築なのに「金物荒物」なんていう看板を掲げたままシャッターに「テナント募集」などのポスターが貼られた姿などは痛々しく見えます。一般住宅やマンションになったところも多くあります。地名はいつしか東日暮里一丁目から二丁目に変わり、信号のある交差点の角に交番があって、お巡りさん、というより駐在さんと呼ぶ方が似合う方が立っていられたので、「かんかん森」の名の由来を訊ねてみました。いろいろ資料を探してくれましたが結局よくわからず、丁重に御礼を言って先に進みました。隣の店のご主人が詳しいということですが、そこは本日休業でご不在。
 その並びの「乙女堂」という和菓子・たばこ店はなかなか懐かしい良い構えです。中華料理店やドラッグストアなど数少ない営業店を眺めながら、左にスーパーの「ユータカラヤ」が現れるとその先の信号交差点で商店街は終わりです。
 で、その交差点を渡ってすぐの右側にあるのが猿田彦神社。荒川区教育委員会の説明板があって、江戸時代、「第六天社」と称したこの地を「カンカン森」と呼んだとの記載があります。第六天社はその後「胡録神社」に改称、さらに「猿田彦神社」に改めたとのことですが、なぜ「カンカン森」なのかまではわかりません。神社にお賽銭をあげて拝み、南へ抜けて下根岸のバス停からバスに乗りましたが、商店街の営業店の少なさと地名の由来が解明できないもどかしさで、何か消化不良の感覚です。どなたか詳しいこと教えていただけませんでしょうか。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

桜並木のかんかん森通りと乙女堂
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カンカン森の猿田彦神社
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[№147]正庭商栄会

歩いた日 H24.12.08 【荒川区】 
 「正庭」と書いて「まさにわ」と読みます。かつては三河島村字正庭だったそうですが、今は東日暮里一丁目です。荒川区は古くからの地名を大胆になくして統合し、地名が7つしかなくなってしまった区で、台東区境の地下鉄日比谷線三ノ輪駅に近いここが東日暮里と言われても、どうもピンときません。「正庭」の地名の由来は不明ですが、古き良き地名を商店会名に残しているのには好感が持てます。
 昭和通りと国際通りが合流して日光街道となる三ノ輪交差点のスーパー「ワイズマート」の脇から北西に入る道で、入って数十メートル行ったところの信号で交差する道が区境です。ここから荒川区で、正庭商店会もここから始まります。店舗が途切れなく連なっているわけではありませんが、生活密着型の業種の店が多く、看板を眺めて歩くと、精肉店の「金子屋」から始まって、「小関とうふ店」、生花の「NAKAMURA」、そば「大和屋」などが続きます。自然食品の「ふれあいガーデン」では何やら店内に人が集まって講習会のようなことをやっており、華やかとは言えないけれど商店街が生きているという感じです。
 「ヤマノヤ」は酒店のようですが、「安くて旨いものを探す店」というホームページがあります。そして、しばらく進んだ先の左側に長蛇の行列ができているのは「肉のたけうち」。松阪牛などを扱っているようで、どうやらこの日は大特売日らしく、熱気を感じました。こういう店の存在が貴重ですね。その先には、「コーヒーショップ杉」や「ダイニングパブ朋」などが静かに佇んでいますが、お洒落な美容室なども見られます。
 ただ、空き店舗と思しき建物も多く、かんかん森通りがぶつかる交差点角の堂々とした構えの建物もシャッターを下ろしたままで、何の店だったのでしょうか。また、「正庭湯」という銭湯が廃業または休業中との情報があり、実際気付かずに通りすぎてしまいました。そんな寂しさもありますが、この通りは桜並木になっていて、春は華やかに花見が楽しめることでしょう。地域に愛される商店街であり続けてほしいですね。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

桜並木の商店街(三ノ輪側入口)
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行列の「肉のたけうち」
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[№74]熊野前商店街(はっぴいもーる熊野前)

歩いた日 H24.06.30 【荒川区】 
 都電荒川線の「熊野前」電停から南にのびる、下町の活気を感じる商店街です。南端では「おぐぎんざ商店街」と「川の手もとまち商店会」につながり、商店街天国ともいえるエリアですが、それぞれに個性を競っているようにも見えます。
 南から北へ、「はっぴいもーる熊野前」のアーチをくぐると、元気の良い青果店と蕎麦店が向かい合い、その先に様々な店舗が続きます。生鮮品や日用品などが揃う庶民の台所的な空気は、おぐぎんざとはやや印象が異なるものの連続している感じです。
 全面レンガ舗装で自動車の通行もほとんどないので道の真ん中を歩くことができ、両側に続く建物も低層なのでとても明るい感じで、空が広く見えます。店構えはそれぞれですが、中程にある「河嵜屋食品店」は、休業日のようでしたが建物の雰囲気が渋いですねえ。その先では、閉じたシャッターの上に「昭和の風景」と題して昔の商店街の写真が掲示されていました。
 日用品店「椎名」の向かいに、ベンチも置かれたポケットパークのような空間があり、そこには「伏見稲荷大明神」の鳥居と小さな祠、そしてその右に大きな石碑があります。「杉野中尉殉難の碑」で、日本で航空機が使われ始めて間もない大正6年に、陸軍野外飛行で下志津から所沢へ帰航中の杉野中尉の機が、尾久村の水田に墜落した地であるという区教育委員会の説明板があります。大正のころは水田地帯だったのですね。
 その先あたりから道幅が少し狭くなりますが、都電通りに近いため人通りは変わりません。微妙にカーブした先で都電通りにぶつかり、その片側の角は駐車場と化していますがその手前に、いやはや古典的構えの建物が残っています。何の店だったのでしょうか。
 商店街内にある定食店「羽釜屋」で昼食をいただき、「ファミリーキッチン」でコロッケを買いました。空き店舗も増えたとのことですが、明るい雰囲気でまだまだ元気な良い商店街だと思います。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★★☆

万国旗の下に様々な構えの店舗が並ぶ商店街
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伏見稲荷大明神と杉野中尉殉難の碑
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[№73]尾久本町通り商店街

歩いた日 H24.06.30 【荒川区】 
 荒川区には町名が7つしかなく、区西部は全て西尾久と東尾久ですが、ここはその東の端近く、そこで「尾久本町通り」を名乗るのは歴史的な由来があるからなのでしょうか。川の手もとまち商店会から尾久橋通りを渡って東に続くのがこの商店街で、南側が東尾久二丁目、北側が三丁目です。センターラインはあるものの道幅はそれほど広くなく、交通量も少ないのでゆっくりと両側を眺めながら歩けます。
 入ってまず目を引かれるのが、「旗・幕」の文字を掲げるお店とその向かいの神棚などを扱うらしい「御宮師」の看板。いきなり古き良き日本を感じさせてくれます。さらに進むと、鳶職などの作業服を扱うお店には「鳶 只今参上」の幟が。上空に万国旗が張りめぐらされた下で、電器店、履物店など昔ながらの個人商店の構えが並ぶ中に突然インド料理店があったりするのも楽しい風景です。空き店舗らしきものもチラホラありますが、全体にどこかしっとりとした風情を感ずる商店街です。
 そして、ありました。思わず足を止める懐かしき構えの店が。「栃木屋豆腐店」。その看板もまた良いですねえ。両隣が少々近代的な小型ビルと空き地なので、その魅力が際立って見えます。さらにその先には、和菓子店、精肉店、寿司割烹、割烹仕出し店などが良い雰囲気で並び、尾久消防署下尾久出張所のところで商店街は終わりのようですが、その先にも「割烹信濃」など店がいくつか続いています。なぜか「割烹」が多いですね。
 この消防出張所の向かいに、弘法大師霊場という「阿遮院蓮華寺」があり、山門前には「百万遍念仏講用具」を文化財マークとともに説明する区教育委員会の説明板があります。江戸時代から念仏講が行われていたようで、この地はかつて下尾久村大門という地名だったこともわかります。立派なお寺です。「本町」を名乗るこの商店街もこのお寺との関係がありそうですが、街路灯に表示されている「おぐとぴあ23」の愛称?は、そうした歴史的な風情に対して少々違和感もあります。「23」とは何を意味するのでしょうか。
・なつかし度  ★★★★☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★★★☆☆

作業服店などが並ぶ商店街
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すばらしき構えの「栃木屋豆腐店」
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[№72]川の手もとまち商店会

歩いた日 H24.06.30 【荒川区】 
 南北に走るおぐぎんざ商店街熊野前商店街の接点から東へ、尾久橋通りにぶつかるまでの100m余りの短い商店街で、人通りは南北方向の商店街より少ないですが、衰退感ではなく落ち着き感というような雰囲気を持つ商店街です。なぜ「川の手もとまち」なのかは不明ですが、とにかく両端の入口の商店街アーチと街路灯が立派で存在感があります。
 入ってすぐの喫茶店の名が「珈琲たうん」というのも素直で良いです。そして、「ふぐ料理」の看板を掲げる「割烹美国家」が、この商店街の中で大きな存在感を占めていると言って良いでしょう。そして、これまた落ち着いた構えの「喜久寿司」や呉服店の「ふぢや」など、下町にあってどことなく気品というか格式というか、そういうものを感じる点が、南北方向の庶民的商店街空間とは違う点でしょうか。
 商店街中程に、商店街振興組合がずいぶん前に設置したと思われる看板があって、商店名が記載されており、これを数えると35店あります。ただ、最近更新された様子がなく、本当に全部現存しているかはチェックしたわけではないのでわかりません。
 西の端近くに、ベビー子供洋品の「ふぢや」がありますが、先の呉服店「ふぢや」の支店でしょうか。また、その向かいあたりのもんじゃ・お好み焼き店の「胡弓」では、東京スカイツリー記念メニューを634円で提供しているのが微笑ましく見えました。
 東向きの一方通行路で自動車の通行も多少ありますが、適度なカーブもあり、まあまあゆったりと、先への期待感を持って歩けます。日暮里舎人ライナーの線路が覆い被さる尾久橋通りを横切った先には、尾久本町通り商店街が、また違う雰囲気で続きます。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

商店街入口にかかる立派なアーチ
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落ち着いたたたずまいの商店街
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[№71]おぐぎんざ商店街

歩いた日 H24.06.30 【荒川区】 
 庶民的な飾らない雰囲気の商店街を求めて荒川区へ。日暮里から「日暮里舎人ライナー」という乗り物に乗って2つ目の「赤土小学校前」というバス停のような名前の駅で下車。尾久橋通りから西に入って少し行くと「おぐぎんざ商店街」にぶつかります。南北の狭い通りですが、入口アーチの手前南側にも店が続いており、うなぎ店「坂田」のランチメニューは900円からと、早くも庶民の味方ぶりに期待が高まります。
 アーチをくぐって北に進むと気さくな感じの店が左右に続きます。食品類の店のほか、洋品店もかなり見られます。道にあふれんばかりに洋服や靴やカバンやカレーなどを置いている何屋さんだかわからない店にもお客が出入りしています。もう、何でも売っちゃうよ、という感じでいいですね。青果店、魚店、鶏肉店が仲良く並ぶ一角はまさに生鮮三品の揃い踏みで、その向かいの煎餅店からは香ばしい香りが流れているのもうれしいです。
 商店街中程で、トミエストアとグルメシティという2つのスーパーが向かい合っていますが、見事に商店街に溶け込んで共存している様子です。良い雰囲気の酒屋や、おでん種店などなど、庶民的な店をながめながらぶらぶら歩くとほっとした気分になります。喫茶店の名前が「ひとやすみ」というのも素直ですね。そして間もなく北側の端のアーチにたどり着きますが、その下には「名物塩大福」「焼きだんご」の伊勢屋さんが構えています。
 ここで直進すれば熊野前商店街(はっぴいもーる熊野前)、右には川の手もとまち商店会が続き、商店街3つのアーチが向き合っているすばらしきポイントです。おぐぎんざのアーチを改めて見上げれば、毎月第一、第三土曜は「ふれあい夕市」とありますが、あいにくこの日は第五土曜日。それでもかなりの賑わいがあり、下町に息づく商人たちの心意気とたくましさを感ずる商店街でした。因みに、尾久銀座を「おぐぎんざ」と仮名書きにしているのはやはり親しみやすさを狙ったためでしょうかね。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★★☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★★★
・ローカル度  ★★☆☆☆

おぐぎんざ商店街の北側の入口
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八百屋、魚屋、鶏肉屋が並ぶ一角
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[№46]町屋駅前東口商店会

歩いた日 H24.05.20 【荒川区】 
 日曜の夕方、町屋の駅周辺を歩き回った後、京成電車で帰ろうとしたところ、駅の向こうに「町屋駅前東口商店会」の黄色いフラッグが連なっているのが見えました。駅前高層マンションビルの「イーストヒル町屋はいから館」1階の店舗も含めて、線路沿いの藍染川通りとその一本裏の通りからなる小規模な商店街のようです。駅前の地図看板の裏が商店街看板になっていて、そこに書かれた店舗名を数えると25店ありますが、それだけではないかもしれません。
 オリジン弁当の左から裏通り側に入ると、二階部分がなぜか白壁風の「はいから館」1階にスーパー「グルメシティ」があり、これもこの商店会の一員のようです。その向かいには薬局があります。石畳舗装の道には自転車がたくさん停められ、駅から住宅地への抜け道となっているようです。
 藍染川通りに出ると、いかにも効きそうな大きな親指の絵が書かれた指圧マッサージ店の看板や、焼肉店などが目立ちますが、そんな中で、呑み屋の扉の上に掲げられた「家へ帰ったら何もないぞ」というメッセージは楽しいですね。
 おじさんたちの夜の町と主婦たちの昼の買物の町が混在しているようなところですが、こじんまりとまとまって、それなりに健全な雰囲気で地域に溶け込んでいる商店街と見えました。
・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★★☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

スーパーもある裏通り部分
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藍染川通り沿いの部分
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[№45]江戸道商店会/町屋銀座商隆会

歩いた日 H24.05.20 【荒川区】 
 町屋は、京成線と地下鉄千代田線、都電荒川線が交差する乗り換え穴場駅です。都電の踏切を挟んで尾竹橋通り沿いに賑やかな商店街が続いていますが、ここでも敢えて少し外れた商店街を目指します。頼りは「荒川区まちあるきマップ」。
 京成の線路沿いの藍染川通りから江戸道商店会の入口を探します。街路灯でそれとわかりますが、車一台がやっとという通りに商店街らしき雰囲気はありません。くねくねと道なりに歩くとすぐに町屋銀座商隆会に変わります。といっても歩いている時はその境界にも気づきませんでした。
 商店街の名前は風情があるのですが、閉ざされたシャッターの連続です。日曜日ということを割り引いてもやはり空き店舗が多いようです。そんな中で「グランドシューズ」と書かれた古いテント看板の店が開いており、中ではご主人が靴の修理を黙々としていました。修理専門のようです。また、若い元気そうな店主の焼鳥店に数人の人だかりがあり、ほっとさせられます。ここは注文を紙に書いて渡す仕組みのようです。
 他に開いている店がほとんど見当たらないまま、都電通りの町屋二丁目電停前に出てしまいました。入口角には餃子店と思しき店に数人のお客さんがありましたが、ご近所の人気店といったところなのでしょう。
 平日や夜には多少は賑わうのかもしれませんが、どうも時代に取り残されてしまったような感の強い商店街でした。若さを保てなかったということなのでしょう。見た限りでは、あの焼鳥店が希望の灯です。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

ここが江戸道商店会
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町屋銀座商隆会の焼鳥屋さん
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[№34]南千住仲通り商店会

歩いた日 H24.05.05
 都電の終点「三ノ輪橋駅」に隣接し、今や全国的に有名になった活気あふれる「ジョイフル三ノ輪」商店街を背に、日光街道を渡って少しだけ左に行くと南千住仲通り商店街がひっそりと迎えてくれます。ゴールデンウィークの真っ最中ということもあって、閉まっている店が多く、入口付近で「はんこ」の大きな看板を掲げる印章店もシャッターが降りていました。
 歩くにつれて、中華料理店や電機店、家具店、鮮魚店、蕎麦店など開いている店も増えてきて、だんだん人通りも多くなり、周辺地域の生活に溶け込んでいる様子が伺えるようになります。でも、シャッターを降ろしたままで看板も錆びたような本当の空き店舗も少なくないように見えました。さらに歩くと右側に「豊川稲荷」という小さな神社があって、ここがこの商店街の守り神となっているようです。
 商店街を抜けると右側に常磐線の高架線路がありますが、その手前に小塚原回向院が見えます。江戸三大刑場のひとつとされた小塚原刑場に由来し、かの吉田松陰らもここに埋葬された経緯があるそうで、そんな重い歴史を背負った地でもあります。
 ここから南千住駅はもうすぐそこですが、常磐線、地下鉄日比谷線、つくばエクスプレスの3線が停車する駅に近い割にこの商店街は控えめなたたずまいに見え、何かひとつ名物商品でもあれば注目度も増すのでしょうが、近くのジョイフル三ノ輪に刺激されるでもなく、ひたすらマイペースで近隣の生活サービスに徹しているような印象を受けました。
・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

南千住仲通り商店街の風景
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商店街内にある豊川稲荷
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再び歩いた日 H26.05.24
 南千住商友会から南千住駅に戻る途中で再びここを通りました。前回(2年前)は5月連休中で静かな印象が強かったのですが、今回は「普通の」土曜日。前回よりは営業店が多いせいか、やや明るさを感じました。
 それでも、やはり空き店舗が目立つ部分もあり、駅近くなのに活気が乏しい状況は変わりません。ただ、懐かしい看板建築の構えの店が多いことに改めて気づかされるなど、「渋さ」の面では評価できるかなとも思います。古い建物を使った美容室などがあったりして、この「渋さ」を活かした工夫がさらにあれば全体の話題性を高めることもできるかもしれません。

看板建築が目立つ渋い街並み
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