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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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[№772]三田商店街

■■■・・・東京タワーを正面に見る通り沿いで、ユニークな和菓子やら蕎麦やら
歩いた日 H31.03.16 【港区】 

 三田の慶応義塾大学の東側を南北に貫く太い道沿いで、三田商店街振興組合が組織されています。南は第一京浜との札の辻交差点から、北は赤羽橋までの長い区間で、田町駅からの慶応仲通りがぶつかる三田二丁目交差点から北は国道1号(桜田通り)です。今回歩いたのはその全部ではなく、慶応義塾大学東側を中心とした中央部付近のみですが、北の正面方向に東京タワーをのぞむロケーションが良いですね。
  <東京タワーを正面にのぞむロケーション>
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 しっかりとした商店街のホームページがあって、それによると、かつて町会単位に商店会組織があったものを、道路拡幅に合わせ組織的対応力を高めるために昭和58年に振興組合組織を発足させたとのことです。道路拡幅に続き、平成15年から歩道のカラータイル化と街路灯設置、植栽等を行い、明るく気持ち良い歩道になったそうで、夏の三田納涼カーニバルではサンバパレードも行われるとのことですが、どのようなものでしょうか。
 場所柄から言って生鮮食品店などは見当たりませんが、ホームページの店舗リストによると、今回歩いていない赤羽橋寄りの区間に、琴・三味線の店や表具店などの名も見られます。また、慶応義塾大学も商店街組織の一員として名を連ねています。
  <札の辻方向を見る>
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 その慶応義塾の「東門」がこの通りに面して堂々とそびえ立ち、存在感を示しています。道路に面して工事中の仮囲いの土地にも慶応の何かの施設ができるようです。東門の北側には三田春日神社があります。現在地に遷座したのは戦国時代の天文年間とのこと。また、商店街ホームページでは、少し離れた三田三丁目にある御田八幡神社が「三田」の地名の由来とも知ることができます。
  <慶應義塾東門>
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  <春日神社>
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 この春日神社と東門に挟まれる位置にある和菓子の「文銭堂」が、私がここを歩いた目的のひとつでもあります。慶応のお膝元らしく「学問のすゝめ」なる商品があり、これは話題性あるお遣い物として重宝しそうです。新橋の本店では「汽笛一声」という商品もあるとのこと。ここでは文銭最中とどら焼(新虎焼)を購入し、帰ってから美味しくいただきました。そして、三田二丁目交差点正面という絶好のロケーションにあるそば処「朝日屋」でアツアツの肉南蛮そばを食しました。満足。
  <「学問のすゝめ」もある和菓子店「文銭堂」>
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  <そば処「朝日屋」など>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

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[№771]三田地蔵通り商店会

■■■・・・お地蔵様に見守られ、慶應義塾正門前に続く坂道だが意外に静か
歩いた日 H31.03.16 【港区】 

 桜田門から南下してきた桜田通り(国道1号)は慶應義塾大学を右手に見る三田二丁目の交差点で右に折れますが、直進して札の辻方面へ向う方向の次の信号から右(西)に入る道が「三田地蔵通り」です。交通量も比較的少なく目立たない道ではありますが、地下には都営三田線が走り、田町から渋谷へ向かう都営バスも頻繁に走ります。
  <商店街中央のY字路(角に「太陽のトマト麵」>
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 入るとすぐにY字型に道が分かれ、その分岐から右方向すぐの左側に、通り名の由来である三田子育延命地蔵尊がこじんまりした建物に収まっておわします。扉は閉まっていて、覗いて拝むことになりますが、建物前面には多数の提灯が飾られ、地域で大切に守られていることがわかります。
  <三田子育延命地蔵尊>
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 この地蔵通りの商店会は、港区商連のリストにも名を連ねますが、位置的に目立たないせいか、商店の数はわずかです。お地蔵様の向かいにある割烹「山田屋」は、ふぐ料理・はも料理の店とのことで、周辺の事業所等の接待の場としても重宝しそうです。その隣はスペイン料理の「カサ・デ・マチャ」で、「隠れ家」的ともいえる会食の場として和洋の選択肢があるということですね。
  <「山田屋」などが並ぶ一角>
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 その先左側には青果店「なかむらや」があり、貴重な生鮮食品店として頑張ってほしいと思います。そのほか飲食系では、お地蔵様に近い位置にカレーの「ココイチ」もありますが、私が好きなラーメン店のひとつで錦糸町に本店がある「太陽のトマト麵」の三田店がY字路角の目立つ位置にあります。
  <坂道の途中の「なかむらや」など>
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 「なかむらや」前の地蔵通りは緩い上り坂の一方通行で、やがて桜田通りに合流するところの正面が慶應義塾の正門です。ただ、田町駅から大学へのルートは慶応仲通りが最短なので、この地蔵通りは学生の往来も少なく静かです。
  <慶應義塾大学正門>
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 Y字路まで戻って左方向も一部商店会の範囲のようですが、店舗はあまりなく、日蓮宗の蓮乗寺といった寺院が風格を見せています。ここから先の南西方向には寺が多く、地形的にも聖坂、潮見坂といった坂道が多くなります。こうした谷に挟まれた台地上に慶應義塾はあるということになります。
 そんな道筋を、港区のコミュニティバス「ちぃばす」が走り抜けて行きました。「ちぃばす」といっても意外に大型のバスなんですね。
  <聖坂に続く通り>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

[№770]慶応仲通り商店街

■■■・・・大学の門前商店街にも意外な歴史の痕跡や小さなお社あり
歩いた日 H31.03.16 【港区】 

 1万円札の肖像が福沢諭吉から渋沢栄一に変わるというニュースが流れていますが、福沢諭吉を創始者に仰ぐのが慶應義塾で、三田は、大学本部や女子校、普通部(中学)等が集積する「慶應の拠点」とも言ってよいところです。
 その慶應の最寄り駅であるJR田町駅、都営地下鉄三田駅から大学方面への最短ルートにあたるのがこの「慶応仲通り」で、慶應関係者には馴染み深いところでしょう。幅4mにも満たないような小道で、それから分岐する道沿いも含めて、学生相手などの飲食店等がびっしりと建ち並び、大学の門前町として形成され、育ってきた商店街の典型とも言えるところです。
  <田町駅向かいの商店街入口>
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 平日は学生たちの流れで埋めつくされますが、この日は土曜日。多少の余裕を持って歩けます。田町駅の改札から続くペデストリアンデッキから第一京浜(国道15号)の向こうに入口を見下ろすことができ、そこへ向けて国道を渡ります。商店街へ入ってすぐ道は左に折れ、そのまままっすぐ大学方向に向うのですが、その折れる部分の角に、東京都指定旧跡「水野監物邸跡」の説明板があります。
 元禄15年に吉良邸に討ち入った赤穂浪士47人のうち9人が預けられた岡崎藩水野家芝三田屋敷の一部がここに当たるとのことで、翌元禄16年2月に9人はここで自刀し武士の本懐を遂げたとのことです。忠臣蔵の歴史がここにも刻まれていることを、今さらながら知りました。
  <「水野監物邸跡」の説明板>
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 「慶應仲通り」は、飲食店やカラオケ店などが目立ちますが、そうした中に「制服御調整」の文字を掲げる「佐藤センイ洋服部」という店が混じるのも大学の門前らしいところでしょう。
  <飲食店等が目立つ通り>
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  <「制服御調整」の「佐藤センイ洋服部」など>
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 道はやがて緩い上り坂となって三田二丁目の交差点に出るのですが、事前のネット情報で、その手前あたりに「茶の木稲荷」があるとのことだったのですが、その狭い場所は空地になっており、「茶の木稲荷は商店街駅寄りの巌流稲荷に移転しました」の表示が。で、戻って「巌流稲荷」を確認しましたが、ビルの軒下で窮屈そうでした。「茶の木稲荷」はいろいろ調べても、市ヶ谷八幡神社境内の同名神社の分霊か、とのこと以外詳しいことはわからず、「巌流稲荷」についても同様です。
 このあたり一帯の大半は、前述の水野家の屋敷だったところで、それとの縁があるのでしょうか。
  <巌流稲荷>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

[№769]若葉三丁目商店共栄会

■■■・・・多くの寺に囲まれた谷筋の街並みは商店街らしさ希薄に
歩いた日 H31.03.09 【新宿区】 

 江戸・東京は武蔵野台地の東端に築かれた都市で、台地を削って低地に流下する河川が多く、それらが刻んだ谷が起伏ある地形を生み出しています。ここ新宿区若葉もそんな谷間のひとつで、この谷筋は戦前まで鮫河橋(さめがはし)と呼ばれていたそうです。この名の由来については諸説あるようで、若葉の地名になったのは戦中の昭和18年とのこと。
 JR信濃町駅から南へ急坂を下るとその支流の谷で、これを首都高速新宿線の南に沿う形で東へ向うと「みなみもと町公園」に出ます。ここで上記の川に合流するのですが、公園前に小さな「せきとめ神社」があります。ここから下流は東宮御所がある赤坂御用地を貫流するため、水を綺麗にするためここに沈殿池を置いたことに由来するそうです。
  <みなみもとまち公園の「鮫河橋せきとめ神社」>
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 ここから高速道路と中央線の下をくぐり、谷を北に遡る形で若葉三丁目に入ります。江戸から明治の頃はこの谷間一帯は貧しい人々が密集して暮らす地だったようですが、今は都心近接の地の利からマンションなども多く、建築工事中の区画も複数見られます。ただ、両側の斜面やその上部には、江戸時代から続くものが多いという寺院が集積し、歴史を反映しているとも言えそうです。
 さて、商店街ですが、道が右に屈曲する部分の三叉路を中心に、いくつかの店舗があり、「若葉三丁目商店共栄会」の名を柱に刻んだ街路灯もあります。三叉路角のコンビニを中心に、生花店などがありますが、期待していた中華料理店「珍満」も閉まっているなど、寂しい状況です。
  <商店街の中央部>
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  <若葉二丁目との境から三丁目側を見る>
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 その先にスーパーの「丸正」などがありますが、そこはもう若葉二丁目の領域で、街路灯も途切れています。以前は、新宿区商連のサイトで若葉二丁目にも商店街組織の名があったのですが今はなく、実際、そこから先も商店街らしさは失われており、三丁目部分だけがかろうじて残っているということのようです。二丁目区間で「包丁研ぎ、まな板削り」と掲げた店が健在なのが良いですね。
  <二丁目側のスーパー「丸正」など>
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 谷筋なので両側は斜面で、鉄砲坂、観音坂、東福院坂など歴史的な名がついた急な坂道が多く、南東側の斜面上には須賀神社もあります。最後に円通寺坂を上ると新宿通りに出ます。尾根道である新宿通りの近代的風景や賑わいと、今見てきた若葉の谷筋風景のギャップ感がとても大きいです。
  <観音坂と斜面上の寺院等>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

[№768]春日町富士街道商店会

■■■・・・立派な寺院もある歴史ある街道沿いは駅前なのに商店街らしさ薄く
歩いた日 H31.03.02 【練馬区】 

 富士街道は、「ふじ大山道」の別称で、北町付近で川越街道から分かれ、今の練馬区を斜めに縦断する形で相模の大山、さらには富士山へと道者たちが通った道です。「春日町富士街道商店会」は、練馬区のマップによれば、練馬春日町駅近くで環八の北側の富士街道沿いと、一部豊島園通り沿いも含めて構成されているようで、地下鉄大江戸線(当初は12号線)開通とともに駅前商店街の位置を占めるようになったというところです。
 しかし、駅上には、かつての豊島園通りを分断するように高層マンションのエリムが建ち、その下層階にスーパーの「サミット」があって、買い物需要はそこから面的に広がっているようには見えません。富士街道自体も道幅が狭く、拡幅の事業がかかっているようで、建物が部分的に後退しているなど何か中途半端な光景です。店舗密度も高くなく、生鮮食料品など生活型の店舗も見当たらず、せっかく駅前商店街になったのに、惜しい感じがします。
  <富士街道の練馬春日町駅から西方向の部分>
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 北へ向う豊島園通り沿いも同様で、両者の交差点が逆に分断要素になってしまっているようにも見えます。
  <豊島園通り沿いの北方向の部分>
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 「エリム」に入居している商店は、サミットも含め、「エリム春日町商店会」という独立組織を形成しているようで、商店街としての統一感の演出の難しさを感じさせます。
  <「エリム」1階の商店街入口>
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 富士街道を少し東に行った部分に愛染院(あいぜんいん)という立派な寺院があり、室町時代の創建で、愛染明王を本尊とする真言宗の寺院とのこと。境内には立派な鐘楼もあります。その門前に区教育委員会による「ふじ大山街道」の説明板があります。また、区ホームページによると、この前の交差点付近を中ノ宮といい、江戸時代には近くに名主役宅や高札場、郷蔵(ごうくら)などがあって村の中心であり、明治になってそこに村役場や小学校、登記所ができたということです。
  <富士街道東側区間(愛染院門前、富士大山街道の説明板あり)>
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  <愛染院に続く参道>
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 同じく愛染院境内には、昭和15年に建てられたという「練馬大根の碑」もあります。練馬大根の起源やその後の経緯などを記した区の説明板もあり、広大な農村地帯だった練馬の原風景が目に浮かぶようです。商店街にはやや消化不良でしたが、歴史を学ぶ収穫もある散策でした。
  <「練馬大根の碑」>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

[№767]練馬春日町サンリーム商店街

■■■・・・古い街道筋の商店街の古風な店でカツ丼を食し、餅を買う
歩いた日 H31.03.02 【練馬区】 

 練馬区春日町エリアで、地下鉄大江戸線は新たな都市計画道路の下を走り、練馬春日町駅もそれと環状八号線の交差点の下にありますが、以前のこの地域の幹線道路は、練馬駅方面から赤塚方面へ至る豊島園通りがほぼ唯一の存在でした。この通りは、春日町エリア内で緩いS字カーブを描き、その部分に早い時期から商店街が形成されてきたようです。
 練馬区ホームページでの紹介文によると、1958(昭和33)年に「農協前商店街」として創立したものが、1992(平成4)年12月に「練馬春日町サンリーム商店街」に改名したとあります。確かに、商店街中央付近に「農協前」のバス停があり、練馬駅と赤羽方面等を結ぶバスが停車します。
  <春日町本通り商店街に近い部分>
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 地下鉄開通(平成3年)後、駅に近い商店街となったわけですが、人々の生活スタイルの変化は、こうした身近な商店街の必要度を低下させてしまったようで、集客の核となる店舗も特にないままに大きな変化もせず、今日に至ったという印象です。豊島園通りも、環八で分断され、北方向への直進ができない構造となり、位置的にも目立たない状況になった印象です。
 交通量は少なめながらバスも通る2車線道路は歩道もなく、歩行者がそぞろ歩く環境も良好とは言えません。それでも東には春日町本通り商店街が続き、歴史ある通りの貫祿は見せています。
  <新旧が混在する商店街風景>
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 カーブの手前に、昭和の商業建築を象徴する看板建築の並びがいくつか見られる中に、文化堂書店が営業しているのに好感が持てます。街の書店が減少している中で、こうした存在は貴重で、その名の通り「文化」の拠点としてがんばってほしいものです。
  <懐かしき看板建築の並び>
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  <「文化堂書店」などの看板建築群>
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 同じ並びで、これまた古風なまちの食堂風の「まいこや」に入店し、カツ丼で昼食にしました。変化を頑なに拒否しているような建物、店構え、店内の雰囲気は感動もので、接客も明るく気持ち良いです。これもまた貴重な存在ですね。そして、やはりどっしりとした歴史を感じる建物の「相原屋米店」では、店頭に大きな壺を並べてなにやら販売中。米店が作る壺焼き芋や餅を土曜日限定で売っているそうで、いかにも美味しそうな餅が並んでいたので、カツ丼を食べたばかりなのに間食用に買ってしまいました。旨かったです。あっ「サンリーム」の由来を聞き忘れました。
  <レトロ食堂「まいこや」など>
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  <餅を買った「相原屋米店」>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

[№766]みすず商店会

■■■・・・美しい響きの名の商店街も今はその実体をなくして・・・
歩いた日 H31.03.02 【練馬区】 

 降りたことのない駅に初めて降りるのはなんとなくわくわくするものです。都営大江戸線で終点の光が丘のひとつ手前、練馬春日町駅に降りてみます。改札はひとつですが、前と後の両方向に地上出口があるのは、その中間を環状八号線(環八)という幹線道路が横切っているからで、この巨大な道路の出現によって分断された両側地域のそれぞれに出口を設けたということなのでしょう。
 それにしても環八の存在感は圧倒的ですね。かつては静かな住宅地、さらにその前は農村地域であったのでしょうが、こうした幹線道路の整備は街の風景を大きく変えてしまうものです。この日のお目当ては、主に豊島園通り沿いの商店街を歩くことだったのですが、まずはこの環八に沿って少し歩いてみます。本線は半地下に潜っているのでそれほどうるさくはないのですが、その分幅員をとっているため、分断感が大きいのです。
 北東方向に信号2つ分ほど歩いたところから右に入る道に小さな商店街があるはずで、そこにたどり着いたのですが、商店街らしき表示も街路灯もありません。練馬区ホームページのマップによるとここが確かに「みすず商店会」のはずですが、既に商店街らしさは失われているようです。100mあるかないかの間に店舗がいくつかある程度です。
  <環八からの入口付近の情景>
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 長屋建築の一階が店舗になっていて、クリーニング店などが営業しているようですが、その隣の蕎麦店は営業しているのか不明です。「第一パン」の文字がある食料品店「アライ」は現役で、この存在が救いというところです。
  <長屋建築の一階の店舗>
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  <現役の食料品店「アライ」>
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 練馬春日町駅の開業は平成3年ですが、それまでこのあたりは交通不便の地で、この商店街も地域の身近な買い物の場として成り立ってきたのでしょうが、今は、環八沿いにスーパーのライフがあり、駅の上にはサミットもあって、生活消費需要はそれらの大型店や、地下鉄で結ばれた練馬駅方面に吸収されてしまったと思われます。
 それにしても「みすず」という美しい響きの名が気になります。周囲にはマンションやアパートが多く、住民も入れ代わり激しいでしょうから、この名や由来も知る人はほとんどいないのでしょうね。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ☆☆☆☆☆
・ひょうきん度 ☆☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ☆☆☆☆☆

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