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ほのぼの「B級商店街」歩き

東京下町を中心に、決してA級ではないけれど、ほのぼのとした風情ただようB級・C級の商店街を、応援の思いも込めながらぶらぶらと歩きます。

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ほのぶらマン

Author:ほのぶらマン
商店街全盛時代を懐かしむ昭和世代の男です。商店街が少しでも元気を取り戻すことを願いつつ、ほのぼの感を求めてぶらぶらと散歩気分で歩きます。

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皆さまのご感想や情報など、お便りをお待ちします。

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[№975]興野銀座会

■■■・・・古い商業建築は興味深いが、商店街の機能はかなり薄らぐ
歩いた日 R05.02.18【足立区】

  <カーブの先への期待が高まるが・・>
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 今年(令和5年)のお正月明けに本木新道の本木中央通り商店会を歩きましたが、あの日はその先へ歩き続けることなく引き返してしまったので、改めて続きを歩こうとまた北千住駅からバスに乗り、本木小学校のバス停に降り立ちました。足立区商店街マップによると、この先に興野銀座会、興野バス通り商店会と続いているのがわかります。
 本木中央通り商店会の街路灯が途切れる部分からが「興野銀座会」の領域と思われます。興本センター前のバス停付近で道が微妙にカーブし、先への期待が高まりますが、先の風景が見えてくるに従い期待感は薄らいでいきます。「銀座」の名に反して賑わいの風景はなく、店舗の連続性も乏しく、商店街としての機能はだいぶ低下している様子です。商店街の存在を主張する街路灯もありません。
 酒店や米穀店などは現役でありますが、生鮮三品の店舗などは見当たらず、昭和の看板建築もいくつか残るものの空き店舗化しているものが目立つという状況です。ゆっくり北へ向かって歩きますが、特にインパクトを感ずることなく進んでしまい、唯一「おっ」と思ったのが、くすんだ看板建築の三軒長屋が妙に目立つことで、「ほっかほかのおべんとう」などの文字が見えるものの3軒とも固くシャッターが閉ざされ閉業していると見えました。
  <米穀店などがあるあたり>
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  <渋い長屋造りの看板建築>
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 足立成和信用金庫の先のやはり看板建築の二軒長屋の片方で「アカシア」という洋菓子店が営業しているのが輝いて見えます。長く営業しているのか、この商店街の盛衰をどのように見ているか聞いてみたかったとも思いますが、この日は洋菓子の購入ニーズはなかったのでスルーしてしまいました。
 そして、さらに進むと右手の路地の奥にスーパーが見え、日常の買い物ニーズはそちらで満たされるかなどと思いつつ頭上を見上げると、あれっ、なかったはずの街路灯がありそこには「興野バス通り商店会」の文字が。いつのまにか「銀座会」から次の商店会の範疇に突入してしまったようです。両商店会の境界付近で存在感を放つのは、ディスカウントショップだったらしい「大黒屋」という大きな空き店舗でした。結局、「銀座会」は古い商業建築物を多く眺められたものの、商店街としてとう評価してよいのかわからないまま通りすぎてしまったのでした。因みに、起点側にあったバス停名の「興本」とは、「興野」と「本木」を合わせた名称だと思われます。
  <洋菓子店「アカシア」など>
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  <バス通り会に続く商店街北端付近>
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  <「大黒屋」だった?空き店舗>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★★☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

★ランダムリンク
   (衰退感がたまらない商店街(9))
・[620]日の出町商店街【足立区】
・[630]オリエンタル通り商店会【新宿区】
・[648]西小山商盛会【品川区】
・[650]さくら通り春日町商店会【江戸川区】
・[663]滝三通り商店会【北区】
・[673]富ヶ谷商盛会【渋谷区】
・[684]立花通り【墨田区】

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[№974]巣鴨駅前商店街

■■■・・・健全な表通りと雑多な脇道――渋い店での定食は満席で断念
歩いた日 R05.02.04【豊島区】

  <国道17号の東面の商店群>
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 土曜日の昼に巣鴨駅に降りたのは、ネット情報で知った古風な定食店で昼食を食べようと思ったからです。巣鴨駅前商店街は、駅の北側。「おばあちゃんの原宿」とも言われA級商店街と思われる地蔵通り商店街と駅との間の、中山道(国道17号)沿いを中心とした部分を範囲としていることが、豊島区の商店街マップからわかります。
 駅前はロータリー状の広場となっており、駅側には駅ビルのアトレがあり、広場に面する他の部分には飲食店などが入るビルが並びますが、その中に書店(成文堂書店)があるのがうれしいところ。近年は書店の減少が著しく、駅周辺から書店がなくなると「文化果つる街」の印象が強まりますが、ここにはまだ「文化」があると安心させられます。
 広幅員の中山道の両側歩道は、とげぬき地蔵を擁し半ば観光地でもある地蔵通りへの「参道」的役割もあり、甘味処の店があるなど健全な印象が強いですが、脇道の路地空間は雑多な飲食店街で、夜の街の性格が強そうです。そんな中の一歩奥まったところにスーパーの西友があるのも面白く見えます。そしてまた、そうした中に、すばらしく昭和的な長屋建築の飲食店群もあり、思わず立ち止まって見とれてしまいます。
  <国道17号の西面の商店群>
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  <駅前広場から入る雑多な印象の路地空間>
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  <感動的な古い長屋建築の飲食店群>
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 中山道西側の、地蔵通りが分かれる手前の左にある真性寺は、医王山東光院と号する真言宗豊山派の寺院で、行基菩薩による創建とされる古刹。本堂手前に大仏のようにおわす地蔵尊は江戸六地蔵のひとつだそうで、参詣者が絶えない様子です。その門前のすぐ脇から高岩寺(とげぬき地蔵)へ続く地蔵通りが始まりますが、その手前の「伊勢屋」には名物の豆大福や焼だんごを求める人が行列を作り大賑わいです。
 さて、お目当ての定食店は、再び中山道を渡って先ほどの雑多の飲食店群エリアへ入る路地の入口近くにあるのを見つけましたが、その佇まいがなんとも渋いです。これは惹かれます。で、覗くと、13時を過ぎているのに狭い店内は満席。少し回りをブラブラして、そろそろ空いたかなと再び訪れてみると、今度は店前に行列。いやはや、人気店なのですね。さらにブラブラしてもう一度来てみてもなお満席。疲れもあったので結局この日は諦めました。残念。カツカレーやオムライス、ナポリタンなどがワンコイン(500円)で食べられるという魅力店なのですが、またの機会にしましょう。 
  <真性寺の地蔵尊>
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  <満席で入れなかった定食店「フクノヤ」>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

★ランダムリンク
   (駅近くで独特の魅力を醸す商店街(26))
・[924]上板南口銀座商店街【板橋区】
・[927]浮間銀座商店会【北区】
・[930]荏原中延東栄会商店街(サンモールえばら)【品川区】
・[934]グリーンロード(西新井)【足立区】
・[937]栗山商店会【千葉県松戸市】

[№973]豊島園商店会

■■■・・・「としまえん」閉園後も性格を変えつつ維持し続ける商店街
歩いた日 R05.01.28【練馬区】
(★文末に追記あり)

 都区内の鉄道路線はほぼ乗り尽くしたつもりでいたのですが盲点がありました。西武豊島線(練馬~豊島園1.0km)です。これに乗ることと併せ、令和2年8月に閉園した「としまえん」の門前商店街の状況を見ることを目的に寒風の中、出かけました。列車は高架の練馬駅から地上へ降りつつ大きく右にカーブして、あっという間に豊島園駅に到着。駅はリニューアル工事中とのことで、コンパクトな駅舎に生まれ変わるようです。
 大型遊園地として長年親しまれた「としまえん」の跡地は仮囲いで塞がれ、解体工事が進行中。跡地には防災機能を備えた都立公園と、映画「ハリー・ポッター」の体験施設が整備されるそうで、駅名の「豊島園」が半ば地名化している状況から、それら施設の名称がどうなるか興味深いところです。なお、としまえん附帯の温浴施設「庭の湯」だけは営業を継続しています。
  <のどかな雰囲気の西武豊島園駅>
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  <「としまえん」の入口だったところ>
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 商店街は、西武の駅・としまえん入口の跡から東方向への2本の小道と、それが突き当たる「豊島園通り」沿いを範囲としていますが、閉園は大きな痛手だったことでしょう。小さな青果店ややきとり店などもありますが、そうした個人経営らしき店は少なく、新しそうなビルに入ったドトールやスターバックス等が妙に目立ち、そして何よりも駅横にそそり立つシネコン「ユナンテッド・シネマとしまえん」が存在感を放っていますがこれも新しそうです。
 バスも走る豊島園通り沿いは店舗の数も少なく、北へ向けて下り坂となり、その先の中之橋で石神井川を渡りますが、商店街範囲はその手前まで。在りし日の「としまえん」は石神井川の両岸に跨がる「水と緑の」遊園地だったのですね。
  <元「としまえん」の門前から商店街を見る>
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  <駅前から東への小道の店舗群(南)>
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  <東への小道の店舗群(北)>
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  <豊島園通り沿いの状況(左に「ユナンテッド・シネマとしまえん」あり>
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 「庭の湯」の向かいに長屋形式のユニークな店舗群があり、その中のひとつである蕎麦店「満月」で昼食を、と思ったのですが、「満席」の表示。人気店なのですね。残念ですがそういう人気店があることが商店街の光だとも思い、近くの中華料理店「香港飯店」に入りました。
 その後、駅西側の住宅地を散策。そこは大正期から緑豊かな居住環境を守ろうと「城南住宅組合」を形成してきたようで、「すべての破壊行為に対して組合の総力をあげて闘う事を宣言します」というたくましい文言が掲示されています。そうした中に「練馬区立向山庭園」があり、これは入園無料の植物庭園といったところ。静かな庭園をしばし堪能しました。
 帰路は、豊島園通り地下の都営大江戸線豊島園駅を使いましたが、練馬と豊島園の間はほぼ同様の線型で2本の鉄道があるわけで、西武の短い支線もそれなりの存在意義があるということでしょう。なお、都営豊島園駅の東側に多くの寺が集合する一角がありますが、これは「練馬十一ケ寺」で、関東大震災で被災した浅草の誓願寺の子院群が、昭和3年にまとまって移転してきたものだそうです。
  <蕎麦の「満月」などの並び(この左に「庭の湯」)>
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  <練馬区立向山庭園>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

★追記(R05.03.16)
 上の記事は今年1月末に歩いた記録ですが、これをアップしたその日(3月15日)に、「としまえん」跡地に関する報道がありました。ハリー・ポッターの体験施設「スタジオツアー東京」が今年(令和5年)6月16日にオープンとのことです。また、防災公園に関しては、東京都が「練馬城址公園」として5月1日に一部開園とのこと。意外に早い!。商店街にも新たな人の流れができることを期待したいですが、やはり駅名や商店会名は「豊島園」のままなのでしょうかね。


[№972]上池上商店会

■■■・・・駅から離れつつも静かに周辺住宅地からの客を待つ商店街
歩いた日 R05.01.21【大田区】

  <「上池上商店街」バス停>
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 バス停名が商店街名である例は稀少なのですが、「上池上商店街」はその貴重なバス停のひとつです。大森駅からの東急バス「上池上循環(内回り、外回り)」にそのバス停はあります。この日は外回りでのアプローチ。新幹線の線路をくぐる下に「上池上」というバス停があり、その次が「上池上商店街」ですが、商店会の街路灯は「上池上」停の手前から続き、脇道の一部も含め広い範囲にわたるようです。
 メイン部分は両バス停の間の「学研通り」沿いのようですが、「学研通り」はかつてこの通り沿いに「学研(学習研究社)」の本社があったことからそう呼ばれているとのこと。このあたりはどの鉄道駅からも遠いのですが周囲は良好な住宅街の様相。商店街は、東急ストアが核の役割を果たしていそうであるものの、それ以外は全体にやや散漫な印象です。店舗が軒を連ねるという様相では必ずしもありません。ただ、電線類が地中化され、明るくきれいな景観です。
 「スマトラ洋菓子店」が周辺のマダムたちに人気そうに見える一方、昔ながらと思える青果店や鮮魚店、和菓子店などもあり、建物も新旧入り交じり、そうしたバリエーションの面白さはありますが、いずれも大人しくお客様を待っているという雰囲気に見えました。寒い土曜の昼ということを割り引いて見なければいけないかもしれませんが。
  <「スマトラ洋菓子店」などがあるあたり>
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  <鮮魚店も営業中>
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  <ビル1階の青果店>
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  <東急ストア(道路は学研通り)>
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 ガード下付近にある「いし川」で昼食にしました。夜は居酒屋、昼は定食の店で、ボリューム感のある定食で満足を得ました。
 このあたりは意外に起伏のあるところで、この商店街メイン部分もゆるやかな坂道ですが、脇道に入るとかなりの急坂もあり「猿坂」などという道標があったりもします。洗足池からの流れが一部暗渠化されながらも谷を刻み、呑川に合流する付近にかかる橋が「道々橋(どどはし)」。新幹線ガードの南にある交番は「道々橋交番」です。また、ガードの北の斜面地にある長慶寺は日蓮宗の寺院。探索すればいろいろ文化資源もありそうですが、寒さに震え、また外回りバスに乗ってしまいました。結局、「上池上循環」を一周してしまったことになります。
 ところで、商店会やバス停の名は「上池上」ですが、このあたりの地名は「上池台」で、今は「上池上」という地名はありません。
  <新幹線ガード近くの「いし川」>
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・なつかし度  ★☆☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★☆☆☆
・ローカル度  ★☆☆☆☆

★ランダムリンク
   (駅から離れつつも独特の魅力を醸す商店街(9))
・[932]新田商店街【足立区】
・[941]葛西橋商栄会【江東区】
・[943]井頭商店会【練馬区】
・[947]五本木商店会【目黒区】

[№971]花川戸助六商店街

■■■・・・助六人気にあやかり組織再編?。履物問屋の街の今は・・・
歩いた日 R05.01.18【台東区】

 街は生き物。ちょっと目を離すと商店街の姿だけでなく組織も変わります。台東区の最新の商店街マップを眺めていたら、東武浅草駅の北側、馬道通り・江戸通り・言問通りで囲まれた三角形内部が「花川戸助六商店街」の表示になっていました。東武浅草駅北側の一部は、以前、「花栄会」としてレポートしたところ。これを包含する形で改組したのでしょうか。「助六」を付した名も興味深く、改めてランチを兼ねて行ってみました。
 「花栄会」をレポートしたのが9年近く前。コロナ禍も落ち着いてきて浅草は人力車に乗る外国人の姿も再び見られるようになりました。商店密度が高いのは、以前歩いた伝法院通りの延長の道あたりまでですが、今回はそれより北を中心に歩きます。商店の立地密度はガクンと減りますが、ポツポツと古い建物を活用した個性的なカフェや商店等が見られ、それらが目当てでしょうか、このあたりにも人力車が回ってきます。
  <東武のガード下のレトロ空間>
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  <言問通りに近い部分の路地(飲食店等が点在)>
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 浅草小学校の北にあるのが花川戸公園で、その一角に「助六歌碑」があります。「助六」(助六所縁江戸桜)は歌舞伎の十八番の演目のひとつで代々の市川団十郎により演じられてきたもの。台東区教育委員会の説明書きによると、この碑は九代団十郎らが清川一丁目の仰願寺に建立したものが関東大震災で土に埋もれていたもので、戦後に再建されたものとのことです。助六の実像は不明だそうですが、桜の名所の墨田公園に近いこの地が相応しいということでしょう。
 因みに、「花川戸」という地名も、江戸随一の桜の名所である隅田川岸への戸口であったことが由来と言われるとのこと。
 花川戸公園内には、ちょっと陰惨な由来を持つ「姥ヶ池」の旧跡碑や、「履物問屋街発祥地」の碑もあります。花川戸一帯は履物問屋の集積地で、公園の脇では「合同履物株式会社」の問屋店舗が目を惹きます。また、東京に現存する最古の露仏という九品寺大仏や履物の街のシンボルとも言える沓履地蔵尊を持つ九品寺のほか、江戸八森の一社という嬉乃森(うれしのもり)稲荷神社がひっそりとあるのも興味深いところです。下町の長い歴史が息づいています。
  <花川戸公園内の「助六歌碑」>
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  <「合同履物」の店舗など>
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 ランチは、東武浅草駅の裏まで戻り、町中華の代表ともいえる「ぼたん」でチキンライスを食しました。素朴な旨さです。向かいのとんかつ「とお山」には行列ができています。食後に、駅を内に抱える「エキミセ」の屋上に上り、隅田川越しのスカイツリー等の眺望を楽しみましたが、この屋上にも「正一位出世稲荷大明神」が祀られています。そして、都立産業貿易センター・台東区民会館の脇まで戻り、濃茶スイーツの「雷一茶」で「お濃茶チョコレート」なるものを買い求めて帰路につきました。
  <「ぼたん」などがあるあたり(左は「とお山」)>
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  <「雷一茶」など(突き当たりは二天門)>
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・なつかし度  ★★★☆☆
・ぬくもり度  ★★☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★☆☆☆☆
・ローカル度  ★★★★☆

★ランダムリンク
   (歴史・文化・土地柄がにじむ商店街(22))
・[935]根本発展会【千葉県市川市】
・[936]国府台共栄会【千葉県市川市】
・[944]学芸大前通り商店会【練馬区】
・[番外34]佐原の中心市街地【千葉県香取市】
・[952]円山町・松濤あたり【渋谷区】

[№970]本木中央通り商店会

■■■・・・都市計画道路で半分削られたが、商店街北半の区間は静かに健在
歩いた日 R05.01.07【足立区】

 北千住駅から西新井大師行きの東武バス「北01」系統は、千住桜木から荒川放水路を渡ると左折して本木地区に入り、すぐ北へ折れてやや細めの道を走ります。この道は「本木新道」と呼ばれ、そういう名のバス停もありますが、さらに興野地区を経て西新井大師へと続きます。この本木地区内で、途中の屈折点を中心に「く」の字型の区間で形成されているのが「本木中央通り商店会」です。バス停で2区間くらい。
 「あだち共生病院」があるあたりから北へ向けて歩きますが、中央の屈折点から手前、ほぼ東西方向となっている部分では都市計画道路の補助136号線の事業が進んでおり、道路拡幅により商店街風景の大半が失われたようです。道沿いにあったはずの本木交番も後退して真新しいものになっています。屈折点の手前でギリギリ事業用地から免れたと思われる数軒の看板建築の並びが健気に残っているのが救いに思えます。
  <商店街南端部分(あだち共生病院のあたり)>
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  <道路拡幅から免れた店舗群(左は拡幅部分)>
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 屈折点から北は商店街らしさが健在ですが、実はこちらも都市計画道路補助253号線の計画線が被っていて、先行きが心配されます。足立区は平坦な地形上にほぼ東西南北の碁盤の目状に街路計画があり、便利になるのは良いのですがどこも似たような風景になってしまいそうで、それぞれの街の個性が守れるか心配にもなります。
 こちらも、まだ正月休みのところも多いせいか、人通りも多くなく静かな雰囲気ですが、ところどころに昭和の看板建築の店舗も残り、鉄道や幹線道路から離れた地区での人々の生活軸として機能してきた歴史を感じさせます。「KOKUYO」の看板を掲げる「白井文具店」などが特に渋くて良いですね。
 途中、本木小学校の前に「冬木屋敷跡」という碑があります。説明書きによると、江戸時代の明暦の大火の後の需要増により豪商に成長した材木商「冬木屋」の別邸跡とのことで、今の江東区冬木町に居を構えた「冬木屋」は尾形光琳なども援助し日本画壇にも功績をもたらしたそうです。
  <屈折点から北の区間を見る>
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  <渋い文具店の建物など>
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  <商店街北端部付近>
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  <冬木屋敷跡の碑(本木小学校前)>
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 さて、この通りはさらに興野地区の「興野銀座会」などの商店街へと続くのですが、実はここで用事を思い出し、急遽バスに飛び乗ってしまったのでした。正月早々何をやってるんだか。ということで、ここから北はいずれまた、ということにします。

・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★★★☆☆
・ひょうきん度 ★☆☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★☆☆☆

[№969]大六天通り商店会

■■■・・・古くからの神社の門前周辺は、今は営業店もほとんどなく静か
歩いた日 R05.01.07【足立区】

 足立区の商店街マップを眺めていたら、いかにも目立たなさそうな位置にちょっと興味深い名前の商店街を見つけ、年明け最初の土曜に訪ねてみました。その名は「大六天通り商店会」。本木南町と本木一丁目の境界部分です。北千住から西新井大師へ向かう東武バスを「いずみ記念病院前」で降りて西へ路地を進むとたどり着きます。
 そして「大六天」の正体がわかりました。細い道の三叉路の角に「大六天胡禄神社」があります。その門前の商店街ということで、この三叉路から3方向それぞれ100mくらいが商店街範囲であることがマップからわかりますが、それにしても店舗らしきものの数はわずかで、かつその大半がシャッターを閉ざしています。営業しているのは理髪店の「おおやま」しか見当たりません。その西にある「ニュー東花園」は園芸店でしょうか。これも営業中かな。
 この寂しさは正月明け早々の土曜日であるためと願いたいですが、南には荒川放水路の堤防とその上の首都高速中央環状線が壁のようにそびえ、バス停からも離れ人通りも少ない路地沿いの立地で、周辺地区住民だけを対象に営まれてきた小さな商店街の今の姿ということなのでしょう。
  <大六天から北方向の情景>
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  <唯一(?)営業中の理髪店など>
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  <西方向の南北の通り沿い>
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 大六天胡禄神社も、正月の松の内というのに拝殿は固く閉ざされ賽銭箱もありません。由緒書きも見当たりませんが、帰ってから調べると、「大六天」は「第六天」と同義で、仏語で六欲天(欲界六天)の最高第六位に位する天で、他化自在天(たけじざいてん)とも呼ぶそうです。境内は公園も兼ねているようですが、その一角の祠の下には庚申塔が3つ並んでいます。どれも赤いエプロンのような衣装を施されているので全体のお姿は見られませんが、「山王二十一仏庚申塔」とのことで、江戸初期の寛文3(1663)年建立との説明書きがあります。長年大切に守られていることは確かですね。
 三叉路の少し北方向から工事の物音がするので覗いてみると、「大六天湯」という銭湯の解体工事でした。ここでも古き良き下町風景がまたひとつ消えようとしています。この銭湯も含め、周辺の商店が大六天様のもとでお客を集めていた時代の風景を見てみたかったものです。
  <大六天胡禄神社>
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  <境内の山王二十一仏庚申塔>
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  <解体中の元「大六天湯」>
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・なつかし度  ★★☆☆☆
・ぬくもり度  ★☆☆☆☆
・ひょうきん度 ★★☆☆☆
・ふだん着度  ★★★☆☆
・ローカル度  ★★★☆☆

★ランダムリンク
   (衰退感がたまらない商店街(8))
・[528]砂町銀座中央通り会【江東区】
・[541]東金町二丁目団地通り商店会【葛飾区】
・[580]大島恵比寿通親和会【江東区】
・[596]ハッスル通り商店会【練馬区】
・[597]田柄坂下商店会【練馬区】
・[600]大黒通り商栄会【葛飾区】
・[番外11]高崎大通り商店街【群馬県高崎市】